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16.抵抗する者
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ホースレース会場の観客たちの声援も、第2コーナーへと近づくと小さく聞こえた。
それだけでなく、2番手以降のライバルたちの脚音が更に小さくなっている。どうやら小生は完全に一人旅をしている状況のようである。
さて、今まではハイペースに進んできたワケだけど、このまま力の限り走り続ければ、そう遠くないうちにスタミナ切れを起こしてしまう。だからなるべく気を遣いながら少しずつペースを吊り下げ始めた。
普通のレースでそんなことをすれば、すぐに後続ライバルたちに追いつかれてしまうだろう。
だけど、今回の小生は完全な新人馬だ。ライバルたちも小生がいきり立って走っている考えているらしく、ウマに対して落ち着くように囁いている声が聞こえてくる。
「大丈夫だ。あのウマはどうせすぐにスタミナ切れになる」
「お前の末脚に勝てるものか」
「安心しろ。人間風情が作ったヒヨワウマだぞ。お前の敵じゃない」
『…………』
普通なら、こんなことを言われれば腹を立てたりするところだろうが、小生はしめしめと思いながら少しずつ脚の運び方を変化させはじめた。
ちょうどカーブを走っているところなのでペース調整もしやすい。少しずつペースを吊り下げていき、さらに第2コーナーを走り切ったら、次は向こう正面の直線コースがある。
小生は向こう正面に入ると、その直線コースを利用して、後続馬や乗り手たちを錯覚させることにした。
カーブを走っている時はどうしても時間がかかるが、直線はスムーズに前に進んでいく。小生が速度を緩めながら走っていても、後続馬たちはカーブを走ることに時間がかかるので、自然と距離が伸びていくように見えるのである。
「おお、あのチビウマ……まだ頑張ってるぞ!」
「意外とやるじゃん!」
「そのまま、どんどん逃げちまえ!」
どうやら後続のライバルたちは、しっかりと小生の誘いに乗っかったようだ。
自分たちがカーブを走っている時は、小生との距離の開きを気にしていたが、間もなく向こう正面に入った途端に彼らのペースも緩んでいる。小生との距離の伸びが無くなったので安心しているようだ。
『…………』
すっかりペースも緩んだところで、ゆっくりと息を入れることにした。まず大きく息を吐いてしまえば、後は新鮮な空気を肺に招き入れるだけだ。何度も深呼吸していくと体力を温存できるだけでなく、少しずつ体力も回復していく。
向こう正面の直線コースも終わり、第3コーナーへと入った。
ここもまた仕掛けポイントだ。今度は直線コースからカーブへと入るので、普通に走っていても少しずつ後続のライバルたちとの距離が縮んでいく。普通ならペースを速めたくなるところだろうけど、小生は更にペースを緩めた。
「なんだよ……」
「一人旅もそろそろ終わりか」
「つまんね」
第3コーナーへと入ると、後方から追いかけてくるライバルたちの脚音が少しずつ近づいてきた。今までは面白がっていた観客たちも、がっかりした様子で落ち着いていく。対照的にライバルの背に跨る乗り手たちはホッとしているようだ。もう競走馬ディディには限界が見えたという感じで、ライバル同士でけん制し合っている。
小生は耳をそばだてながら、ライバルたちとの距離を脚音で測ることにした。
第3コーナーの前半で、距離22メートル。
第3コーナーの中腹で、距離20メートル。
第3コーナーの後半で、距離17メートル。
第4コーナーの前半で、距離14メートル。
第4コーナーの中盤で、距離11メートル。
第4コーナーの後半で、距離7メートル。
最後の直線コースが近づくと、各ライバルの身体には次々と鞭が入った。そろそろ小生もスパートをかける頃か。
『レティシア、鞭を!』
「はい!」
レティシアは音だけが響く鞭を、小生の肩に入れた。
その一撃を合図に、今までずっと温存していた体力を爆発させるように、小生は一気に脚運びを激しくしていく。
最後の直線でスパートをかけると、再び後続馬たちの脚音が遠くなりはじめた。
残り300メートルの地点で、距離9メートル。
残り250メートルの地点で、距離12メートル。
残り200メートルの地点で、距離16メートル。
残り150メートルの地点で、距離20メートル。
観客たちは、小生のスパートを見て大きな歓声を響かせていた。特にフェイルノートのギルドメンバーたちは、もはや興奮状態だ。誰しもがディディの名を呼んでいる。
だけど小生はこれくらいで手を緩める気はない。ここまで多くの悪事を働いた魔族には、まだまだ制裁が必要だろう。
残り100メートルの地点で、距離24メートル。
残り50メートルの地点で、距離29メートル。
いま……ゴールポストを通過した。2番手以降のライバルたちの脚音は、観客たちの声援にかき消されている。恐らくだけど、距離は33メートル、ウマの身体13個分以上の距離だろう。
小生が走り抜けてしばらくしてから、2番手以降のライバルたちがゴールした。
2着馬は魔族の派遣したヴィクトリーサタン。3着馬も魔族が派遣したジークルシフェル。4着馬も魔族が派遣したエンキハフセンパイ。5着馬も魔族が派遣したエターナルベリアル。人間側の出したウマで健闘したのは7着の教会が出した早馬くらいだった。
その結果を眺めていたレティシアも、青ざめた表情のまま言った。
「よ、良かった……ディディさんがいなければ、1~5着を魔族側のウマたちに独占されるところでしたね」
『うん、だけど……ここまで……大差をつけて……置けば……周辺部族の……見方も……変わると思う』
冒険者街春のレース 優勝:ディディ(ドリーミング・オブ・ドーン)
着差:大差(13.75馬身差)
それだけでなく、2番手以降のライバルたちの脚音が更に小さくなっている。どうやら小生は完全に一人旅をしている状況のようである。
さて、今まではハイペースに進んできたワケだけど、このまま力の限り走り続ければ、そう遠くないうちにスタミナ切れを起こしてしまう。だからなるべく気を遣いながら少しずつペースを吊り下げ始めた。
普通のレースでそんなことをすれば、すぐに後続ライバルたちに追いつかれてしまうだろう。
だけど、今回の小生は完全な新人馬だ。ライバルたちも小生がいきり立って走っている考えているらしく、ウマに対して落ち着くように囁いている声が聞こえてくる。
「大丈夫だ。あのウマはどうせすぐにスタミナ切れになる」
「お前の末脚に勝てるものか」
「安心しろ。人間風情が作ったヒヨワウマだぞ。お前の敵じゃない」
『…………』
普通なら、こんなことを言われれば腹を立てたりするところだろうが、小生はしめしめと思いながら少しずつ脚の運び方を変化させはじめた。
ちょうどカーブを走っているところなのでペース調整もしやすい。少しずつペースを吊り下げていき、さらに第2コーナーを走り切ったら、次は向こう正面の直線コースがある。
小生は向こう正面に入ると、その直線コースを利用して、後続馬や乗り手たちを錯覚させることにした。
カーブを走っている時はどうしても時間がかかるが、直線はスムーズに前に進んでいく。小生が速度を緩めながら走っていても、後続馬たちはカーブを走ることに時間がかかるので、自然と距離が伸びていくように見えるのである。
「おお、あのチビウマ……まだ頑張ってるぞ!」
「意外とやるじゃん!」
「そのまま、どんどん逃げちまえ!」
どうやら後続のライバルたちは、しっかりと小生の誘いに乗っかったようだ。
自分たちがカーブを走っている時は、小生との距離の開きを気にしていたが、間もなく向こう正面に入った途端に彼らのペースも緩んでいる。小生との距離の伸びが無くなったので安心しているようだ。
『…………』
すっかりペースも緩んだところで、ゆっくりと息を入れることにした。まず大きく息を吐いてしまえば、後は新鮮な空気を肺に招き入れるだけだ。何度も深呼吸していくと体力を温存できるだけでなく、少しずつ体力も回復していく。
向こう正面の直線コースも終わり、第3コーナーへと入った。
ここもまた仕掛けポイントだ。今度は直線コースからカーブへと入るので、普通に走っていても少しずつ後続のライバルたちとの距離が縮んでいく。普通ならペースを速めたくなるところだろうけど、小生は更にペースを緩めた。
「なんだよ……」
「一人旅もそろそろ終わりか」
「つまんね」
第3コーナーへと入ると、後方から追いかけてくるライバルたちの脚音が少しずつ近づいてきた。今までは面白がっていた観客たちも、がっかりした様子で落ち着いていく。対照的にライバルの背に跨る乗り手たちはホッとしているようだ。もう競走馬ディディには限界が見えたという感じで、ライバル同士でけん制し合っている。
小生は耳をそばだてながら、ライバルたちとの距離を脚音で測ることにした。
第3コーナーの前半で、距離22メートル。
第3コーナーの中腹で、距離20メートル。
第3コーナーの後半で、距離17メートル。
第4コーナーの前半で、距離14メートル。
第4コーナーの中盤で、距離11メートル。
第4コーナーの後半で、距離7メートル。
最後の直線コースが近づくと、各ライバルの身体には次々と鞭が入った。そろそろ小生もスパートをかける頃か。
『レティシア、鞭を!』
「はい!」
レティシアは音だけが響く鞭を、小生の肩に入れた。
その一撃を合図に、今までずっと温存していた体力を爆発させるように、小生は一気に脚運びを激しくしていく。
最後の直線でスパートをかけると、再び後続馬たちの脚音が遠くなりはじめた。
残り300メートルの地点で、距離9メートル。
残り250メートルの地点で、距離12メートル。
残り200メートルの地点で、距離16メートル。
残り150メートルの地点で、距離20メートル。
観客たちは、小生のスパートを見て大きな歓声を響かせていた。特にフェイルノートのギルドメンバーたちは、もはや興奮状態だ。誰しもがディディの名を呼んでいる。
だけど小生はこれくらいで手を緩める気はない。ここまで多くの悪事を働いた魔族には、まだまだ制裁が必要だろう。
残り100メートルの地点で、距離24メートル。
残り50メートルの地点で、距離29メートル。
いま……ゴールポストを通過した。2番手以降のライバルたちの脚音は、観客たちの声援にかき消されている。恐らくだけど、距離は33メートル、ウマの身体13個分以上の距離だろう。
小生が走り抜けてしばらくしてから、2番手以降のライバルたちがゴールした。
2着馬は魔族の派遣したヴィクトリーサタン。3着馬も魔族が派遣したジークルシフェル。4着馬も魔族が派遣したエンキハフセンパイ。5着馬も魔族が派遣したエターナルベリアル。人間側の出したウマで健闘したのは7着の教会が出した早馬くらいだった。
その結果を眺めていたレティシアも、青ざめた表情のまま言った。
「よ、良かった……ディディさんがいなければ、1~5着を魔族側のウマたちに独占されるところでしたね」
『うん、だけど……ここまで……大差をつけて……置けば……周辺部族の……見方も……変わると思う』
冒険者街春のレース 優勝:ディディ(ドリーミング・オブ・ドーン)
着差:大差(13.75馬身差)
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