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勝負

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「そのような大役、私には荷が勝ちすぎます…」

 どうか辞退をお許しください、としおらしく頭を下げる彼女は見た目通りの清楚さを印象づけるが、幸菜にはもう通用しない。

「そういう猫かぶりはいらないかなぁ」

 ばっさりと微笑みながら言い切った幸菜に、彼女は目を見開いた。

「ーーどういうおつもりですか?」

 固く強張った声は紛れもなく不機嫌だった。一瞬のうちに柳眉を顰めて険しくなった容貌は、美しさに遜色はないが身震いするような迫力がある。
 彰久の姿がないからだろうか、どこまでも飾らない態度に、変わるものだと幸菜は感心さえした。

「別に、大した意味はないのよ? 本当に貴方が適任だと思うから選んだだけ」
「嘘ばっかり。仕返しだとはっきり仰ってはいかがです?」

 素気無く切り捨てる彼女に、そんなつもりはないのだけど、と苦く笑う。
 けれど、立場を変えて考えればそうと取れなくもないことは確かだ。幸菜もそれを理解しているから、早々の決着を望んだ。

「なら、言い方を変えましょうか。私は貴女の伝手が欲しい」

 否、それだけではない。彼女は人心を操ることに長けた人間だ。彼女の人の心に入り込む技術も、それを活かし望むままに誘導する策謀も、一女中としておくには勿体無い。

「貴女には野心がある。それを叶えるだけの器量も。だから、わたしを陥れようとした」
「………ああ、亜希様の入れ知恵ですか?」
「そう思いたいなら、そう思えばいいんじゃない?」

 ねえ、美津?
 泰然として余裕を見せつける幸菜を、彼女は忌ま忌ましげに睨みつけた。それでも、幸菜の姿勢は崩れない。

 容姿、家柄、教養。権力者の伴侶として必要になるものの全てを美津は持っていた。それこそ、彰久の正室にと望まれても不思議はない程に。もしかしたら、密やかに話が立っていたかもしれない。
 けれどそれも、幸菜の存在によって道を断たれた。それを敗北とするのなら、その要因は幸菜を運ばかりの女と見誤ったことだろう。

「随分と虫の良すぎる話です」
「でも、貴女にとって好機でもある、でしょう?」

 幸菜を孤立させることも、蹴落とすこともできる立場。一方で、権力者に近づくまたと無い機会を得得えうる立場。
 食えない女、と彼女はため息混じりに呟いた。

「精々引きずり落とされないように頑張ってくださいね」
「ご心配ありがとう。でも、それには及ばないわ」

 どこまでも朗らかに微笑む幸菜に、彼女は睨む目を強くした。
 その背後で、障子が開く。

「っ殿!?」
「話はついたようだな」
「はい。でも、もう少し待っていてほしかったです」

 そうとは言いながらも当然のように上座を明け渡し寄り添う幸菜に、肩を抱いてそれを受け入れる主君に、彼女は目を白黒とさせる。
 幸菜はにっこりと満面の笑みを浮かべた。

「これからもよろしくね、美津」

 ひらりと退室を命じる掌に、美津は苦虫を噛み潰しながらも頭を下げた。
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