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願い事

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 幸菜の疑問の答えは、後々亜希によって与えられた。
 幸菜に与えられた座敷は奥御殿の中にある。当主に近しい者が住まうその区域には、入れる者もごく僅か。男なら当主とその子だけ。
 子を持たない彰久のみが、奥御殿に立ち入れる唯一ということだ。
 なんだか大奥みたい。どこか他人事のように亜希の話を聞いていた。

「とりあえず、お客様の滞在中は外に出なければいいんですよね?」
「え、ええ……。幸菜様には窮屈な思いをさせてしまいますが、御身のためでもございますので……」

 申し訳なさそうに理解を求める彼女に幸菜はあっけらかんと頷いた。
 もともと、これまでの待遇が良すぎたのだ。
 亜希は幾度となく外に連れ出そうとしてくれたけれど、自分がそれを許される立場にないことは自分がよく知っている。

「縁側なら出てもいいんですよね。なら、仔猫とお庭を見ながらのんびりしてますから。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」

 にっこりと嫌味のない笑みを向けると、彼女はなんとも言えない顔をした。
 ひらりとうろつかせた手に仔猫がじゃれつく。ころころと床に転がって、柔らかな肉球がペチペチと叩いてくる刺激が楽しい。

「幸菜様……。わかりました。ですが、本当にお気をつけくださいませ」
「はぁい」

 重ねて言われ、つい間延びした返事をしてしまう。だからか亜希は心配そうな顔を晴らすことはなく、何度も振り返りながら座敷を去っていった。
 渡殿の向こうでは、きっと他の女中たちが慌ただしくしていることだろう。自分ひとり仔猫と戯れているのは心苦しいが、手伝うこともできない。
 向こう側の音は届いてこない。風の音と、時折仔猫の鳴き声がよく響いた。
 引きこもることは、苦ではない。庭を眺めるだけ、仔猫と戯れるだけでも十分な満足感を得ることができる。
 しかし、周りから言われたためだろうか。ふつふつと、よくないものが湧いてくる。

「外……出たいかも……」

 実行することはないだろうけれど、そんな思いが強くなった。
 うにゃう? と仔猫が幸菜を振り仰ぐ。賢いこの仔は感情の揺れ動きにもひどく敏感だ。

「ねえ、もし外へ出ることがあったら、お花をお土産に持ってきてくれない?」

 理解されるはずもないお願い事がつい口からこぼれ出た。
 この庭の植物は、どれも無闇に手折るには憚られるのだ。

「本当、どれだけ眺めても飽きがこないなぁ……」

 今日も素敵、と幸菜は満足そうに微笑んだ。
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