上 下
30 / 81

それは静かな

しおりを挟む
「殿様、私そろそろ逆上せそうなのですが……」
「何を言うか、まだ寒そうに震えているくせに」

 彰久の引き寄せた肩は確かに震えていたが、それが寒さによるものではないことはわかりきっていた。
 うっすらと色づいていた肌が赤みを増す。湯以外に二人を隔てるものはなく、せっかくの広い湯船だというのに縮こまるのだが、それさえも彼の興を擽るらしい。
 水気を帯びた髪も、肌で直に感じる体温も、意識しせずにはいられない。動作一つ、眼差し一つを取っても凄絶な色気が溢れ出ているから心臓が大忙しだ。
 だというのに、彼は戯れに幸菜に触れてくる。いやらしさの全くない指で、愛でるような触り方をして、幸菜の体温を上げた。
 拒まなければと思うけれど、そうしようという気力が生まれない。ぼんやりとされるがままになって、体の力がみるみる失われていく。

「ぉの、さま……」
「…………仕方がないな」

 呂律のおかしくなった幸菜の訴えに、ようやく彰久はやれやれと彼女を抱き上げた。
 ひんやりとした外気の心地よさに恍惚として目を閉じる。頭の中は変わらずふわふわとしていた。

「夕餉がまだだろう。起きていろ」

 言われて、そうだったと思い出す。
 お腹は減っているけれど、それと同じくらい眠い。
 本格的にうつらうつらとし始めると、彼は「おい」と低い声を出した。咎めるようなそれは困惑と焦りが感じ取れて、怖くはない。

「……そんなに油断していていいのか」

 それはきっと、彼なりの威圧だったのだろう。事実、常であれば幸菜は慌てて彼に縋っていたはずだ。
 だが頭と体が離れている今は役目を果たさない。低く、そして耳触りの良い声はすんなりと幸菜の中に入り込み、溶けていく。
 起きていると口を動かすことも億劫で、くりくりと彼の胸板に額を擦り付ける。彼は一瞬体を強張らせたが、すぐに落ち着きを取り戻し尊大に鼻を鳴らした。
 機嫌は、悪くはないようだ。
 溶けそうになる意識を繋ぎ止めて、うっすらと押し上げた目で見上げた彼の顔は、そうとわかるほど柔らかさがあった。

(変な人……)

 彼の一面を知る度、やりきれない思いが胸に込み上げる。その大半は疑問だ。
 いっそ、血も涙もない鬼のような人であればよかったのに。徹頭徹尾手酷く扱ってくれたなら、悲劇を気取ることもできたのに。
 滑らかな生地の夜着を着せられて、外套まで羽織らされて腕の中に帰る。
 外はすっかり暗くなって、日の沈んだ山際だけがうっすらと橙に染まっていた。あれほどいた人もどこへ行ったのか、耳に届くのは彼の衣擦れの音だけ。
 彼のことは嫌いだけれど、彼の纏うこの静けさは、不思議と嫌いではなかった。



𓆛𓆜𓆝𓆞𓆟



本日も)日付変わってしまいましたが……)お付き合いくださりありがとうございます。
明日(正確には本日も、なのですが)も更新致しますので、お付き合い頂ければ幸いです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寡黙な彼は欲望を我慢している

山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。 夜の触れ合いも淡白になった。 彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。 「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」 すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

処理中です...