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ペットプレイについて語る
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どこかの未来のロボットではありませんが、私は自分を猫型マゾヒストだと思っている。
M女は自分のことを犬だの猫だの称することがよくある。
これは恐らく本物の犬や猫と同じように
犬→飼主に忠実、従順、飼い主に染まりたい
猫→自由きまま、甘えたい、自分のマゾ性重視
のイメージで自分の立ち位置を表してるのだと思う。もちろん、そこにある可愛さや愛らしさは同等だと思います。
私は自分のことを猫型だと思ってるのだけど何人かのSの方には、
風さんは犬の心を持った猫。とよく言われます。
なぜなのか、、と考察してみると....。
私は自分で言うのもなんだけど、、
飼主にはとても忠実だと思います。
飼主の言動には素直に従いたいですし、反抗する気は一切、ありません。
飼主から与えられるもの全てが愛撫みたいなものと感じますから、
従順にするための調教や罰や褒美という言葉は必要ありません。もともと飼主を120%盲信してますし、完全にべったり懐いてますから笑
つまり、、、
この従順な飼い主への一途な気持ちを「犬」だと感じるSさんがいるのだと思いますが、私の中ではそれこそ「猫」なのです。
だって、撫でられたいだけですから。
飼主さんの求める理想や奴隷になりたい!と思わないし、そんな調教は求めてません。
厳しい罰で従わせてやる!なんて言われたら、怖くなって逃げ出すと思います。
ただ、ただ、飼主さんの前でゴロゴロと喉を鳴らして、擦り寄りたいだけなのです。
その飼主さんからの愛撫が、ビンタや首絞めや鞭だったりするだけなのです。撫でられれば撫でられるほど、飼主さんからの愛撫だと感じられて、私は余計に陶酔していくのです。
さて、標題のペットプレイの話ですが
私が猫型マゾヒストであるが故に
非常に重要なプレイであるといえます。
まあ、プレイ(遊び)じゃないんですけどね。
本当に、、飼主とペットという関係を望んでいるのです。
これはあくまでも私の偏見ですけど
奴隷的(犬的)M女を求めるSさんは
日常生活において「優れた女性」を求める傾向が強い思います。
つまり一般的に見て、容姿が優れるとか、仕事ができるとか、礼儀正しいとか、他者と比較して優れた女性です。
そのような女性を自分の調教によって、自分色に染め上げることに快感を感じてるような気がします。
私はこの関係こそ、「主人と奴隷」。つまりペットプレイと真逆の関係と感じています。だって誰かと比較したり、M女の人間性や行動を主人の好みに変えようとしてる時点で人間的な調教ですし、ペットではないでしょう。
私が言うペットプレイとは、首輪をつけてお散歩して、餌箱に這いつくばってご飯を食べることではありません....
(まあ、そういう行為もしたことあるし大好き!なんですけどね笑)
ペットプレイとは犬や猫のように私を扱ってほしいという意味。
飼主の求める奴隷になりたいのではなく、
犬は犬、猫は猫、トカゲはトカゲ、、本来持ってるMの個々の素質、性質そのものをSが求め、好み、活かすことがペットプレイだと思うのです。
暴力的な加虐でしか生きられないマゾに、暴力という加虐で飼育して欲しいのです。
これはあくまでも私の例ですけど、
24時間、外れない首輪をして檻に入れられて、排泄もご飯もそれ以外の時間もぜーーーんぶ、マゾとして扱って欲しい。
他人から見てどんなに嗜虐的でも屈辱的でも、罰はありません。すべてが喜びです。私は調教などでそれらを求めるようになったのではなく、もともとそういう生活を欲していますので。
「一人のマゾとして飼われる」。
そういうのがペットプレイです。
M女は自分のことを犬だの猫だの称することがよくある。
これは恐らく本物の犬や猫と同じように
犬→飼主に忠実、従順、飼い主に染まりたい
猫→自由きまま、甘えたい、自分のマゾ性重視
のイメージで自分の立ち位置を表してるのだと思う。もちろん、そこにある可愛さや愛らしさは同等だと思います。
私は自分のことを猫型だと思ってるのだけど何人かのSの方には、
風さんは犬の心を持った猫。とよく言われます。
なぜなのか、、と考察してみると....。
私は自分で言うのもなんだけど、、
飼主にはとても忠実だと思います。
飼主の言動には素直に従いたいですし、反抗する気は一切、ありません。
飼主から与えられるもの全てが愛撫みたいなものと感じますから、
従順にするための調教や罰や褒美という言葉は必要ありません。もともと飼主を120%盲信してますし、完全にべったり懐いてますから笑
つまり、、、
この従順な飼い主への一途な気持ちを「犬」だと感じるSさんがいるのだと思いますが、私の中ではそれこそ「猫」なのです。
だって、撫でられたいだけですから。
飼主さんの求める理想や奴隷になりたい!と思わないし、そんな調教は求めてません。
厳しい罰で従わせてやる!なんて言われたら、怖くなって逃げ出すと思います。
ただ、ただ、飼主さんの前でゴロゴロと喉を鳴らして、擦り寄りたいだけなのです。
その飼主さんからの愛撫が、ビンタや首絞めや鞭だったりするだけなのです。撫でられれば撫でられるほど、飼主さんからの愛撫だと感じられて、私は余計に陶酔していくのです。
さて、標題のペットプレイの話ですが
私が猫型マゾヒストであるが故に
非常に重要なプレイであるといえます。
まあ、プレイ(遊び)じゃないんですけどね。
本当に、、飼主とペットという関係を望んでいるのです。
これはあくまでも私の偏見ですけど
奴隷的(犬的)M女を求めるSさんは
日常生活において「優れた女性」を求める傾向が強い思います。
つまり一般的に見て、容姿が優れるとか、仕事ができるとか、礼儀正しいとか、他者と比較して優れた女性です。
そのような女性を自分の調教によって、自分色に染め上げることに快感を感じてるような気がします。
私はこの関係こそ、「主人と奴隷」。つまりペットプレイと真逆の関係と感じています。だって誰かと比較したり、M女の人間性や行動を主人の好みに変えようとしてる時点で人間的な調教ですし、ペットではないでしょう。
私が言うペットプレイとは、首輪をつけてお散歩して、餌箱に這いつくばってご飯を食べることではありません....
(まあ、そういう行為もしたことあるし大好き!なんですけどね笑)
ペットプレイとは犬や猫のように私を扱ってほしいという意味。
飼主の求める奴隷になりたいのではなく、
犬は犬、猫は猫、トカゲはトカゲ、、本来持ってるMの個々の素質、性質そのものをSが求め、好み、活かすことがペットプレイだと思うのです。
暴力的な加虐でしか生きられないマゾに、暴力という加虐で飼育して欲しいのです。
これはあくまでも私の例ですけど、
24時間、外れない首輪をして檻に入れられて、排泄もご飯もそれ以外の時間もぜーーーんぶ、マゾとして扱って欲しい。
他人から見てどんなに嗜虐的でも屈辱的でも、罰はありません。すべてが喜びです。私は調教などでそれらを求めるようになったのではなく、もともとそういう生活を欲していますので。
「一人のマゾとして飼われる」。
そういうのがペットプレイです。
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