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逕庭
しおりを挟む正騎士達がやって来た翌日、ゼノとディルクは唐突にオリガに呼び出された。今日は収穫祭が夜行われる為、稽古は休みの筈である。収穫祭と言っても基本的には広場に集まり、各々食べ物を持ち寄ったり酒を飲んだりするだけなのだが。一応豊穣の神への感謝の印として火を焚いたりはする。
そんな日に呼び出されるとは…、昨日正騎士達が来たことと何か関係があるのだろうか。
「なあゼノ、何だと思う?」
「さあ、あれかな?またアルトワーベルまで行って酒を買ってこいとか…」
「収穫祭だからな…それは有り得る。」
アルトワーベルはこの村から東の貿易港までの途中にある少し大きな街で、オリガは貿易港からその街に流通してくる酒を愛飲していた。馬を使ってもそこそこの距離である。そもそも移動で使う馬は希少で、祭りの準備で既に出払っている。村に飼われている他の馬は農作業用で、馬力はあるが長距離を走るのには適していない。
「歩いて行けなんて言われたら地獄だな…」
二人ともどんよりとした表情で訓練場の休憩小屋を目指す。
物見塔に差し掛かった時、二人を見つけるやいなやアルバが駆け降りてきた。
「おい、二人とも!何処へ行く気だ?師匠の所か?」
何かソワソワした様子で尋ねた。
「ああ、そうだ。」
ただならぬ雰囲気にゼノが訝しんで答えるとアルバは自分を落ち着かせる素振りを見せ、切り出す。
「俺、聞いたんだ…あのあと師匠と正騎士が何を話してるのか気になって…」
「そう言えば何の話だったんだ?賊討伐の恩賜の話か?」
ディルクは少し心を弾ませながら尋ねる。賊を斬った当日は人の命を奪ったことに対する葛藤があったものの、それも時間の流れとともに薄らいでいる。いや、薄らいでいると自分自身で暗示をかけているだけなのかも知れない。
「…それが、ゼノとディルクを正騎士に招きたいって…」
それを聞いた二人は唖然とした。
「嘘だろ…」
「でも確かに、二人の腕前を目の当たりにしたら正騎士に誘われるのも不思議じゃないかも…」
アルバは一考して応えた。
「でも俺達より強い兄弟子だってたくさん居るだろう。」
「それが、どうもなるべく若い騎士を雇いたいらしいんだ。ひょっとしたらノルドベルクとの関係が怪しくなってきてるから、若くて伸び代がある戦力を集めてるのかも。」
「そんなにきな臭くなってきてるのか?」
「まだ本格的に戦ってわけじゃないとは思うけど、早めに戦力を増強したいのは確かなんじゃないかな…」
耳が良いと噂話もたくさん入ってくるのだろう。流石に情報通だ。
アルバと別れ、歩を進める。
驚きのあまり、嬉しいとも何とも言えない気持ちが渦巻いている。
「ディルクは小さい頃は正騎士になるのが夢だったよな?」
「ああ、でもまさか現実になるなんて…。ゼノはこの話が本当だったとしたら、勿論受けるよな?」
「俺は…」
答えかけて沈黙する。
収穫祭とあって子ども達も浮足立っているのか、物見塔の前にある小さな広場でやけにはしゃいでいる。
塔の下には長椅子が設けられており、トージという老人が腰掛けて干し肉をくちゃくちゃと噛んでいる。元はオリガと同じ国の出で、オリガがこの村に来る5年程前に流れ着いた。
もうすっかり耄碌してしまっており、今は先代村長の娘夫婦が面倒を見ていた。何を聞いても「もうメシの時間かな?」としか言わなくなってしまっている。
昼中はここでこうして日向ぼっこをするのが日課となっていた。
目の前では子ども達が木の棒で手の平大の玉を打つ遊びをしていたが、誤ってトージ老人の方に打ち返してしまった。革製のやや硬い玉なので、当たれば怪我は必至だ。ましてやトージの様に枯木の様な老人ともなれば、どんな大怪我になるか分からない。
「危ない!」
気付いたディルクが叫んで走り出したが間に合いそうにない。
その瞬間―
トージは口からポロリと干し肉を落し、拾い上げる為前かがみになった。
ドンッと鈍い音を立てて玉は塔の壁を打ち、跳ね返ってポトリと地面に転げ落ちた。
子ども達はその場で立ち尽くして固まってしまっていた。
干し肉を拾い上げたトージは何事も無かったかのように、少し砂の付いた干し肉をまたくちゃくちゃと噛み始めた。
「コラーッ!あんた達、他所でやりなさい!!」
世話をしている先代村長の娘が怒鳴りながら駆け寄って来た。
「ごめんなさい!!」
我に返った子ども達は蜘蛛の子を散らすように、走って居なくなってしまった。
「もうメシの時間かな?」
と呑気に聞くトージ。
ディルクとゼノはホッと胸を撫で下ろす。
そんな騒ぎで曖昧になったゼノの答えを聞かぬまま訓練場へと辿り着いた。ギィと音を立てて休憩所の扉を開く。
「祭りの日にすまんな。二人とも、そこに座りなさい。」
オリガが静かに声を掛けた。
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