彷徨うミリオーネ

Bergamini

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 腰を抜かして泣き喚いている老人を放っておいて、ガイシャの包まれたシートを見やる。紐が付いており、それが途中で切れている。これに重りを付けていたのだろうが、それが切れた事で身体が浮き上がってみつかったのだ。
 弓さんが持って来た資料に載っていた発見時の場所は、ひと気のない路地やゴミ捨て場に捨てられていたとあったから、処理に関しては大雑把な連中といえるかも。あるいは、これ自体を誇示して誰かくに見せつける意図があるのか・・・しかも場合によってはこの街に広がる水路に、どれだけの浮かんでいない死体があるのか。いや、今回の件に限らず死体は沈んでいるだろう。だからこその隠ぺいか?

『ん?』


 死体の腐乱臭に少し違和感を感じる。なんだろうか、花の香り?いや、違うな


『違うんじゃよぉおお!儂じゃないんじゃ!』


『うおっ!?』


 思考を取りまとめようとしている最中に、泣きわめいていた老人に足元で抱き付かれる。周りのギャラリーもその狼狽ぶりに若干引き気味である。というか、小便漏らしてるのに抱き付かないでくれ、お願いだから。ガラの悪い兄ちゃんに同じことやったらしこたま蹴られて怪我するぞ

『わかったわかった、爺さん。どうせ、いつも古鉄とか集めてたんだろ?』

『んだんだ!獲物の磁石をつこうてなぁ、だぁけんども欲をだして拾うたらこげな大変なもん拾うてまっただぁ!』

 所々訛りがひどくて何を言ってるか聞き取れないが、そんなことをわめいている。可哀想に

『爺さん、あんたこの辺りが縄張りだったら誰かこういうもの投げ込んだりしてるの見た事あるかい?』

 こういった収集をするとなると、物が集まる淀みの場所を縄張りとする事が多い。共有でなく、そこが彼の居場所となる。そうなればよそから来たもの。あるいは素行の悪い同輩がそこから物品をくすねないように巡回をするようになる。何か見ているかもしれない

『な、なんもみてねぇだよ!疑わねぇでけれ!儂じゃねぇべ!』

 縋りついていた爺さんが途端に青ざめて腰が抜けたまま後ずさる

『違う違う、あー・・・ここに何か流れてくるとしたら、どこから流れてくる?俺さぁ、今契約刑事してんだよ』

 と、資料と一緒に入っていた契約刑事としての証拠であるバッジを見せる。バッジの意匠は鍋、鼎というものらしいが、俺には詳しいことはわからない。弓さんが言うには何でも喰らう化け物から転じてこれがいいだろうとしたって話だ。悪食にも程があるだろう?と笑っていたが、どうにもあの人のユーモアのセンスはわからん

『なんだ、刑事さんだったのか』

『ちぇ、もう到着してたのかよ』

 それを出した途端、ギャラリーの方も解散していく。死体そのものが転がっているという事は悲しいかなそんなに珍しい事ではない。そして、刑事が出てきたならそれを勝手にどうこうするのはやばい。というだけの理性は持ち合わせている。その場にいなければ身ぐるみ剥いで、どっかの寺なりに放り込んで終わりって所だ。これは無縁仏として祀って供養する信心があるってわけじじゃない。死体は腐敗が進めば臭いし、そうなると往来や商売の邪魔になるのが目に見えているからだ。流行り病でも起きてしまったら目もあてられない

『知らねぇ!知り過ぎたら生きてけねぇことになるだ!儂はなんも知らねぇ!』

 あー、うん。流れ着く物の出所を知るという事はそういう事につながることを身に染みてわかっている。という事は、仮に知っていてもこの爺さんは言わないし、そもそも、何を誰がという事に興味はなかろう

『わかったわかった爺さん、あんた一応第一発見者なんだから、名前と寝床だけ教えてくれたら帰っていいぞ』

『・・・ぐすっ』


 渋々であったが、爺さんの名前といつもいる寝床の場所だけは把握できた。爺さんはひでぇめにあった、としょんぼりしながら帰って行ったが、さてこのガイシャの仏さんをどうにかしてやらにゃな。身元やらなにやら脱走兵の俺には無いので、携帯の類は持っていない。固定電話も近所の郵便局内に置いてあるのを使わせてもらっているくらいだ。ここらには詳しくないが、どっかで電話をかけないと

『おう!文書屋ぁ災難だったなぁ』

 2時間ほど時間をかけて弓さんと車がやってくる。その頃にはもう日が落ちかけているありさまだった。何のために街へ出たのか。死体の傍で待ちぼうけとは・・・

『そんな嬉しそうに言わんでくださいよ。これ、第一発見者の名前と寝床です』

『上等だ。仏さんはこっちで預からせてもらう』

 ほころんだ顔のまま弓はメモを受け取る。名前の方に心当たりはないらしく、助かる。と、懐にしまい込んだ。死体はそのままの状態からさらに包んで車にようやく乗せられる。弓さんでも出来るのは検死の部分までで、そのあとの処理は監察医が自由にその遺体を活用するという条件でなんとかしてもらっている。一種の臓器売買に手を貸してるのも同然だが仕方ない

『で、弓さん。この仏さん、水路に重りをつけて沈められてたわけですが』

『ガイシャの総数が見えなくなったな』

 と、弓は頭を掻いた。どれだけの人間が消えたかなんていうのは、この街では判断がつけにくい。流入してくる量がどうしても多いためだ

『ドブさらいも出来んぞ、この事件と関連ある仏が出てくるとは限らいないし、そもそも流れてきたなら投棄先は別だろうしな。それに危なっかしくてできゃあせん』

『ですかね』

 さっきの爺さんの手も滅茶苦茶荒れていた。いや、荒れているというより爛れていたといっていいかもしれない。これは何を垂れ流してるかわからない水路の投棄物を漁っているせいだ。よっぽどのことで無ければ水の中に入るというのはやめた方がいい

『ところで、この界隈で事件を捜査するとき一番障害になるのはなんだと思う?文書屋』

 懐から取り出したタバコに火をつけ、一息吸ってから弓が聞いてくる。そうだな・・・

『無関心、ですかね?どこもかしこも死人に慣れちまってる』

 事件性というものそのものが薄い、だから、何か事が起きる前の予防も張りにくいし、捜査自体が行われない事も多い

『んー、ちょいとだけ筋がちげぇな。関心が小さかろうが、関わった人間にとっては事だし、無関心も悪い事ばかりじゃねぇ。証言にあたっての客観性に繋がるからだ』

 弓は吸い終わったタバコのガラを水路に投げ捨てる。紫煙が宙を舞った

『問題は関連性の乏しさだよ、文書屋。ガイシャ当人の関連している人間、社会との関連性が希薄過ぎて、本人の実情がちっとやそっとじゃ浮かび上がらねぇ事さ』

 勿論、昔からここに住んで地域を構成している古家の連中や、組織としての関連性が強い軍閥の連中は別だがな、と弓は前置きを置く

『当人の生活圏から少し離れたところに死体を捨てられるだけでソイツの足取りが掴めなくなる』

 出稼ぎに来ている地方民は、その殆どが言語的な問題もあってか、同一の出身地の連中とつるんで、そこで生活の全てが終わっている。さらに個々人の情報を知っている人間となると、同時期に一緒に出てきた同郷の一人や二人が居れば良い方と言っていいだろう
 さらに、職業として苦力などの日雇い労働を主としていると、その時々の賃金で職を転々とするために同郷の仲間と一緒にいる時間さえ少なくなる。そいつを知っているがいつどこで何をしているかは全く分からないというのもザラなのだ。そんな中で被害者の情報を探り当てるという事にはとてつもない労力と根気が求められるだろう

『まっ、愚痴を言ったところで始まらん。文書屋、近場に行こうと思っていたところがある。ちょいとついてきな』

 弓は両手を腰にあてて伸びをすると、ニカッと笑う

『何か進展があったんですか!?』

『タレコミだよ』

 タレコミ!?どこかの誰かが何かを掴んだのか。あるいは、そいつがこの事件の犯人が邪魔になったのか、いろんな可能性が考えられる。罠の可能性さえあるだろう・・・って、ちょっと待て

『あの・・・俺ついてこなきゃだめですかね?』

 下手するとやりあう可能性すらあるじゃないか!勘弁してくれ!

『その肩のものは飾りじゃなかろう?それに、俺もまったく知らん相手じゃない。運が悪かったと諦めな』

 まあ、うん。絶対とは言えないが、そこまで荒事に無思慮で巻き込む人ではないから、ついて行って問題ないくらいの相手と言う事なのか・・・安心していいのかどうだか。ああもう

『わかりましたよ。もう弾買っちゃいましたし』

 ガイシャの死体と遭遇してから、今日の不幸は今更である。毒喰らわば皿までだ、畜生め

『応、物分かりが良くて助かる』

 弓は俺から視線を街へと移した。そこには、雑多な人間の生活と社会が転がっている。どんな情報が出てくるのやら

『さぁて、糸口を掴みに行くか・・・・!』

『あーい』

どこか楽しげな弓の後に続いて、足取りも重くついて行くしかなかった
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