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その1

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「え? 太陽が二つ……?!」

 歪んだ視界が晴れると、目の前に飛び込んできたのは青々と茂った広大な草原と、青空に浮かぶ二つの太陽。

 明らかに地球ではないその異常な光景に、私は全身に鳥肌が立った。

「よし、落ち着こう。私は旧図書室で本を開いて……」

 深呼吸して自分の置かれた状況を整理していると、嗅いだ事の無いほど爽やかな草木の香りが、優しく鼻をくすぐった。

「わぁ、いい匂い……。って違う違う! ここは! どこなのよー!」


――時は今朝に遡る。

「りょーたー! まーだー?」

 保育園からの付き合いである幼馴染の良太を迎えに行くのが、私の毎朝の日課だった。

「うっせーな、さっきから返事してんだろ」

 歩行補助杖を突きながら、サイズの合ってない新品の学ランを着た村田良太が玄関から出てきた。

「そう? 聞こえなかったわ」
「あ……。ごめん」
「良太が謝らないでよね。調子狂うから。ところで……。やっぱりもうワンサイズ小さいのを買った方がよかったんじゃないの?」
「チビで悪かったな。男ってのは中学の時にデカくなるんだよ」
「だといいけどねぇ」

 良太は生まれつき体が弱かった。保育園を卒業する頃には入院が多くなり、小学生の低学年はほとんど学校に来なかった。

 小学生の高学年になると、良太は登校出来るようになった。しかし、高学年となればもうクラスではある程度グループが出来ており、元々塞ぎがちな性格の良太はクラスでも浮いてしまって、少しいじめみたいなものが発生した時期もあった。

「ねぇねぇ、ところで部活はどうするの?」
「帰宅部」
「面白味ないわねぇ。運動部はどう?体鍛えるの」
「無理だよ。俺の体の弱さを知っているだろ」
「そうね。私に負けるくらいだもんね」
「そういうこと」
「じゃぁゲームアニメ研究部は? 良太、入院中に良くゲームしてたじゃない」
「却下。俺は一人で楽しむのが好きなんだよ。馴れ合いは求めてない」
「ふーん」

 良太は、友達が欲しいくせに自分から作りにいかない。いじっぱりなのか臆病なのかわからないけど、もっと自分から心を開いた方がいいと思う。

「柚乃はどうするんだよ」
「え? 何か言った?」
「ぶーかーつー! どうすんだよ!」
「あぁ、部活ね。もう吹奏楽もやれないしなぁ」

 私は両親の影響もあって、小さい頃からトランペットを吹いていた。大きな音も小さな音も自在に出せるトランペットは私は大好きだった。そう、大好きだった。それは過去の話なのだ。

「なぁ。耳、また悪くなってないか?」
「うん、お医者さんが言うには、どんどん悪化していくだけだってさ。お母さんも早めに違う趣味を見つけなさいって」

 何が原因かわからない。私は小学生高学年になった頃、大会の一週間前に突然耳が聞こえなくなった。安静にしていたら聞こえるようになったけど、それ以降耳の聞こえがすごく悪い。突発性難聴で、とにかく今の医療では治せないらしい。

「そっか……」
「私たちポンコツだね。えへへ」
「それは否定しねぇけどよ。まぁ中学入ったんだし、楽しんだら勝ちだろ」
「たまには良い事いうじゃん」
「バーカ」

 いつも通りの調子で良太と話しながらゆっくり登校していると、校門前では椅子に座りながら生徒に声をかけている先生がいた。

「あ、獅戸先生。おはようござます」

 獅戸あきら先生、理科の授業を担当してる教師で、ボサボサの頭に痩せ細った体。いつも白衣を着ているから一部の男子にはドクターなんて言われている。

「おはよう。村田、今日は体調はどうだ?」
「いつも通りです」
「そうか、具合が悪くなったら保健室に行くんだぞ」
「はい」

 良太の虚弱体質は学校でも有名だった。なんせ入学式の最中に倒れて、救急車で運ばれたからだ。

 それ以来、良太を触ったら壊れるガラスみたいに思われていて、誰も近寄ってこない。良太のぼっちは中学に上がっても継続しそうだった。

「ねぇねぇ、獅戸先生って良太と気が合うと思うんだけど」

 下駄箱で上履きに履き替えていると、良太は露骨に嫌そうな顔をした。

「ドクターと? なんでだよ」
「獅戸先生って、良太みたいに病気で昔から体が弱いらしいよ。なんでも一度病気で死にかけて、そこから奇跡の生還。当時は神の子なんて呼ばれた時代もあったとか」
「ふーん、それでいつも椅子に座ってんのか」
「一度話してみたら? 獅戸先生って読書感想部の顧問もやってるよ」
「なんだその気持ち悪い部活名は……。却下だ」
「もう素直じゃないんだから」

――そして放課後。

「あ、獅戸先生だ」

 私は日直の仕事を終えて帰ろうとしていたら、廊下を歩く獅戸先生の背中を見つけた。

 良太は中学でも友達を作る気がないみたいだし、少し大人びたところもあるから、共通点の多い獅戸先生とは相性良いと思うんだよね。お節介とわかっていたけど、私は獅戸先生に声をかけようと後を追った。

「あれ? どこ行ったかな。確かここを曲がって……」

 旧図書室のドアが少し開いている。今は使われなくなってしまった旧図書室。

 確か今は読書感想部の部室になっていたような。興味本位でこっそりドアから中を覗くと、獅戸先生は、端の棚に置かれた古びた赤い本を開くところだった。

「え……」

 先生が本を開いた瞬間、まばゆい光と共に先生の姿が消えた。

「嘘……。え? 消えちゃった?」

 慌ててドアを開けて旧図書室へ入るが、すごく狭い室内だ。人が隠れられる場所などない。

「この本を、開いてたよね……」

 先生が消えた本棚には、いつの間にか閉じた古びた赤い本があった。
 明らかにこの部屋の中で異質なオーラを放つ本を、私は恐る恐る手に取り栞の挟んであるページに指をかけた。

「わ!」

 本を開いた瞬間、獅戸先生を襲ったのと同じ強烈な光が私を包み込んだ。
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