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第四章

[ 211 ] 仮面の女ゼクト

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 ナルリッチさんのレストランを出ると、店長は寄るところがあると言いどこかへいなくなった。
 
 僕はすぐ近くにあるメルダーホテルへ足を向けると、ふと懐かしくなってフィクスブルートを見に行った。

 人通りもまばらで、非活性のフィクスブルートは光を失っている。

「一度奪われた星の魔力は戻らないのかな……」

 思いついた疑問を漏らしていると、塀の向こうから戦いの気配を感じた。

「誰か……戦ってる?」

 正門へ向かうと門番はいたが、彼らは何も感じていないようだ。お出かけですか?とか呑気に聞かれたが、無視して門を飛び出した。

「あっちか!」

 正門を出て右の塀に沿って走ると、二十匹ほどのブラオヴォルフに囲まれている黒い影を見つけた。

「ゼクトさん……?」

「ヴィベルスルフト」

 ゼクトは風魔法★5の連続移動魔法を発動させると、リュカさんやシュテルンさんの使っていた同じ魔法とは思えないほどの速さで巨大な剣を軽々振り回し、ブラオヴォルフの群れをまるで紙切れのように次々と切り刻んだ。

「なんだこれ、速すぎる……」

 Sランクとはいえ、練度が違うとあんなにも高速で動けるものなのか?! 仮面の女ゼクトの超高速移動剣撃は、目にも止まらぬ速さで周囲の地形ごと抉り取っていた。

 バタバタと倒れるブラオヴォルフとゼクトの戦闘に見惚れていると、突然ゼクトが叫んだ。

「後ろだ!」

 透き通ったその声に反応して背後へ視線を送ると、背後からブラオヴォルフが僕に飛びかかろうとしていた。
 
「ジオグラン……っ!」

 魔法を唱えようとした瞬間、激しい頭痛で目が眩んだ。そうだった。僕は魔法が……!

「伏せろ!」

 ゼクトの声を受けて慌てて身を伏せると、僕の頭上を巨大な剣が横凪に払われ、頭上へ迫っていたブラオヴォルフが一刀両断された。

「あ、ありがとう……ございます」
「……まぁいい、手間が省けた」
「え?」
「魔法が使えないのは本当らしいな」

 大量のブラオヴォルフを全て一人で片付けたゼクトは、剣を収めると僕に話しかけてきた。

「え、あの……」
「お前らがクルトと話しているのを聞いた」

 僕らの会話を盗み聞きしていたのか……やはり信用ならないな。

 僕はゼクトとの会話をすぐにでもやめるべきだと思ったけど、彼女の物腰は柔らかく敵意を感じなかった。それに、僕に話しかけてきた真意を知りたくて、僕は会話を続けた。

「魔力回路がダメージを受けてるらしくて……」
「なるほどな。お前、ダブルだろ」

 ゼクトは石の上に腰を下ろすと、語りかけてきた。親方がゼクトとテトラは王国の回し者の可能性があると言っていた言葉が、脳内でフラッシュバックする。

――情報は漏らすなよ

「えっと、違います」
「ふん、まぁいい。魔力回路の治し方を教えてやろう」
「え?!」
「なんだ? 聞きたく無いのか?」
「いえ……。聞きたいですけど」

 ゼクトの真意がわからない。相変わらず仮面をしたままで表情は読めないし、街の塀につけられた灯りは光源として頼りなく、さらに表情は伺い知れない。

「魔力回路が仮に、二つある場合……。魔力を流しすぎると体内にある魔力回路に摩耗が生じる。これを魔力摩耗と呼ぶが、治し方は二通り」
「二通り?」
「ああ、一つは片方の魔力回路を諦めるか、もう一つは二つの魔力回路を合わせるか」

 諦めるというのは、使えなくなると言うことだろ。しかし、魔力回路を合わせるとは……。

「合わせるってどう言う意味ですか?」
「そのままだ。血管のように隣り合う二つの魔力回路に故意に穴を開け、一つの魔力回路として利用する」
「それってかなり危険なんじゃ……」
「ああ、普通ならまず魔力の暴走で身体中の血管や筋肉が引きちぎれて死ぬ」

 とんでもない事をさらっと言ったぞ。この人……。

「ただし、回復術師はこの限りでは無い」
「なっ……!」
「使えるんだろう。回復魔法……」

 バカな、僕が回復術師だと知る人は限られている。仮に王国側に情報が漏れているとして、ナッシュのギルド員フィーア、調査班の団長のアウス、バルカン村で戦ったレールザッツの3人くらいだ。

 フィーアはヘクセライで捕まってるらしいから、行方を眩ましたレールザッツからか? だとしたら僕のところに大量に追っ手が来ても良さそうだけど。

 僕はゼクトから距離を取り、腰の剣へ手を伸ばした。

「なぜ知っている」
「どうでもいいだろう。そんなこと。それよりも魔力回路を治すのが先じゃ無いのか? そのままでこの後の戦いを乗り切れるのか?」

 なんなんだコイツ……。僕が回復術師であること、この後ヘクセライや王都で激しい戦いがある事、敵味方どちらの情報も持っていると言うのか?!

「ゼクト……君は僕の敵なのか? 味方なのか?」
「さぁな。自分で考えるんだな」

 さらっと長い銀の髪を後ろに流すと、ゼクトは僕を見据えてきた。

「僕は……魔法が使えないと困る」
「なら、さっさと治すべきだな」
「どうすればいい」
「簡単だ。限界まで魔法を使え」
「限界まで?」
「両方の魔法を同時に使うんだ。限界まで」

 さっきジオグランツを使おうとしただけで、物凄い激痛だったのに。あれを限界までか……昨日それで気絶したのに、果たして意識を保てるのだろうか。

 一度ハリルベルとロゼを呼びに……。

「早ければ、明日にはヘクセライ行きの船が来るんだろ?」
「……」

 ゼクトは僕らの事情を全て知っている。知っていて、僕に今治せと言っている。彼女に悪意は無いと思うが……。

「さぁ、やるのかやらないのか。お前の身の安全だけは保証しよう」
「やります」
「ならこれを飲め、気付け薬だ。気を失っては魔法が使えんからな」

 渡された怪しい小瓶の瓶を開けると、僕は一気に飲み干した。栄養ドリンクのような味が口いっぱいに広がる。

「安心しろ、ぶっ倒れたら何度でも起こしてやる」
「クーア! ジオグランツ!」

――頭が割れそうな程の激痛を我慢しながら、僕の魔力回路の荒療治が始まった。
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