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第二章 ベネッサ編

no17...ベネッサ・ユーリーン

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 ここは、どこ……だろう。

 わたしは、どうなったの……。

 思い出せない……。

 わたしの名前は……。

 私は……。

 私は、ベネッサ。 ベネッサ・ユーリーン……。

 そう、私はベネッサ・ユーリーン。

 フェルトグラン領の領主、レオス・ユーリーンの娘。

――コンコン

 ドアをノックする音が部屋に響くと、扉の向こうからお父様が声を聞こえた。

「ベネッサ。そろそろ出るぞ」

「はい、わかりました」

 私は出掛けるため、側使えのカタリーナとシファに服や髪を整えてもらっている最中だった。

「お嬢様、お待たせして申し訳ありません。もう少しです。シファ、そっちを持ってて」

「はい」

 カタリーナは白髪交じりの黒髪をお団子頭にした老婆で、代々我が家に仕える側使えだ。もう歳だし隠居する事をお父様も提案したけど、私達の世話をしてこの屋敷で死ぬのが最高の幸せだと頑なに拒むので、こっちが折れてしまった。

「最高に可愛いですよ。お嬢様」

「ありがとう。カタリーナ」

「シファ、いいですか? 舞踏会の最中にも再度お嬢様の髪を整えなさい。もう一人で出来ますね?」

「はい、お義母様」

 シファは、白い髪を肩まで伸ばし垂れ目がちの黒い瞳をした、可愛らしい小柄の女の子だ。元々は領地の外れにある村の出身だったが、両親がモンスターに殺されてしまい身寄りがなくなったところをうちで引き取った。

 とは言っても、基本的に領主一族の側近は貴族しかなれない。平民など連れていたら他の領地の貴族に笑われるからだ。そのため、シファはカタリーナと養子縁組をして貴族になった。これで誰からも文句はでないだろう。

 もちろん平民の娘と親子になるという、カタリーナの寛大な心がシファの命を繋ぎ止めたのは言うまでもない。

「ルイン、準備は出来てるわね?」

「はい、ベネッサ様。全て馬車に積んであります」

 ルインは私の側近で、主に実務を任せている。黒い髪にキリッとした青い瞳をした青年で、顔はそこそこ。私より一つ上年上の十八歳だが、実務能力と戦闘能力が共に高く、とても頼りにしている。

 ちなみに、ルインはカトリーナの息子、ナートルの長男でもある。
 ナートルはお父様の側近をしており、ルインが私の側近を務めているというわけだ。カトリーナ、ナートル、ルインと親子で名前がしりとりになってるのは、カトリーナの茶めっけらしい……。

「舞踏会用のドレスはどれを積んだの?」

「もちろん、ベネッサ様の好きな藍色のドレスを載せました」

 私がルインに頷くと、ドアの外で門番をしていたカルナセシルが、ドアからひょっこりと顔を出した。

「ベネちゃん、そろそろ時間だよ」

 カルナセシルは私の護衛騎士を担当している女の子だ。武骨な鎧と剣、腰まで伸ばした赤い炎のような髪が今日も輝いている。

「おい、ベネッサ様と呼べと言っているだろう」

 ルインが叱るが、カルナセシルはどこ吹く風だ。

「癖で出ちゃうんだよぉ」

 カルナセシルは、騎士団長の娘だ。歳も近いため、私とルイン、カルナセシルはこの城の中で一緒に育った。それゆえ、私が正式に側近や護衛騎士を召し抱えた後も、昔の呼び名が出てしまうのは仕方ない。ただ、ルインはピタっと呼び方がわかってしまったけど、それはそれで悲しい気もする。

「さ、行くわよ」

 フェルトグラン城を出ると、既に三台の馬車が城前広場に待っていた。先頭二台はお父様とお母様が乗り込んでいるので、私とルインとシファ、それとカルナセシルは最後尾の馬車に乗り込んだ。

「よし、馬車を出せ」

「はっ!」

 お父様の号令で動き出した馬車は、カタコトと石畳を踏みながら城下町を抜け、街道へと出た。

 ここは第二領地のフェルトグラン。このレティーナ王国は、中央と呼ばれる王都とその周りを国境壁と呼ばれる巨大な壁で取り囲んだ、八つの領地から成っている。

「久しぶりに馬車に乗ったけど、この振動を吸収するマジックコイルはやはり良いわね」

「ええ、去年ベネッサ様が発案したマジックコイルは、王からも絶賛されましたからね。今回の領主会議の結果に期待が高まります」

「……そうね」

  ルインの期待とは裏腹に、私の心は晴れないでいた。順位など落としてしまえば良いのに……。

 この国は領地同士の活性化をさせるため、毎年領地の順位付けを行っている。明日はその結果が発表される領主会議。各領地から領主が集められる日だ。

 そして、八つある領地の中で、フェルトグラン領は長い年月、第二領地をキープしている。

「ベネちゃ……ベネッサ様。そろそろ国境付近だよ」

 馬車で揺られること数時間。カルナセシルの声で外を見ると、中央へ入るための国境壁付近へ近づいているのがわかった。

「ありがとう。《サモンテイム》シャドウスパロー」

 私がテイマー魔法を唱えると、手の上の魔法陣に黒い鳥のモンスター【シャドウスパロー】が召喚された。

 私がテイムして育てたシャドウスパローは、隠密行動が得意なモンスターで、主に領地の監視に使っている。

「どう? フェルトグラン城や村の様子に変わりはない?」

 チュンチュン

 領主一同が離れたタイミングを狙って襲撃でもあるかと思ったが、特になかったらしい。そのことをシャドウスパローは報告をくれた。

 他の人にはただの鳴き声に聞こえるが、テイマーにはモンスターの言語を翻訳するスキルもあるため、私にはシャドウスパローが何を言っているかわかる。

「そう、問題ないのね。ありがとう。中央での偵察も頼むわね。見つからない事が最優先よ? わかったわね」

 チュン!

「いつ見ても羨ましいです。お嬢様のテイマースキル」

「不遇と言われるテイマースキルをマスタークラスまで習得したのは、世界広しといえどベネッサ様くらいでしょう」

「ふふ。私の唯一の取り柄ですから」

「しかし中央では、モンスターの使役を禁止されていますのでお気をつけください。去年のように検知魔法に見つかれば、今度こそ懲罰は免れません」

「大丈夫よ。今回はこれを使うわ」

 私は指に付けた指輪の一つを取って見せた。それは赤い宝石の付いた指輪で、これには検知魔法を回避する効果がある。うちの領地で最近発掘された新種の鉱石だ。

「これがベネッサ様がずっと開発していた、検知魔法を無効化するアクセサリーですか」

「これを……。ちょっと足を出してね」

 チュン

 シャドウスパローの足に指輪を通すと、指輪はリサイズ機能により、キュッと小さくなるとシャドウスパローの足に収まった。

「ルイン、検知魔法を使ってごらんなさい」

「かしこまりました。《検知魔法》サーチディテクション」

 ルインは主の護衛のため、このような警戒系のスキルに特化している。これも側近の務めだ。

「なんと、目の前にいるのに検知されませんね……。やはり、ベネッサ様の開発力は恐れ入ります」

「そんな事ないわよ」

「いえ、この開発力で我がフェルトグランは、永らく第二領地の地位にいるのですから」

 ルインが顎に手を当てて、うんうんと頷いてるとシファが国境壁の接近を知らせてくれた。
揺れる馬車の窓から分厚くて白い国境壁が見えると、私はシャドウスパロウを窓の外に飛ばした。

 飛んだ先に見える巨大な建造物、あれがこの国の中心であるレティーナ城だ。
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