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第一部・二章

龍の興味は人間にとって絶望しか残さない

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 アレクセイは上空を確認した。
 こうして改めて見ると、龍とはなんという壮大な生き物なのだろうかと、見惚れてしまう。
 あまりに巨大。あまりに雄大。そしてあまりに圧倒的。
 その猛々しい姿をアレクセイは美しいと思った。そして同時に怖ろしさに心が潰されてしまいそうになる。なのに強く意識しなければ、目を離せそうにない。
 冒険者達が、龍を誉れ高き死に場と言うのも分かる気がする。
 とてもではないが、人間がどうこうできる相手ではない。

 でも――。
 神鳥を見る。神鳥もまたアレクセイを見返した。視線が絡み、アレクセイが一つ頷くと神鳥もまた全て分かっているかのように頷き返した。

「ライヤさん動けますか?」

 <遠い耳>にマナをこめて呼びかける。

『ああ、かろうじてな。小型<門>を開きたいが、龍の力で王城が壊されかねんな』
「撤退したいんですね。じゃあ、あの人形って使えますか?」

 あの人形――。
 この言い方だけでライヤには十分通じた。騎士団加入を報せた日、無理矢理にアレクセイから抜いた血とマナを使った人形だ。

『後は最終調整だけだ。だが、何をする気だ?』

 龍は本当に怖い。でも、言うんだ。このままでは皆死んでしまうのだから。

「人形に憑依した俺が神鳥に乗り、龍を引きつけます。その間に皆は救助者と一緒に撤退してください」
『キミに犠牲になれと言えと? イゴール殿達もいるこの場でか』
「いえ、犠牲にはなる気はないです。死にたくないし。龍を遠くに引きつけたら、まずは神鳥に飛び去ってもらって、俺は人形から抜け出て逃げます」

 <遠い耳>の向こうで、ライヤが歯ぎしりをする音が聞こえた。

 ライヤは決断を下せないでいた。
 聞いた限りでは可能な気がするが、アレクセイには魂が肉体から離れる距離に限界がある。聖山から戻ってきてから訓練をしているようだが、その距離がどれくらい伸びたのかも分からない。
 だが、それ以外に何も方法が思い浮かばなかった。
 アレクセイにばかり危険なことを押しつけることに抵抗がある。
 揺れる。自分は騎士団長という立場だ。決めなければならない。

『仕方ない。その方法で……』

 そこまでライヤが言った時、上空の様子が変わった。
 龍から発せられるマナがだんだんと強くなってくる。



 龍はさっきまでのしばらくの間、空中から地を這いずる小さな存在の中の、小さな体をもつ者を見ていた。

 その長き生の中に置いて、この虫けらが咆哮のすぐ後に動いたという記憶はない。
 数百年前、あの羽虫たちがキズビトと呼んだ草花が戦争を起こした時も、英雄とか呼ばれている者もいたが、誰一人として動けなくなった。

 あの羽虫はなんだろうか?

 龍にとっては、その程度の疑問とほんのわずかな好奇心だった。
 そしてただの気まぐれだった。

 <抗う虫どもよ、ならば戯れよう>

 龍から<音のない言葉>が発せられた。
 この領都にいる誰の頭の中にも、その言葉が響く。
 誰もが驚愕し、そしてこれ以上にない恐怖を覚えた。

 天空の覇者、龍がここに集まっている羽虫のごとき人間達を潰すと、そう宣言したのだ。



 ライヤは<遠い耳>へと叫ぶ。

『本国、すぐに<守人人形まもりてにんぎょう>をアレクセイの近くに転送!』

 もうこうなってはアレクセイの策に賭けるしかない。
 それ以外に待っているのは、確実な死だけなのだから。

 龍が空中から口を開いた。
 また膨大なマナが凝縮していき、空間にゆらゆらと玉のような穴が無数にあいて揺れ始めた。

 この地にあるのはもはや絶望のみか。
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