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記憶、あるいは夢 1
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「お前はスペアにすぎない」
ウォールデン家の次男として、私は物心がつく前より父からそのように言われて育ってきた。
お前はウォールデン家の血統を守り、王家への忠誠を誓うもの。その身は盾であり、駒である。それを常に胸にきざみ、命を賭してつとめあげよ、と。
ウォールデン家は代々宰相職とともに特別な使命を受け継ぎ担ってきた。
宰相職を継ぐ兄のアルフレッドは幼少の頃より父につき、一流の教育を受け、子供の頃からその抜きん出た才覚をいかんなく発揮し神童と謳われてきた。
一方それほど優れていなかった私は、兄に何かあったときの代わりとしてそれ相応の知識を、また殿下の側近として有事の際の盾となるべく剣術と魔法術を修得してきたが、どんなに精進しても人並みの能力しか発揮できず、何も極めることができなかった。
才覚も体術も魔力も全て人並み。
兄のアルのように飛び抜けて明晰な頭脳もなければ、騎士団長の血筋であるドミニクのようにずば抜けた剣技もなく、神力溢れるリアンの魔力にも遠く及ばない。
みな強く自分のなすべきことに誇りを持っている。
それに引きかえ私は。
子供の頃は良かった。
何も考えずに城の裏庭で 殿下たち4人と遊んでた頃が懐かしい。
ドミニクもリアンも私もみな小さく、平等で、平和だった。
いつからだろう。
このようにどうしようもない焦燥感を抱くようになったのは。
私にはなんの取り柄もない。
これでは殿下の側近として、なんの役にもたてない。
せめて殿下に危険が及ぶ時は、盾としてその使命を全うしよう。
ああ、でも。
空間転移の魔法を会得したときは、みんな我が事のように喜んでくれた。
父からは、ウォールデン家の者としてそれ位出来て当然、むしろ遅すぎたくらいだと叱責を受けたが、兄のアルもドミニクもリアンもみなお祝いしてくれて、なかでも殿下は殊の外お喜びくださり言祝ぎとともに短剣をくださった。
これには加護をつけてあるから常に身につけているようにと、殿下が自ら手渡してくれた。
私なんかには勿体ない。
けれど嬉しかった。
これで私もやっと殿下のお役に立てるかもしれない。
そう思えて本当に嬉しかった。
殿下は、こんな落ちこぼれの私にもいつも優しい。
だから私はお受けした。
殿下から婚約者になってほしいという申し出を。
普通なら身分不相応として断るべきところだが、それでも申し出を受けたのには理由がある。
私が婚約者になれば、殿下の抱えている面倒ごとを解決できると思ったのだ。
というのも、殿下はいてしかるべき婚約者をずっと決めてこなかった。
そのせいで父君である陛下や王家派家臣から見合いの催促をされており、その上ことある事にあらゆるご令嬢からアプローチを受けていて、それを穏便にかわすために相当な時間と労力を割いていた。
殿下はただでさえお忙しいお方だ。
身を粉にして公務に取り組んでおられる。
婚約者の席を埋めれば煩わされる時間も減り、殿下の心休まる時間も確保できるだろう。
そう考え、婚約をお受けすることにした。
これは予想通りで即時に効果が出て、殿下の体調も良好になった。
余裕が出来たせいか笑顔も増え、殿下の機嫌が麗しいのは臣下としても喜ばしいかぎりだった。
たとえこれが殿下に正式な婚約者が決まるまでの仮初の婚約だったとしても。
それは殿下の申し出を受ける前の夜に、父から言い含められていた。
「明日お前にオスカー殿下から直々に大切な申し出がある。おまえはそれを受けよ。だが忘れるな。お前はスペアーにしか過ぎないということを」
そして片時も忘れず、つねに言われ続けてきた言葉。
「お前はウォールデン家の血統を守り、王家への忠誠を誓うもの。それは代わりとなる盾であり、駒である。それをつねに胸にきざみ、命を賭してつとめあげよ」
まさかその大切な申し出が婚約だったとは思わず、殿下からそう告げられた時は息を忘れるほど驚いたが、一瞬で現実にかえる。
これはスペアである私の勤め。
殿下の婚約者は、世継ぎを考えれば女性の方がいいことは誰でもわかる。
けれど、殿下はなぜかまだ結婚したくない。
そこで時間稼ぎのために仮初の婚約者をたてる。
男ならたとえ婚約が解消されてもそんなにダメージにならない。
しかも私のような次男なら尚更。
男というだけならドミニクやリアンの方が実力もあり適任だが、2人は長子だから除外されたのだろう。
殿下が本当に婚約したい相手ができるまで、私が婚約者のふりをする。
そうすれば万事うまくおさまる。
殿下からの申し出を受けた日は、麗らかな春の昼下がりだった。
殿下の髪は日の光を受けてまばゆくきらめき、その瞳はサファイアのように美しく澄んでいた。
優美な手がすっと私の手をとる。
その手は温かく、優しく、まるで私のすべてを包みこむようで。
「テオ・ノア・ウォールデン。どうか私と婚約してほしい」
驚きは一瞬、まばたきひとつ分。
ことの理解はその半分。まばたきにも満たない。
「はい殿下。そのお役目、しかと務めあげさせていただきます」
嬉しげに細められる目のなかに私の凡庸な顔が写る。
私の手をとり微笑む殿下は宗教画のごとく美しい。
そう。
私は殿下を愛している。
だが、私はたかがスペアー。
この想いを誰かに打ち明けることは一生ないし、ましてや実ることなどないとよくわきまえている。
スペアーが表舞台に立つことはない。
だからこの婚約がやがて失われるものだとしても、それは初めから偽りなのだから、この想いを封印してつとめあげれば全くなんの問題もないのだ。
ウォールデン家の次男として、私は物心がつく前より父からそのように言われて育ってきた。
お前はウォールデン家の血統を守り、王家への忠誠を誓うもの。その身は盾であり、駒である。それを常に胸にきざみ、命を賭してつとめあげよ、と。
ウォールデン家は代々宰相職とともに特別な使命を受け継ぎ担ってきた。
宰相職を継ぐ兄のアルフレッドは幼少の頃より父につき、一流の教育を受け、子供の頃からその抜きん出た才覚をいかんなく発揮し神童と謳われてきた。
一方それほど優れていなかった私は、兄に何かあったときの代わりとしてそれ相応の知識を、また殿下の側近として有事の際の盾となるべく剣術と魔法術を修得してきたが、どんなに精進しても人並みの能力しか発揮できず、何も極めることができなかった。
才覚も体術も魔力も全て人並み。
兄のアルのように飛び抜けて明晰な頭脳もなければ、騎士団長の血筋であるドミニクのようにずば抜けた剣技もなく、神力溢れるリアンの魔力にも遠く及ばない。
みな強く自分のなすべきことに誇りを持っている。
それに引きかえ私は。
子供の頃は良かった。
何も考えずに城の裏庭で 殿下たち4人と遊んでた頃が懐かしい。
ドミニクもリアンも私もみな小さく、平等で、平和だった。
いつからだろう。
このようにどうしようもない焦燥感を抱くようになったのは。
私にはなんの取り柄もない。
これでは殿下の側近として、なんの役にもたてない。
せめて殿下に危険が及ぶ時は、盾としてその使命を全うしよう。
ああ、でも。
空間転移の魔法を会得したときは、みんな我が事のように喜んでくれた。
父からは、ウォールデン家の者としてそれ位出来て当然、むしろ遅すぎたくらいだと叱責を受けたが、兄のアルもドミニクもリアンもみなお祝いしてくれて、なかでも殿下は殊の外お喜びくださり言祝ぎとともに短剣をくださった。
これには加護をつけてあるから常に身につけているようにと、殿下が自ら手渡してくれた。
私なんかには勿体ない。
けれど嬉しかった。
これで私もやっと殿下のお役に立てるかもしれない。
そう思えて本当に嬉しかった。
殿下は、こんな落ちこぼれの私にもいつも優しい。
だから私はお受けした。
殿下から婚約者になってほしいという申し出を。
普通なら身分不相応として断るべきところだが、それでも申し出を受けたのには理由がある。
私が婚約者になれば、殿下の抱えている面倒ごとを解決できると思ったのだ。
というのも、殿下はいてしかるべき婚約者をずっと決めてこなかった。
そのせいで父君である陛下や王家派家臣から見合いの催促をされており、その上ことある事にあらゆるご令嬢からアプローチを受けていて、それを穏便にかわすために相当な時間と労力を割いていた。
殿下はただでさえお忙しいお方だ。
身を粉にして公務に取り組んでおられる。
婚約者の席を埋めれば煩わされる時間も減り、殿下の心休まる時間も確保できるだろう。
そう考え、婚約をお受けすることにした。
これは予想通りで即時に効果が出て、殿下の体調も良好になった。
余裕が出来たせいか笑顔も増え、殿下の機嫌が麗しいのは臣下としても喜ばしいかぎりだった。
たとえこれが殿下に正式な婚約者が決まるまでの仮初の婚約だったとしても。
それは殿下の申し出を受ける前の夜に、父から言い含められていた。
「明日お前にオスカー殿下から直々に大切な申し出がある。おまえはそれを受けよ。だが忘れるな。お前はスペアーにしか過ぎないということを」
そして片時も忘れず、つねに言われ続けてきた言葉。
「お前はウォールデン家の血統を守り、王家への忠誠を誓うもの。それは代わりとなる盾であり、駒である。それをつねに胸にきざみ、命を賭してつとめあげよ」
まさかその大切な申し出が婚約だったとは思わず、殿下からそう告げられた時は息を忘れるほど驚いたが、一瞬で現実にかえる。
これはスペアである私の勤め。
殿下の婚約者は、世継ぎを考えれば女性の方がいいことは誰でもわかる。
けれど、殿下はなぜかまだ結婚したくない。
そこで時間稼ぎのために仮初の婚約者をたてる。
男ならたとえ婚約が解消されてもそんなにダメージにならない。
しかも私のような次男なら尚更。
男というだけならドミニクやリアンの方が実力もあり適任だが、2人は長子だから除外されたのだろう。
殿下が本当に婚約したい相手ができるまで、私が婚約者のふりをする。
そうすれば万事うまくおさまる。
殿下からの申し出を受けた日は、麗らかな春の昼下がりだった。
殿下の髪は日の光を受けてまばゆくきらめき、その瞳はサファイアのように美しく澄んでいた。
優美な手がすっと私の手をとる。
その手は温かく、優しく、まるで私のすべてを包みこむようで。
「テオ・ノア・ウォールデン。どうか私と婚約してほしい」
驚きは一瞬、まばたきひとつ分。
ことの理解はその半分。まばたきにも満たない。
「はい殿下。そのお役目、しかと務めあげさせていただきます」
嬉しげに細められる目のなかに私の凡庸な顔が写る。
私の手をとり微笑む殿下は宗教画のごとく美しい。
そう。
私は殿下を愛している。
だが、私はたかがスペアー。
この想いを誰かに打ち明けることは一生ないし、ましてや実ることなどないとよくわきまえている。
スペアーが表舞台に立つことはない。
だからこの婚約がやがて失われるものだとしても、それは初めから偽りなのだから、この想いを封印してつとめあげれば全くなんの問題もないのだ。
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