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協力者①
しおりを挟むひとりでおどけているエルシオンはさておき、今のうちに話を詰めておくべきだとキンケードの方へ意識を向ける。
ふたりとも自警団の仕事で日々忙しくしている中、内密に話をするとしたら深夜しか時間の取れない状況が続いていたが、度重なればキンケードの睡眠を削ることになってしまう。特にイバニェス領を出てからは持ち回りの夜番もあり、こちらの事情を打ち明けて以降もなかなか話し合いの機会を持てずにいた。
護衛任務として、一番危険なのは旅の道中。それさえ過ぎればこの屋敷は警備が手厚い。無事にパーティも終わった今宵は、連絡役として働いたセト共々ようやく一息つけるというわけだ。
やたらとキンケードに纏わりつきたがるセトはともかく、彼の方もこの空き時間に話を進めるつもりで来たのだろう。懐く白竜を頭にのせたまま、 屋根の下に設えられたベンチへどかりと腰を下ろす。
「最近ずっとバタバタしてて悪かったな。どうにかひと山越えたし、改めて今後のことを確認させてもらいたいんだが、いいか?」
<もちろんだ。こちらの都合へ付き合わせることになるのだから、不明点があれば何でも訊いてくれ。もう今さら、お前に対して隠し立てすることもない>
こんな状態になってからエルシオンにはずいぶん助けられてきたが、いかんせんこれまでの行いのせいで立場が悪く、あまり自由に動けない。武器強盗の件を白紙にされた八朔も今は自警団預かりの身だし、金歌はサルメンハーラの復旧に手一杯だから私的なことで協力を頼むのは躊躇われる。
自分の事情をすでに知っている彼らの他に、どうしてもイバニェス側の協力者が必要だった。人となりを信頼できて、こちらの背景を含め理解してもらえる、そんな相手が。
全てを打ち明けられそうな候補として挙がったのは、カミロかキンケード。……その二択でどちらを選ぶか、不思議と迷いはなかった。
「嬢ちゃんが生まれる前は実は『魔王』で、サルメンハーラでいっぺん死んだら中身が玉に移って、なんでか体の方はこれまで通り生活してるときたからなぁ。これ以上の何が出てきても驚きゃしねーよ。 むしろ自分の許容範囲の広さに自分で驚いてるくらいだ」
そんなことを言いながらも、この男は以前までのリリアーナが元『魔王』デスタリオラだったことや、自分の現状を打ち明けた際にもあまり驚いた顔をしていなかった。浮かべたのは納得と呆れの混じった微妙な表情。
リリアーナとして接している間に薄々気づく何かがあったのか訊いてみれば、あれが普通の子どもじゃないことくらいさすがに分かる、なんてぼやいていたが。きっと勘が鋭いことの照れ隠しだろう。
口元を歪めて苦笑を浮かべるキンケードは、「むしろ」 と言い置いてから鋭い横目でエルシオンを見た。
「自分を殺した相手に死後まで追いかけ回されて、 おまけに今は四六時中くっついてるわけだろ? お前さんの度量の大きさもどうかしてるっつうか……正直なとこ、いいのかそれ?」
<その件に関してはわたしもどうかと思ってはいるんだが。 今のところ害はないし、 何かと役に立つのも事実だからな>
「まぁ、本人が良いならそんでいいんだけどよ。自警団でも良いようにコキ使ってる手前、 役立たずとは言わねぇ。新入りのぺーぺーに剣術指南させるなんざ、オレも焼きが回ったもんだぜ」
後頭部を掻くキンケードの手をなぞり、セトが尻尾を使って器用に同じ場所を掻いてやる。上機嫌な白竜を頭に乗せたまま、目線で「コイツどうにかならんか?」と訊ねられている気もするが、奔放に付きまとうセトを厳しく叱りつけないのはキンケード自身だ。本人が嫌がっていないなら放っておくしかない。
そんなひとりと一匹の正面、空いたベンチにエルシオンがだらしなく足を伸ばして腰かけた。
「これでも五十年は剣を振ってるからねー。レアな機会だと思って、素直に教えを受けときなよ。こーいうこと言うとまた人間性を疑われそうで何だけど、結局は相手を害する道具なワケだからさ、 思い切りの良さが足りないイコール実戦経験不足なんだよ、最近のひとって。イバニェスに残ったみんなも、 今晩がイイ経験になったんじゃない?」
「戦の経験なんざ、ないに越したことねーんだけどな。世代交代の前にまたこんな争いが起きてるのはイバニェスくらいなモンだぜ。まぁ、お前の言う通り、最近は命がけで戦うような魔物も減ったから、実際のとこ経験不足は否めねぇ」
聖王国内に棲息する魔物が減少した分、今は天敵のいなくなった野犬や狂暴な野生動物の群れが町や人々を襲っているらしいが、イバニェスなどの西側地域だとその手の被害はあまり出ていない。普段から盗賊や野犬を想定した戦闘訓練を積んでいても、キンケードの言う通り実戦で剣を振る機会は少ないだろう。
「……って言っても、白竜クンがさくっと鎮静化させちゃったんだっけ? なーんか、それを見越してお兄ちゃんに陣頭指揮を任せた気もするけど。何だかんだ言って優しいもんねぇ、あの領主サマ。戦争の空気にはふれさせたいけど、手は汚させたくなかったって感じ?」
「ファラムンドは親馬鹿だが、そこまでじゃねぇよ。あんましアダルベルトやウチの若ぇのの覚悟を嘲笑ってくれるな、勇者サマよお」
互いの間で険悪な空気が流れるものの、エルシオンは気にした素振りもなく両肩をすくめる。
「いつも雑用を振るみたく、オレひとりに解決を任せちゃうのが一番楽で手っ取り早かったって、ホントは分かってるでしょ? 命じてくれれば、どんな汚れ仕事もぱぱっと片付けてあげるのに」
数十年前そうしていたように。
言外に、領主という存在への嘲りが透けて見えるエルシオンの言葉にキンケードが鼻白む。本人も別に嫌味で言っているわけではなく、本心からそう思っているという言い様だ。何百、何千人いようが『害獣駆除』くらい簡単だと。
だが今回の采配でファラムンドが重要視したのは、たぶん手段でも後処理でもなく、もっと別のことではないだろうか。憎まれ口を叩きながらも、いつも家族や領民を第一としてきたかつての父を想う。
<此度の争乱は、確かにお前やセトを利用すれば楽に解決できただろう。だが、どれだけ心的負担があろうと、犠牲の出る可能性があろうと、当事者たちの手による解決が必要だったのではないかと思う。兄──アダルベルトにも、若い自警団員たちにとっても、今日のことは忘れ得ぬ経験となる。たとえお前ひとりが完璧に掃討を遂げたって、問題の一時しのぎにしかならんだろう?>
「そうだな、これはイバニェス領がずっと直面してきてる問題だ。住民には詳細を伏せとく手筈だが、守るオレたちはそうもいかん。東に魔王領、北にクレーモラが隣接してる限り、この先も同じようなことは起きるだろうよ」
キヴィランタからの侵攻など数百年は起きていないはずだが、領同士の諍いはこれまでも無数にあったらしい。法で禁止されていようと、そうお行儀の良い者ばかりではない。
予兆、警戒、備え、……それらの経験と知識を蓄えて次に生かしたり、次代へ繋げていく必要がある。
口々に紡がれる言葉を聞いたエルシオンが、しばしぽかんと間の抜けた表情になり、それからくしゃりと顔面を歪めて自嘲に満ちた笑みを浮かべる。
「ああ、なるほど。この先の、未来のため、か……。やっぱダメだなぁ、オレの考えって今を生きてない。ペレ爺にも散々言われたんだよ、発想や望みが刹那的だって」
「特殊な生い立ちだってぇのは理解するがな、テメェは自分の力に酔ってるとこあるだろ。どうせこうだろとか、どうせ他人なんてとか、何でも諦めて上から目線で見てやがる。そーいうのな、つまらんからやめられそーならやめとけ」
「あはははぁ、善処したいなぁ……」
がっくりと項垂れたエルシオンはそこで黙り、眼差しに気まずさを残したキンケードが軽く咳払いをして腰の座りを正した。
「ちょうど話にも出たが、これから向かうつもりなんだろ、魔王領に」
<うむ、そうだな>
「その玉っころに元いたネズ公をどうにか戻して、お前さんも別の体を手に入れるんだとか言ってたが。行けばどうにかなるモンなのか、目算は?」
現状、わからないことばかりで確かなことなどひとつもない。この一年は宝玉の持つ機能に慣れるためと、『リリアーナ』たちを見守ることに時間を費やしてきた。
自分としてはもう少しこのまま過ごしていても構わないけれど、エルシオンの休暇取得が一年後と決まった際、その期間を利用して動こうと相談して決めたのだ。
幸い、この一年間イバニェス家のそばで観察していても、リリアーナとその周囲に異変はなかった。今使える機能では身体構造の詳細まで調べることはできないけれど、カミロも前と変わらず元気そうに見える。
もう自分が見守る必要はない、……そう判断した。
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