上 下
411 / 431

悪徳令嬢への道

しおりを挟む

 少年から発せられた言葉の意味がすぐには分からなかったらしく、リリアーナの動きが止まった。
 ゆっくりと首を動かしてクストディアを見て、その後ろで静かに控えるシャムサレムを見上げ、それからもう一度クストディアを見る。じわじわと理解がしみて、両手を握りしめたまま驚愕に目と口を大きく開く。

「……え? えっ? そういう、そういうことになったのか?」

 珍しいくらいの驚きに満ちたその反応が予想通りだったのか、愉しげに鼻で嗤うクストディア。だがすぐに片手を振って「違うわよ」とノーアの推察を一蹴する。

「シャムとはそういう・・・・関係じゃないわ、これまでも、この先も一生ね。私は誰とも結婚しないし子も産まない。だから、適当な時期になったら分家から何人か見習いを取って、才を見込んだ奴を養子にして領主を継がせるって事で、内々に話がついてるのよ」

「なるほど。妙に反発のない移譲だと思ったら、裏でそんな話になっていたのか」

「え? 養子……え? シャムとはつまり、どうなるんだ?」

「別にどうもしないわ、今まで通り私の専属護衛よ。ずっと一緒にいるためには、これが一番都合がいいの」

 都合、と。クストディアは自嘲を含ませながら諭すような口調でそう告げる。
 短い説明だけで状況を把握しきっている様子のノーアとは正反対に、リリアーナは不服さを隠し切れず唇を引き結んで言葉を飲み込む。
 言っていることが頭でわかっても、感情では理解はし難い。だけど、そんな意味のない反発をしてどうなる話でもないから文句を言ったりはしない。……そんな考えが顔に描いてあるかのようだった。

「一生を共に過ごすために、伴侶という形をあえて取らない、ということか。そういうのもあるんだなぁ……」

 領同士の結束を高めるため、あるいは力のある家との繋がりを持ち互いの利益とするため、婚姻によって結びつきを得る。リリアーナも幼い頃から、領主家に生まれた者の大事な役割だと再三に渡り教えを受けてきた。
 だが、周囲の言葉や読書によって、本来の『結婚』はそれだけではないと知るようになった。寄り添いともに生きるため、好ましく想う同士で結ばれる。自分は・・・ともかく、クストディアがそんな選択をできたなら喜ばしいことだと思った。
 まさか、立場による婚姻でもなく、感情を優先して添い遂げるのでもない、さらに別の選択肢があったなんて。制度も手段も、色んな形があるんだなと妙な感心をしてしまう。

「基本がなっていない君が妙な学習をしないように一応釘を刺しておくけど、彼女の場合は例外中の例外だ。本来は血を残すため直系のみと定められているのだし、分家からの養子と言えどブエナペントゥラ氏から見た親等は限られる。……これも推測に過ぎないけど、婚姻をしないためにロクでもない嘘を吐くつもりなんじゃないか?」

(領主家の、直系の血を残すため……?)

「あら、さすが大祭祀長様は何でもお見通しね。そうよ、親族どもには、私は子どもを産めない体だって言っているわ。……まぁ、試したことないから本当の所はわからないけど」

 唇でうつくしく弧を描くクストディアに、心底嫌そうな顔で沈黙を返すノーア。そのことについて特に言及するつもりはないのか、しばし俯いてからソファの背もたれに後頭部を預け、そのままずるずると溶けるように体勢を崩していく。

「こんなデリケートな話をするためにここへ引っ込んだ訳じゃないのに、休息のつもりが余計に疲れた……。悪いけど、僕は少し休ませてもらうから、あとは勝手にしていてくれ」

「勝手ね! 言われなくたって、そもそもここは私たちが使うために用意した部屋よ! んもう、不愉快だわ、寝台へ移れと言ったってこの調子じゃあ、自分で動く気もないのでしょう」

 憤慨しながら勢いよく席を立ち、「その白い肌を摺り下ろして白粉として売ってやろうかしら」なんて恐ろしいことを呟くクストディアに追随し、リリアーナもソファから立ち上がる。
 しばらく収まりのよい格好を探って身じろぎしていたノーアも、落ち着く角度を得たのか、腹の上で指を組んですっかり寝入る体勢だ。宣言通り、その場で会話を続けても全く気にしなさそうだが、意外と気遣いをするクストディアは少し離れたカウチソファへとリリアーナをいざなった。
 使っていた茶器は一度下げ、シャムサレムが新たなカップと菓子を運んでくる。保冷のポットから注がれたのは香茶ではなく、澄んだ薄紅色の果実水だった。

「いい香りだな、ベリーを絞ったものか?」

「ふふん、葡萄のとある品種を使って、色と香りが損なわれないように特別な処置がしてあるのよ。そこらの葡萄酒なんて消し飛ぶくらい値が張るのだから、一滴も漏らさず堪能なさい!」

「うん、おいしい。……クストディアはすごいな、美術品の目利きだけでなく、飲食物や調度も自ら良いものを選りすぐることができる。兄上たちも大した能力だと褒めていた」

「それだけ目も舌も肥やしてきたってことよ。あとは権力とお金があればどうとでも……まぁ、最近はほんの少しだけ別の手も使っているけれど」

 クストディアはそこで気まずげに視線を逸らし、何かを思い出したようにはっと目を瞠ってから鋭い視線をリリアーナに向ける。

「目利きと言うなら、あんた、何よ突然ガラス細工の取り引きなんて始めて! デザインから流通まで、裏で一手に取り仕切ってるって話じゃない? 前に来た時はそんな事ひとことも言ってなかったのに、一体どういう了見よ?」

「いや、取り仕切っているという程では……。砂時計はサルメンハーラにいた職人の作だし、改良の助言をしたのはアダルベルト兄上で、商品化への調整はレオ兄で、流通関係は懇意にしている行商人が張り切ってて、あと訳あって譲り受けた店舗と、たまたま宝飾品の職人との伝手が……」

「だから、それを全部結び付けてんのがあんたでしょって話よ! んもう、商売っ気があるのは次男だけだと油断したわ、もっと早く知ってたら無理矢理にでも一枚噛んでたのに!」

 商品化からほんの一年足らずで中央に旋風を巻き起こした繊細な飾り砂時計は、稀少さはもとより、芸術性のあまりの高さから天井知らずの値がついた。
 光を取り込み千変万化の色彩を放つ、まるで金剛石のような輝き。細工の全てが精巧でありながら多少の衝撃では折れることもない、既存のガラス工芸品とは一線を画した存在感。砂時計の形を取りながらも、もはやそれを実用品として見る者はいなかった。
 職人の手技やアダルベルト主導による採石場の管理費なども考慮しつつ、リリアーナ側の個人的な思惑もあり『とっても高価』な値段設定をしたのだが、実際は間に入ったレオカディオがその三百倍の価格で売り出した。──バカ売れした。

 そんな裏事情をかいつまんで話すと、所々で頭痛をこらえるようにこめかみを揉んでいたクストディアが、ふと怪訝そうな顔をする。

「なによ、あんたの思惑って?」

「いや、うん、とても私的な都合で……あんまり他人に言ったこともないから、ちょっと照れるんだが」

「もったいぶらないでさっさと言いなさいよ」

 膝の上で指先をいじり、どう言葉にするか考える間を挟んでから、リリアーナは何かを躊躇うように隣に座るクストディアを伺う。

「その、お前はこの先、サーレンバー領の領主に就くわけだが、どんな風になりたいとか決めているか?」

「さらに儲けてもっと金回りを良くして一生優雅に暮らすわ」

「ブレないな……」

 呆れと感嘆のない交ぜになった声を漏らすと、自分はどうなのかと小脇を突いて急かされる。それでようやく踏ん切りがついたように、リリアーナは慎重に言葉を区切りながら話しはじめた。

「わたしは、まだ具体的に将来どうしたいとか、そういうのはないのだが。ずっと前から、悪くなりたいと思っていて、」

「悪くって何よそれ、非行には程遠いようだし、犯罪に手を染める訳でもないんでしょう?」

「ええっと、悪い……悪徳の限りを尽す? 悪評が立って人々に見限られるような、悪い令嬢を目指して……、いや、でも父上や兄上たちの迷惑になるようなことは避けたいから、まずは扱う商品で暴利を貪ってみようと思ったのに……うーん、どうなんだろうな?」

 自分でもあまりわかっていないことを無理に言語化したような、支離滅裂で説明にもなっていない思いの羅列。そんな言葉を一体どう受け取ったのか、クストディアは全てを見透かしたようにすいと目を細めた。

「自分で自分の悪評を広めたいと?」

「うん、簡単に言うとそうだな」

「ふぅん……まぁそういうことなら、手始めに商売っていう着眼点自体は悪くないんじゃないかしら? でもひとつ、致命的なミスをしたわね」

「ミス?」

 不思議そうに瞬くリリアーナへ、教導を授ける素振りを気取ったクストディアは愉快そうに笑いながら、立てた人差し指を左右に振って見せる。

「この私を誰だと思ってるの? サーレンバーの毒婦、領主のすねかじりと蔑まれた穀潰しの虫。云わばその道の先達よ。評判を下げるって話なら、まず真っ先に私へ相談しなさいよね!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

処理中です...