216 / 431
お嬢様会談②
しおりを挟む訪問の先触れを出してあるためか、今日はノックからそう間を置かずに扉が開かれた。
これまでの二回の訪問も、一応先に報せは出していたはずだが。部屋の主の胸中はどうあれ、今回は少なからず歓迎の意識があるようだ。
応対に出た黒鎧はやはり何も言わぬまま部屋に招き入れ、奥まで先導して歩き出す。金属の擦過音をたてながら歩く様子も、林立する物品の多さも相変わらずだった。
前の二回とは異なる道筋を経て、着いたのは向かい合わせに設えられた空色のソファセット。毛織の模様が華やかなラグが敷かれ、正面の席では足を組んだクストディアが優雅にティーカップを傾けている。
ドレスとは異なる色のリボンを使い、頭の高い位置でふたつに結った髪型もこれまで通り。訪問客が姿を見せたことにはとうに気づいているだろうに、歓迎の挨拶どころか視線を向けようともしない。
無礼も三度目ともなれば慣れたもの。こちらの要望で時間を割いてもらったのだし、と割り切って、リリアーナは教わった通りの礼の形を取る。
「ごきげんよう、クストディア様。本日は来訪のご許可をありがとうございます」
「あ、僕はただの付き添いだから、いないものとでも思って気にしないでいいよ」
スカートを摘まんできちんと礼をすると、クストディアはあからさまに嫌そうな顔をしながら対面のソファを指さした。
兄とふたりで着席をしても、お茶などは出てこない。元より期待はしていないが、もしかしたら毒見役のいない場では、自分たちが飲食物を口にしないと知っているのかもしれない。
「よくもぬけぬけと顔を出せたものね」
「どこへ出しても恥ずかしくない顔をしているもんでね」
その場にいる三人分の視線を受け、レオカディオは口を禁んだ。
「先日は失礼を。そちらの鎧の方は、転倒でお怪我などされませんでしたか?」
「顔面を打って鼻血を出したわ」
隣の兄がひとりで噴き出してくつくつと笑うが、気にせずにおく。
「護身のためとはいえ、痛い思いをさせて申し訳ありませんでした、名は……たしかシャムサレムといいましたか。その甲冑、要所が重すぎる上に間接部が干渉して動きに支障が出ているようです。ああいう咄嗟の転倒時に受け身を取ることもできないのは今後も困るでしょうから、専門の職人へ任せて調整をしてもらったほうが良いと思いますよ」
顔を強打させた侘びと親切心からそう声をかけると、鎧の男は頭をわずかに傾けクストディアを見てから、また元通り直立の姿勢に戻った。言葉で応える気はないらしい。
「恩着せがましいわね、怪我をさせておいて謝罪のひとつもないのかしら?」
「それなら主人として君が謝るのが先だろう。イバニェス家の令嬢に負傷をさせて、知らん振りで済むと本気で思ってるの? もし痣が少しでも残るようなら、嫁入り前の娘を傷物にした咎だ、そっちの鎧の人はコレで終わる話じゃないよ」
レオカディオは「コレ」と言いながら、手刀の形にした指先で首を切る動作をして見せた。もちろん、免職という意味ではなく物理的なものを指しているのだろう。
「その程度で私を脅しているつもり?」
「まっさかぁ。謝る気もなければ賠償能力もない君を脅したところで、こっちが何か得するわけでもないし。ただ、管理責任を問われるのは飼い主の方でも、処分受けるのはそっちの彼なんだからさ。ろくな躾ができないんなら、首輪をして鎖にでも繋いでおかないと」
「ふん。いないものにしては、ずいぶんと良く喋る置物だこと」
ただの付き添いだと自分で言っておきながら、どうしてこうも余計な口が回るのだろう。体調不良はどこへ行った。隣で流暢に嫌味を並べるレオカディオは、むしろ生き生きとしているようにすら見える。
「これは喋る置物だとでも思って、どうか気にしないでください」
「えー、何その扱い」
「兄上、今日は穏便な話し合いに来たんです。いい加減に黙らないと、ご自慢の顔へ泥炭を塗りたくりますよ」
横目でそう宣言すると、レオカディオは唇を尖らせて黙りこんだ。
三度目にしでようやくクストディアと落ち着いて話せる場が持てたのに、出だしから険悪な雰囲気にされてはたまらない。
「言っておくけれど、私は謝るつもりなんてこれっぽちもないわ。謝罪させるつもりで来たならお生憎さまね。その子が勝手に蹴りつけて勝手に怪我をしただけ、シャムにも私にも落ち度なんてあるものですか」
肘掛けに腕を置き、余裕の態度でそんなことをのたまうクストディアだが、強引に取り押さえようとしたことや、顔以外なら傷つけても良いなんて指示を出したことは忘れ去っているのだろうか。
別に資客としての扱いだとか、令嬢らしい振る舞いだとかを期待して来たわけでもないのだが、この傍若無人な態度を改めようともしない少女を前にしていると、こちらばかり礼を尽くしているのが馬鹿らしくなってくる。
頭の中で怖い顔をしているバレンティン夫人のことは、一旦隅に置くことにした。
「……はぁ。もういい、何だか面倒くさくなった」
「は?」
「謝罪は求めていないし、今日だって形ばかりの礼を押し付け合うつもりはない。どうせ他に誰も見ていないのだからな、わたしも楽にさせてもらおう。それと、先日の負傷については自分にも落ち度があったと思っている。互いに痛み分けということにして水に流し、今日は忌憚なく話をさせてもらいたいのだが、どうだろう?」
ぽかんと口を開けていたクストディアの眉がつり上がり、きつめの眦が一層鋭くなる。
「何よそれ、痛い目見たから生意気な口をきいても許せと言うの? 良識を疑うわね、イバニェスでは礼節ってものをちゃんと教えているのかしら」
「お前に良識や礼節について語る口があるとも思えんがな。私とて、敬意を払うべき相手にはきちんと礼を弁えて話をする。先に無礼な対応をしたのはそちらだろうに。お前が礼を弁えないのなら、わたしからも礼を尽くす義理はないはずだ」
「何ですって……?」
「リリアーナはウチではいつもこんな感じだよ。まぁ、もっとも、君がそれを吹聴したところで誰も信じやしないだろうけど。普段の行いと積み重ねた信頼の差が出るよねぇ。さすが僕の妹なだけあって外面はいいからさ、素直な子どもは大人受けするんだよ」
少しの間も黙っていることのできない次兄は、なぜか得意満面でいらぬことばかりを喋る。半眼になったクストディアは感情の抜け落ちた眼差しで隣を睨みつけているが、リリアーナは自分も同じような顔をしている自覚があった。
「……泥炭ではなく馬糞でも口に詰めておくべきじゃないかしら」
「……そうだな、次に余計なことを言ったら口を塞いでしまおう」
「え、そこでふたりが結託するのおかしくない?」
そう言って驚いて見せる様子もどこか芝居がかっており、この兄に付き添いを頼んだことを少しだけ後悔した。
「レオ兄、ただ付いて行くだけと自分で言っていたはずだろう。これ以上つまらぬ横槍を入れて話の邪魔をするなら、席を外してもらうぞ」
「付き添いにコレを選んだ時点で人選ミスだと思うのだけど」
「お前が護衛も侍女もだめだと言うから、こんなことになったのではないか」
「だったら家庭教師を連れてくれば良かったじゃない。凄腕の女魔法師がいるんでしょう、どんなものかちょっと見てみたかったのに」
凄腕と聞いて理解に間が空いてしまったが、カステルヘルミのことを指しているのだとわかった。まだサーレンバー領では魔法の披露などしていないのに、一体誰から凄腕なんて話を聞いたのだろう。噂の尾ひれとかいうものだろうか?
「家庭教師を……カステルヘルミを連れてくるよう仕向けるために、護衛の同行を禁じたのか? 迂遠なことをする、はっきりそう言えば良かったろうに。だが、あれは打たれ強いわりに一度へこむと元に戻るまでしばらくかかるから、お前にいじめられると困ると思って連れてこなかった」
「別にいじめやしないわよ。部屋の調度品を燃やされでもしたら嫌だもの」
そよ風を吹かせる程度しか扱えない上、怒らせたところで魔法による報復なんてする気質ではないから、害になる心配など無用のものだが。
まぁ、わざわざここで言う必要もないだろう。魔法の腕を恐れていたほうが、いじめられる心配もいらない。
「では、今からでもカステルヘルミと交換してこようか。あれは黙っていろと言えば何時間でもじっとしている忍耐と根性がある。うちの次兄と違ってな」
「そうね。この置物、目障りだからそうしてちょうだい」
「ちょっと、待った、自薦した上に途中で投げ出したら父上たちに怒られちゃうよ。わかった、今度こそ黙って置物になってるから、ふたりは僕に構わず話を続けて」
慌てたように両手を振り、そのまま重ねた手で口を塞いで見せるレオカディオは、何とかこの場に居座りたいようだ。
毎日忙しそうにしている中、予定を空けてまで付き添いに来てくれたわけだし、邪魔さえしないのであれば自分はそれでも構わないが。と、リリアーナは向かいのクストディアへ可否を問う視線を向ける。
「ふん。あんな腰抜け親父が怖いだなんて、あんたも大したことないわね。未だに親離れもできないの? まあいいわ。それで、そっちのお嬢さんは私に一体何の用なのかしら」
「それ、それだ。前回も父上や私のことを悪し様に罵ってくれたろう。なぜそうも嫌うのか、さっぱりわからないから理由を訊きたいと思ってな」
クストディアにはいくつも訊ねたいことがあるけれど、最たる目的は自分やファラムンドに対する憎しみの理由を問うことだ。
『魔王』であった生前ならともかく、今の『リリアーナ』は初対面の相手から強い憎悪を向けられるような覚えはない。ファラムンドだって、実直に領主としての務めに励む彼の、一体どこに嫌う要素があるというのか。
全くの無関係な人物なら気にせずにもいられたが、隣領の領主の娘から理由もわらかず憎まれたままでいるのは、どうにも不可解で腑に落ちない。
「そんなことのためにわざわざ? よっぽど暇なのね……。シャム、お茶。こないだのベリーのやつ、ミルクと砂糖多め」
「あ、わたしはミルク多めの砂糖は少なめで」
「僕はミルク抜き砂糖たっぷりで」
「……生憎と、置物に出すお茶はないわ。シャム、二杯よ」
銘々が好きに注文をつけてから、心底嫌そうな顔のクストディアが指を二本立てる。
侍女の代わりを務めているという話は本当のようで、指示を受けた黒鎧はひとつうなずくと、大きなキャビネットの向こうに消えて行った。
0
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる