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四角い街並みと人生設計

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 通りの石畳が規則的に並ぶため、車輪がずっと同じペースでガタガタと音をたてている。アルトの見立てでは軸との接続部分に爬虫類の皮を巻いているらしく、借り受けた馬車はイバニェスのものと同じくらい揺れが少なかった。
 お茶に冷水に茶菓子にと、ブエナペントゥラの指示によって様々な品を用意された車内は、この音と揺れさえなければどこかの待合室のようだ。内装も贅を尽くしたもので、やたらときらびやかな色合いはリリアーナにとって少しばかり落ち着かない。
 停車するまでお茶は飲みにくいので断っており、籠で出された焼き菓子をひとつ摘まんで窓の外を眺める。表面に乱反射の加工を施された車窓は外から中が見えにくいようになっているとのことで、サーレンバー領へ着いた時よりも悠々と見物することができた。
 来た時とは違う道を通っているが、やはりどの建物も堅牢で四角い印象のある街並みだ。

「最初は生地のお店と、併設されているレース屋さんを見て、その次が宝飾品と小物を扱っているお店でしたわね。お買い物なんて久しぶりですから、楽しみですわ~。ねぇ、フェリバさん」

「そうですね、私もリリアーナ様に似合うリボンとか、春物に使えそうな生地があればいいなーって思います」

「あら、ご自身で使われるものを見繕ってもよろしいのではなくて?」

「ううーん、じゃあ弟たちにお土産でも……。何か珍しい調味料があればお父さんも喜ぶかなぁ。一番の目的はトマサさんへのお土産を選ぶことだから、後回しでもいいんですけど」

「まぁ、オフの時くらいご自分を最優先になさいませ! せっかく良いお店をご紹介頂けたのですから、イバニェス領では買えないような掘り出し物を一緒に探しましょう、お洋服も小物も化粧品も!」

 隣に座ったカステルヘルミと正面のフェリバが斜めに会話を交わし、その話が盛り上がるほど、自分と対角線の位置にいるテオドゥロが肩身狭そうに縮こまっていた。
 今日はいつもの黒い制服ではなく、イバニェス家の従者たちと同じ、丈の長い服を着ている。帯剣もしていないし、髪をきっちり整えた外見は屋敷の文官たちとも大差ない。変装というほどではないが、買い物の最中は護衛が物々しくならないようこの格好でついてくるらしい。
 六人がけの車内にはこの四人しかいないため、元々ゆとりを持って造られた長椅子は足を伸ばせるくらい余裕がある。一応、案内と世話役にサーレンバー邸の使用人がついてこようとしたのだが、それを断ったのはキンケードだった。身内だけのほうが気を楽にして買い物を楽しめる……という口上の裏に、信頼できる者だけで行動する方がより安全という意図が薄っすらと見えた。
 そのキンケードは御者の補佐に扮して馬車後部に立ち乗りを、エーヴィは侍女の装いのまま御者の隣に座っている。

 今日は気晴らしのための買い物ということになっているが、その最たる目的のひとつであったフェリバの落ち込みは、もうとっくに復調しているようだ。
 今朝も朝食後からずっとカステルヘルミとばたばた支度をして楽しそうにしている。自分の怪我のせいで気落ちしている様子だったから、買い物に出ることで憂さ晴らしができればと思ったのだが、その必要もなく元気でいてくれるならそれでいい。あんな無理をして笑うフェリバの顔は、もう見たくない。

 ……昨日、サーレンバー邸の書斎から戻った後。カステルヘルミの助言通りにフェリバの前でくるりと回転してスカートの広がる様子を披露してみたところ、予想以上の反応で「もう一回! もう一回お願いします!」を四回も繰り返されてさすがに目が回った。
 まさかあの程度のことで、こんなに精彩が回復するとは思わなかった。鏡の前でやってみても、何が良いのか自分ではさっぱりわからず――

「……ですわよねぇ、リリアーナ様」

「え? あ、すまない。聞いていなかった。もう一度頼む」

「フェリバさんの私服のことですわ。せっかくこうして三人で出てきたのですもの、リリアーナ様もご一緒に選びましょう。温かそうな冬物もいいですし、生地を買うなら春用の色ですわね」

「えぇぇ~私の服なんてどうでもいいですよー! それよりリリアーナ様の髪飾りを選びましょう、そっちのほうが絶対楽しいですって!」

 当人は両手の握り拳を上下に振りながらそう主張するものの、この買い物でフェリバの私服を選んでやるというカステルヘルミの意見には賛成だった。
 今日のフェリバの装いは普段の侍女の制服ではなく、白いブラウスに落ち着いた香茶色のワンピース、そこへ羊毛を編んだストールを合わせている。服はカステルヘルミの私物からレースやカフスや何やらごてごてした飾りを取り払ったもので、ストールは手持ちから貸したもの。
 梳いた髪を結ってリボンで留め、薄く化粧を施されたフェリバは、リリアーナから見ても良家の息女として十分通じそうな仕上がりだ。
 侍女の制服を脱いでほしいというのは、一日だけ仕事から離れ、友人として一緒に楽しみたいというカステルヘルミの要望でもあり、ともに気晴らしに出るならそれはリリアーナにとっても望む所だった。だが、フェリバが私服を持ってきていないことが発覚し、カステルヘルミとふたりであれこれ持ち寄る羽目になった。
 急遽あり合わせで何とかした格好のわりには、良く似合っている。ただ、胸元の布が張っていて苦しそうだから、早く店に行ってサイズの合うものを見繕ってやりたいと思う。

「そのうち、わたしとコンティエラの街を歩きたいと言っていたろう。その時に着る服だと思って選べばいい。まぁ、次の春に行けるかどうかはわからんが」

「ううー、確かに、リリアーナ様と並んで歩くなら、つぎあてだらけの古着なんて着られませんけど……でもせっかくのお出かけで私なんかの物を、」

「何だ、わたしの見繕った服は着られないとでも?」

「いいえ、とんでもない、喜んでっ!」

 音のしそうな素早さで敬礼をするフェリバの横で、テオドゥロが口元を隠しながらこっそり笑っていた。
 賑やかな馬車内の会話は、小窓を挟んで御者台のエーヴィまで届いているだろうか。必要な会話には応じるものの、未だにフェリバたちと距離を取っているエーヴィは、こうした雑談にも混ざってくることがない。私語を交わしたのは、あの花畑で亡き姉の話を聞いた時くらいだろう。

 元気を取り戻したフェリバに引きずられるように、カステルヘルミも朝からはしゃいでいる。余程買い物に行けるのが嬉しいのかと思っていたら、どうやらイバニェスの屋敷にいた頃はあまり街へ出られなかったらしく、彼女なりに鬱憤が溜まっていたようだ。
 街と屋敷が離れているため、雇われの身では軽々に私用の外出を言い出せなかったのだろう。意外と繊細な気質のカステルヘルミらしいと言えば、らしいのだが。そうした部分に気づいてやれなかったことは少し申し訳なかったと思うので、彼女にも今日の買い物を存分に楽しんでもらいたい。


<――……、……!>

「ん……?」

 何か聴こえた気がして、窓の外を見る。
 広々とした通りには荷車や馬車、談笑する住民らが行き交っておりとても賑やかだ。その中から誰かの声がたまたま耳に入ったのだろうか、視線を向けてみても特に気になるものはなかった。
 席に座り直して、籠からまたひとつ菓子を取ろうと指を伸ばす。
 ……そこで、ぞくりと背筋に走った悪寒に手が止まる。服の下で腕に鳥肌が立っているのがわかる。首の後ろあたりまでちりちりした。
 寒気だろうか、窓は換気のため少し開けられており、そのせいで緩やかな風だけでなく外の声や音もよく入ってくる。

「お嬢様、どうかされまして? もしお寒いようでしたら窓を閉めましょうか」

「……いや、大丈夫だ。何か聴こえた気がしたんだが、物売りの呼び込みかな?」

「この辺りはあまり露店が出ていませんけれど、遠くの声が響いたのかもしれませんわね。サーレンバーは職人の街とも聞きますから、露天商で工芸品の類を眺めるのも面白そうですわ。あ、今日はもう向かうお店が決まっておりますけれど」

 この外出に際してファラムンドとブエナペントゥラの出した条件は、決して通りを歩かず用意した馬車で向かうこと。指定した店での買い物に限ること。あとはエーヴィとキンケードを同行させ、時間や移動などは彼らの指示に従うこと。この三点だった。
 露店を間近で眺められないのは確かに残念だが、こうして馬車の窓から見学できるだけでも十分だ。

 注意深く見ていると、小路の陰などに地面に敷物を広げて品を並べているのがいくつか目に入った。場所代や何やら色々と面倒もあるらしいが、店を構えずとも、ああして持ち込んだ品を露店の形で販売できるのは手軽で良いなと思う。
 コンティエラで出会ったあの林檎売りの老人のように、買い手を直に見て、用意した売り物に値段をつけて販売する。自身の力で金銭を稼ぐというのは、どんな気分なのだろう。

「売り物、売り物か……。わたしにも用意できるとしたら、何だろうな」

「お嬢様は、お店を開きたいんですの?」

「んー……、店というか、有体に言えば金を稼ぎたい。街の子どものように就労できる立場ではないし、政務にも手は出せないから、どうにか他の手段で金銭を得られないかと考えているんだ」

 自分にできる生産的なことと言って思いつくのは、最近はまっているレース編みくらいだが、小さなドイリーを編み終わるのにおよそ三日。効率が悪すぎるし、手のひらサイズの花瓶敷きにしかならないような丸レースなど買い手はつかないだろう。

「就労といえば、お前は魔法師としてどこかに所属しているのだったな。そこへ属せば魔法を扱う仕事を得られるのか?」

「えっ、お嬢様が魔法師会に? いやいやいや、無理とは申しませんがお勧めはいたしかねますわ。確かに魔法師として認定されれば、何かを凍らせるとか密閉空間で明かりを灯すとか、わたくしのように家庭教師を引き受けるみたいな、魔法の仕事の斡旋を受けられますけれど……」

「リリアーナ様がそんな下働きみたいなことするの、旦那様がお許しになるはずないなーって思いますよ?」

「だろうなぁ」

 フェリバの言うことももっともだ。それに、自分の力量を隠しておきたいならなおさら、わざわざ魔法をひけらかすような真似は避けるべき。依頼となれば屋敷から出る必要も生じるし、今はカステルヘルミ以外に弟子を持つつもりもない。
 この生活を乱さないまま金策となれば、やはり物を売るしかないのだろうか。
 とは言っても手持ちに売れるような『自分の物』は少ない。身の回りにあるのはほとんどファラムンドから買い与えられた物か、兄たちからの心の籠った贈り物だ。収蔵空間インベントリから引き出した品を市井に流すわけにもいかず、考えは行き詰まる。

「どうにかこう、容易く手に入るものを、希少で高価だと思わせて楽に稼ぐような方法はないものか……」

「ふふふ、お嬢様ってば、そんな悪徳商人みたいなことを仰って」

「――!」

 はっとしてカステルヘルミの顔を仰ぎ見ると、普段より化粧を厚く塗られた目が何事かと瞬く。

「な、何と言った、今。もう一回言ってみろ」

「ああああ申し訳ありません、わたくしったら何て失礼なことを!」

「いや、怒っているわけじゃないんだ。悪徳商人……? そういう稼ぎ方をするのは、『悪徳』と呼称される行為か?」

「ええと、薄利多売を狙うのは結構なのですが、相手を騙したり、希少価値を煽って暴利をむさぼるような稼ぎ方は、そう呼ばれても仕方ないかと……」

 悪徳。悪徳商人。……なるほど。
 悪と呼ばれるなら自身にも馴染みはあるが、『悪徳』とは一体何だろうと思っていたところに意外なヒントがあった。
 生前は価値観の違いや諸々の理由から、取り引きと言えば物々交換しかしたことがなかったが、ヒトとして生きる今ならその方面で『悪徳』を目指してみるのも有りかもしれない。
 ――金稼ぎのついでに役割を果たす。何て合理的だろう!

「お嬢様が目を輝かせていらっしゃいますけど、妙に不吉な予感がするのはなぜかしら……」

「あれは何か思いついた顔ですねー、リリアーナ様が楽しそうで私も嬉しいです!」

<同感でございます>

 銘々のそんな言葉を聞き流しながら、唇に指の背を当てて思索にふける。
 与えられた役割に生き方を左右されるのはまっぴらごめんだが、自分の目的と合致しているなら好都合。それは『魔王』であった時と何も変わらない、自分らしい・・・・・生き方を貫けるということだ。
 ひとまず商売の手立てはこの先も考えるとして、今後はその方向で人生設計を練ってみよう。そのうちファラムンドが決めることになる、嫁ぎ先の職業とも上手く兼ね合えば良いのだが。

 やりたいこと、やるべきことさえ明確になれば、あとは道筋と手段を考えて実行に移すだけ。自分の得意分野だ。
 急に目の前が開けたような気がして、リリアーナは晴れ晴れしい笑顔で外の街並みを眺めていた。


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