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サンルームお茶会-長兄③
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緊張や何やらで喉が渇き、カップが空になってしまったところで香茶のお代わりを淹れてもらう。レース編みをしながらも飲んでいたし、これを最後にしておこう。
湯気をくゆらせるカップは、自分の手にも合う小さなものだ。同じ意匠でもアダルベルトに出されているほうは一回り大きい。もしかしたら食堂で使っている食器も大きさが違うのだろうか、全く気がつかなかった。
「リリアーナにはもらってばかりだな、何かお返しを考えないと」
「いや、兄上にはいつも助けられているし、もらってばかりなのはこちらのほうだ。それに先日書斎に追加されていた本だって兄上が置いたのだろう? 読物語の棚に入っていた赤い表装のものだ」
「ああ、友人からもう読まない本を譲り受けたんだ。あれはなかなか面白かったから、リリアーナも読むかと思って。その様子ならもう読み終わっているだろう、どうだった?」
「とても興味深かった。冒険家の手記ということだが、岩に関する考察などはどちらかというと研究者のようだな。宝石でなくとも色がついた岩は塗料やインクの原料になるし、砕いて練ることで建材に使える石もある……と聞く。もし西の岩場からも有用な成分が産出されれば、イバニェス領の産業の足しになるのでは?」
「さすがの着眼点だ、俺も同じことを考えていた。鉄鉱石などは領境を挟んだ向こう側、サーレンバー領が誇る特産品だが、こちらで掘れる資源にもまだ見出されていない活用法があるんじゃないかとな」
硬質な面持ちはそのままに、アダルベルトは嬉しそうに口の端を持ち上げた。
金策の足しになるのではという個人的な目論見を持っている自分なんかとは異なり、純粋にイバニェス領の富と発展を想っているのだろう。それにこうした発案自体が、ファラムンドの後継――次期領主の選考に関わってくるのかもしれない。
最後までとても興味深く読めた本だが、あれを自分が楽しめるだろうと思って用意してくれたことも嬉しい。
やはり、長兄とは気が合う。
あの手記には他にも気になる記述があったし、とある本の有無について訊ねてみたいこともある。どれから話そうかと考える間に、アダルベルトはわずかに綻ばせていた顔を引き締めた。
「もっとも、それを調べるためには調査隊を派遣して、持ち帰ったサンプルを更に専門家に分析してもらう必要もあるし、望む結果がすぐに出るとも思えない。岩場の再調査と言っても一朝一夕でどうにかなる話ではないがな」
イバニェス領の歴史は長い。領地の中に使えるものがあるなら、とっくの昔に採掘されているだろう。未知の物を見出すというのは、先人の知恵も欲も超える必要があるから難しい。
地層は広範囲に渡るものだ。隣領で採掘されているなら、おそらくイバニェス領内でも深くを掘れば、鉄鉱石を産出する層に行き当たるのではないだろうか。
リリアーナ自身、裏庭の地下深くに様々な鉱石の層があることを知っている。だがそれを人力で掘り出すとなれば莫大な投資と設備が必要になるし、そこまでして採掘するほどの埋蔵量があるわけでもない。
領の利益とするなら、利潤の効率も考えなくては。
採掘の手法、人員、予算、場所、期間。調査の立案をするにしろ、必要なものや検討しなくてはいけないことは山のようにある。唇に指の背をあててそうした思案に没頭していると、柔らかな笑い声に意識が舞い戻った。
「いや、すまない。ゆっくり茶飲み話でもと思っても、俺が口を開くとどうもこういう方向にばかり話が逸れてしまうな。仕事のことしか話題の種がないつまらない男だから、あまり外の茶会に招かれるのも得意ではないんだ」
「わたしは兄上と話すのは楽しいぞ?」
「そう言ってくれるのはリリアーナくらいなものだよ。あまり妹に甘えてばかりもいけないんだが、実は俺も楽しい。余所にこういう会話を楽しめる女性がいれば父上に苦労をかけることも……いや、やめておこう。今日はもっと楽しい話をしに来たんだった」
「まぁ、わたしも兄上以外にこの手の話をできる相手はいないのだが。……あ、先日街で会った奴とは話が合ったな、遠方に住んでいるらしく次はいつ会えるかわからないのが残念だ」
大人顔負けの知識を備えていた少年、リステンノーアのことを思い出す。生前の記憶があるリリアーナをも驚かせる見識の深さは、一体どのようにして培われたのだろう。
カミロにも伏せられたせいで、結局名前と身分の高さくらいしか少年について知ることはできなかった。「辿り着けたら」なんて言われた以上、そう易々と正体を知ることはできないのだろうが。
一般的な同年代の子どもは、あそこまで博識でないことくらい世情に疎いリリアーナでも想像がつく。
「街で、友達ができたのか?」
「うん。同じ年頃の友は初めてだ」
「そうか、良かったな……。遠方というと他の領から?」
「それがあまりよくわからないんだ。カミロに訊いても教えてもらえなかったし、難しい立場らしいから兄上に名前を明かすこともできない」
「カミロが? ならば余程の相手だな。まぁ、社交の場に出ればいつか再会も叶うだろう。せっかく仲良くなれたんだ、また会えるといいな」
兄の言葉に大きくうなずく。屋敷から出られないうちは手掛かりを集めることもままならないが、いつか必ずノーアの許へたどり着いて、質問の答えを聞かせてもらおう。どんな問いにでもふたつだけ、答えてくれるという約束だ。
それが何年後になるかはまだわからないけれど。
「兄上の友人……さきほどの冒険家の手記を譲ってくれたとかいう相手とは、施策の話などはできないのか?」
「ああ、うん。お互い立場があるからな、本の内容については語り合えるけれど、どちらも家に関わるような話はできないんだ」
少しだけ寂しそうな兄に、それは難儀な話だなと曖昧に相槌を打つ。
やはり次期領主候補ともなると、仕事の手伝いの中で守秘義務の生じる情報なども扱うのだろう。
長兄と次兄、どちらか一方に肩入れするつもりはなくとも、自分に話してもらえる範囲の話であれば相談に乗りたいと思う。まずは相談相手に足ると認めてもらうところから。
「その友人から譲ってもらった本は全部で三冊あるんだが、リリアーナはもう全部見つけたか?」
「えっ?」
「あれ、まだ手記だけ? それなら次に書斎へ行った時に探してみるといい、それぞれの類別に合った書架へ入れておいたから」
「むむ……わかった、探してみる」
以前の資料のように机に置いてくれればすぐに見つけられたのに。とはいえ最近は日課の不規則なことも多かったし、書斎へ行ったタイミングで気がつけば手に取るだろうという配慮によるもの……と思っておこう。長兄の性格上、わざわざ意地悪をするはずもない。
冒険物と資料のあたりは同じ日に見たし、図鑑のような高価な本は軽々に他人へ譲ったりしないだろう。その他で自分が興味を持ちそうなジャンルとなると、他の物語や技術書の棚にある可能性が高い。
もしかしたら勇者の冒険譚でも追加されたのだろうか。それについてはアダルベルトに訊ねてみたかった話もあることだし、ちょうど良い。
「書斎の本といえば、ひとつ兄上に訊きたいことがあったんだ」
「何?」
「『勇者』の冒険譚などが収められている本棚にあるのは、昔の本ばかりだろう。一番新しい『勇者』――エルシオンについて書かれた本というのは、まだ出版されていないのか?」
これまで読んだものは、いずれも古い『勇者』の物語ばかり。アダルベルトが気に入っていた剣士の本だって、二代前の『勇者』と共に旅をした男の話だった。
本というのは基本的に経年劣化するものだ。魔王城の地下書庫にある朽ちない本でもない限りは、百年くらいで順次入れ替えていくものではないだろうか。ならば、新しい『勇者』の本だけがないというのは些かおかしい。「新しい」なんて言っても、エルシオンの活躍からすでに数十年が経過している。
「ああ、それは俺も小さい頃に同じ疑問を持って、父上にねだったことがあるよ。うちの書斎にないだけではなく、聖王国中から回収されたらしい」
「回収?」
「詳しい経緯は知らないんだが、何かまずい記載があったとか。『魔王』を討伐した直後に発行された冒険記で、すぐに差し止められて回収されたからほとんど出回っていないって。どこかの好事家の手元にはまだ残っているかもしれないけれど、聞く話だと中央の図書館にもないそうだから、今から手に入れるのは難しいだろうな」
「そんなことが……」
未発行のはずがないとは思っていたが、まさか回収されていたなんて。
まずい記載とは一体何のことだろう。『魔王』デスタリオラに関する情報が聖王国側へ渡っていたところで、どうせ悪し様に適当なことを書かれているはずだ。ということは、エルシオン個人に関する記載だろうか。
「じゃあ今の聖王国内では、『勇者』エルシオンについてはほとんど知られていないのか」
「ああ。歌劇の演目とか、吟遊詩人の弾き語りなどで脚色されたものが伝わっているから、それを引用して様々な本に登場したりはするけれど。真実に近い物語は残されていないようだ。もし元の原稿が残っているなら、いつか再版してもらいたいと思……」
そこでアダルベルトは何か思い出したように、はっと目を見開いて顔を上げた。
「あ、そうだ、リリアーナの歴史の授業を受け持っている先生いるだろう。俺も二年くらい彼に教わっていたことがあるんだが、もしかしたら彼なら何か知っているかもしれない」
「ああ、前にも『勇者』の活躍について熱く語っていたっけな……」
「何でも曽祖父の代から、歴代『勇者』の熱烈なファンだとか。俺も本が回収されたという話を彼から聞いたんだ」
聖王国の成り立ちから各王の政策まで、幅広く語りながらその合間に『勇者』の活躍を身振り手振り交えながら講釈する歴史の教師。その手の話が好きなのだろうとは思っていたけれど、筋金入りだったらしい。
また授業のように『魔王』デスタリオラが打倒される創作話を熱く語られると思うと気が重いが、せっかく兄から得た情報だ。次の授業で『勇者』エルシオンとその冒険譚について訊ねてみるとしよう。
「『勇者』の本と言えば、もう一冊興味深い本があるんだが、」
そうアダルベルトが口を開きかけた所で、軽快な足音が耳に入った。サンルームの入口から屋内らしからぬ速度で駆けて来る姿があり、ふたり同時にそちらを振り向く。
「あー、ほんとにいた! ふたりとも、僕を省いてこんな所で密会とか、ちょっとずるいんじゃない?」
息を切らせ、慌しく入ってきたレオカディオはそう文句を言いながらテーブルへ両手をつき、不服を表明するように薄い唇をとがらせた。
湯気をくゆらせるカップは、自分の手にも合う小さなものだ。同じ意匠でもアダルベルトに出されているほうは一回り大きい。もしかしたら食堂で使っている食器も大きさが違うのだろうか、全く気がつかなかった。
「リリアーナにはもらってばかりだな、何かお返しを考えないと」
「いや、兄上にはいつも助けられているし、もらってばかりなのはこちらのほうだ。それに先日書斎に追加されていた本だって兄上が置いたのだろう? 読物語の棚に入っていた赤い表装のものだ」
「ああ、友人からもう読まない本を譲り受けたんだ。あれはなかなか面白かったから、リリアーナも読むかと思って。その様子ならもう読み終わっているだろう、どうだった?」
「とても興味深かった。冒険家の手記ということだが、岩に関する考察などはどちらかというと研究者のようだな。宝石でなくとも色がついた岩は塗料やインクの原料になるし、砕いて練ることで建材に使える石もある……と聞く。もし西の岩場からも有用な成分が産出されれば、イバニェス領の産業の足しになるのでは?」
「さすがの着眼点だ、俺も同じことを考えていた。鉄鉱石などは領境を挟んだ向こう側、サーレンバー領が誇る特産品だが、こちらで掘れる資源にもまだ見出されていない活用法があるんじゃないかとな」
硬質な面持ちはそのままに、アダルベルトは嬉しそうに口の端を持ち上げた。
金策の足しになるのではという個人的な目論見を持っている自分なんかとは異なり、純粋にイバニェス領の富と発展を想っているのだろう。それにこうした発案自体が、ファラムンドの後継――次期領主の選考に関わってくるのかもしれない。
最後までとても興味深く読めた本だが、あれを自分が楽しめるだろうと思って用意してくれたことも嬉しい。
やはり、長兄とは気が合う。
あの手記には他にも気になる記述があったし、とある本の有無について訊ねてみたいこともある。どれから話そうかと考える間に、アダルベルトはわずかに綻ばせていた顔を引き締めた。
「もっとも、それを調べるためには調査隊を派遣して、持ち帰ったサンプルを更に専門家に分析してもらう必要もあるし、望む結果がすぐに出るとも思えない。岩場の再調査と言っても一朝一夕でどうにかなる話ではないがな」
イバニェス領の歴史は長い。領地の中に使えるものがあるなら、とっくの昔に採掘されているだろう。未知の物を見出すというのは、先人の知恵も欲も超える必要があるから難しい。
地層は広範囲に渡るものだ。隣領で採掘されているなら、おそらくイバニェス領内でも深くを掘れば、鉄鉱石を産出する層に行き当たるのではないだろうか。
リリアーナ自身、裏庭の地下深くに様々な鉱石の層があることを知っている。だがそれを人力で掘り出すとなれば莫大な投資と設備が必要になるし、そこまでして採掘するほどの埋蔵量があるわけでもない。
領の利益とするなら、利潤の効率も考えなくては。
採掘の手法、人員、予算、場所、期間。調査の立案をするにしろ、必要なものや検討しなくてはいけないことは山のようにある。唇に指の背をあててそうした思案に没頭していると、柔らかな笑い声に意識が舞い戻った。
「いや、すまない。ゆっくり茶飲み話でもと思っても、俺が口を開くとどうもこういう方向にばかり話が逸れてしまうな。仕事のことしか話題の種がないつまらない男だから、あまり外の茶会に招かれるのも得意ではないんだ」
「わたしは兄上と話すのは楽しいぞ?」
「そう言ってくれるのはリリアーナくらいなものだよ。あまり妹に甘えてばかりもいけないんだが、実は俺も楽しい。余所にこういう会話を楽しめる女性がいれば父上に苦労をかけることも……いや、やめておこう。今日はもっと楽しい話をしに来たんだった」
「まぁ、わたしも兄上以外にこの手の話をできる相手はいないのだが。……あ、先日街で会った奴とは話が合ったな、遠方に住んでいるらしく次はいつ会えるかわからないのが残念だ」
大人顔負けの知識を備えていた少年、リステンノーアのことを思い出す。生前の記憶があるリリアーナをも驚かせる見識の深さは、一体どのようにして培われたのだろう。
カミロにも伏せられたせいで、結局名前と身分の高さくらいしか少年について知ることはできなかった。「辿り着けたら」なんて言われた以上、そう易々と正体を知ることはできないのだろうが。
一般的な同年代の子どもは、あそこまで博識でないことくらい世情に疎いリリアーナでも想像がつく。
「街で、友達ができたのか?」
「うん。同じ年頃の友は初めてだ」
「そうか、良かったな……。遠方というと他の領から?」
「それがあまりよくわからないんだ。カミロに訊いても教えてもらえなかったし、難しい立場らしいから兄上に名前を明かすこともできない」
「カミロが? ならば余程の相手だな。まぁ、社交の場に出ればいつか再会も叶うだろう。せっかく仲良くなれたんだ、また会えるといいな」
兄の言葉に大きくうなずく。屋敷から出られないうちは手掛かりを集めることもままならないが、いつか必ずノーアの許へたどり着いて、質問の答えを聞かせてもらおう。どんな問いにでもふたつだけ、答えてくれるという約束だ。
それが何年後になるかはまだわからないけれど。
「兄上の友人……さきほどの冒険家の手記を譲ってくれたとかいう相手とは、施策の話などはできないのか?」
「ああ、うん。お互い立場があるからな、本の内容については語り合えるけれど、どちらも家に関わるような話はできないんだ」
少しだけ寂しそうな兄に、それは難儀な話だなと曖昧に相槌を打つ。
やはり次期領主候補ともなると、仕事の手伝いの中で守秘義務の生じる情報なども扱うのだろう。
長兄と次兄、どちらか一方に肩入れするつもりはなくとも、自分に話してもらえる範囲の話であれば相談に乗りたいと思う。まずは相談相手に足ると認めてもらうところから。
「その友人から譲ってもらった本は全部で三冊あるんだが、リリアーナはもう全部見つけたか?」
「えっ?」
「あれ、まだ手記だけ? それなら次に書斎へ行った時に探してみるといい、それぞれの類別に合った書架へ入れておいたから」
「むむ……わかった、探してみる」
以前の資料のように机に置いてくれればすぐに見つけられたのに。とはいえ最近は日課の不規則なことも多かったし、書斎へ行ったタイミングで気がつけば手に取るだろうという配慮によるもの……と思っておこう。長兄の性格上、わざわざ意地悪をするはずもない。
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もしかしたら勇者の冒険譚でも追加されたのだろうか。それについてはアダルベルトに訊ねてみたかった話もあることだし、ちょうど良い。
「書斎の本といえば、ひとつ兄上に訊きたいことがあったんだ」
「何?」
「『勇者』の冒険譚などが収められている本棚にあるのは、昔の本ばかりだろう。一番新しい『勇者』――エルシオンについて書かれた本というのは、まだ出版されていないのか?」
これまで読んだものは、いずれも古い『勇者』の物語ばかり。アダルベルトが気に入っていた剣士の本だって、二代前の『勇者』と共に旅をした男の話だった。
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「回収?」
「詳しい経緯は知らないんだが、何かまずい記載があったとか。『魔王』を討伐した直後に発行された冒険記で、すぐに差し止められて回収されたからほとんど出回っていないって。どこかの好事家の手元にはまだ残っているかもしれないけれど、聞く話だと中央の図書館にもないそうだから、今から手に入れるのは難しいだろうな」
「そんなことが……」
未発行のはずがないとは思っていたが、まさか回収されていたなんて。
まずい記載とは一体何のことだろう。『魔王』デスタリオラに関する情報が聖王国側へ渡っていたところで、どうせ悪し様に適当なことを書かれているはずだ。ということは、エルシオン個人に関する記載だろうか。
「じゃあ今の聖王国内では、『勇者』エルシオンについてはほとんど知られていないのか」
「ああ。歌劇の演目とか、吟遊詩人の弾き語りなどで脚色されたものが伝わっているから、それを引用して様々な本に登場したりはするけれど。真実に近い物語は残されていないようだ。もし元の原稿が残っているなら、いつか再版してもらいたいと思……」
そこでアダルベルトは何か思い出したように、はっと目を見開いて顔を上げた。
「あ、そうだ、リリアーナの歴史の授業を受け持っている先生いるだろう。俺も二年くらい彼に教わっていたことがあるんだが、もしかしたら彼なら何か知っているかもしれない」
「ああ、前にも『勇者』の活躍について熱く語っていたっけな……」
「何でも曽祖父の代から、歴代『勇者』の熱烈なファンだとか。俺も本が回収されたという話を彼から聞いたんだ」
聖王国の成り立ちから各王の政策まで、幅広く語りながらその合間に『勇者』の活躍を身振り手振り交えながら講釈する歴史の教師。その手の話が好きなのだろうとは思っていたけれど、筋金入りだったらしい。
また授業のように『魔王』デスタリオラが打倒される創作話を熱く語られると思うと気が重いが、せっかく兄から得た情報だ。次の授業で『勇者』エルシオンとその冒険譚について訊ねてみるとしよう。
「『勇者』の本と言えば、もう一冊興味深い本があるんだが、」
そうアダルベルトが口を開きかけた所で、軽快な足音が耳に入った。サンルームの入口から屋内らしからぬ速度で駆けて来る姿があり、ふたり同時にそちらを振り向く。
「あー、ほんとにいた! ふたりとも、僕を省いてこんな所で密会とか、ちょっとずるいんじゃない?」
息を切らせ、慌しく入ってきたレオカディオはそう文句を言いながらテーブルへ両手をつき、不服を表明するように薄い唇をとがらせた。
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