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いざ赤煉瓦通り
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赤い煉瓦で覆われた建物は二階建てほどだが、窓の少ない造りのせいか堅牢で物々しい印象を受ける。倉庫という話だから、中には商店らの扱う品物などが収められているのだろう。
ゆっくりと進行を緩めた馬車は、煉瓦壁に軒の突き出た位置で停止した。ここが馬車を預ける所なのか、軒の下で待っていた帽子を被った男と御者が、外で何かやり取りをしている。
「赤煉瓦通り、と呼ばれている場所だな。ここで降りるのか?」
「ええ。昼食にはまだ早いですから、以前リリアーナ様がお買い物をされたという雑貨店へ参りましょう」
レオカディオへの誕生日プレゼントを見つけて、ついでにベーフェッドの骨で作られた置物やその粉を詰めるのに使った小瓶を買い求めた店だ。
また同じような素材があるかはわからないが、他にも様々な品が置かれていて、あの店は眺めているだけでも面白い。
亡くなった主人の道楽だと店主は言っていたけれど、あれだけ膨大で雑多な品揃え、いくらか物色してみればまた掘り出し物が見つかるかもしれない。
それからあの温和な店主には、骨の入手経路についても念のため訊いておこう。ベーフェッドがベチヂゴの森を抜けてこちら側へ出てくるとも思えないし、どこで手に入れた物なのか気になる。
いくらか昔取引をした商人らにも流したから、その時の素材という線も有り得るか。もしそうだとすれば、数十年前の交易品が、巡り巡って自分の手元へ戻ってきたことになる。何の骨かは知られていなかったようで、ずいぶんと安価だったけれど。
青いガラス製の鉢と貝殻、小瓶ふたつ、それと骨の置物を買って銀貨一枚分。
小さな金貨を一枚出し、一回り大きな銀貨九枚になって戻ってきたのがおかしかった。
「あの雑貨屋は先ほどの宝飾店とは違って、金銭でのやり取りをする普通の店なのだが。今日はずっとカミロが支払いを受け持つのか?」
「ええ、その予定でおります。もしリリアーナ様がご自身でお支払いをされたいのでしたら、あらかじめ幾らかお渡ししておきますよ」
カミロは揃えた指先で示しながら、「ちょうど鞄も新調されたことですし」と肩からかけたポシェットを見る。真ん中にはアルトを詰め込んでいるが、先ほどの店で石と銀塊を取り出したためサイドのポケットは空いている。
前回はおつりでかさが増し、一緒に入れていたアルトに窮屈な思いをさせてしまったけれど、鞄が大きくなったから二十枚くらいなら入れても大丈夫だ。
金貨で買い物をすると銀貨が増えるし、銀貨を出すと銅貨が返ってくる。最初は小さな金貨三枚だったものが、おつりとキンケードから貰った銅貨で何枚にも増えていた。
……結局、ポシェットごと全て手元からは失われてしまったが。
「前に街へ来た時の、小遣いとしてもらっていた残りがあれば良かったのだが……。すまないな、失くしてしまって。あんなに小さな貨幣でも相当な価値があったのに」
「あの小さなコインに大きな価値があると学んで頂けただけで、授業料としては十分ですよ」
五歳の幼子の買い物に、あえて銀貨ではなく金貨を渡すことで物価や釣り銭について学ばせようとしていた男だ。金貨三枚を一日で全て使い切っていたとしても、何も言わなかっただろう。
指先の、ほんの第一関節ほどしかない小さな金貨。ヒトの文化圏では金が尊重されるということは武装商人らとの取引によって学んでいたけれど、金より価値が低いと思っていた石はどうやらそれ以上の高値らしい。
以前に買い物したのはもっとずっと安価な物ばかりだったし、キンケードから教わった食料品以外、まだあまり売買における物価や金銭の価値が理解できていないという自覚がある。
やはり体験を経て少しずつ慣れていくより他ないだろう。
生前から貨幣制度の概念は知識として持っていても、キヴィランタではそれを取り入れることはできなかった。
あの地とヒトの側では色々と事情が異なるためだ。便利だからといって向こうで硬貨を作り使い方を広めたところで、まず定着することはない。
ただ、もう少し商人らに金銭の価値や王国側の物価について訊いておくべきだったなと、今になって思う。
外では話がついたらしく、こちらへ了解を取った御者によって扉が開けられる。先に降りたカミロに手を取られ、足取りも軽くステップを降りた。
きちんとフードは被っているし、ポシェットも下げている、忘れ物はない。それを確認して馬車のほうを振り返ると、いつの間にか自分のすぐ後に降りたエーヴィの姿が消えていた。
別行動をして離れた場所からこちらを見守ると言っていた通り、姿を見せないまま護衛に徹するらしい。あの細腕で護衛係というのも不思議な話だが、カミロが承諾しているのなら何か考えがあるのだろう。
辺りを見回してみたところで、気配の薄いあの侍女が見つかるとも思えない。ひとまず本人の言っていた通り、いないものと思って気にせず散策を楽しむとしよう。
「店舗はこの先の並びですね。通行人が多くなってくる時間帯ですので、お気をつけください」
「うむ」
カミロに促され、軒下を抜けて賑わいを見せる通りへと入る。
前回は風車通りのほうから露店の並ぶ道を歩いて行ったと記憶しているが、こちらの赤煉瓦通りはまた少し様子が異なるようだ。原色の幌や敷布で彩られた露店が所狭しと店を出していたあちら側とは違い、主に建屋の店が並んでいる。
店の入口を大きく開け放ったものが多く、そこに品物を置いた台や、ひさしのついた簡易屋台などを置いて各々客引きにいそしむ。置かれている品は手袋にストールに外套と、やはりこの時期柄、防寒具の類が目立つ。
冬の準備に賑わいを見せる通りは行き交う人も多く、露店の並びほどではないが混み合っている。少し目を離せば長身のカミロでも見失ってしまいそうだ。
そんな賑わう人混みを見て、そういえば前回ははぐれてしまわないようにトマサと手を繋いで歩いたなと、細い指を握った感触を思い出す。自分よりも体温の低い手が、ブニェロスを食べた後には温かくなっていたことも。
歩幅も背丈も違う相手と歩きながら、離れないように気を付けるのは気疲れするだろう。
そう思い、歩みは止めないまま視線だけでこちらの様子をうかがうカミロへと片手を差し出した。
また以前のように手を繋いで歩けば人混みの中でも互いの存在を認識できるし、安全確認の面から見ても合理的だ。
「……リリアーナ様?」
「お前も手を出せ。繋いだほうが安全だし、はぐれにくい」
周囲のざわつきはあっても、声はきちんと届いただろう。男はこちらを見下ろしたまま、歩みどころか全身の動きをびしりと止めた。
表情を凍結させ、差し伸べた手と顔とを交互に見比べる。
視線以外が歩いている途中で固まっているから、格好がちょっとおかしい。
握り返す気配がないため指先をわきわきと動かして催促しても、何か問題でもあるのかカミロは自分の手を出そうとしない。
利き手が杖で埋まっているため、こちらの手を取って両腕が塞がってしまうことを危ぶんでいるのかもしれない。その点に遅れて気づき、鷹揚にうなずいて見せる。
「大丈夫だ、心配することはない。何かあったらわたしが……じゃなかった、エーヴィたちが見守っているのだろう?」
「むしろそこが問題なのですがね……。いえ、わかりました。では私が迷子になってしまわないよう、申し訳ありませんが手を繋いでおいて頂けますか?」
体裁を取り繕うためか、カミロはそんなことを言ってこちらの差し出した手を取った。
手袋越しのため体温は感じられないが、成人男性の大きな手は自分の未成熟な手をすっかり包みきってしまう。力加減に迷うように、包むだけだった手はこちらが力を込めると同じくらいに握り返してくる。
こうして繋いでおけば互いにはぐれる心配もいらないし、もしカミロが石敷きに躓いても何とかフォローして見せよう。
あくまで介助ではなく人混み対策なのだから、杖を気にしないという約束にも反しないはずだ。
そう満足しながら踏み出したところで道の小石に靴底が滑り、体勢を崩す。
「っ!」
声をあげる間もなく、すぐにカミロによって繋いでいた手を引き上げられる。
体重を気にする様子もなく片手で易々と持ち上げられ、一度ぷらんとした両足が地につけられた。
介助を気取って手を取ったのに、舌の根も乾かぬうちに自分のほうが不注意から躓いて転ぶとは。さすがに言葉もなく俯く頭に、何やら感心したような声が降ってくる。
「手を繋いでいれば、確かに安全ですね」
「む……」
「では参りましょうか。お好みのペースで歩かれて構いませんよ、手を繋いでいれば安全ですから」
わざとらしくそう繰り返すカミロの顔を、じとりと見上げる。
「……さてはお前、本当は性格が悪いな?」
「ええ、実はそうなんです」
眼鏡の男は悪びれる様子もなくそんなことを言って、口の端だけで笑って見せた。
ゆっくりと進行を緩めた馬車は、煉瓦壁に軒の突き出た位置で停止した。ここが馬車を預ける所なのか、軒の下で待っていた帽子を被った男と御者が、外で何かやり取りをしている。
「赤煉瓦通り、と呼ばれている場所だな。ここで降りるのか?」
「ええ。昼食にはまだ早いですから、以前リリアーナ様がお買い物をされたという雑貨店へ参りましょう」
レオカディオへの誕生日プレゼントを見つけて、ついでにベーフェッドの骨で作られた置物やその粉を詰めるのに使った小瓶を買い求めた店だ。
また同じような素材があるかはわからないが、他にも様々な品が置かれていて、あの店は眺めているだけでも面白い。
亡くなった主人の道楽だと店主は言っていたけれど、あれだけ膨大で雑多な品揃え、いくらか物色してみればまた掘り出し物が見つかるかもしれない。
それからあの温和な店主には、骨の入手経路についても念のため訊いておこう。ベーフェッドがベチヂゴの森を抜けてこちら側へ出てくるとも思えないし、どこで手に入れた物なのか気になる。
いくらか昔取引をした商人らにも流したから、その時の素材という線も有り得るか。もしそうだとすれば、数十年前の交易品が、巡り巡って自分の手元へ戻ってきたことになる。何の骨かは知られていなかったようで、ずいぶんと安価だったけれど。
青いガラス製の鉢と貝殻、小瓶ふたつ、それと骨の置物を買って銀貨一枚分。
小さな金貨を一枚出し、一回り大きな銀貨九枚になって戻ってきたのがおかしかった。
「あの雑貨屋は先ほどの宝飾店とは違って、金銭でのやり取りをする普通の店なのだが。今日はずっとカミロが支払いを受け持つのか?」
「ええ、その予定でおります。もしリリアーナ様がご自身でお支払いをされたいのでしたら、あらかじめ幾らかお渡ししておきますよ」
カミロは揃えた指先で示しながら、「ちょうど鞄も新調されたことですし」と肩からかけたポシェットを見る。真ん中にはアルトを詰め込んでいるが、先ほどの店で石と銀塊を取り出したためサイドのポケットは空いている。
前回はおつりでかさが増し、一緒に入れていたアルトに窮屈な思いをさせてしまったけれど、鞄が大きくなったから二十枚くらいなら入れても大丈夫だ。
金貨で買い物をすると銀貨が増えるし、銀貨を出すと銅貨が返ってくる。最初は小さな金貨三枚だったものが、おつりとキンケードから貰った銅貨で何枚にも増えていた。
……結局、ポシェットごと全て手元からは失われてしまったが。
「前に街へ来た時の、小遣いとしてもらっていた残りがあれば良かったのだが……。すまないな、失くしてしまって。あんなに小さな貨幣でも相当な価値があったのに」
「あの小さなコインに大きな価値があると学んで頂けただけで、授業料としては十分ですよ」
五歳の幼子の買い物に、あえて銀貨ではなく金貨を渡すことで物価や釣り銭について学ばせようとしていた男だ。金貨三枚を一日で全て使い切っていたとしても、何も言わなかっただろう。
指先の、ほんの第一関節ほどしかない小さな金貨。ヒトの文化圏では金が尊重されるということは武装商人らとの取引によって学んでいたけれど、金より価値が低いと思っていた石はどうやらそれ以上の高値らしい。
以前に買い物したのはもっとずっと安価な物ばかりだったし、キンケードから教わった食料品以外、まだあまり売買における物価や金銭の価値が理解できていないという自覚がある。
やはり体験を経て少しずつ慣れていくより他ないだろう。
生前から貨幣制度の概念は知識として持っていても、キヴィランタではそれを取り入れることはできなかった。
あの地とヒトの側では色々と事情が異なるためだ。便利だからといって向こうで硬貨を作り使い方を広めたところで、まず定着することはない。
ただ、もう少し商人らに金銭の価値や王国側の物価について訊いておくべきだったなと、今になって思う。
外では話がついたらしく、こちらへ了解を取った御者によって扉が開けられる。先に降りたカミロに手を取られ、足取りも軽くステップを降りた。
きちんとフードは被っているし、ポシェットも下げている、忘れ物はない。それを確認して馬車のほうを振り返ると、いつの間にか自分のすぐ後に降りたエーヴィの姿が消えていた。
別行動をして離れた場所からこちらを見守ると言っていた通り、姿を見せないまま護衛に徹するらしい。あの細腕で護衛係というのも不思議な話だが、カミロが承諾しているのなら何か考えがあるのだろう。
辺りを見回してみたところで、気配の薄いあの侍女が見つかるとも思えない。ひとまず本人の言っていた通り、いないものと思って気にせず散策を楽しむとしよう。
「店舗はこの先の並びですね。通行人が多くなってくる時間帯ですので、お気をつけください」
「うむ」
カミロに促され、軒下を抜けて賑わいを見せる通りへと入る。
前回は風車通りのほうから露店の並ぶ道を歩いて行ったと記憶しているが、こちらの赤煉瓦通りはまた少し様子が異なるようだ。原色の幌や敷布で彩られた露店が所狭しと店を出していたあちら側とは違い、主に建屋の店が並んでいる。
店の入口を大きく開け放ったものが多く、そこに品物を置いた台や、ひさしのついた簡易屋台などを置いて各々客引きにいそしむ。置かれている品は手袋にストールに外套と、やはりこの時期柄、防寒具の類が目立つ。
冬の準備に賑わいを見せる通りは行き交う人も多く、露店の並びほどではないが混み合っている。少し目を離せば長身のカミロでも見失ってしまいそうだ。
そんな賑わう人混みを見て、そういえば前回ははぐれてしまわないようにトマサと手を繋いで歩いたなと、細い指を握った感触を思い出す。自分よりも体温の低い手が、ブニェロスを食べた後には温かくなっていたことも。
歩幅も背丈も違う相手と歩きながら、離れないように気を付けるのは気疲れするだろう。
そう思い、歩みは止めないまま視線だけでこちらの様子をうかがうカミロへと片手を差し出した。
また以前のように手を繋いで歩けば人混みの中でも互いの存在を認識できるし、安全確認の面から見ても合理的だ。
「……リリアーナ様?」
「お前も手を出せ。繋いだほうが安全だし、はぐれにくい」
周囲のざわつきはあっても、声はきちんと届いただろう。男はこちらを見下ろしたまま、歩みどころか全身の動きをびしりと止めた。
表情を凍結させ、差し伸べた手と顔とを交互に見比べる。
視線以外が歩いている途中で固まっているから、格好がちょっとおかしい。
握り返す気配がないため指先をわきわきと動かして催促しても、何か問題でもあるのかカミロは自分の手を出そうとしない。
利き手が杖で埋まっているため、こちらの手を取って両腕が塞がってしまうことを危ぶんでいるのかもしれない。その点に遅れて気づき、鷹揚にうなずいて見せる。
「大丈夫だ、心配することはない。何かあったらわたしが……じゃなかった、エーヴィたちが見守っているのだろう?」
「むしろそこが問題なのですがね……。いえ、わかりました。では私が迷子になってしまわないよう、申し訳ありませんが手を繋いでおいて頂けますか?」
体裁を取り繕うためか、カミロはそんなことを言ってこちらの差し出した手を取った。
手袋越しのため体温は感じられないが、成人男性の大きな手は自分の未成熟な手をすっかり包みきってしまう。力加減に迷うように、包むだけだった手はこちらが力を込めると同じくらいに握り返してくる。
こうして繋いでおけば互いにはぐれる心配もいらないし、もしカミロが石敷きに躓いても何とかフォローして見せよう。
あくまで介助ではなく人混み対策なのだから、杖を気にしないという約束にも反しないはずだ。
そう満足しながら踏み出したところで道の小石に靴底が滑り、体勢を崩す。
「っ!」
声をあげる間もなく、すぐにカミロによって繋いでいた手を引き上げられる。
体重を気にする様子もなく片手で易々と持ち上げられ、一度ぷらんとした両足が地につけられた。
介助を気取って手を取ったのに、舌の根も乾かぬうちに自分のほうが不注意から躓いて転ぶとは。さすがに言葉もなく俯く頭に、何やら感心したような声が降ってくる。
「手を繋いでいれば、確かに安全ですね」
「む……」
「では参りましょうか。お好みのペースで歩かれて構いませんよ、手を繋いでいれば安全ですから」
わざとらしくそう繰り返すカミロの顔を、じとりと見上げる。
「……さてはお前、本当は性格が悪いな?」
「ええ、実はそうなんです」
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