上 下
118 / 431

いざ赤煉瓦通り

しおりを挟む
 赤い煉瓦で覆われた建物は二階建てほどだが、窓の少ない造りのせいか堅牢で物々しい印象を受ける。倉庫という話だから、中には商店らの扱う品物などが収められているのだろう。
 ゆっくりと進行を緩めた馬車は、煉瓦壁に軒の突き出た位置で停止した。ここが馬車を預ける所なのか、軒の下で待っていた帽子を被った男と御者が、外で何かやり取りをしている。

「赤煉瓦通り、と呼ばれている場所だな。ここで降りるのか?」

「ええ。昼食にはまだ早いですから、以前リリアーナ様がお買い物をされたという雑貨店へ参りましょう」

 レオカディオへの誕生日プレゼントを見つけて、ついでにベーフェッドの骨で作られた置物やその粉を詰めるのに使った小瓶を買い求めた店だ。
 また同じような素材があるかはわからないが、他にも様々な品が置かれていて、あの店は眺めているだけでも面白い。
 亡くなった主人の道楽だと店主は言っていたけれど、あれだけ膨大で雑多な品揃え、いくらか物色してみればまた掘り出し物が見つかるかもしれない。

 それからあの温和な店主には、骨の入手経路についても念のため訊いておこう。ベーフェッドがベチヂゴの森を抜けてこちら側へ出てくるとも思えないし、どこで手に入れた物なのか気になる。
 いくらか昔取引をした商人らにも流したから、その時の素材という線も有り得るか。もしそうだとすれば、数十年前の交易品が、巡り巡って自分の手元へ戻ってきたことになる。何の骨かは知られていなかったようで、ずいぶんと安価だったけれど。
 青いガラス製の鉢と貝殻、小瓶ふたつ、それと骨の置物を買って銀貨一枚分。
 小さな金貨を一枚出し、一回り大きな銀貨九枚になって戻ってきたのがおかしかった。

「あの雑貨屋は先ほどの宝飾店とは違って、金銭でのやり取りをする普通の店なのだが。今日はずっとカミロが支払いを受け持つのか?」

「ええ、その予定でおります。もしリリアーナ様がご自身でお支払いをされたいのでしたら、あらかじめ幾らかお渡ししておきますよ」

 カミロは揃えた指先で示しながら、「ちょうど鞄も新調されたことですし」と肩からかけたポシェットを見る。真ん中にはアルトを詰め込んでいるが、先ほどの店で石と銀塊を取り出したためサイドのポケットは空いている。
 前回はおつりでかさが増し、一緒に入れていたアルトに窮屈な思いをさせてしまったけれど、鞄が大きくなったから二十枚くらいなら入れても大丈夫だ。
 金貨で買い物をすると銀貨が増えるし、銀貨を出すと銅貨が返ってくる。最初は小さな金貨三枚だったものが、おつりとキンケードから貰った銅貨で何枚にも増えていた。
 ……結局、ポシェットごと全て手元からは失われてしまったが。

「前に街へ来た時の、小遣いとしてもらっていた残りがあれば良かったのだが……。すまないな、失くしてしまって。あんなに小さな貨幣でも相当な価値があったのに」

「あの小さなコインに大きな価値があると学んで頂けただけで、授業料としては十分ですよ」

 五歳の幼子の買い物に、あえて銀貨ではなく金貨を渡すことで物価や釣り銭について学ばせようとしていた男だ。金貨三枚を一日で全て使い切っていたとしても、何も言わなかっただろう。
 指先の、ほんの第一関節ほどしかない小さな金貨。ヒトの文化圏では金が尊重されるということは武装商人らとの取引によって学んでいたけれど、金より価値が低いと思っていた石はどうやらそれ以上の高値らしい。
 以前に買い物したのはもっとずっと安価な物ばかりだったし、キンケードから教わった食料品以外、まだあまり売買における物価や金銭の価値が理解できていないという自覚がある。
 やはり体験を経て少しずつ慣れていくより他ないだろう。

 生前から貨幣制度の概念は知識として持っていても、キヴィランタではそれを取り入れることはできなかった。
 あの地とヒトの側では色々と事情が異なるためだ。便利だからといって向こうで硬貨を作り使い方を広めたところで、まず定着することはない。
 ただ、もう少し商人らに金銭の価値や王国側の物価について訊いておくべきだったなと、今になって思う。


 外では話がついたらしく、こちらへ了解を取った御者によって扉が開けられる。先に降りたカミロに手を取られ、足取りも軽くステップを降りた。
 きちんとフードは被っているし、ポシェットも下げている、忘れ物はない。それを確認して馬車のほうを振り返ると、いつの間にか自分のすぐ後に降りたエーヴィの姿が消えていた。
 別行動をして離れた場所からこちらを見守ると言っていた通り、姿を見せないまま護衛に徹するらしい。あの細腕で護衛係というのも不思議な話だが、カミロが承諾しているのなら何か考えがあるのだろう。
 辺りを見回してみたところで、気配の薄いあの侍女が見つかるとも思えない。ひとまず本人の言っていた通り、いないものと思って気にせず散策を楽しむとしよう。

「店舗はこの先の並びですね。通行人が多くなってくる時間帯ですので、お気をつけください」

「うむ」

 カミロに促され、軒下を抜けて賑わいを見せる通りへと入る。
 前回は風車通りのほうから露店の並ぶ道を歩いて行ったと記憶しているが、こちらの赤煉瓦通りはまた少し様子が異なるようだ。原色の幌や敷布で彩られた露店が所狭しと店を出していたあちら側とは違い、主に建屋の店が並んでいる。
 店の入口を大きく開け放ったものが多く、そこに品物を置いた台や、ひさしのついた簡易屋台などを置いて各々客引きにいそしむ。置かれている品は手袋にストールに外套と、やはりこの時期柄、防寒具の類が目立つ。
 冬の準備に賑わいを見せる通りは行き交う人も多く、露店の並びほどではないが混み合っている。少し目を離せば長身のカミロでも見失ってしまいそうだ。

 そんな賑わう人混みを見て、そういえば前回ははぐれてしまわないようにトマサと手を繋いで歩いたなと、細い指を握った感触を思い出す。自分よりも体温の低い手が、ブニェロスを食べた後には温かくなっていたことも。
 歩幅も背丈も違う相手と歩きながら、離れないように気を付けるのは気疲れするだろう。
 そう思い、歩みは止めないまま視線だけでこちらの様子をうかがうカミロへと片手を差し出した。
 また以前のように手を繋いで歩けば人混みの中でも互いの存在を認識できるし、安全確認の面から見ても合理的だ。

「……リリアーナ様?」

「お前も手を出せ。繋いだほうが安全だし、はぐれにくい」

 周囲のざわつきはあっても、声はきちんと届いただろう。男はこちらを見下ろしたまま、歩みどころか全身の動きをびしりと止めた。
 表情を凍結させ、差し伸べた手と顔とを交互に見比べる。
 視線以外が歩いている途中で固まっているから、格好がちょっとおかしい。
 握り返す気配がないため指先をわきわきと動かして催促しても、何か問題でもあるのかカミロは自分の手を出そうとしない。
 利き手が杖で埋まっているため、こちらの手を取って両腕が塞がってしまうことを危ぶんでいるのかもしれない。その点に遅れて気づき、鷹揚にうなずいて見せる。

「大丈夫だ、心配することはない。何かあったらわたしが……じゃなかった、エーヴィたちが見守っているのだろう?」

「むしろそこが問題なのですがね……。いえ、わかりました。では私が迷子になってしまわないよう、申し訳ありませんが手を繋いでおいて頂けますか?」

 体裁を取り繕うためか、カミロはそんなことを言ってこちらの差し出した手を取った。
 手袋越しのため体温は感じられないが、成人男性の大きな手は自分の未成熟な手をすっかり包みきってしまう。力加減に迷うように、包むだけだった手はこちらが力を込めると同じくらいに握り返してくる。
 こうして繋いでおけば互いにはぐれる心配もいらないし、もしカミロが石敷きに躓いても何とかフォローして見せよう。
 あくまで介助ではなく人混み対策なのだから、杖を気にしないという約束にも反しないはずだ。

 そう満足しながら踏み出したところで道の小石に靴底が滑り、体勢を崩す。

「っ!」

 声をあげる間もなく、すぐにカミロによって繋いでいた手を引き上げられる。
 体重を気にする様子もなく片手で易々と持ち上げられ、一度ぷらんとした両足が地につけられた。
 介助を気取って手を取ったのに、舌の根も乾かぬうちに自分のほうが不注意から躓いて転ぶとは。さすがに言葉もなく俯く頭に、何やら感心したような声が降ってくる。

「手を繋いでいれば、確かに安全ですね」

「む……」

「では参りましょうか。お好みのペースで歩かれて構いませんよ、手を繋いでいれば安全ですから」

 わざとらしくそう繰り返すカミロの顔を、じとりと見上げる。

「……さてはお前、本当は性格が悪いな?」

「ええ、実はそうなんです」

 眼鏡の男は悪びれる様子もなくそんなことを言って、口の端だけで笑って見せた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす

こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...