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折れない剣を造ろう!①
しおりを挟む今回の一件は、何やら自警団の威信や評判がかかっていると聞くし、キンケードを『賊に負けた副長』なんて立場に甘んじさせておくわけにもいかない。
腕前では相手に勝っており、豪腕から繰り出される斬撃に耐えうる剣さえあれば負けないというのなら、その解決は簡単だ。丈夫な剣をキンケードに持たせて、あとはいつ出没するかわからない強盗をどうにかして捕捉するだけ。
これ以外はないだろうという名案にリリアーナは薄い胸を反らせた。
そんな得意満面な令嬢とは反対に、テーブルではじっと空になったカップの中を見つめるカステルヘルミと、虚空を見上げながら「そーきたかー」と呟くキンケード。常識を備える大人たちの表情は浮かない。
「……あ。大丈夫だぞ、安心しろ。造るとは言っても一から作り出すわけではない、手元に素材も炉もないしな。今回は既存の剣を改修する方向でいってみようと思う」
「何が大丈夫なのか、全くわかりませんが……。それは、お嬢様が魔法でどうにかなさるということかしら?」
「うむ。さっそく『領域』の汎精霊たちにも働いてもらうがな。元素の再構成はモノとコツさえ理解すれば色々と汎用の利くものだ、お前もこの機会によく見て覚えておくといい」
「さっき普通の基準について話したばかりですのに~……ううぅぅぅ」
カップに向かって顔を伏せるカステルヘルミはひとまず置いて、難しい顔でこめかみのあたりを揉んでいるキンケードへと向き直る。
「そういうわけで、お前の手持ちの剣を強化しようと思うのだが。今日は帯剣していないのか?」
「……予備のやつを持ってきてる。嬢ちゃんに会うってんで、庭に出る前に没収されたけどな」
その視線が指すのは、少し離れた位置に控えるエーヴィだ。
護衛の任務中ではなく今は客人として招いているため、予め危険物と判断されるものを預かったのだろう。
「キンケード様からは長剣と短剣を一本ずつお預かりしております。リリアーナ様が必要ということでしたら、すぐにこちらへお持ちいたします。いかがいたしましょう?」
「では両方とも持ってきてくれ。だが二本は重いか、もしひとりでは手に余るようならキンケードを連れて行っても構わん」
「問題ありません。ではお持ちいたしますので、今しばらくお待ちを」
顔面を微動だにせず、エーヴィは深く礼をしてから屋敷の中へ戻って行った。
張り付けたような表情は、まだ対応が固かった頃の侍従長を思わせる。
最近、あの男のほうは割と心情を表に見せるようになってきた。対応に馴れが生じたためなのか、それとも意図した変化ではないのか、まだ判別はつかない。
「嬢ちゃんのお付きがひとり入れ替わったって話は聞いてたが、あの侍女が付くようになったんだなぁ」
「少し前からな。知り合いか?」
「いや、名前も知らねぇけど、ちょいちょい見かけてはいるから顔だけは覚えてるぜ。ふたりともよくカミロの奴が連れてたし、五歳記の時だって一緒にいただろ?」
「え?」
「ん?」
意外な返事に間の抜けた声を漏らしてしまう。
そんなこちらの様子こそ意外だったのか、キンケードのほうも不思議そうに首をかしげる。
「お前さんの五歳記の時、馬車に同乗してただろ? もう覚えてねーか?」
あの日のことは、未だ何もかも鮮明に覚えている。だがあの時カミロと一緒に馬車へ乗り込んだ侍女ふたりのうち、片方がエーヴィだったとは今の今まで気づきもしなかった。
あまり見ない顔の侍女だったという、ぼんやりとした印象だけが残っている。その顔を思い出そうとしてみても、いまいちはっきりとは思い出せない。
「……そうだったのか。わからなかった、なぜ気づかなかったのだろう」
「まぁ、アレはわざとそうしてる類だろうから、記憶になくても仕方ねぇよ。特徴がないように、他人の印象に残らないように顔を作ってんだろ、化粧とか何かで」
「なぜそんなことを?」
「さぁな、オレは知らねーよ」
そう嘯くキンケードはちゃんとエーヴィの顔を覚えていたし、見抜くこともできた。普段からのヒトを見る目、観察眼の差というものだろうか。
もしかしたらカミロがよく伴っていた侍女――天井裏の件で部屋まで来た時に、お茶を淹れてくれたのもエーヴィだったのかもしれない。その時の記憶を漁ってみても、やはり顔は思い出せない。
「そんなに前から接していたのに、丸で気づいていなかったとは、エーヴィに悪いことをしたな。それで、ふたりというのは? 五歳記の時にいた侍女のもう片方も知っているのか?」
「……あー。いや、……すまん、忘れてくれ」
「そう言われてわたしの気が済むとでも思うか。何だ、言いにくいようなことか? 別に構わないから言ってみろ」
途端に苦い顔をして言葉を濁すキンケードを促せば、首の後ろを掻きながら視線をさまよわせる。ウーとか、アーとか言っているが、ごまかされはしない。
そうしてしばらく唸ってから観念したらしく、目を逸らしたままぽつりとこぼす。
「あの事故の時に……、馬車の中で死んでた侍女だよ」
「……っ!」
鼓動を早めた心臓を手で押さえつけ、息を飲む。
歪んだ馬車の中で、頭が潰れて息絶えていた侍女が誰だったのかなんて、今まで誰も教えてはくれなかった。
何より自分自身、ファラムンドのお付きとして同行した侍女なら、こちらが知らなくても仕方ないだろうと気にも留めていなかった。
五歳記の折に馬車に同乗したからと言って、名乗られたわけでも会話を交わしたわけでもない。顔も覚えていないのだから、知らないも同然だ。それでも、接したことのある相手であることに変わりはない。
ファラムンドもカミロも、幼い娘の心情を慮ってあえて告げないようにしていたのだろう。多少なりと面識のある相手の死や、その死体を間近で見たことはショックだろうからと。
……だが、やはり配慮という名の壁はあまり有り難いものではない。
「……そうだったのか。教えてくれたこと感謝する、キンケード。大丈夫だ、伏せられていた理由はわかっている、他の者には言わない」
「迂闊なことを漏らしたのはオレの責任だ。……しっかし、嬢ちゃんがどこまで知ってるのか、それわかんねーまま話をするのも綱渡りで気分悪ぃな。もっとちゃんと根回ししとけよ馬鹿共め」
「わたしを思い遣ってのことだ。まぁ多少の不自由は感じるが、仕方ないさ。大人としては知らせたくないこともあるだろう、この通り子どもだからな」
肩をすくめて見せて、この話はここまでとする。
もうすぐエーヴィも戻ってくるだろうし、さすがに彼女の前で話題にすることではない。
もう話は終わりという意図の通じただろうキンケードは、それでも声をひそめるようにして身を屈めた。
「先に白状しちまうとな、嬢ちゃんに知らせないようにってファラムンドたちから口止めされてることは、いくつかある」
「それ自体、言ったらまずいのではないか?」
「ま、中身を吐かなきゃいいだろ。とにかく、自身でもわかってるようだが、どんなに頭が切れようが大人びてようが、嬢ちゃんはまだ八歳だ。オレもこの件に関しちゃあいつらの側だぜ、子どもを子ども扱いすんのは大人の責任ってやつでな。普通じゃないことを知ってても、オレはお前さんを子どもとして扱うぜ」
「……父上にもカミロにも、同じようなことを言われている。いいとも、存分に子ども扱いしてくれ、その分わたしはわたしで子どもらしい我侭を言わせてもらうぞ」
仕方ないなとでも言うように、キンケードが凶悪な面を笑いに歪める。屈めていた体を戻し、再び背もたれにだらしなく寄りかかると、その向こうの裏口から長い布包みを携えたエーヴィが姿を現した。
それなりに重量があるだろう荷物を恭しく両手で持ち、いつもと変わらない足取りでこちらへ近づいてくる。細腕ながら、フェリバのように意外と力持ちなのだろう。
「お待たせいたしました。こちらがお預かりしておりました、キンケード様の所持品となります」
「うん、ご苦労だった。わたしはもうしばらくここにいるから、エーヴィはもう下がっていいぞ。昼食が近くなったら呼びに来てくれ」
「……かしこまりました」
エーヴィは手早く用の済んだ茶器を片づけ、全てトレイに乗せ終えると型通りの礼をして踵を返す。その姿が裏口へ消えるまで見送ると、重い腰を上げるようにふたりの大人も立ち上がった。
テーブルに乗せられた布包みを開き、キンケードは中から取り出した長剣を片手で鞘ごと掴み上げる。
そこかしこに錆を削り落とした痕跡や大小の傷がついており、ずいぶんと使い古されているのが見て取れる。留め具や革紐も擦れているが、よく手入れして長く使っている品なのだろう。古びていることをどうこう言うつもりはない。
「予備の剣だと言っていたが、ずいぶん使い込んでいるな」
「あぁ、こいつはオレが自警団に入りたての頃に使ってたやつだ。剣を教えてくれたオッサンから貰ったモンでな、長さが物足りなくなって持ち替えたんだが。そのお陰で今、手元に残ってるってのも皮肉なもんだぜ」
「……そんなに大切な品なら、変に手を加えるのはやめておくか?」
「いや、構わねぇよ、やってくれ。使わねーでいるより、使ってやったほうがこいつもオッサンも喜ぶ。重さや長さは後から慣れるが、握りの感触だけは変えないでもらえると助かるぜ」
「承知した」
素体となる剣に足し算をする形で強化するつもりでいたから、長さが足りないと感じているならば都合が良い。
仕上がりはこの状態よりもいくらか長く、重たくなるだろうが、キンケードの望み通り柄の部分は手を加えずにおこう。
グリップにはなめした皮がきつく巻かれており、それも表面が磨耗している。自分の拳にして四つ分ほど、擦り切れて色の変わっているところが握る癖のある範囲だろう。
男の大きな手で考えれば、刀身の長さに比べて握りの間隔が狭いようにも思える。両刃の長剣だ、相当な重みがあるだろうにこれで安定するのだろうか。キンケードの剣の扱いや実戦形式にも少し興味が沸いてきた。
「ちょっと鞘から抜いてくれるか。それとアルト、材質の確認を頼む」
ワンピースのポケットからぬいぐるみを取り出し、テーブルの上に乗せた。底の辺りに宝玉があるためゴツリと硬い音がする。
その音に驚いたのか、カステルヘルミが肩を竦めて一歩退がる。
<刃の部分は、不純物が多く含まれますが一般的な鋼鉄です。鋳型で造られた鋳造品なのでこのままでは脆いですね、一旦バラしますか?>
「いや、元の形はなるべく維持してやりたい。このまま余分な炭素を抜いて、必要な素材を足して……あとは地中で熱と圧を加えるか」
<では柄のみを取り外して、刃身を埋めますか。素材の調達はいかがいたしましょう?>
「んー、手持ちで何か使えるものはあったかな……」
ちらりとキンケードの顔を見上げると、それまで腕を組んでアルトを眺めていた目がこちらに向けられる。
「お、何だ。何か要るのか?」
「追加する素材が必要でな。多少は撒いた骨や土に含有されるものを使えるが、……そうだな、鍍金加工された装飾品や、食器とか、あとは赤や緑の宝石でもいい、何かないか?」
「無茶言うなぁ、オレの制服についてるボタンや金具じゃダメか? あとはその短剣も使ってくれて構わねぇぜ、そっちは単なる支給品だ」
支給品ということは、自警団の備品なのではないだろうか。おそらく制服もそのはずだ。後で弁償をするつもりがあるのかどうかは本人次第だが、無事に強盗を捕縛できれば帳消しにしてもらえるかもしれない。
次いでキンケードが鞘から抜いた短剣をアルトが検分する。全体的に素っ気ない作りだが、こちらはそう古くはないようだ。元々使っていた短剣が強盗に奪われたため、新しい物を支給されたのだろう。
<柄の鍍金は利用できそうですね。あとはキンケード殿のベルトの金具とボタンを頂いて……、あともう少し何かないでしょうか?>
「あの、お嬢様」
そこで、それまで黙り込んだままじっとアルトを注視していたカステルヘルミが、両手を握りしめながら遠慮がちに言葉を発した。
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