よいこ魔王さまは平穏に生きたい。

海野イカ

文字の大きさ
91 / 431

折れない剣を造ろう!①

しおりを挟む

 今回の一件は、何やら自警団の威信や評判がかかっていると聞くし、キンケードを『賊に負けた副長』なんて立場に甘んじさせておくわけにもいかない。
 腕前では相手に勝っており、豪腕から繰り出される斬撃に耐えうる剣さえあれば負けないというのなら、その解決は簡単だ。丈夫な剣をキンケードに持たせて、あとはいつ出没するかわからない強盗をどうにかして捕捉するだけ。
 これ以外はないだろうという名案にリリアーナは薄い胸を反らせた。

 そんな得意満面な令嬢とは反対に、テーブルではじっと空になったカップの中を見つめるカステルヘルミと、虚空を見上げながら「そーきたかー」と呟くキンケード。常識を備える大人たちの表情は浮かない。

「……あ。大丈夫だぞ、安心しろ。造るとは言っても一から作り出すわけではない、手元に素材も炉もないしな。今回は既存の剣を改修する方向でいってみようと思う」

「何が大丈夫なのか、全くわかりませんが……。それは、お嬢様が魔法でどうにかなさるということかしら?」

「うむ。さっそく『領域』の汎精霊たちにも働いてもらうがな。元素の再構成はモノとコツさえ理解すれば色々と汎用の利くものだ、お前もこの機会によく見て覚えておくといい」

「さっき普通の基準について話したばかりですのに~……ううぅぅぅ」

 カップに向かって顔を伏せるカステルヘルミはひとまず置いて、難しい顔でこめかみのあたりを揉んでいるキンケードへと向き直る。

「そういうわけで、お前の手持ちの剣を強化しようと思うのだが。今日は帯剣していないのか?」

「……予備のやつを持ってきてる。嬢ちゃんに会うってんで、庭に出る前に没収されたけどな」

 その視線が指すのは、少し離れた位置に控えるエーヴィだ。
 護衛の任務中ではなく今は客人として招いているため、予め危険物と判断されるものを預かったのだろう。

「キンケード様からは長剣と短剣を一本ずつお預かりしております。リリアーナ様が必要ということでしたら、すぐにこちらへお持ちいたします。いかがいたしましょう?」

「では両方とも持ってきてくれ。だが二本は重いか、もしひとりでは手に余るようならキンケードを連れて行っても構わん」

「問題ありません。ではお持ちいたしますので、今しばらくお待ちを」

 顔面を微動だにせず、エーヴィは深く礼をしてから屋敷の中へ戻って行った。
 張り付けたような表情は、まだ対応が固かった頃の侍従長を思わせる。
 最近、あの男のほうは割と心情を表に見せるようになってきた。対応に馴れが生じたためなのか、それとも意図した変化ではないのか、まだ判別はつかない。

「嬢ちゃんのお付きがひとり入れ替わったって話は聞いてたが、あの侍女が付くようになったんだなぁ」

「少し前からな。知り合いか?」

「いや、名前も知らねぇけど、ちょいちょい見かけてはいるから顔だけは覚えてるぜ。ふたりともよくカミロの奴が連れてたし、五歳記の時だって一緒にいただろ?」

「え?」

「ん?」

 意外な返事に間の抜けた声を漏らしてしまう。
 そんなこちらの様子こそ意外だったのか、キンケードのほうも不思議そうに首をかしげる。

「お前さんの五歳記の時、馬車に同乗してただろ? もう覚えてねーか?」

 あの日のことは、未だ何もかも鮮明に覚えている。だがあの時カミロと一緒に馬車へ乗り込んだ侍女ふたりのうち、片方がエーヴィだったとは今の今まで気づきもしなかった。
 あまり見ない顔の侍女だったという、ぼんやりとした印象だけが残っている。その顔を思い出そうとしてみても、いまいちはっきりとは思い出せない。

「……そうだったのか。わからなかった、なぜ気づかなかったのだろう」

「まぁ、アレはわざとそうしてる類だろうから、記憶になくても仕方ねぇよ。特徴がないように、他人の印象に残らないように顔を作ってんだろ、化粧とか何かで」

「なぜそんなことを?」

「さぁな、オレは知らねーよ」

 そう嘯くキンケードはちゃんとエーヴィの顔を覚えていたし、見抜くこともできた。普段からのヒトを見る目、観察眼の差というものだろうか。
 もしかしたらカミロがよく伴っていた侍女――天井裏の件で部屋まで来た時に、お茶を淹れてくれたのもエーヴィだったのかもしれない。その時の記憶を漁ってみても、やはり顔は思い出せない。

「そんなに前から接していたのに、丸で気づいていなかったとは、エーヴィに悪いことをしたな。それで、ふたりというのは? 五歳記の時にいた侍女のもう片方も知っているのか?」

「……あー。いや、……すまん、忘れてくれ」

「そう言われてわたしの気が済むとでも思うか。何だ、言いにくいようなことか? 別に構わないから言ってみろ」

 途端に苦い顔をして言葉を濁すキンケードを促せば、首の後ろを掻きながら視線をさまよわせる。ウーとか、アーとか言っているが、ごまかされはしない。
 そうしてしばらく唸ってから観念したらしく、目を逸らしたままぽつりとこぼす。

「あの事故の時に……、馬車の中で死んでた侍女だよ」

「……っ!」

 鼓動を早めた心臓を手で押さえつけ、息を飲む。
 歪んだ馬車の中で、頭が潰れて息絶えていた侍女が誰だったのかなんて、今まで誰も教えてはくれなかった。
 何より自分自身、ファラムンドのお付きとして同行した侍女なら、こちらが知らなくても仕方ないだろうと気にも留めていなかった。
 五歳記の折に馬車に同乗したからと言って、名乗られたわけでも会話を交わしたわけでもない。顔も覚えていないのだから、知らないも同然だ。それでも、接したことのある相手であることに変わりはない。
 ファラムンドもカミロも、幼い娘の心情を慮ってあえて告げないようにしていたのだろう。多少なりと面識のある相手の死や、その死体を間近で見たことはショックだろうからと。
 ……だが、やはり配慮という名の壁はあまり有り難いものではない。

「……そうだったのか。教えてくれたこと感謝する、キンケード。大丈夫だ、伏せられていた理由はわかっている、他の者には言わない」

「迂闊なことを漏らしたのはオレの責任だ。……しっかし、嬢ちゃんがどこまで知ってるのか、それわかんねーまま話をするのも綱渡りで気分悪ぃな。もっとちゃんと根回ししとけよ馬鹿共め」

「わたしを思い遣ってのことだ。まぁ多少の不自由は感じるが、仕方ないさ。大人としては知らせたくないこともあるだろう、この通り子どもだからな」

 肩をすくめて見せて、この話はここまでとする。
 もうすぐエーヴィも戻ってくるだろうし、さすがに彼女の前で話題にすることではない。
 もう話は終わりという意図の通じただろうキンケードは、それでも声をひそめるようにして身を屈めた。

「先に白状しちまうとな、嬢ちゃんに知らせないようにってファラムンドたちから口止めされてることは、いくつかある」

「それ自体、言ったらまずいのではないか?」

「ま、中身を吐かなきゃいいだろ。とにかく、自身でもわかってるようだが、どんなに頭が切れようが大人びてようが、嬢ちゃんはまだ八歳だ。オレもこの件に関しちゃあいつらの側だぜ、子どもを子ども扱いすんのは大人の責任ってやつでな。普通じゃないことを知ってても、オレはお前さんを子どもとして扱うぜ」

「……父上にもカミロにも、同じようなことを言われている。いいとも、存分に子ども扱いしてくれ、その分わたしはわたしで子どもらしい我侭を言わせてもらうぞ」

 仕方ないなとでも言うように、キンケードが凶悪な面を笑いに歪める。屈めていた体を戻し、再び背もたれにだらしなく寄りかかると、その向こうの裏口から長い布包みを携えたエーヴィが姿を現した。
 それなりに重量があるだろう荷物を恭しく両手で持ち、いつもと変わらない足取りでこちらへ近づいてくる。細腕ながら、フェリバのように意外と力持ちなのだろう。

「お待たせいたしました。こちらがお預かりしておりました、キンケード様の所持品となります」

「うん、ご苦労だった。わたしはもうしばらくここにいるから、エーヴィはもう下がっていいぞ。昼食が近くなったら呼びに来てくれ」

「……かしこまりました」

 エーヴィは手早く用の済んだ茶器を片づけ、全てトレイに乗せ終えると型通りの礼をして踵を返す。その姿が裏口へ消えるまで見送ると、重い腰を上げるようにふたりの大人も立ち上がった。
 テーブルに乗せられた布包みを開き、キンケードは中から取り出した長剣を片手で鞘ごと掴み上げる。
 そこかしこに錆を削り落とした痕跡や大小の傷がついており、ずいぶんと使い古されているのが見て取れる。留め具や革紐も擦れているが、よく手入れして長く使っている品なのだろう。古びていることをどうこう言うつもりはない。

「予備の剣だと言っていたが、ずいぶん使い込んでいるな」

「あぁ、こいつはオレが自警団に入りたての頃に使ってたやつだ。剣を教えてくれたオッサンから貰ったモンでな、長さが物足りなくなって持ち替えたんだが。そのお陰で今、手元に残ってるってのも皮肉なもんだぜ」

「……そんなに大切な品なら、変に手を加えるのはやめておくか?」

「いや、構わねぇよ、やってくれ。使わねーでいるより、使ってやったほうがこいつもオッサンも喜ぶ。重さや長さは後から慣れるが、握りの感触だけは変えないでもらえると助かるぜ」

「承知した」

 素体となる剣に足し算をする形で強化するつもりでいたから、長さが足りないと感じているならば都合が良い。
 仕上がりはこの状態よりもいくらか長く、重たくなるだろうが、キンケードの望み通り柄の部分は手を加えずにおこう。
 グリップにはなめした皮がきつく巻かれており、それも表面が磨耗している。自分の拳にして四つ分ほど、擦り切れて色の変わっているところが握る癖のある範囲だろう。
 男の大きな手で考えれば、刀身の長さに比べて握りの間隔が狭いようにも思える。両刃の長剣だ、相当な重みがあるだろうにこれで安定するのだろうか。キンケードの剣の扱いや実戦形式にも少し興味が沸いてきた。

「ちょっと鞘から抜いてくれるか。それとアルト、材質の確認を頼む」

 ワンピースのポケットからぬいぐるみを取り出し、テーブルの上に乗せた。底の辺りに宝玉があるためゴツリと硬い音がする。
 その音に驚いたのか、カステルヘルミが肩を竦めて一歩退がる。

<刃の部分は、不純物が多く含まれますが一般的な鋼鉄です。鋳型で造られた鋳造品なのでこのままでは脆いですね、一旦バラしますか?>

「いや、元の形はなるべく維持してやりたい。このまま余分な炭素を抜いて、必要な素材を足して……あとは地中で熱と圧を加えるか」

<では柄のみを取り外して、刃身を埋めますか。素材の調達はいかがいたしましょう?>

「んー、手持ちで何か使えるものはあったかな……」

 ちらりとキンケードの顔を見上げると、それまで腕を組んでアルトを眺めていた目がこちらに向けられる。

「お、何だ。何か要るのか?」

「追加する素材が必要でな。多少は撒いた骨や土に含有されるものを使えるが、……そうだな、鍍金加工された装飾品や、食器とか、あとは赤や緑の宝石でもいい、何かないか?」

「無茶言うなぁ、オレの制服についてるボタンや金具じゃダメか? あとはその短剣も使ってくれて構わねぇぜ、そっちは単なる支給品だ」

 支給品ということは、自警団の備品なのではないだろうか。おそらく制服もそのはずだ。後で弁償をするつもりがあるのかどうかは本人次第だが、無事に強盗を捕縛できれば帳消しにしてもらえるかもしれない。
 次いでキンケードが鞘から抜いた短剣をアルトが検分する。全体的に素っ気ない作りだが、こちらはそう古くはないようだ。元々使っていた短剣が強盗に奪われたため、新しい物を支給されたのだろう。

<柄の鍍金は利用できそうですね。あとはキンケード殿のベルトの金具とボタンを頂いて……、あともう少し何かないでしょうか?>

「あの、お嬢様」

 そこで、それまで黙り込んだままじっとアルトを注視していたカステルヘルミが、両手を握りしめながら遠慮がちに言葉を発した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...