美醜逆転した異世界で、絆されてハーレム作ることになりました

SHIRO

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ユアン side

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『チッ、今回も駄目そうだな』
『また使えない獣人かよ』
『なかなか使える獣人ってのは作れないもんだな』
『適当に檻に放り込んどけ。そいつらもどうせすぐ死ぬだろ』

 どうやらこの世界の獣人には、使える獣人と使えない獣人が存在しているらしいと知ったのは、施設の人間達が話していたのを聞いたからだ。

『なぁ、イル。使える獣人とか使えない獣人とか何のことぉ?』
『ああ、それは……』

 イルは俺と同じ人型になれる個体で、年上だし部屋も一緒だったから何かと面倒を見てもらっていた。

『獣人がどうやって作られたかの話はこの前したろ?』
 
 うん、覚えてるよ。その昔まだ魔獣と呼ばれる体内に不思議な力を秘めた獣が存在していた頃、気の狂った野郎が人間と魔獣を組み合わせたらどうなるか実験して出来上がったのが獣人って話だろ。

 勢いよく頷いた俺を見て『ユアンは偉いなぁ』って赤い瞳を細めて頭を撫でてくれる。ふわふわした気持ちになってくふくふと笑うと、何故かイルが泣き出しそうな顔になった。

『人間にとって、金になる俺達は成功、金にもならないあいつらは失敗作ってことだろ』

 イルの説明によると、獣人の中でも特に希少種とされているのが俺やイルみたいな人型になれる獣人だ。俺たちは一定の時期を過ぎると人型をとることができるようになるけど、ほとんどの獣人は一生を獣の姿で生きる。そういった獣人は生命力や知能も低く、投薬実験にも耐えられないで死んでいく。
 一方俺たちのような希少種は回復力が早く、唾液には治癒力まである。投薬実験にも耐えうる生命力があり、まさに使い勝手のいい獣だったのだ。

 投薬実験──その薬は人間には劇薬だけど希少種の獣人に与えると血液を宝石に変えられるようになる代物だ。希少種が生み出した宝石は不純物の入っていない純度の高い宝石ばかりだから高値で取引されている。まさに金を生む獣。使える獣人ってわけか。

 その希少種を求めて交配が盛んに行われていたせいで一時期は闇市場で獣人の取り引きが横行していたらしい。
 教会が中心になって獣人の交配は世界中で禁忌とされる流れになったらしいけど……。

『神はそのようなことを望んでいないとかなんとか。綺麗事並べても、そいつらが身につけてる派手な装飾品には俺たち獣人が傷つけられて生みだされた宝石が使われてるんだぜ。笑える話だよな』

 イルは鼻に皺を寄せて、心底不快だというように吐き捨てた。

 ここで大切なのは、禁忌であって禁止されているわけではないということ。道徳観のない裏社会の人間にとって教会が禁忌としよがそんなこと関係ない。今でもこっそり交配は行われているし、その禁忌の産物が俺達ってわけ。

 俺が作られたのは貧民街に隠されるように建てられた施設で、そこで赤子の頃から毎日のように切り刻まれて宝石を生みだしていた。どんなに切り刻まれてもすぐ傷は塞がるし、舐めときゃ治る。
 俺やイルは死なない程度には普通の暮らしをさせてもらっている。と言ってもあいつらに比べればってことだけどさ。
 あいつら──人間が言うところの使えない獣人達は小さな檻にぎゅうぎゅう詰めにされて放置されるんだ。まるでいつ死んでもかまわないとでもいうように。

 今回も使えないと判断された獣人が三人檻に放り込まれたようだ。
 俺は耳が良いから、隣の部屋の音が全て聞き取れる。まだ赤ちゃんで、三人とも状況が判断できないのか不安そうに鳴いている。
 かすかに血の匂いもする……体が傷だらけなんだ。投薬後に体を刻まれたせいだろう。

 俺は部屋を抜け出して、こっそり隣の部屋に忍び込む。部屋も檻も施錠はされていない。鍵を開けて部屋を出るということすら、できない個体が多いからだ。
 俺は素早く獣型になると、不安そうに震える三人の傷を舐めてやった。俺の唾液には治癒作用があるから、これで傷も早く癒えるだろう。

 同じように部屋を抜け出して来たイルがそんな俺を見て呆れた声を上げる。

『ユアン、またそいつらも世話するつもり?もう関わるのやめた方がいいよ』
『うん……わかってるぅ』
『またすぐ死んでしまって、悲しむのはユアンなんだよ?』

 いつも新しく来た獣人達はすぐに死んでしまう。生命力が弱すぎて、この劣悪な環境に耐えられないんだ。
 わかってるけど、苦しそうな声が聞こえてしまうんだ。血の匂いを嗅いでしまうんだ。糞尿にまみれた檻の中で、ただ痛みと恐怖に震えながら死んでいくなんてあまりに哀しいだろ。

『イル、また名前考えてくれる?』

 長いため息が聞こえてきた後、仕方ないなってイルが頭を撫でてくれる。優しくて温かくて大きな手だ。

『うーん。この茶色の薄い方がソロ、濃い方がジオ、灰色のは少し大きいからお兄ちゃんかな?じゃあ、こいつはユウシャだ』

 イルは俺みたいにここで作られた個体じゃない。ここに来るまでは、違う施設にいたそうだ。そこでイルは字を教えてもらい、少しだけど本も読ませてもらえたらしい。

『それも物語とかいうやつに出てくるの?』
『そうだよ、三人で旅をする物語だ。こいつらにぴったりだろ?』
『うん。ソロ、ジオ、ユウシャ』

 名前を呼んでやるけど、檻の中の三人は身を寄せ合って眠ってしまい反応がない。

『あ、寝ちゃったぁ。仕方ないな、まだ赤ちゃんだもんなぁ』
『俺からしたらユアンもまだまだ赤ん坊に見えるけどな』

 からからと笑うイルを、俺は口を尖らせて睨んでおく。成長が遅いのは薬のせいだ。人間は俺たち獣人を長く使いたいから、あらゆる投薬を施す。そのせいで俺たちは長寿になったけど、長生きすればするほど薬の副作用で体のあちこちが壊れはじめるんだ。

 そんな風に日々は過ぎていき、ユウシャ達も少し大きくなっただろうか。いつも檻に放り込まれたやつらはすぐに死んでしまうのに、ユウシャ達はよく耐えていると思う。
 俺も毎日体のどこかに傷はあるが、何とか生き延びてる。俺達がいくら回復力が高くても、こうも毎日切り刻まれて血を流せば疲弊するんだ。切られりゃ痛みも感じるし、暴言を吐かれりゃ悲しいと思うんだ。まぁ、白衣を着た人間達にはどうでもいいことなんだろうけどさ。

 今日はいつもの白衣を着た男ではなく、柄の悪い男に呼び出された。こいつの時は違う役目をおわされる。
 実は俺には体を切り刻まれる事とは別に、もうひとつ役目がある。

『今回の仕事はこの前よりは簡単だぜ』

 仕事といっても報酬などない。ただの使い潰されるだけの道具にすぎないが、この役目の時だけは施設の外に出してもらえるからまだマシだと思える。やらされる事は最悪だけどな。

『ほらよ』

 使い慣れたナイフが二本渡される。一瞬これでこいつの喉を引き裂いてやろうかと考えるけど、それを素早く感じ取った男がにやりと笑う。

『おいおい、わかってんだろうな。俺をやれば仲間がそれに気づいて、お前の大事な大事なオトモダチを殺しちまうぜ』

 チッ。思わず舌打ちが漏れる。裏社会の人間ってのは危機察知能力だけは長けてんだ。
 そんな事言われなくてもわかっている。この役目はもう俺にしかできない。イルは薬の後遺症で耳や目が悪くなってしまった。鼻はまだ利くらしいけど、それもこのまま投薬が続けば失ってしまうだろう。
 
 俺は顰めた顔を隠すようにフードを深く被る。

『それにしても、もうちょっとマシな顔になれなかったのかよ。気持ち悪りぃ』

 わざわざフードの中を覗き込んで顔を顰めた男に、それならこっちを見るなって思う。俺には人間の美醜の感覚はわからないけど、どうやら俺の顔はこいつらには醜く見えるらしい。まぁ、こんな奴らに気に入られたくはないから丁度良かったとすら思ってるけど。

『お前のオトモダチは上玉じゃねぇか。あれなら俺も子作りしてやってもいいぜ』
『っ!』

 下卑た笑い声に、ぐっと吐き気が込み上げて来た。
 俺たち獣人の交配がどのように行われているのかは最近知ったばかりだった。
 イルが時々どこかに連れ出されていることは知っていた。戻ってきたイルの様子がいつもと違うことも。だけどそれが強い媚薬を飲まされて人間と交尾をさせられてるなんてことは知らなかったんだ。
 本来獣人は自分の番以外とは性行為ができない生き物だ。それを薬で操ろうなんて気が狂ってる。番以外と無理矢理に交尾させられた獣人はそのうち衰弱して死んでしまう。
 イルは何度交尾させても子供ができないと、人間達が話している声が聞こえてしまったんだ。
 あいつらは俺たちの事を人だと思っていないから、そんな胸糞悪い話も堂々と大声で喋りやがる。番以外との交尾は獣人にとって拷問だ。イルも回数を重ねるごとに確実に衰弱している。
 俺はまだ幼体だから交配には使われていないけど、それも時間の問題だろう。それは別にいい。俺が代われる役目なら何だってする。俺が我慢ならないのは、そんなイルをこんな下衆野郎に嘲弄されることだ。

 ぐっとナイフを握りしめて目の前の男の首に突きつける。

『次イルのことをそんな風に言ってみろ。お前を嬲り殺しにしてやる』
『おお、怖い怖い。その殺気は暗殺対象に向けてくれよな』

 男がにやにや笑いながら一歩後ろに下がる。
 そう、俺のもうひとつの役目は殺しだ。
 こいつらはこの施設を根城にしている殺し屋集団で、身体能力の高い獣人であるイルや俺は殺しのノウハウを叩き込まれて育った。
 暗殺対象には大人も子供もいた。対象が悪人でも善人でも出来るだけ苦しめないように一瞬で殺す術を身につけたけど、それでも心が痛まないわけじゃない。

 今回の暗殺対象者は最近台頭してきた商会の当主だという。対象の情報はあまり知らされないし、俺も知りたいとは思わない。

 気配を完全に絶って部屋へ忍び込む。俺が気配を消せば、並大抵の人間じゃ気づけない。もうこの時点でその部屋の主人の死は確定したも同然なんだけど、油断は禁物だ。
 そっとベッドへ忍び寄れば寝息を立てる男がいた。ナイフをかまえた刹那、男の腕の中でもぞもぞと動く存在に気がついた。子供……か?対象の事前情報によれば一人で寝ているはずのに、今夜に限って親子で寝たのか。ここで躊躇ったらもう殺せなくなる。胃からせり上がってくる感情を飲み込んで、男の喉を一瞬で掻き切ると大量の血がシーツを濡らした。あまりの早業に誰もその事実に気づかない。一緒に寝ている子供でさえも。
 俺は振り返ることなく屋敷を後にする。
 朝目覚めた時、隣で父親が事切れている姿を目の当たりにする子供の事は考えないようにした。感情を殺して、自分を殺して、俺の帰りを待つイルの元へと戻る。俺には俺の大切なものがある。俺が戻らなかったらイルやユウシャ達がもっと酷い扱いを受けるかもしれない。
 これは俺の役目なんだ。俺がもっと幼い頃はイルがしてくれていたことなんだ。

 施設に戻るとイルが泣きそうな顔で抱きしめてくれる。薬品とイルの匂いが混じった部屋に戻ると安心できた。
 今日俺がした事を、イルもちゃんとわかってるんだ。この感情はお互いにしか共有できない。

『おかえり、ユアン』
『ただいまぁ、イル』

 イルは最近目に見えて痩せた。元々細かったのに、今は抱きつくと骨がごつごつと手にあたる。

『イル……また痩せたぁ?ちゃんと食べて』
『うん、ごめんな』
『いいよぉ』

 その謝罪には色んな意味が含まれているのがわかる。
 心配させてごめんな、人殺しさせてごめんな、それから、生きててごめんな、って。俺はぐっと頷いて、安心させるように微笑んだ。

『俺は大丈夫だよぉ』

 これまでいっぱい守ってもらってきた。だからこれからは自分のことだけ考えて、って。
 イルは曖昧に微笑んで、だけどまた俺の心配ばかりするんだ。

 そんなイルが、ある日俺に衝撃的な言葉を告げた。

『番と出会ったぁ?』
『ああ、新しくこの施設に来た人間が俺の番だった。出会った瞬間からお互いどうしようもなく惹かれあったんだ。彼に触れたその刹那、体の中の細胞全てが変わっていくのを感じた』

 番とは獣人にとって何よりも大切な魂の片割れだ。イルは頬を紅潮させ、世界の幸福を全て手にしたみたいな晴れやかな笑顔を浮かべていた。

『俺は番と逃げる。ユアンも一緒に来い』
『逃げる?』

 そんな事が本当に可能なのだろうか、と思ったけど俺は考えるより先に頷いた。

『別にいいよぉ』

 事実、別にどちらでもかまわなかった。イルがいるならずっとここにいてもいいし、逃げると言うならついていくまでだ。
 ここを出るにはイルの番の協力が必要らしい。

『ユアンもいつか番に出会えるといいな』

 心底申し訳なさそうに溜息をつかれて首を傾げるしかない。俺も例に漏れず度重なる投薬のせいで色々な機能が壊れてしまっている。生まれつき涙や汗が出ないなどの身体的な欠陥があるし、番を認知するような本能の部分もどこまで機能しているのかわからない。わからないならわからないで、これまで特に困ることもなかったし。

『俺はどうでもいいよぉ』

 だからそう告げたのに、イルは痛ましげにこちらに視線を向けた。時々だけど、イルは俺のことをそんな風に見つめる。
 この施設の中しか知らない俺のことを、心の底から憐れんでいるんだ。

『俺の番が協力者にこの施設のことを密告する手筈だ』
『協力者?』
『そうだ。その協力者がここに討伐隊を送り込んでくるから、その混乱に乗じて逃げ出す』

 イルは決意に燃えた瞳で俺を見据えた。
 
『ユアンのことは俺が必ず逃がしてやるから』

 そんなこといいから、イルは番と逃げてくれと願う。俺やあいつらはもういいから。
 もうこの施設に残っている獣人は、イルと俺とユウシャ達だけだ。あいつらはきっと長生きできない。逃してやっても、外で生きていけるだけの体力もないだろう。
 ふいに男の首を掻き切った夜を思い出していた。父親に抱かれて眠っていた子供の穏やかな寝顔も。あんな事をした俺が、今さら幸せになるなんて許されるはずがない。
 だからイルは、もう俺達のことなんて考えず自由になっていいんだ。
 だけどそう言ってもきっと首を縦に振らないから、俺は物分かりのいいふりをして笑う。

『うん、わかったぁ』

 イル、この命を代償にしてもいい。必ず逃げて。そしてどうか、イルは番と幸せになって。
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