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意味はちゃんとわかってるよ
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煌めくライトがくるくる回ってる、と思ったけど。
「あ…これ俺が回ってる?」
くすくすと頭上から笑い声がして、視線を上げれば黄金色の宝石が俺を愛おしげに見下ろしている。
王族がファーストダンスを終えて会場を後にしたから、あとは皆リラックスモードで舞踏会を楽しんでいた。王太子とその婚約者はまだ残ってるけど、周りに取り巻きを侍らせて談笑してるだけでこちらには来ない。ちらちらこっち見てくるから、オーランドにくっついて顔を隠しておいた。
「リト、ダンスに集中して?」
さっき王子様みたいに(本当に王子様なんだけど)俺に手を差し出してダンスに誘ってくれた時のオーランド、かっこよかったなぁ。
酔ってふらふらの俺を軽々と持ち上げて、くるりとターンしてくれる。せっかくあんなに練習したんだから、と気合と根性でステップを踏んでるけど、ほとんどオーランドの素晴らしいリードのおかげだ。
「ふふふ、オーランドかっこいい」
「リト…可愛いけど、可愛すぎて困るよ」
オーランドの腕の中に閉じ込められて、二人しかいない世界みたいになってる。ふわりとオーランドからコロンの香りがして、急にどきどきした。
音楽が終わってしまう。もうちょっと踊りたかったなぁ。
「なぁ、オーランド…もう一回踊ろうよ」
周りが各々戻っていく中、まだ残っている人達もいる。まだ踊れるなら、もう一回くらいオーランドと踊りたい。
俺の言葉に一瞬赤くなったオーランドは、でもちらりとこちらを見て何かに納得したように首を振った。
「リトはまだこの世界の常識に疎いもんね。私も名残惜しいけど、私とのダンスはこれで終わりだよ」
「…なんで?」
断られたことがちょっとショックで声が小さくなる。
「あのね、この世界では同じ人と二回以上連続してダンスを踊るということは婚約や婚姻を意味しているんだ」
「婚約…婚姻…」
バカみたいに鸚鵡返ししてしまう。
「連続でダンスをするというのは、ハーレムの妻たちにとってそれだけ大切な意味があるんだよ。それを公式の場でするということは、リトが私を妻とする、またはする予定ということになる」
「オーランドが俺の妻…夫じゃなくて?」
「気にするところそこなの?」
くすくす笑いながら、とにかく一度戻ろうと促されて頷く。そういえば残ってる人達は皆落ち着いた紳士たちって感じだ。そうか、この落ち着きはもう夫婦だからか。いや、この場合は夫夫か?
ロイスたちの所に戻ろうとしたその時、水色の髪の彼がこちらに来るのが見えた。
「オーランドっ」
走ってきたわけでもないのに、ちょっと息切れした感じの声でオーランドを呼ぶ。相変わらずあざといぞ!
俺をエスコートしてくれてるオーランドの腕を、キティルがぐいと自分のほうに引き寄せる。その反動で俺がよたよたとタタラを踏んだけどそんなのおかまいなしだ。
「リト!」
慌ててオーランドが俺を抱きとめようと手を伸ばしてくれるけど、大丈夫だよと目で頷いた。
「オーランド、次は僕と踊ってくれるでしょ?」
「キティルいい加減に…」
「落ち人様なら他の人に任せられるでしょ。いいの?ここで僕が騒いだら目立っちゃうけど」
何やらオーランドの耳元で囁いているけど、距離が近い。むっとなって、思わずオーランドの反対の手をちょんちょんと引っ張ってしまった。
落ち人様、とキティルが子どもに言い含めるみたいな声で俺を呼ぶ。
「もうやめてあげて…彼を弄ばないでください」
キティルの声が思いのほか周囲に響く。会場にいる人達が一斉にこちらを見るのがわかった。
「キティル」
止めに入ったオーランドに身を寄せて、ますます声を大きくする。
「これはオーランドの為なんだよ?落ち人様はオーランドをからかって遊んでるだけなんだ」
「キティル…」
オーランドの声が低くなる。だけどキティルはおかまいなしで目に涙まで溜めて、キッとこちらを睨んだ。
「ひどいです!落ち人様はどういうつもりなんですか?」
え…俺?
ロイスとレオンハルトが人混みを掻きわけてこちらに来た。二人に庇うように背中に隠されたけど、ここはちょっと話を聞きたい。大丈夫だよという意味も込めて、二人の腕をぽんぽんと叩いて前に出る。
「どういうつもり…とは?」
「そ、そこの二人も含めてですけど、落ち人様ほど綺麗な人が本気で相手にしているとは思えません。それなのに後見人に指名したり、三人にべたべたしたり、思わせぶりなことばかりして、どういうつもりかって聞いているんです」
キティルの言葉に、周囲の人たちが同意するように頷く。それは波のように伝染していき、瞬く間にざわざわとしはじめた。
「キティル様の言う通りだわ。あんな醜男たちを侍らせて」
「まあ一応王族と筆頭公爵だし、財産目当てなんじゃない?」
「それ以外ありえないだろう」
「おい、あの銀髪は…」
「あら知らないの?ほら例の…穢れた血の…」
まただ。また嫌な視線を感じる。キティルが勝ち誇ったような顔をして大袈裟に言葉を続けた。
「僕は見てられないんです!僕の友人や、それにそこの可哀想な二人も、落ち人様に特別な感情を抱いてしまっているのは明白です。でも落ち人様は違いますよね?本当は三人のこと、なんとも思ってないですよね?」
咄嗟に言葉が出ない。俯いた俺をキティルが鼻で笑う。ほらねって嬉しそうに。
言葉を探してしまうのは、でもそれはキティルの言葉が正しいからじゃない。
これまで自分の気持ちと向き合う時間はたくさんあった。だから、本当はもう答えは出てるんだ。俺はよく考えて、それから真っ直ぐにキティルと向き直った。
「なんとも思ってないはずない。オーランドもロイスもレオンハルトも、すごく大切な人なんだ」
「そ、そんなのありえない!」
「信じてもらえなくても結構です」
静かに、でも確かに届くように声を出す。
「オーランドの友人だって言うなら知ってるでしょ。オーランドはすごく優しい人だ。いつも俺たちのこと一番に考えてくれてる。それにロイスもレオンハルトも可哀想な人じゃない。三人ともめちゃくちゃ優しくて、最高にかっこよくて、いつも俺のことばっかりで、なのに見返りは何も求めてこないっ…っっ」
それ以上言葉を続けることができなかった。見ないようにしていた感情が涙と共にぽろぽろ溢れる。
ああ、俺は本当にバカだ。いつもありがとうって思ってたのに、こんな事にも気づいていなかったなんて。
そうだよ、三人とも、俺のこと大好きってあんなに目で訴えてくるくせに、言葉で伝えてくるくせに、リトは?って聞かれたことは一度もない。自分が愛されることなんてないってどこかで諦めてるんだ。
大切にしていたつもりなのに、たくさん傷ついてきた人たちだってわかってたはずなのに、そんな風に思わせていたことが悔しい。
これじゃあ、全然大切にできていないのと一緒だ。
「「「リト」」」
三人がすごいオロオロしてる。いつも変なところで距離を詰めてくるくせに、こんな時は俺に触れられずに周りでオロオロするんだ。そういうところ、三人ともよく似てるよな。
「とりあえず庭園へ行こう」
オーランドの言葉に二人が頷く。それから、とオーランドがキティルに向き直る。
「キティル、私たちはもう子どもじゃないんだ。私もあの頃より色んなものが見えてるつもりだ…君の家の事情も君の状況もね。だけどもう協力はできないよ。意味わかる?」
「ど、どうして?僕のこと好きでしょ?僕が一緒にいてあげるって言ってるんだよ?」
「私が一緒にいたいのは君じゃない」
オーランドがきっぱりと告げる。
「オーランドは騙されてるんだよ!」
「リトはそんな人じゃない。だけど、例え騙されていたとしてもいいんだよ。騙されてもいいと思えるくらい好きなんだ」
「どうして…じゃあ僕はどうなるの?僕このままじゃ…」
その後は続かなかった。呆然と言葉を失うキティルを、もうオーランドは見ていなかったから。
ちょうど音楽が終わり、静けさが会場を包む。
「リト、とりあえず庭園に……リト?」
「オーランド、もう一回踊ろう」
「え?」
「ロイスとレオンハルトもここでちょっと待ってて」
二人が戸惑ったように頷く。
何が起きているのかわかっていないオーランドをぐいぐいとダンスホールの真ん中に連れていくと、楽団が慌てて新しい音楽を奏ではじめた。あ、良かった。この曲知ってる。
「…リト」
「オーランドはこれからもずっと俺としか踊らせないから」
何も見逃すまいと、じっと俺だけを見つめる黄金色の瞳。オーランドにこの目で見つめられると、まるでこの世界に自分しか存在していないかのような錯覚を覚えるんだ。肉食獣が獲物をとらえる前にじっと草むらに身を潜める時のような、そんな目。
俺はオーランドにこの瞳で見つめられるのが好きだと素直に思った。そうやってずっと俺だけを見ててほしい。この人は俺のものだ。
「オーランド、意味はちゃんとわかってるよ」
ダンスを二回踊る意味を、ちゃんとわかってる。
「リト」
何かを言いかけて、でもオーランドの言葉は小さく消えていった。俺を抱き寄せるオーランドの嗚咽が耳元をくすぐる。背中を撫でて、いつもありがとうって伝えた。きっとこの人は、俺のためにいつも戦ってくれてる。
二回目のダンスが終わると、ロイスとレオンハルトの所まで連れて行ってくれた。オーランドの手から、ロイスの手へと渡される。
「ロイス、俺と踊ってくれますか?」
「…喜んで」
ロイスの動きは、いつも練習に付き合ってくれている時よりなんだかぎこちない。
「ロイス緊張してる?」
「している…こうして舞踏会で誰かと踊るのは初めてだからな。その相手がリトならば余計に緊張する」
「そっか、じゃあここは公爵邸だと思って踊ろう」
二人で見つめ合って、いつもみたいにステップを踏む。ダンスじじいが大きな声で喋ってて、セバスチャンが見守ってくれてるあの空間。俺たちの家だ。
「ロイス、このまま俺と二回踊ってくれる?」
はっと息を詰めるロイスに、意味は知ってるよって囁く。そしたらまたロイスの動きがぎこちなくなって、思わず笑ってしまった。
「いいのか?」
「うん、もう答えは出たから」
ロイスが涙を見せないようにぐっと上を向く。その仕草、たまに見るんだよね。そうやって、癖になるほどいつも一人で涙を堪えてきたんだろうか。
「ロイス、嬉し涙は流してもいいんだぞ」
「情けない姿は見せたくない」
「情けなくない。ロイスはいつもかっこいいよ」
どんなロイスだってかっこいい。体格差があるから難しいけど、ダンスをしてるふりをして頭を撫でる。ロイスが心底困ったという顔で笑いながら瞳を濡らした。
ロイスとの二回目のダンスが終わると、不安そうにこちらを眺めるレオンハルトがぽつんと立っていた。そんな捨てられた犬みたいな顔しなくても、レオンハルトのこと忘れてないぞ。
「レオンハルト、俺と踊ってくれますか?」
「……はい」
静かに頷いたレオンハルトは、だけどなかなか動き出そうとしない。そんなレオンハルトを見て、オーランドがくすりと笑って肩を叩いた。
「レオンハルト、良かったね。行っておいで」
「……っっ」
レオンハルトの瞳から涙が溢れ落ちる。小さな子どもみたいなレオンハルトを連れて行く。
「ほら、ちゃんとレオンハルトがリードしてくれないと。俺まだステップ間違えるから」
ふふ、と笑い合って、二人でくるくる回った。周りが俺たちを遠巻きに見てるのはわかるけど、二人だけの世界みたいに踊る。
俺たちを見ればわかるでしょ?俺がどれほどこの人たちを大切に特別に思ってるか。
「もちろんレオンハルトとも二回踊るからな。でも俺ちょっとさすがにフラフラで、足踏んじゃうかも」
「何回踏まれてもかまいません」
それは俺がイヤだな、と笑うと、レオンハルトの名前を呼ぶ。
「レオンハルト」
「はい」
「これからもずっと一緒にいような」
「……はいっ」
レオンハルトが泣くと、いつも心がぎゅってする。だって本当に純粋で綺麗な涙なんだ。この胸の痛みの意味も、今はちゃんと理解してる。
後半は二人とも涙でステップぐちゃぐちゃになったけど、なんとか二回踊りきった。
迎えに来てくれたオーランドとロイスも連れて、四人で馬車に乗り込む。あのまま会場にいたら騒ぎになりそうだったし、俺も三人とちゃんと話したいけど王宮じゃなくて公爵邸が良かったから。
オーランドも誘って、俺たちの家に帰ることにしたんだ。
俺たちが出て行った後の会場はすごい騒ぎになっていたみたいだけど、そんなこと知らない俺はこの後のことで頭がいっぱいだった。どう言えばいいのかな、何を話そうかなって。三人も全然話してくれなくて、とにかく緊張が馬車内を包んでる。
無言の四人を乗せて、馬車が行きと同じようにゆっくりと進みはじめた。
「あ…これ俺が回ってる?」
くすくすと頭上から笑い声がして、視線を上げれば黄金色の宝石が俺を愛おしげに見下ろしている。
王族がファーストダンスを終えて会場を後にしたから、あとは皆リラックスモードで舞踏会を楽しんでいた。王太子とその婚約者はまだ残ってるけど、周りに取り巻きを侍らせて談笑してるだけでこちらには来ない。ちらちらこっち見てくるから、オーランドにくっついて顔を隠しておいた。
「リト、ダンスに集中して?」
さっき王子様みたいに(本当に王子様なんだけど)俺に手を差し出してダンスに誘ってくれた時のオーランド、かっこよかったなぁ。
酔ってふらふらの俺を軽々と持ち上げて、くるりとターンしてくれる。せっかくあんなに練習したんだから、と気合と根性でステップを踏んでるけど、ほとんどオーランドの素晴らしいリードのおかげだ。
「ふふふ、オーランドかっこいい」
「リト…可愛いけど、可愛すぎて困るよ」
オーランドの腕の中に閉じ込められて、二人しかいない世界みたいになってる。ふわりとオーランドからコロンの香りがして、急にどきどきした。
音楽が終わってしまう。もうちょっと踊りたかったなぁ。
「なぁ、オーランド…もう一回踊ろうよ」
周りが各々戻っていく中、まだ残っている人達もいる。まだ踊れるなら、もう一回くらいオーランドと踊りたい。
俺の言葉に一瞬赤くなったオーランドは、でもちらりとこちらを見て何かに納得したように首を振った。
「リトはまだこの世界の常識に疎いもんね。私も名残惜しいけど、私とのダンスはこれで終わりだよ」
「…なんで?」
断られたことがちょっとショックで声が小さくなる。
「あのね、この世界では同じ人と二回以上連続してダンスを踊るということは婚約や婚姻を意味しているんだ」
「婚約…婚姻…」
バカみたいに鸚鵡返ししてしまう。
「連続でダンスをするというのは、ハーレムの妻たちにとってそれだけ大切な意味があるんだよ。それを公式の場でするということは、リトが私を妻とする、またはする予定ということになる」
「オーランドが俺の妻…夫じゃなくて?」
「気にするところそこなの?」
くすくす笑いながら、とにかく一度戻ろうと促されて頷く。そういえば残ってる人達は皆落ち着いた紳士たちって感じだ。そうか、この落ち着きはもう夫婦だからか。いや、この場合は夫夫か?
ロイスたちの所に戻ろうとしたその時、水色の髪の彼がこちらに来るのが見えた。
「オーランドっ」
走ってきたわけでもないのに、ちょっと息切れした感じの声でオーランドを呼ぶ。相変わらずあざといぞ!
俺をエスコートしてくれてるオーランドの腕を、キティルがぐいと自分のほうに引き寄せる。その反動で俺がよたよたとタタラを踏んだけどそんなのおかまいなしだ。
「リト!」
慌ててオーランドが俺を抱きとめようと手を伸ばしてくれるけど、大丈夫だよと目で頷いた。
「オーランド、次は僕と踊ってくれるでしょ?」
「キティルいい加減に…」
「落ち人様なら他の人に任せられるでしょ。いいの?ここで僕が騒いだら目立っちゃうけど」
何やらオーランドの耳元で囁いているけど、距離が近い。むっとなって、思わずオーランドの反対の手をちょんちょんと引っ張ってしまった。
落ち人様、とキティルが子どもに言い含めるみたいな声で俺を呼ぶ。
「もうやめてあげて…彼を弄ばないでください」
キティルの声が思いのほか周囲に響く。会場にいる人達が一斉にこちらを見るのがわかった。
「キティル」
止めに入ったオーランドに身を寄せて、ますます声を大きくする。
「これはオーランドの為なんだよ?落ち人様はオーランドをからかって遊んでるだけなんだ」
「キティル…」
オーランドの声が低くなる。だけどキティルはおかまいなしで目に涙まで溜めて、キッとこちらを睨んだ。
「ひどいです!落ち人様はどういうつもりなんですか?」
え…俺?
ロイスとレオンハルトが人混みを掻きわけてこちらに来た。二人に庇うように背中に隠されたけど、ここはちょっと話を聞きたい。大丈夫だよという意味も込めて、二人の腕をぽんぽんと叩いて前に出る。
「どういうつもり…とは?」
「そ、そこの二人も含めてですけど、落ち人様ほど綺麗な人が本気で相手にしているとは思えません。それなのに後見人に指名したり、三人にべたべたしたり、思わせぶりなことばかりして、どういうつもりかって聞いているんです」
キティルの言葉に、周囲の人たちが同意するように頷く。それは波のように伝染していき、瞬く間にざわざわとしはじめた。
「キティル様の言う通りだわ。あんな醜男たちを侍らせて」
「まあ一応王族と筆頭公爵だし、財産目当てなんじゃない?」
「それ以外ありえないだろう」
「おい、あの銀髪は…」
「あら知らないの?ほら例の…穢れた血の…」
まただ。また嫌な視線を感じる。キティルが勝ち誇ったような顔をして大袈裟に言葉を続けた。
「僕は見てられないんです!僕の友人や、それにそこの可哀想な二人も、落ち人様に特別な感情を抱いてしまっているのは明白です。でも落ち人様は違いますよね?本当は三人のこと、なんとも思ってないですよね?」
咄嗟に言葉が出ない。俯いた俺をキティルが鼻で笑う。ほらねって嬉しそうに。
言葉を探してしまうのは、でもそれはキティルの言葉が正しいからじゃない。
これまで自分の気持ちと向き合う時間はたくさんあった。だから、本当はもう答えは出てるんだ。俺はよく考えて、それから真っ直ぐにキティルと向き直った。
「なんとも思ってないはずない。オーランドもロイスもレオンハルトも、すごく大切な人なんだ」
「そ、そんなのありえない!」
「信じてもらえなくても結構です」
静かに、でも確かに届くように声を出す。
「オーランドの友人だって言うなら知ってるでしょ。オーランドはすごく優しい人だ。いつも俺たちのこと一番に考えてくれてる。それにロイスもレオンハルトも可哀想な人じゃない。三人ともめちゃくちゃ優しくて、最高にかっこよくて、いつも俺のことばっかりで、なのに見返りは何も求めてこないっ…っっ」
それ以上言葉を続けることができなかった。見ないようにしていた感情が涙と共にぽろぽろ溢れる。
ああ、俺は本当にバカだ。いつもありがとうって思ってたのに、こんな事にも気づいていなかったなんて。
そうだよ、三人とも、俺のこと大好きってあんなに目で訴えてくるくせに、言葉で伝えてくるくせに、リトは?って聞かれたことは一度もない。自分が愛されることなんてないってどこかで諦めてるんだ。
大切にしていたつもりなのに、たくさん傷ついてきた人たちだってわかってたはずなのに、そんな風に思わせていたことが悔しい。
これじゃあ、全然大切にできていないのと一緒だ。
「「「リト」」」
三人がすごいオロオロしてる。いつも変なところで距離を詰めてくるくせに、こんな時は俺に触れられずに周りでオロオロするんだ。そういうところ、三人ともよく似てるよな。
「とりあえず庭園へ行こう」
オーランドの言葉に二人が頷く。それから、とオーランドがキティルに向き直る。
「キティル、私たちはもう子どもじゃないんだ。私もあの頃より色んなものが見えてるつもりだ…君の家の事情も君の状況もね。だけどもう協力はできないよ。意味わかる?」
「ど、どうして?僕のこと好きでしょ?僕が一緒にいてあげるって言ってるんだよ?」
「私が一緒にいたいのは君じゃない」
オーランドがきっぱりと告げる。
「オーランドは騙されてるんだよ!」
「リトはそんな人じゃない。だけど、例え騙されていたとしてもいいんだよ。騙されてもいいと思えるくらい好きなんだ」
「どうして…じゃあ僕はどうなるの?僕このままじゃ…」
その後は続かなかった。呆然と言葉を失うキティルを、もうオーランドは見ていなかったから。
ちょうど音楽が終わり、静けさが会場を包む。
「リト、とりあえず庭園に……リト?」
「オーランド、もう一回踊ろう」
「え?」
「ロイスとレオンハルトもここでちょっと待ってて」
二人が戸惑ったように頷く。
何が起きているのかわかっていないオーランドをぐいぐいとダンスホールの真ん中に連れていくと、楽団が慌てて新しい音楽を奏ではじめた。あ、良かった。この曲知ってる。
「…リト」
「オーランドはこれからもずっと俺としか踊らせないから」
何も見逃すまいと、じっと俺だけを見つめる黄金色の瞳。オーランドにこの目で見つめられると、まるでこの世界に自分しか存在していないかのような錯覚を覚えるんだ。肉食獣が獲物をとらえる前にじっと草むらに身を潜める時のような、そんな目。
俺はオーランドにこの瞳で見つめられるのが好きだと素直に思った。そうやってずっと俺だけを見ててほしい。この人は俺のものだ。
「オーランド、意味はちゃんとわかってるよ」
ダンスを二回踊る意味を、ちゃんとわかってる。
「リト」
何かを言いかけて、でもオーランドの言葉は小さく消えていった。俺を抱き寄せるオーランドの嗚咽が耳元をくすぐる。背中を撫でて、いつもありがとうって伝えた。きっとこの人は、俺のためにいつも戦ってくれてる。
二回目のダンスが終わると、ロイスとレオンハルトの所まで連れて行ってくれた。オーランドの手から、ロイスの手へと渡される。
「ロイス、俺と踊ってくれますか?」
「…喜んで」
ロイスの動きは、いつも練習に付き合ってくれている時よりなんだかぎこちない。
「ロイス緊張してる?」
「している…こうして舞踏会で誰かと踊るのは初めてだからな。その相手がリトならば余計に緊張する」
「そっか、じゃあここは公爵邸だと思って踊ろう」
二人で見つめ合って、いつもみたいにステップを踏む。ダンスじじいが大きな声で喋ってて、セバスチャンが見守ってくれてるあの空間。俺たちの家だ。
「ロイス、このまま俺と二回踊ってくれる?」
はっと息を詰めるロイスに、意味は知ってるよって囁く。そしたらまたロイスの動きがぎこちなくなって、思わず笑ってしまった。
「いいのか?」
「うん、もう答えは出たから」
ロイスが涙を見せないようにぐっと上を向く。その仕草、たまに見るんだよね。そうやって、癖になるほどいつも一人で涙を堪えてきたんだろうか。
「ロイス、嬉し涙は流してもいいんだぞ」
「情けない姿は見せたくない」
「情けなくない。ロイスはいつもかっこいいよ」
どんなロイスだってかっこいい。体格差があるから難しいけど、ダンスをしてるふりをして頭を撫でる。ロイスが心底困ったという顔で笑いながら瞳を濡らした。
ロイスとの二回目のダンスが終わると、不安そうにこちらを眺めるレオンハルトがぽつんと立っていた。そんな捨てられた犬みたいな顔しなくても、レオンハルトのこと忘れてないぞ。
「レオンハルト、俺と踊ってくれますか?」
「……はい」
静かに頷いたレオンハルトは、だけどなかなか動き出そうとしない。そんなレオンハルトを見て、オーランドがくすりと笑って肩を叩いた。
「レオンハルト、良かったね。行っておいで」
「……っっ」
レオンハルトの瞳から涙が溢れ落ちる。小さな子どもみたいなレオンハルトを連れて行く。
「ほら、ちゃんとレオンハルトがリードしてくれないと。俺まだステップ間違えるから」
ふふ、と笑い合って、二人でくるくる回った。周りが俺たちを遠巻きに見てるのはわかるけど、二人だけの世界みたいに踊る。
俺たちを見ればわかるでしょ?俺がどれほどこの人たちを大切に特別に思ってるか。
「もちろんレオンハルトとも二回踊るからな。でも俺ちょっとさすがにフラフラで、足踏んじゃうかも」
「何回踏まれてもかまいません」
それは俺がイヤだな、と笑うと、レオンハルトの名前を呼ぶ。
「レオンハルト」
「はい」
「これからもずっと一緒にいような」
「……はいっ」
レオンハルトが泣くと、いつも心がぎゅってする。だって本当に純粋で綺麗な涙なんだ。この胸の痛みの意味も、今はちゃんと理解してる。
後半は二人とも涙でステップぐちゃぐちゃになったけど、なんとか二回踊りきった。
迎えに来てくれたオーランドとロイスも連れて、四人で馬車に乗り込む。あのまま会場にいたら騒ぎになりそうだったし、俺も三人とちゃんと話したいけど王宮じゃなくて公爵邸が良かったから。
オーランドも誘って、俺たちの家に帰ることにしたんだ。
俺たちが出て行った後の会場はすごい騒ぎになっていたみたいだけど、そんなこと知らない俺はこの後のことで頭がいっぱいだった。どう言えばいいのかな、何を話そうかなって。三人も全然話してくれなくて、とにかく緊張が馬車内を包んでる。
無言の四人を乗せて、馬車が行きと同じようにゆっくりと進みはじめた。
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