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落ち人リト・スガワラ

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 いよいよ舞踏会がはじまり、下位の貴族から順に入場していく。
 オーランドと俺が呼ばれたのは結構あとになってからだったけど、大きな扉の前まで来るとすごく緊張してきた。

「リト、エスコートさせてくれてありがとう。この瞬間を一生忘れないよ」

 俺の緊張ほどではないが、オーランドもどこか硬い表情だった。俺の手を自分の腕に絡ませながら「ありがとう」ともう一度呟く。

「なんだよ、これが最後みたいに言うなよ」

 目を見開いたオーランドが「それもそうだね」と柔らかくほどけて笑う。

 まぁ舞踏会はこれが最初で最後の方が精神的にはいいが、オーランドがそんなに喜んでくれるなら小さな夜会くらいになら一緒に出てもいい。田舎のお祭りみたいな小さいやつな。

 ついに二人の名前が呼ばれて扉が開く。
 会場内は香水と化粧の匂いで咽せ返るようだった。熱気がすごい。煌びやかなライトの下、これでもかと着飾った男達の視線が一気に集中するのがわかった。
 先にオーランドを見て眉を顰めた人達が、こちらを見てぽかんと口を開ける。一瞬で静まり返った会場内を、俺とオーランドが真っ直ぐ歩いていく。
 う…手と足同時に動いちゃう。歩くってどうするんだったっけ?
 生まれてこのかた、こんなに注目された経験はない。入学式や卒業式ですら、地味な俺なんかを熱心に見つめる人なんていなかった。
 視線が痛い…胃も痛い。
 ふいに組んでいた腕をオーランドが安心させるようにとんとん叩いた。はっと目線を合わせると、にこりと微笑まれる。
 うん、俺一人じゃないもんな。オーランドがいる。それに…オーランドが何かに気づいたように視線で誘導してくれて、そちらを見たらロイスとレオンハルトがいた。騎士団の中にも貴族の人間が何人かいて、そいつらも二人の後ろにいる。
 見慣れた顔を見て一気に脱力したよ。泣いて走り寄りたかったくらいだよ。ああ、すでに公爵邸に帰りたいなって考えて、もうあの場所が自分の帰る家になっていることに気づく。そうか、あそこはもう俺の家なんだな。

 なんとかロイス達のいる中央に辿り着くと、それまで静まり返っていた会場内が一気に騒めきだす。

「な、なんて美しい…」
「まさに神に愛されし絶世の美貌…」
「見事な黒髪黒目…落ち人の噂は本当だったのか」
「ふ、再び落ち人様が降臨なされた……うう……」
「「「「落ち人様っ……うううっ……」」」」

 いつまでも美しいとか言われるのには慣れない。ほうと見惚れる男達の中には、明らかに落ち人を特別視している集団がいる。あれがオーランドの言っていた落ち人信仰ってやつかな。涙を流しながら、俺に向かって祈ってる。やめてくれ…居た堪れなさマックスなんだが。

 オーランドやロイス達に嘲るような視線を向けてくる男達もいて、そいつらは思いきりガン飛ばしといてやった。…え、なんで顔赤らめてるんだよ。
 オーランドがそんな俺に呆れたような苦笑いをこぼす。

「リト、あまり色気を振り撒かないで」

 なんでそうなる⁉︎

「リトに見つめられて落ちない男はいないだろう」

 とロイスまでため息。

「…………。」

 レオンハルトは俺と一緒になって相手を睨んでる。さすがうちの子。やれば出来る子だ。

「……リトを見た奴全員の目を抉り出したいです」

 あ、違った。一番危ない子だった。ストップストップ!睨むのやめて?会場を血の海にするのはやめて?

「気持ちはわかるけど、バレないようにしなきゃ駄目だよ?」

 オーランドの教育がおかしい。甘やかしかた盛大に間違ってる。

 そんなことをごちゃごちゃやってるうちに、気づけば王太子殿下とその婚約者、それから国王両陛下が入場していた。

 俺より背が低い人間がいないせいで、あんまり前の方が見えない。でかい男たちの中にいると俺って子供みたいなんだけど、実際に子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねて壇上にいる王族を見るわけにもいかないしな。
 仕方なく壇上がある方向を向きながら、誰か知らないおっさんの背中をぼんやり眺めていた。

 国王陛下の挨拶の言葉が聞こえる。朗々と語りかける声は貫禄があり、なるほどこれが国王の声かと賢げに頷いておいた。だって前が見えないから、声聞くしかないもんな。

 それから王太子らしき人物の挨拶が始まり、最後に婚約者の紹介があった。

「よって、本日集まってくれた皆に紹介したい。私の婚約者となったルーチェ・オリーブル伯爵令息だ」

 おおっと会場が騒がしくなり、皆が礼をとる。俺もそれに倣って頭を下げておいた。

「私とルーチェは真の愛で結ばれた。よって私はここにハーレムを作らないことを宣言する!」

 王太子の宣言に一層騒めきが大きくなる中、隣でオーランドがふふっと笑ったのが見えた。あ、悪い顔だ。この顔見たことあるぞ。
 目で問えば、片方の口の端を上げて肩をすくめて答える。こういう時のオーランドってめちゃくちゃ悪役っぽくてかっこいい。
 よくわからないが、きっと良いことなんだよな?

 次に、と国王陛下が声を上げた。

「我がクロノス王国が、落ち人リト・スガワラを保護したことを皆に告げる。クロノス王国に再び神が子を落とされたのだ。これは我が国が神の加護を得ている何よりの証であろう」

 会場中の貴族たちが祝福の声を上げる中、俺の前にいた人だかりがザッと割れていく。目の前が一気にひらけて、やっと壇上にいる王族たちが見えた。
 リト、と小さくオーランドに呼ばれて、二人で壇上の前まで歩く。その間も騒めきはやまない。
 オーランドが膝を折る礼をとり、俺もそれに倣う。この体勢、地味にめちゃくちゃしんどいんだよな。膝が地面につくぎりぎりで止まらなくちゃいけないから、ぷるぷるしてしまう。

「面を上げよ」

 国王の声で、顔を上げる。ふう、なんとか無様に転がってしまうことは避けられた。セバスチャンに教わった最初の頃はがくって膝をついたり横に転んだりして大変だったんだよ。

「「なっ」」

 国王や王太子が仰け反る勢いで息をのむ。
 初めて顔を合わせたけど、想像していたよりすごく普通だ。
 黄金の髪と瞳の色は同じなんだけど、国王も王太子も濃くもなく薄くもない顔をしている。地球基準では普通の顔だけど、この世界の基準からしても、たぶん平凡顔の部類に入るんじゃないかな。

 そんなことよりも、俺の目を奪って離さないものがあった。
 それは国王と王太子が来ているマントだ。な、なんだあのは…。
 思わず凝視してしまって、はっと思い出す。えっと、王族としっかり目線を合わせるのは不敬なんだっけ?慌てて目を逸らし、胸に手を当て頭を下げた。とりあえずマントのことは頭の片隅に放り投げて、セバスチャンに教えられた口上を述べる。

「お初に御目に掛かります。リト・スガワラと申します。この度はこのようなめでたき日に御目通り叶いましたこと恐悦至極に存じます。そして落ち人としてクロノス王国に保護していただけたこと心より感謝申し上げます」

 思ってもいないことだから棒読みになってしまうのは許してくれよな。必死で落ち人リト・スガワラの仮面をかぶる。

「これは…こほん。ああ、楽にしてくれ。丁寧な挨拶をありがとう」

 国王は意外なほど気さくな雰囲気で語りかけてくれる。それに「はい」や「いいえ」で何とか答えて、その場をやり過ごす。こ、こんなに話すって聞いてないぞ。最初の口上が終わればさっさと退散するはずだったのに。

「して、落ち人リト・スガワラよ。今は公爵家で過ごしておるそうだが、これからは王宮で過ごす方が良いのではないか?後見人も必要であろう?」

 その言葉に、俺は失礼にならない程度に抵抗した。

「いえ、できれば今のまま公爵家でお世話になりたいです。それから後見人となる世話役には、オーランド・スターク・クロノス第二王子殿下、ロイス・オーウェン公爵閣下、レオンハルト・デヴァリオン伯爵令息を指名したいです」

 セバスチャンに教わったことを思い出しながら、しっかりと自分の意見は主張する。
 なんでもこの世界の落ち人とは、国王も強く出られないくらいの特別な地位にあるらしい。だから落ち人が強く主張したことは出来るだけ叶えなくてはいけないという暗黙の了解みたいなのがあるんだって。

「そ、そうか…わかった」

 案の定、国王は眉間に皺を寄せて不服そうではあったけど、なんとか頷いてくれた。

「三人もよく務めるように」

 いつの間に俺の後ろに来ていたのか、ロイスとレオンハルトも膝を折り礼をとっている。俺も一緒に礼を尽くし、立ち去ろうとしたその時…。

「ま、待ってください!父上、私は納得できません」

 声を上げたのは王太子だった。
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