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モヤモヤする

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 波うつ水色の長い髪が、夜風でふわふわと揺れる。オーランドを一心に見つめる瞳はピンク色だ。
 嘘みたいな色だな、さすが異世界だなってどうでもいいこと考えてる場合じゃない。誰だこの俺ほどではないが薄顔な少年は。なぜオーランドに抱きついてる?

「…キティル、久しぶりだね」

 オーランドがさりげなく少年の腕をはずして、俺の腰を引き寄せた。

「もう!キティって呼んでっていつも言ってるだろ」

 きゅるんと音がしそうなほどの上目遣いで、まるで俺がいないみたいに話してる。オーランドが眉を寄せてため息を吐いた。

「リト、紹介するよ。彼は私の幼馴染でキティル・ナザロフ侯爵令息だよ」

 オーランドの言葉で、はじめて気づいたといった感じで俺の方を見るキティル。え?と目を見開いてこちらを凝視する。

「嘘でしょ…こんなのありえない」

 何がだろうか?俺が首を傾げると、はっと表情を戻してにこりと微笑まれた。

「ナザロフ侯爵家が次男キティル・ナザロフと申します」
「あ、えっと」

 くそっ、セバスチャンと貴族の挨拶ってやつも練習したのに咄嗟に出てこない。まごまごしてると、オーランドに恥かかせちゃうかも。

「リト、大丈夫だよ」

 オーランドが優しく背中をさすってくれる。手から伝わる温度で、ふっと緊張がぬけていった。

「オーランドありがとう」

 小さな声で礼を言って、目の前の水色少年に向きなおる。目が合った一瞬、鋭く睨まれた気がしたんだけど、すぐに笑顔になったから気のせいか?

「お初に御目に掛かります。リト・スガワラと申します」

 片膝を折って礼を尽くす。あ、これ王族への挨拶の仕方だったか?これしか知らないから、これしか言えない。無念!

「キティル、もうわかったかとは思うがリトは落ち人だ」
「ふぅん…そういうこと。そっちに乗り換えたんだ?相手は憧れの落ち人様ってわけ?」

 なにやら含みのある言い方だと感じるのは俺だけ?ちょっとピリッとした空気が流れる。

「誤解を招くような言い方はやめてくれる?私とキティルの間には何もないでしょ」
「そんな言い方っ…オーランドのいじわる!」

 唇を尖らせると、頬をぷくっと膨らませている。あ、あざといぞ!何この人、薄顔なのにあざといぞ!
 俺の腰を抱いていない方のオーランドの手をさらりと撫でてから、色っぽい流し目まで送って立ち去っていった。相変わらず俺のことは無視なのか。
 な、なんだったんだ?
 
 その時、周りが異様にざわざわしていることに気がついた。慌てて見渡すと、いつの間にか俺達を中心に人の渦ができてる。

「あれは第二王子殿下ではなくて?」
「ああ、本当だ。今日もなんて醜い…」
「しっ!聞こえたら不敬よ」
「隣の方はどなた?なんて美しい人なの」
「あれは誰だ?黒髪…まさか…」
「あんな神々しい美人をあの醜い王子がエスコートできるわけないだろ。きっとなにか弱みを握られているに違いない」
「まぁ、お可哀想に。でも弱みって何かしら?相当悪いことをしたんじゃない?」
「おお、怖い。それにしても先程のキティル様も可憐であったな」
「王太子殿下と第二王子殿下でキティル様を奪い合ったというお噂は本当だろうか?」
「ぷっ。奪い合うもなにも…ねぇ?第二王子殿下じゃあライバルにもならないじゃない」
「本当にねぇ」

 くすくすとイヤな笑い声だけはよく響くものだ。なにやら気になる言葉も混じっていたけど、極力そちらを見ないようにして顔を俯けていた。

 はぁ、と重いため息が隣から聞こえてきて、盗み見るとオーランドと目があった。

「リト…ここは目立つから、控え室へ行こう」
「う、うん。わかった」

 二人とも早足で輪の中を通り抜ける。俺の手を引いてずんずん進むオーランドは、俺が見たことないような強張った顔をしてる。
 幾十もの対の目がこちらを注視してるのがわかる。普段は公爵邸にいるからわからなかったけど、オーランド達はいつもこんな視線を向けられているんだな。侮蔑、嘲笑、哀れみ…それはねっとりと全身にまとわりついてくるような不快な視線ばかりだった。
 それにあのキティルって奴。いったいオーランドとどんな関係なんだ?少しだけ心がモヤモヤする。

 控え室の扉を開けてもらって中に入ると、オーランドがそっとソファまで誘導してくれる。俺を見下ろす黄金の瞳が不安げに揺れていた。

「ごめんね。私は慣れているけど、リトはびっくりしただろう?あいつらはいつも暇を持て余していて、人を嘲ることばかり考えているんだ。私と一緒にいたら、これからもリトが嫌な思いをするかもしれない」

 ぐっと唇を噛んでなにかに耐えている。別にオーランドのせいじゃないのに。

「びっくりはしたけど、だからってオーランドから離れようとは思わない」
「リト…」

 弾かれたように顔を上げたオーランドが、俺の浮かない表情に気づいて顔を強張らせた。

「リト、誤解されたくないから気になることがあったらなんでも聞いて?」

 真っ直ぐな目を見て、こくんと頷いた。「わかった」って言ったけど、まだちょっとモヤモヤが残ってる。
 手を引かれて、並んでソファに座る。オーランドが呼び鈴を鳴らして、飲み物と軽食が運ばれてきた。

「紅茶がいいかな?」
「ううん、果実水でいい」

 王族に飲み物を用意してもらってる俺ってどうなんだ?って思うけど、俺が動く前にオーランドが素早くピッチャーから果実水を入れて渡してくれる。

「ありがとう」

 受け取って、でも口をつける気になれない。
 貴族達の態度もイヤだったけど、でもそれより……。

「「あのっ」」

 二人の声が重なって、どうぞどうぞと目で譲り合う。俺が俯くと、オーランドがそんな俺の様子に口を開いた。

「やっぱり、私といるのが嫌になってしまった?」
「違うよ!あの…あのさ」

 うん?と促されて、思い切って聞いてみる。

「あのキティルって人っ」
「…キティル?」
「あの人とオーランドってどんな関係?」

 意外な質問だったのか、目を丸くして言葉を探している。

「関係というのは、さっきのキティルの態度のこと?」
「そうだよ。だって、オーランドに…」

 その先は言えなかった。だってオーランドに抱きついててムカついたって。

「リト…こっち向いて」

 顎をそっと持って顔を向き合わされる。俺今どんな顔してる?変な顔になってない?

「キティルはただの幼馴染だよ。もっと言うと、キティルの狙いは王族のハーレムに入ることだ。ずっと兄上のハーレムを狙ってたけど、兄上の婚約者はハーレム反対派で有名だからね。自分の願いが叶いそうもないと踏んで、私に粉をかけてきたんじゃないかな。昔からそういう子だよ」

 野心家なんだよねって呟く声を聞きながら、俺はでもまだ納得できずに問いを重ねた。

「オーランドは?オーランドはキティルのこと何とも思ってないのか?」

 胸元をぎゅっと握りしめてしまう。リト、と囁かれてびくりとする。

「これだけは信じてほしい。私はリト以外に心を捧げた相手はいないよ」

 無意識に息を止めていたみたいで、そっと吐き出す。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳と目が合う。

「うん…信じるよ」

 本当はちゃんと信じてるよ。でもどうしようもなく広がるこの心のモヤモヤの正体は…考えない考えない!考えちゃいけないやつだ。
 ふっと目元を和らげて、オーランドがいたずらっぽく耳元に唇を寄せる。

「このままキスしてもいい?」

 二人の体は密着するほど近く、俺は顎をオーランドに固定されている。あれ?これって昔女の子にモテたくて読んだ少女漫画に出ていたやつでは?顎クイってやつでは?

「なっ、なにをっ」
「うん…ちゃんと私の気持ちを信じてもらうにはどうすればいいかなって思って」
「ぎゃっ」

 可愛くない声で飛び退ったが、オーランドはどういうわけかすごい素早い動きで俺に覆い被さってきた。無重力みたいにふわって体が浮いたと思ったら一瞬で天井を向いてた。おいおい、なんか手慣れてない?

「リト、可愛いね」

 ぎゃあぁぁぁ!先生、ここに変なお兄さんがいまーす!心で騒がしくなる一方で、逃げ道を塞がれてどうしようもできない。ぎゅっと目を瞑って固まる俺に、オーランドの顔が近付いてくる。キス…しちゃうのかって覚悟を決めたその瞬間……。
 コンコン。扉を叩く音が。

「……はぁ。ちょっと待ってて」

 オーランドがため息を吐いて立ち上がる。心臓がどくどくうるさい。押し倒されたまま動けない俺を、オーランドが困った顔をして抱き起こしてくれた。

「半分冗談だから。今ここでリトにキスなんてしたら、ロイスとレオンハルトに殺されそうだしね」

 半分冗談だったのかよ!おい待て、半分冗談なら、もう半分は何だ。
 オーランドが扉を開けて、しばらく無言が続く。ん?と思ってそちらを覗き見ると、オーランドの向こうに赤い髪が揺れてるのが見えた。

「……軽食は先程持ってきてもらったが」

 オーランドのくぐもった声が微かに届く。王宮の使用人かな?顔はオーランドに隠れてよく見えないけど、執事服の男が食事を運んできたのかカートが見えた。

「ええ、そうなんですかぁ?申し訳ございません、間違えました。悪い虫が暴れそうだったので、急いで来たんですよぉ」

 どこか間の抜けた声が響く。最後の方は小声で聞き取れなかったけど、オーランドは引き攣った顔で「…それはご苦労だったね」と言って扉を閉めた。

「何だったんだ?」
「いや…軽食を運ぶ部屋を間違えたみたい」

 そっか。あ、もう近づくんじゃないぞ。お互い適切な距離でお茶しよう、そうしよう。すすすっと離れて紅茶を淹れる。オーランドはくすくす笑いながらそれ以上距離を詰めてくることはなかった。
 うらめしや、と睨みつけながら、未だどくどくと鳴り続けている心臓の音を鎮めるようにそっとティーカップに口をつけた。
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