美醜逆転した異世界で、絆されてハーレム作ることになりました

SHIRO

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迎えに行くよ

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 昨夜、最近は気持ちのいい晴れの日が続いているから、気分転換に西の森を散策しようとロイスが誘いに来てくれたんだ。

 そう、連日の訓練とも取れるダンスレッスンやマナーレッスンで俺のストレス値はピークに達していたのだ。そもそも俺はコンクリートジャングルの住人だったんだぜ?家でゴロゴロしてゲームしてまたゴロゴロする廃人のような生活には適しているけど、頭を使うのも筋肉を使うのも苦手な純正のもやしっ子なんだ。

「あまり一緒にいられないから…私にもリトとゆっくり過ごせる時間が欲しい」

 と、縋るような眼差しで懇願されたら断れない。別に断る気もないから二つ返事でオッケーしたけど。
 お出かけなんて、この世界に来てから初めてのことだ。
 公爵邸は広いし、庭園を一周するだけでも軽く一時間はかかる。それに最近はロイスが図書室に冒険物の物語をたくさん仕入れてくれて、毎日がすごく充実していたんだ。
 でも、やっぱりお出かけはテンション上がっちゃうよな。

 あれもこれもってリュックに詰めすぎてレオンハルトに呆れられた。旅行に行くわけではありませんよって冷静に言われちゃうとな。ふむふむここは大人として……とりあえずお菓子をたくさん詰めた。明日シェフのリンダールさんがランチボックスを作ってくれるって約束だから、そのスペースは空けておかないとな。どうしたって、気分は遠足になってしまう。

 朝早くにセバスチャンが訪ねてきた時は何事かと思ったけど、レオンハルトを捕まえといてくれってさ。朝の支度を手伝ってくれてたレオンハルトとなんだなんだ?って首を傾げているうちに、セバスチャンと騎士団の皆がレオンハルトを連れて行った。最初はめちゃくちゃ抵抗してたけど、セバスチャンに何か耳打ちされて大人しくなった。な、何を言ったんだ?セバスチャン恐るべし!

 これはお出かけから帰ってきたら、むすーん攻撃が待ってるかもな……遠い目をしながら部屋で大人しく待ってたら、ロイスが迎えにきてくれた。

「ロイス、今日は誘ってくれてありがとう」

 嬉しくて、俺はもうニッコニコだ。昨日の夜は楽しみで楽しみで眠れなかったんだから。
 今日のロイスはいつものかっちりとした軍服みたいな服じゃなくて、白いシャツとグレーのスラックスだ。リラックスモードなのか、ふわふわの髪も洗いたてみたいにおろしてて、イケメンは何もしなくてもイケメンなんだなって感心した。俺なんて、何着ても子供っぽいからな。

 それで、ロイスったら俺を見るなり「リト」ってすごく優しい声で呼ぶんだ。ちょっとドキドキしたのはここだけの話。

 レオンハルトが連れて行かれた一連の流れを説明している間も、ロイスは俺の伸びかけた前髪をさりげなく耳にかけてくれる。

「レオンハルトには悪いが、私はリトと二人で過ごせて嬉しい」

 極めつけにそんなこと言われたら、もう顔があっつい!言葉がストレートなのって異世界の男の共通点なのかな?こっちは慣れてないもんだから、照れる照れる。顔が熱いから赤くなってるはず…たぶんロイスには気づかれてないと思うけど。

「リト、荷物を持つよ」
「えっ、持てるよ?食べ物いっぱい詰めちゃったから、重いし」
「こんな時の為に普段から鍛えてるんだから。ほら」

 ひょいと荷物を奪われて、代わりみたいに両手に紙の束を渡される。これ何だ?と目で問いかければ、ここら一帯の地図だって。
 何ていうか、ロイスってすごくスマートなんだよな。こちらの様子をよく見てくれてて、俺が興味を惹かれた物や事柄にすぐ気づいて説明してくれるし。仕事の出来る男って感じで、憧れちゃうぜ。

 外出日和の中、ロイスが先導してくれて西の森に入る。
 俺この森から来たんだよな。まだそれほど時間は経ってないのに、もうずいぶん前の事のように感じる。
 ここに来た時は夜だったし、それ以来何となく森には近づかないようにしてたから気づかなかったけど、すごく綺麗な森だったんだな。空気が澄んでて、森の外より少し冷たい風が肌を撫でるように通り抜けていく。
 でも歩いてると気づく事もある。

「この森ってこんなに広いんだな。俺初めてこの世界に来た時は夜でさ、無我夢中で歩いてたから…迷ってたらって考えるとゾッとするな」

 西の森はすごく広い森のようで、俺よく公爵邸まで辿り着けたよなって考えてたら、なんか改めて怖くなった。これ道に迷ってたら死んでたんじゃ…?

「それだけ怖かったのだろう。リトが迷わなくて本当に良かった」

 ここに来た夜は半分パニック状態だったからアドレナリンが出ていたんだと思う。今はちょっと心細い。心なしか少しだけロイスにくっついて歩いてると、ほら、と手を繋がれる。ロイスと庭園を歩く時は大抵手を繋ぐ。それが妙に安心するようになったのはいつからだろう。

 ロイスは安心させるように公爵邸や公爵領の事を話してくれる。その横顔は生き生きとしていて、ロイスが公爵領や屋敷の皆のことをすごく大切にしてるんだなって感じた。

 それに聞き逃せない言葉があった。お、温泉ですと!

「え!この世界にも温泉があるのか⁉︎」
「ああ、ここからは馬車で半日ほどかかるが、有名な温泉地がある。リトは温泉が好きか?」
「好き好き!やっぱり日本人たるもの異世界の温泉には心惹かれるものがあるよ」

 えぇ、絶対行きたい。この世界でもお風呂文化は根付いていて、毎日湯船にも浸からせてもらってる。香油でいい香りのするお風呂も贅沢でありがたいんだけどさ。温泉…露天風呂…。ああ、近所のボロい銭湯ですら恋しいよ。

「では、いつか一緒に行こう。その時はレオンハルトも連れて行ってやろう」
「うわぁ、楽しみだな」
 
 すっかり温泉に心囚われて意識を異世界温泉に飛ばしていると…。
 ふと、樹木や土の匂いに水の匂いが重なって濃くなっていることに気づいた。水場が近いのかなって地図に目を落としたその瞬間、ふいに視界が開ける。

「うわぁ!」

 目の前には美しい水辺の景色が広がっていた。
 円形に森が開かれ、中心には大きな湖がある。深い青色の水面が光を反射してキラキラ煌めいてる。透き通ってて……。

「すごく綺麗だ……」

 感嘆のため息が漏れる。初めて来たのに、どこか懐かしさを感じる。どこまでも透明で優しい青色。

「ここは私の気に入りの場所なんだ。リトを連れてきたいとずっと思っていた」

 ありがとう、と見上げた先で、優しい二つの青い目が細めらる。ああ、そうだ。この透明な青の湖を見たとき、まるでロイスの瞳の色みたいだって思ったんだ。だから懐かしいような、安心するような気持ちになったんだな。

 大きく息を吸う。社会人になってからは、こんな風に自然と触れ合う機会なんてなかったな。子供の頃はよくばーちゃんとおにぎり持って近所の緑地公園へ行ったりしてたのに。

「リト、こちらへ」

 ロイスが湖の見渡せる場所に大きな敷き布を広げてくれる。

「こんな場所が近くにあったなんて…本当にすごい絶景だ」
「ここに来ると、自分が小さく感じるだろ」

 水の表面を通ってくる風は冷たくて気持ちいい。目を細めると、頭上からきらきらと木漏れ日が降りそそいだ。
 自然と呼吸が深くなる。

「うん……悩みなんか吹っ飛んじゃうな」

 そっと座り込むと、ロイスが同じように隣に腰掛けた。しばらく二人で言葉をなくしたように湖を眺める。
 目を細めて微笑む横顔をそっと盗み見る。柔らかそうな金色の髪がキラキラしてて、すごく綺麗だ。ふいに微笑みが消えて、代わりに気遣わしげな表情がこちらを見下ろす。あ、見慣れた顔だ。

「リト、悩みがあるなら話してくれ」
「あ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。毎日の特訓に疲れてただけだからさ」

 慌てて言い募る。案じるその仕草のさりげなさに、この人はこうしていつも誰かを心配してるんだなってわかる。心配されることが嫌だというわけではないけれど……。

「ロイスはいつも誰かの心配ばかりしてるな」

 ふと、ずっと思っていたことが口をついて出た。俺の言葉にロイスが変な顔になる。

「私は確かに心配症のきらいがあるが、全ての憂いを晴らしてやりたいと思うのはリトだけだ」

 真っ直ぐなその瞳はどこまでも優しくて、俺は一人じゃないって思わせてくれる。まったく知らない世界で、これからちゃんと自分の足で立って生きていけるだろうかってずっと不安だった。俺は普通の人間で、特別なものなんて何も持ってない。
 でも、こんな風に心配してくれる人がいる。それってすごく心強いことだ。

「ロイスって本当にストレートだよな。こっちが照れるだろ。でも俺だって…ロイスいつも忙しそうだから、体壊ちゃうんじゃないかって心配だよ」
「私を心配してくれるのか?」
「当たり前だろ」
「ありがとう。あまり人に心配されることがないから新鮮だな」

 そんなことないぞ。屋敷の皆、特にセバスチャンなんて、会うといつも愚痴にかこつけて心配事ばかり吐いてる。『ご自分のことには無頓着で困ります。リト様からも食事くらいはきちんと召し上がってくださいと伝えていただけませんか?』ってふらふら近寄ってきて期待の目で夜食を渡されるんだ。それで俺が何回かロイスの執務室に夜食届けたりしたんだぞ。
 その時のセバスチャンの様子なんかを語ってたら、ロイスが居心地悪そうにもじもじしだす。それがおかしくて、くすくす笑った。

「ここにはいつも一人で来ていたんだ」

 懐かしそうに目を細めて、でも話す言葉は心許なさそうに震える。
 いつも一人で……。

「…ここに誰かと来たことはないのか?」
「いつも一人だった。子供の頃は…誰かが迎えに来てくれるのを待っていたような気もするが」

 遠くを見つめながらぽつりぽつりと語られるロイスの子供時代。俺の知らない、たくさんの過去。両親のこと、弟のこと、いつも一人だったこと。
 情けないな、と吐きだしたロイスの息が震えてる。
 どうしようもない怒りがふつふつと腹の中に溜まっていく。
 ロイスはもう全て過去のことのように話すけど、言われた言葉や態度に今も傷つき続けてる。
 この人は底抜けに優しい人なんだ。なのに、どうして今も震えるほど傷つけられているのかな。どうしたらいいのかな。どうしたら、と八つ当たりみたいに考えてしまう。別に誰かを攻撃したいわけじゃない。違うのに。俺はただ…。
 その所在なさげな肩を思わず抱き寄せていた。ロイスは息を詰めて緊張したように固まっている。ロイスって自分からは手を繋いだり髪を梳いたりしてくるくせに、俺が近づくと途端に固まるんだ。少しでも動いたら、なにかが一瞬で壊れてしまうとでもいうかのように。
 子供の頃の話だと誤魔化すように笑うから、うんと頷いて、頭を撫でる。
 こんなロイスを、今までだって何度も見てきたはずだった。
 ロイスはあまり自分の事を語らない。公爵として大きな領地を管理するのは大変だろう。それに加えて騎士団の団長という責務もある。それなのにいつも皆を守ってる。俺のことも守ってくれてる。でもロイスは?だったらロイスは誰に守ってもらうんだ?
 俺、今までロイスの何を見てきたんだろうな。

 目の前の景色はどこまでも優しくて、鳥や虫の声、風の音、その全てが包み込んでくれるように降りそそぐ。こんな場所に、悲しい時に一人で来ちゃ駄目だ。こんなに優しい人が、一人なんて嫌だ。

 自分の気持ちをどう伝えればいいのかわからなかったけど、確かにわかったことがひとつだけあった。だから、せめてそれだけでも言葉にする。

「俺、ロイスの味方だよ。ロイスが皆の心配をするなら、俺はロイスの心配をする」

 俺がロイスを守るから。
 ロイス、大切な場所に連れてきてくれて、ありがとう。ロイスと一緒にいられて嬉しい。そう思ってたら、

「この場所にリトと共に来れて良かった」

 ってあまりに無邪気に笑うから、なんか泣きたくなったんだ。俺も今同じこと思ってたよって、でも照れくさくて言えなかった。言ったらどんな顔で笑ってくれたかなって、後でちょっと思ったけど。

「そういえば、一度セバスチャンが来てくれた」

 セバスチャンの話をしながら、ロイスがふっと目元をゆるめた。
 そうか、と思う。セバスチャンがいてくれたんだよな。ロイスにとってセバスチャンは家族なんだな…良かったな、ロイス。

「セバスチャンがいてくれて良かったね」

 ぽつりと溢れた俺の言葉にくすぐったそうな笑みを浮かべたロイスが、素直に頷く。その顔は今まで見た中で一番幼く見えた。

「これからは俺もいるよ。それにオーランドもいるし、たぶんレオンハルトは素直になれないだけでロイスのこと大好きだよ」
「ふふ、そうか…それは賑やかそうでいいな」

 うん、賑やかになるよ。頼まれたって、もうロイスを一人にしてやらないからな。

 持ってきたランチボックスやお菓子を敷き布の上に広げて、ピクニックをする。サンドイッチの野菜はしなしなになって、紅茶もすっかり冷めて渋くなってしまってたけど、それでもすごく美味しかった。
 ロイスはこんな風に地面に座って食べたりはしないんじゃないかって心配だったけど、騎士団の遠征とかで野宿をすることもあるから慣れてるんだって。

 ロイスが部屋まで送ってくれて、今日は本当に楽しかった、ありがとうって伝えてばいばいした。部屋に入ろうと扉に伸ばした手が止まる。

「あ、まだ言いたかったことあるんだ」

 思い出してロイスを引きとめた。これはちゃんと伝えておきたい。

「あのさ、次にロイスがどこかで一人ぼっちになったら、その時は俺が迎えに行くから」

 ロイスがひゅっと息を詰める。

「それよりもロイスが一人ぼっちにならないように側にいるからな。大丈夫だぞ」

 もう一人ぼっちであの場所へ行かなくてもいい。俺、ロイスを一人にしないって決めたんだ。

 どこか呆然としていたロイスが、一歩また一歩とこちらに近づいてくる。なにかを確かめるように、そっと。
 抱きしめられた瞬間、森の中みたいな優しいロイスの匂いがした。俺、この匂い好きだ。

「リト、愛している」

 今度は俺が呆然とする番だった。ロイス、と呼ぼうとして、でも声が出ない。俺を抱きしめるロイスの体は震えていて、だけどそこに惜しみない愛情を感じたから。

 どう答えていいのかわからない。俺はどうすればいい?
 ロイスがそっと俺の顔を覗きこんで、それからふっと微笑んだ。顔の輪郭を辿るようにロイスの親指が動く。かさかさとした硬い皮膚が、頬を撫でていく。

「今日は解放するが…次にこんな事があれば我慢できる自信がない」

 ぎょえー!心の中がうるさい。だ、駄目だ。これ以上踏み込まれたら、キ、キスしちゃう距離なんだ。耐えられない。

「おやすみ」

 天の助けのように、ロイスの体温が離れていく。

「お、あ、おや、おやすみっ」

 わぁぁぁぁ!恥ずかしいぃぃぃ!
 ベッドにダイブして両足をバタバタさせる。誰も見てないのに、真っ赤な顔を隠したくて枕の下に頭を埋めた。
 ……扉を思いきり閉めてしまった。ロイス変に思ってないかな。

 ロイスめ。去り際に大人の色気を振り撒きやがる。
 俺はもう限界だ。今日はもう寝る。

 ロイスといるときゅって心が震える。その感情の名前は、まだ気づきたくない。
 それに、と視線を窓際のテーブルに向ける。昨日庭園でレオンハルトと拾った花びらを、図鑑に挟んで押し花にしたんだ。レオンハルトは押し花を知らなかったみたいで、これで栞を作ってやるって言ったらそわそわと楽しみにしてた。俺、レオンハルトのことを考える時もやっぱり泣きたいような気持ちになるんだ。
 オーランドのどこか悲しそうな横顔や、子供みたいな笑顔を思い出す時も、同じようにきゅってなる。
 三人に同じ感情を抱くなんて、そんなのおかしいだろ?

 だけど三人のことを考えると、頬にかすかに笑みが灯る。そのことには気づけないまま、俺はゆっくりと目を閉じた。
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