美醜逆転した異世界で、絆されてハーレム作ることになりました

SHIRO

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ロイス side

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 よく晴れた翌日、さっそくリトを迎えに部屋まで行く。
 最近は気持ちの良い天候が続いているから、あの場所はきっとリトも気に入るはずだ。

「ロイス、今日は誘ってくれてありがとう」

 大きな鞄に食べ物をぱんぱんに詰めて来たらしい。頬を紅潮させて鞄を抱きしめるリトはとても愛らしい。
 今日は動き易い服装にしたのか、いつもより飾りの少ない装いだ。それはリトの細い腰や足を強調しているようで、少し目のやり場に困ってしまった。

「俺楽しみすぎて昨日寝れなかった!あ、レオンハルトは留守番なんだな。朝めちゃくちゃ不貞腐れてたぞ」

 リトの言葉に首を傾げる。てっきりレオンハルトも一緒だと思っていたが。

「なんか騎士団の皆で討伐の特別訓練?しなくちゃいけなくなったんだって」

 私の知らない話だ。団長の私が知らない討伐訓練とは何だ?

「セバスチャンが朝から俺の部屋に来て、レオンハルト捕まえといてくれって言ってた。で、セバスチャンと騎士団の皆に引きずられて行った」

 その説明で納得がいった。犯人はセバスチャンか。
 私はあまりリトと一緒に過ごせないから、ゆっくり二人で過ごせる時間を作ってくれたのだろう。

「ふふ、それはさぞ不服そうであったろうな」
「うん、むすーんてしてた」

 レオンハルトの不貞腐れた顔を想像して二人して笑いが溢れた。

「レオンハルトには悪いが、私はリトと二人で過ごせて嬉しい」

 行こうか、と促せば、赤い顔を隠すように小さく頷いて歩き出す。こうした何気ない仕草の一つ一つが私の心を捉えて離さないという事にリトは気づいていない。
 重そうな荷物を引き受けて、リトには森の地図を渡す。この周辺のことを説明しながら歩いた方がリトも退屈しないだろう。

「この森ってこんなに広いんだな。俺初めてこの世界に来た時は夜でさ、無我夢中で歩いてたから…迷ってたらって考えるとゾッとするな」
「それだけ怖かったのだろう。リトが迷わなくて本当に良かった」

 可哀想に…夜の森を駆けて行くほど、リトは怖かったのだ。
 もしあの日、リトを保護できていなかったら…そう考えただけで足元からひやりと怖気がのぼってくる。

 公爵領は広大で肥沃な土地だ。土の質が良く農業が盛んに行われている事もあり、王都からは近いが自然豊かな土地だ。温泉などもあり、貴族の避暑地としても有名な場所がいくつもある。
 公爵家の私有林でもある西の森はその中ではぱっとしない場所かもしれないが、私は子供の頃からこの森が好きだった。

「え!この世界にも温泉があるのか⁉︎」

 私の話を聞きながらきょろきょろと森を見渡していたリトが、温泉と聞いて飛び上がる。

「ああ、ここからは馬車で半日ほどかかるが、有名な温泉地がある。リトは温泉が好きか?」
「好き好き!やっぱり日本人たるもの異世界の温泉には心惹かれるものがあるよ」

 そうなのか。リトがよく言うニホンジンというのは温泉が好きな人種なのだという。なんでもイデンシというものに組み込まれているのだと。

「では、いつか一緒に行こう。その時はレオンハルトも連れて行ってやろう」
「うわぁ、楽しみだな」
 
 リトの笑い声が森の中に響き渡る。
 この道を歩く時はいつも一人だったのに、今日は隣にリトがいてくれる。隣を歩くリトの息遣いを聞きながら、その事実を改めて噛み締めた。私は今、一人ではないとそう自分に言い聞かせるように。

 水の匂いが濃くなってきた。ああ、もうすぐだ。

「うわぁ!」

 リトの歓声が届く。
 鬱蒼と茂る木々を抜けた先には、湧水でできた大きな湖が広がっている。青い湖面と、その湖面に映し出された木々の緑。どこまでも広がる空と西の森が見渡せるこの場所は、一番この湖の景色を楽しめる。
 子供の頃、自分でもどうしようもなく惨めで辛い時はよくここに逃げ込んだものだ。

「すごく綺麗だ……」

 目の前の光景に圧倒され感嘆の声をあげるリトに、ロイスはそっと目を細めた。

「ここは私の気に入りの場所なんだ。リトを連れてきたいとずっと思っていた」

 私の言葉に「ありがとう」と笑って、その場にとさりと座り込む。

「こんな場所が近くにあったなんて…本当にすごい絶景だ」
「ここに来ると、自分が小さく感じるだろ」

 隣に腰掛けて同じ景色を眺める。湖面が風に揺れて、続けてさらさらと木の葉が擦れる音がした。木々が揺れると光も揺れる。静かで、なんとも長閑な時間がゆっくりと流れていく。

「うん……悩みなんか吹っ飛んじゃうな」

 その言葉にふと眉を寄せた。リトは何かに悩んでいるのだろうか。

「リト、悩みがあるなら話してくれ」
「あ、そんな心配しなくても大丈夫だよ。毎日の特訓に疲れてただけだからさ」

 からりと笑ったリトが、ふいにこちらを見つめる。夜闇の瞳の真ん中に、今は自分だけが映っている。

「ロイスはいつも誰かの心配ばかりしてるな」

 心配ばかりしているわけでは…ないとも言いきれないか?

「私は確かに心配症のきらいがあるが、全ての憂いを晴らしてやりたいと思うのはリトだけだ」

 リトが少し照れたように前髪を振って俯く。呆れたような声が返ってきた。

「ロイスって本当にストレートだよな。こっちが照れるだろ。でも俺だって…ロイスいつも忙しそうだから、体壊ちゃうんじゃないかって心配だよ」
「私を心配してくれるのか?」
「当たり前だろ」
「ありがとう。あまり人に心配されることがないから新鮮だな」

 そうかな?とリトが首を傾げる。

「この前セバスチャンが、ロイスは仕事が忙しくなると食べるのを忘れてしまうから困るって嘆いてたぞ。よよよって感じで」

 リトに何の話をしているんだ、まったく。閉口した私を見てリトがくすくすと笑う。

「ロイス様は仕事が立て込みますと食事もお忘れになり…よよよ」
「…それはセバスチャンの真似か?」

 変な裏声で話すリトに思わず苦笑いが漏れる。セバスチャンは私をいくつだと思っているのか。

「セバスチャンには敵わないな」

 肩をすくめた私に、リトがさらに大きな笑い声を立てた。
 好きな人に心配されるというのは、こんなにもくすぐったくなるものなのだな。リトと出会ってから、今まで経験したことのない種類の感情を知る。

 この広大な公爵領を管理するのは簡単な事ではない。両親は早くに私に爵位を継がせ、王都の中心部に建てた別邸で優雅に遊び暮らしている。弟もほとんどをそちらで過ごしているから、あまり顔を見ない。

『お前は仕事だけしていればいい。その見目ではハーレムどころか、妻の一人も娶れないだろう』
『ハーレムで他家との縁を結ぶのも難しいお荷物なんだから、それくらい役に立ってちょうだい。そのうちバシリオに子供が生まれたら、その子に公爵家を継がせればいいわ』

 両親の言葉に傷ついていた頃の子供ではもうない。だがいつも思っていた。それでは、私は何の為に生きているのかと。
 オーランドと結託して青竜騎士団を作ったのも、レオンハルトの身元引受人となったのも、全ては自分と同じような境遇の人間を救ってやりたかったからだ。だがきっとそれが全てではない。私は、自分の居場所というものが欲しかったのかもしれないな。
 ふと、自然と言葉がこぼれた。

「ここにはいつも一人で来ていたんだ」

 幼ささえ感じるあどけない横顔が気遣わしげに見上げてくる。

「…ここに誰かと来たことはないのか?」
「いつも一人だった。子供の頃は…誰かが迎えに来てくれるのを待っていたような気もするが」

 湖の水面が夕日に染まるまで待っても、誰かが迎えに来てくれたことなどなかった。そもそも両親は弟を連れて出掛けていることが多く、私が屋敷にいようがいまいが興味もなかったというのに。
 何を話しているんだ、私は。

「子供の頃の話だ」

 明るく言い直す。色々なことに諦めがついてからは、事実、ただ息抜きをしにここへやって来たいた。
 遠くを見つめながらぽつりぽつりと心に蘇る子供時代。そのどれもに愛されたいという未練が見えるようで、自分自身に辟易とした。
 ごまかすように竦めた肩を、リトが抱き寄せる。自分よりもはるかに小さなリトに子供のように抱き寄せられて、純粋な驚きで目を見開いた。こんな風に、私に気安く触れる人もまたいなかったから。

「俺、ロイスの味方だよ。ロイスが皆の心配をするなら、俺はロイスの心配をする」

 ぎこちない動きで頭を撫でられる。なんともなしに今の自分の姿を想像してみるが、大きな体の醜い子供のようではないか。ふふふ、と笑いが漏れる。何ともまぁ、リトは人を甘やかす天才だな。

「この場所にリトと共に来れて良かった」
 
 そう話を終わらせて、「ありがとう」ともう一度礼を告げる。ここへ一緒にきてくれてありがとう。この世界に来てくれてありがとう。

「こちらこそ!」

 笑い合って、晴れた空を仰いだ。ああそうだ、とまだ話していなかったあの夜のことを思い出す。

「そういえば、一度セバスチャンが来てくれた」

 あれは別邸に両親と弟だけが引越して行った日の夜のことだ。大人になってもまだ傷つく心は残っていたのだな、と不思議にすら思いながらふらふらとここまで歩いて来たのだったか。思い出すと、つきりと胸が痛む。
 座り込んで、空に軽く手を伸ばしていた。そうすれば、何かを掴めるかのように。あの夜は月も星も出ている明るい夜で、みっともなく何かに縋りつき泣いてしまわないように、ずっと夜空を見上げていた。

『ロイス坊ちゃま』
『……セバスチャンか』

 内心を隠して平静を装う。表面はうまく繕えたが、私の荒れ狂う内面など、おそらくセバスチャンにはお見通しだったろう。

『ここはロイス坊ちゃまの大切な場所ですから、我々は近づかないようにしてきました…ですがそれも間違いだったやもしれませんね』

 何を言っている?振り返ったセバスチャンの頬は濡れていた。泣いているセバスチャンを見たのは、後にも先にもこの時だけだ。

『嫌がられても、一緒に来るべきでした』

 何を、どうして、疑問は言葉にする事なく生まれては消えていく。それまで私はセバスチャンや屋敷の者とも距離を置いてきた。醜い容姿ゆえに両親からも愛されなかった子供だ。もし誰かを信じて、また同じように拒絶されてしまったら…そんな自分勝手な恐怖心のせいで、私は私を見守ってくれていた者達をも遠ざけてしまっていたのだな。

 私が本心で家族関係に見切りをつけることができたのも、あの夜があったからだ。私にも思ってくれる人がいた。セバスチャンの涙は、それを悟るには十分だった。

「そっか、セバスチャンが……」

 リトはそっと目元を笑ませる。昼間の明るい光が湖面に反射して、夜色の髪を照らしている。

「セバスチャンがいてくれて良かったね」

 何のてらいもない、だからこそ心に染み入る言葉だ。良かったね、か。ああ、本当に良かった。

「これからは俺もいるよ。それにオーランドもいるし、たぶんレオンハルトは素直になれないだけでロイスのこと大好きだよ」
「ふふ、そうか…それは賑やかそうでいいな」

 目の前の景色を眺めて、どんな時でもここは変わらないな、と懐かしく思えるのは、今が幸福だからだろうか。

 帰り道は行きよりもゆっくり歩いた。二人で時々無言になりながら、取り留めもない話をする。何も話さない時間も、それはそれでとても幸せだった。

 リトを部屋まで送り届けた帰り際、ふいに呼び止められた。

「あ、まだ言いたかったことあるんだ」

 振り返って言葉を待つ。リトは決意のこもった瞳で、真っ直ぐに私と視線を絡めた。

「あのさ、次にロイスがどこかで一人ぼっちになったら、その時は俺が迎えに行くから」

 予想していなかった言葉に、一瞬息が止まる。その反応にリトが眉を下げた。

「それよりもロイスが一人ぼっちにならないように側にいるからな。大丈夫だぞ」

 ……何が大丈夫なのだろうか。
 振り返って止めた足が、ゆっくりとリトの方へと動き出す。思わず抱きしめたのは、もう耐えられなかったからだ。
 ずっとどこかで線を引いていた。リトが持っている真っ直ぐな心は、私には眩し過ぎるから。憧れてやまなかった温かな愛情を、醜い私が求めていいはずがない。それなのに……。

「リト、愛している」

 自分の恋心が報われなくてもいい。私は今後降りかかるであろう全ての憂いからリトを守りたい。きっとその為に、今までの日々はあったのだと思える。

「あ、ありがとう……うう」

 腕の中で恥ずかしそうに身悶えるリトがあまりに可愛くて、もっとかまいたくなってしまう心を何とか落ち着けた。真っ赤な頬を親指で撫でる。ああ、このままでは壊してしまいそうだ。

「今日は解放するが…次にこんな事があれば我慢できる自信がない」

 思わず本音を呟くと、ますます赤くなる。ああ、困った。こんなに可愛くてよくこれまで無事に生きてこられたものだ。

「おやすみ」
「お、あ、おや、おやすみっ」

 逃げるように部屋の扉を閉められてしまった。くすくすと笑いが溢れる。追いかけてからかいたくなるが、そっと笑みをおさめた。嫌われたくはないからな。

 部屋に戻り寝支度をセバスチャンが手伝ってくれる。その間も温かな感情を抱いたままでいた。リトのことを考えると、心がこそばゆい。

「本日は良い時間をお過ごしになられたのですね」

 セバスチャンが目尻を下げて礼をし、灯りを消した。余計な一言が多いのだ。

 ベッドに横になりながら、それでもまだ部屋を出て行かないセバスチャンに背中を向ける。目を閉じると、今日ずっと堪えていた涙が一筋流れていった。目を閉じていても次から次へと目尻から溢れ出す。こんな情けない姿は誰にも見せたくない。

「ロイス様……」

 セバスチャンの気配がこちらに動こうとして、立ち止まる。

「……ロイス坊ちゃま」

 公爵を継いだ日、呼ばれなくなった呼び方だ。
 爺、と、私も子供の頃のようにそう呼ぶ。

「爺、今日はとても幸せだった」

 セバスチャンはどう返事しようか迷っている様子だった。

「……はい」

 結局、一言噛み締めるような声と共に部屋を出ていく気配がする。だがその声は震えていた。
 扉が閉まると同時に抑えきれない声が口から漏れる。

「ふっ…っっ」

 両親にどれほど冷たく扱われようと、理不尽な言葉を投げつけられようと、決して流すことのなかった涙が次から次へと流れていく。
 
 大切にしたいのだ。この穏やかで幸福な日々を…ただリトと過ごしたいのだ。その為なら何でもするから、と、体を丸め子供の頃のように神に祈った。
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