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ロイス side

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 公爵だった父と伯爵令息だった母は、この国では珍しい恋愛結婚だった。社交界でも有名な美男美女で、お互いハーレムを作らないと世間に公表までして派手に注目を集めていた。
 二人の一挙一動が噂になり、その頃は多くの取り巻きを侍らせていたそうだ。
 その二人の間に生まれた醜い容姿の子供。こんな美味そうなネタを、社交界の貴族連中が放っておくはずがない。私は生まれた瞬間から恰好の的となり、瞬く間に噂の中心人物となった。面白おかしく描いた醜い赤子の絵姿まで出回って、それはあまりに悪趣味だと王家も動くほどの騒動になったそうだ。
 それまで完璧な人生を送っていたプライドの高い二人にとって、この出来事は耐え難い屈辱となったことだろう。私は生まれた瞬間から両親に憎まれる存在にもなったのだ。

 そういった経緯があった為、私は公爵家で隠すように育てられた。
 本来なら五歳で披露目の茶会を開くのが通例だがそれもなかった。
 社交もごく一部の親類としか許されず、それすら、私と仲良くするようにと親に言い含められている子供ばかりである。友情など育むこと自体が難しい。
 そこに親の愛情があればまだ良かったのかもしれない。だがそこに子供への愛情といった類の感情は一切無く、根本にある動機はいつだって、存在が疎ましい、恥ずかしい、隠したいという両親の憎悪感や羞恥心だった。

 私は早くから次期公爵としての教育を詰め込めるだけ詰め込まれた。頭の出来は悪くなかったが、少しでも間違うと『これだから醜い子供は』と叱られる。
 剣の稽古も厳しく、柔らかな両手の皮膚は瞬く間にやぶれ、硬い豆になる前にまた重い剣を持たされるものだから、両手は常に血まみれだった。
 それでもあの頃は両親に褒められたくて必死だった。愛されたくて堪らなかった。必死で勉学に励み、空いた時間は剣の稽古をする。その痛ましい姿を、邸の者達が見守ってくれていることは感じていたが、両親がどんな顔をしているかまでは気づけなかった。

 両親はよく夜会へ出かける。望まれもしないのに毎回帰りを待ってしまうのだから、私も勘の悪い子供だったのだ。
 ある夜、母はひどく酔っていて私を見つけるなり罵りはじめた。

『もう耐えられない!どうして私がお前のような醜い子供のせいで馬鹿にされなくてはいけないんだ!』

 持っていた扇子を投げつけながら、それでも我慢ならないといった様子で私を睨みつける。

『お前が…お前さえいなければ私の人生は完璧だったのに!』

 私の頬を扇子が掠めて痛かったが、母の言葉はもっと痛かった。床に落ちた扇子を拾う。母に渡そうと差し出した手を叩き落とされた。

『汚い手で触らないで!もうそんな物いらないわ』
『それも悪い見目を補うだけの能力は持っているようだ。そのうち役にも立つだろう』
『いくら頭が良くても!顔を見るだけで吐き気がする!』
『それは何故ここにいるのだ?おい誰か、さっさとそれを何処かへやれ』

 夫婦の会話はいっそ子供に聞かせるような言葉ではなく、私の心は冷えていくばかりだった。

『ロイス坊ちゃん、部屋へ戻りましょう』

 しばらく立ち尽くしていた私に、慌てて駆けつけたセバスチャンの気遣う声が聞こえた。促されるままぼんやりと部屋へと歩きながら、絶対に泣くものかと迫り上がってくる涙を堪えた。
 どうして私は醜く生まれてしまったのだろう。どうして努力していれば愛されるなどと勘違いしていたのだろう。どうして。どうして。とめどなく溢れる疑問に、視界が滲む。泣いてはいけない。泣いてしまったら、きっともう立ち上がれなくなる。
 それでもその夜、私は母の扇子を抱いて眠ったのだ。その扇子からは母の香水の香りがして、母に抱きしめられるとはこういう感じだろうかなどと思いながら。
 愛してほしいとまでは望まない…一度でいい、抱きしめてほしい。その為なら何でもするから、と神に祈った。

 弟のバシリオが母の腹に宿ったと知った時は不安だった。また私のように醜い子供が生まれたら、今度こそ両親は弟となる赤子を捨ててしまうかもしれないと。
 だが生まれてきた弟は、とても美しい子供だった。
 両親に溺愛され、その愛情を一身に受けて育った弟は少々歪んでしまったが…それでも自分のようにならなくて良かったと思っている。
 物語の登場人物のように美しい三人が並んでいる姿を見て、ああ、これが母が言っていたというものかと納得すらした。

 三人が揃って出かけて行く馬車を、よくこうして公爵邸の窓から眺めていたな、と、リトがレオンハルトと庭園を歩く姿を眺めながら思い出していた。
 執務室の窓に映る自分の姿が、子供の時の自分の姿と重なって見えたのか…情けない顔だ。少し感傷的になってしまったな。

「ロイス様、少々よろしいでしょうか」
「…ああ、どうした?」

 隣で書類の仕分けをしていたセバスチャンが声をかけてきた。仕事中は私語を挟んでこないセバスチャンにしては珍しい。

「この頃、リト様は大変お疲れのご様子…」

 それは私も気になっていた。会えばいつも元気に笑ってくれるが、連日のダンスレッスンやマナーレッスンに疲労の色が見えはじめている。無意識に気を張っているせいだろう。今日も庭園を歩く後ろ姿が心なしか萎れて見えた。

「気晴らしにどこかへ連れて行ってさしあげては?」
「だがまだ正式に王家から公表がされていないからな」

 王家から公表するという事は、この国に落ち人が現れたという事を国民に告げるのと同時に、リトがこのクロノス王国の庇護下にあるという事を世界に知らしめる為でもある。
 それまでにもし他国に落ち人だと知られてしまえば、後ろ盾のないリトは多くの国から狙われる事になるだろう。普通の落ち人ならまだ良かったのかもしれない。だがリトはああも美しい容姿だ。光ある所に闇もまた生まれやすく、良からぬ者がリトを手に入れようと考えるかもしれない。
 本来であれば色々な場所へ連れて行ってやりたいのだが、やはり黒髪黒目は目立つ。どこで誰が見ているかわからない以上、危険は犯せなかった。

 まあ、影としてユアンに常に護衛させているし、側にはレオンハルトもいる。あの二人が揃えば一個連隊が攻めてこようとそう簡単に負けはしないだろがな。

 ふと再び窓の外に視線をやる。
 二人は何やら分厚い図鑑を片手に花の観察をしているようだ。なんとも微笑ましい光景に目を細めた。

 リトと常に行動を共にしているレオンハルトに対して思う所が無いわけではない。私だって嫉妬はする。
 だがここに来たばかりの頃の小さなレオンハルトを知っているからだろうか。嫉妬よりも先に心配が勝ってしまうのだ。
 
 あの日のレオンハルトは、どこかここに来たばかりの頃のレオンハルトを思い出させた。何も映していない硝子玉のような目をぎょろぎょろとさせ、心ここに在らずといった様子だった。
 早めに上がらせたもののつい心配になり姿を探すと、庭園の四阿で目を真っ赤にさせたリトとレオンハルトが抱き合っていたのだ。
 問いかけるようにレオンハルトを見れば、バツが悪そうに顔を逸らした。それはまるで大人に叱られる前の幼子のようで、思わず笑いが溢れたほどだ。
 そうか…レオンハルトはやっと安らげる場所を見つけたのだな、とその瞬間にわかった。それは嬉しいような、羨ましいような…。
 
「あんな顔をされてはな」

 どうされました?とおそらく全てを把握しているであろうセバスチャンが首を傾げる。それに何でもないと答えて、セバスチャンが手に持っていた書状に視線を落とした。

「また王太子からか」

 受け取った書状を裏返すと、ご丁寧に王家の紋章である龍と剣が交差した蝋封の印章まで押してある。オーランドならこんな仰々しいことはしない。まったくため息が出る。

「またそのような呼び方をされて…王太子殿下ですぞ」

 あんなもの、と思わず口が悪くなる。不敬だとは思うが、軽薄で自分の願いは何でも叶うと思っているあの男が、私は昔から苦手であった。
 書状の内容はいつも同じだ。どれも遠回しの言い方ではあるが、要約するとリトに会わせろと書いてある。

「今回もリト様の登城を求める内容でございますか?」
「ああ、落ち人に相応しいのは自分だと再三主張している」

 何を世迷言を、と思わず顔を歪めた。
 十年前の落ち人の時も絶対に自分が保護すると騒ぎ立てておいて、いざ顔を見た途端に興味を無くし碌に挨拶もしなかったくせに。
 陛下は王太子に甘く、子供のようにねだられては強く出られない。
 リトに登城はさせない。今王太子に狙われるわけにはいかないからな。

「また断りの返事を書くのも面倒だ。オーランドに届けておいてくれ」

 王太子殿下の婚約披露とリトの公表をぶつけたのはオーランドの判断だったが、私も否はない。
 男好きの王太子がリトと会う前に、小さな芽でも摘んでおきたい。

 ため息をついて、リトに思いを馳せた。

「……あの場所にリトを連れて行きたい」
「西の森でございますか?」
「ああ」
「それはよろしゅうございますな。では、明日の予定分も本日終わらせてしまいましょう」

 ドサリと目の前に山と積まれた大量の書類にげんなりとセバスチャンを見上げる。

「ほほほ、明日はというやつでございますね」
「何だその言い方は。正しくはデートと言うんだ」

 呆れて訂正しながら、そうかデートかと言葉を噛み締める。
 デートとはこんなに心が浮き立つものなのだな。
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