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寝れねぇ

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 俺は今モーレツに戸惑っている。
 案内された部屋は全体的にパステル調に整えられ、カーテンもシーツも全部フリフリ。用意された着替えはフリフリのシャツにショートパンツとニーハイソックス。絶対領域ってか?いや、ないない。誰得だよ。

「あの、他の服は…」

 泊めてもらうんだ。部屋に文句は言わない。どんな場所でも寝れたらいいんだから。
 そういや会社の面接であなたの長所と短所を教えてくださいって質問されて『どんな場所でも寝れる所が長所です。短所はありません』って言い放った奴いたな。こいつ絶対落ちたわって内心笑ってたら、入社初日にそいつもいて度肝抜かれたね。この会社大丈夫かよって。ちなみにそれが山田だったわけだけど。
 どうでもいい事を思い出してしまった。

「申し訳ございません。生憎と他の服はサイズが少し…リト様には合わないのです」

 申し訳なさそうにこちらを伺っているのは家令のセバスチャンさん。名前がセバスチャンってもうお決まりすぎて感動したよ。本当にいるんだなって。グレーの髪と瞳に、白いお髭がダンディーなおじ様だ。

「そうですか…」

 サイズが少し…?何、俺って異世界基準でも小さいからサイズがないんですって?さすがに泣くよ?

「僭越ながら、私がセバスチャンと選ばせていただきました」

 犯人はお前か!褒めて褒めてと尻尾を振る銀色の犬がいる。

「リト、きっと似合うと思うよ。他の服は明日仕立て屋を呼んでおくから、いくつか作らせよう」
「ありがとうございます。でもあの、団長さ…」
「リト、私のこともロイスと名前で呼んでほしい」

 団長さん…と言い終わる前に団長が被せるように言う。

「いや、それはちょっと…」

 俺が躊躇っていると、ロイス団長はめちゃくちゃ悲しそうな顔をした。眉毛がぎゅーんって八の字になる。

「何故だ?レオンハルトの事は名前で呼んでいるだろ?」

 それは…と口籠る。だってレオンハルトは何て言うか、大型犬だし。

「団長さんって公爵様でもあるんですよね?そんな偉い人を名前で呼び捨てるのはちょっと気が引けるというか」
「それを言うならレオンハルトも伯爵家の嫡男だが?」

 え、そうなの?レオンハルトも貴族の偉い人なの?
 レオンハルトの方を伺い見る。

「私は伯爵家を継ぐことはありません。平民と変わりませんよ?」

 にっこり笑顔だが、何かあるんだな。貴族とか色々大変そうだもんな。そんな魑魅魍魎、陰謀渦巻く場所は、純粋なレオンハルトじゃやっていけないんじゃない?

「リト、名前で呼んでくれないか?話し方もレオンハルトと同じように砕けた話し方の方がいい」

 くーんと鳴いてる幻聴が聞こえる。うっ、またそんな顔……俺はイケメンの悲しげな顔に弱いと今更に気づいた。

「わかりました…わかった。ロイスって呼ぶし、話し方も普通にする」
「ありがとう、リト」

 ぱああっと笑顔になるロイス。後光がさしてる。目が!目があぁぁぁ!ってもうこれはさっきやったからいいか。

 ちょっとレオンハルト、そこでむすーんってするのやめなさい。子供かて。

「団長、まだ正式にではありませんが、私はリトの世話役を仰せつかりました」

 レオンハルト、それ何の自慢にもならないからな?何か心なしか胸張って偉そうにしてるけど。

「そうか、では私も世話役に立候補したい」
「団長!」

 レオンハルトが大声で抗議してる。なんていうか、団長と一緒にいる時のレオンハルトは子供みたいだな。大型犬の子供。可愛い。

「それは…俺もロイスやレオンハルトが世話役になってくれたら嬉しいですけど」

 知らない人と四六時中一緒にいるのとか無理だ。人見知り発動する。

「ありがとう」

 ロイスが綺麗な顔を蕩けさせた。あれ?ちょっと奥さん見て!えくぼ出てるよ!
 トゥンク…王子様イケメンの本気の笑顔の破壊力よ。

「い、いえ…こちらこそ…」

 トゥンク!これぞ正しくトゥンク!

「……最初の世話役は私です」

 …うん、レオンハルトはブレないな。

「おい!ロイス!」

 ばんっと音をさせて入ってきたのは、レオンハルトを殴った嫌な奴だった。別に自分の家じゃないから偉そうな事言えないけど、何でお前がここにいるわけ?

「バシリオ、ノックもせず勝手に部屋へ入るのは失礼だ」

 そーだそーだ!ロイスに睨まれて一瞬怯んだの見てたぞ!

「う、うるさい!聞かせてもらったぞ!お前らのような醜男共が、この美しい人の部屋にいるだけでも虫唾が走るのに、世話役だと?そんなこと王家が認めるはずがないだろ!」

 え、盗み聞きしてたの?
 はぁ、とため息を吐くロイスを見上げる。

「すまない、リト。これは私の弟のバシリオだ」

 え、弟?この嫌な奴が?そういやこいつ、ロイスと同じ綺麗な青い目してやがる。青い目の無駄遣いじゃない?

「俺はお前を兄と認めた事はない!俺のように美しい男とお前のような醜男が兄弟などあってはならない。公爵家の恥晒しめが。元々気に食わなかったんだ。それなのに公爵位を継いだとたんに醜男集めて騎士団まで作りやがって」

 特にこいつ!とレオンハルトを指差す。

「こんな穢れた血の化け物まで家に置いて!顔だけじゃなく頭までおかしいんじゃないか?」

 さんざんな言いようだな、おい。
 『穢れた血』と言われた時、ほんの一瞬だけど、レオンハルトが苦しそうな表情になったのを俺は見逃さなかった。

 俺、本当にこいつのこと嫌いかも。

「ちょっと」

 自分の声がどんどん低くなるのがわかる。
 事情は知らないし、レオンハルトやロイスとだって知り合ったばかりだ。
 それでもさ、なんかわかるじゃん。あ、これ絶対言っちゃいけないやつだよなってこと。そういうのが、俺の大切に感じてる人達に向けられるのは耐えられない。

「さっきから…俺がレオンハルトに世話役になってほしいって言ったんだ。ロイスにも俺がお願いしたんだ。ずっと一緒にいたいと思ったからだ。関係ないあなたに口出しされたくない、わかったらもう黙っててくれ」

 しんと静まりかえる部屋の中、皆固まって動かない。俺もキツい言い方しちゃったかなってちょっと思うけど、さっきの言葉を取り消すつもりはない。
 空気を割るように、こほんと咳をしたのはセバスチャンだった。

「皆様、夜も更けてまいりました。話し合いはまた後日ということで、リト様を休ませて差し上げてはどうですか?突然別の世界から来られたのです。さぞお疲れかと存じますが」

 はっと三者三様の顔で俺を見る。

「リト、すみません。離れがたくつい部屋で長居してしまいました。ゆっくり休んでくださいね」
「ああ、すまない、リト。配慮に欠けていたな。今夜はゆっくり休んでくれ」
「ふ、ふんっ!美しい人よ、私はバシリオ・オーウェン。以後お見知りおきを」

 レオンハルト、ロイス、ありがとう。バシリオ、永遠にさようなら。

 俺は二人にだけにっこり笑いかけると、バシリオの方は極力見ないように顔を背けた。美しい人よ…って小さく聞こえるけど無視だ。美しい人って呼び方もやめろよ、それ。
 おやすみと言い合って、セバスチャンに連れられ出ていく二人と、おまけの一人を見送った。

 扉が閉まったと思ったら、小さくコンコンとノック音がしてレオンハルトが顔を覗かせる。

「リト、何度も申し訳ありません。先程の言葉、とても嬉しかったです。あの…また…明日」

 うん、と俺も頷く。

「レオンハルト、また明日な!」

 レオンハルトは嬉しそうに何度も頷き、「それでは」と顔を引っ込めるより先に扉を閉めてゴンって音させて去って行った。
 あれ絶対頭ぶつけたよな?大丈夫かな?

 それにしても、確かにちょっと疲れた。
 すごく落ち着かないけど、このフリフリのベッドで寝るか……ありがたやありがたや。

 って寝れねぇ!俺はどこでも寝れる山田とは違って繊細なんだ。

 こういう時は無理に寝ようとしても駄目なんだ。ちょっと外の空気でも吸おうかと窓辺に立つと、目下に広がる夜景が見える。おお、すげぇ。高級ホテルとかのパンフレットに載ってる夜景って感じ。
 当たり前なんだけど、異世界だってたくさんの人が生活してるんだよな。
 両開きの扉を押したり引いたりしながら四苦八苦していると、勢い良くばかって開いて躓きながらバルコニーに踊りでた。え、ちょっと恥ずかしい。
 気を取り直して、夜景をぼぉっと眺める。
 この二階のバルコニーからはレオンハルトに捕まった庭が見下ろせる。ここから見ると、すごい広い庭なんだな。綺麗に整えられてて、石造りの小道まである。
 庭のその向こうには、暗い森が鬱蒼と茂ってる。俺あそこから来たんだよな。なんだか不思議な気分だ。

 ふいに人の気配を感じて下を覗くと、ロイスが立ってこちらを見上げていた。

 ロイスは俺を見つけてちょっとびっくりした顔してる。ふふってなって小さく手を振った。

「眠れないのか?」
「うん」
「では、少し散歩をしないか?」
「いいのか?」
「ああ、その横から階段で降りておいで」

 バルコニーから続く階段を降りて、芝生の上に着地する。

「少し歩こう」

 誘われて、二人で庭をゆっくりと歩き出した。
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