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番外

狐のサプライズ

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 ……収録の後で分かったことだけれど、犬榧君プロデュースのうさぎクッキーは、辛いものにある程度耐性のある俊の為に、危険なレベルにまで辛さを高めたものだったらしい。
 というか……苦いとか、塩辛いとか、別の方向にする選択肢もあったろうに、同じメンバーに容赦がなさすぎる犬榧くんが、マジで怖い。
 そして、そんな手加減0のものをうっかり口一杯に一気食いした俺は、番組的なオチは付けられたものの、俊にお姫様抱っこされて退場、そのせいで肝心の番宣も別撮りに。
 喉と胃の粘膜が大丈夫か診てもらうため、俺は最寄りの救急病院に担ぎ込まれる羽目になった。
 すぐに吐いたし、全くそこまで大したことはなかったんだけど、俊はずっと付き添ってくれて、家まで一緒に帰ってくれた。
 それにしても……量は違うけど、俊だって同じものを食べたのに、何で平気だったんだろう。
 単なる慣れの問題なのか、それこそ、どっきりモニターされちゃった「愛」だったのかは、謎だ。
 ていうか、すぐにロケ地にトンボ帰りしなきゃいけなかったはずなのに、俊のスケジュールが心配で。
 俺のせいで自宅に足止めしてしまったってことがショックで、けっこう落ち込んだ。
 俊は、家帰って風呂に入ったら俺の落書きが一瞬で落ちてしまったのにビックリして、別の意味で落ち込んでいたけどな(俺はホッとした)。
 ――それでも、久しぶりの二人きりの夜。
 俺が風呂から出ると、尻尾穴付きのスゥエットに着替えた俊が、「人をダメにする」と世間で噂のでっかいビーズクッションの上ですっかりくつろいでいた。
 タオルで髪を拭きつつ近付いて、話しかける。
「それ、いいだろ? 二人で座れるぐらいでかいし。そこにあったソファ、いい加減もう古かったから、それに買い換えたんだ」
 返事する代わりに、俊が尻尾をブンブン振った。
 どうやら気に入ったらしい。
 無言で「ハイどうぞ」と両手を広げられて、俺は俊の開いた両膝の間に三角座りでストンと収まった。
 長い腕と分厚い胸板にギュッと包まれて、これはこれで……俺一人がダメになるソファだ。
 目の前のテレビには、俊が視聴予約していた歌番組が映っている。
「今日は本当にごめんな。……それに、俊のスケジュール……後で俺がみんなに謝るから」
 回された手を握りながら謝ると、俊が床に置いていた自分のスマホを取り、その画面を俺に見せてきた。
 メッセージアプリのトーク……相手は、社長だった。

『大神君、今日は本当にお疲れさまー(*´∀`*) 例の収録のこと、犬榧君に聞いたよーd( ̄  ̄)最後に旦那様をお姫様抱っこで退場なんて、ナイスオチ! 本気愛もドッキリで証明したし、ビジネスカップルだなんてもう誰にも言わせないね(^з^)-☆ あっ、そうそう。それから、今夜から明日にかけて、大神君はオフでーす! 私からのサプラーイズ!٩( 'ω' )و どうどう、びっくりした?  これからも、二人で仲良くね!』
  
 見た瞬間、後ろを振り向く。
 まだ濡れた前髪の奥の、透き通った切れ長の瞳が俺をじっと見つめた。
「俊、明日まで家にいる……んだ……? ほん、とに……?」
 長い脚を床に広げ、俺の体を抱えこむようにして座っていた俊が、懐いてる犬みたいに肩口に顎を乗せてくる。
「この時期にしては、奇跡みたいな話ですけど……」
 首筋に唇を押し付けながら、とろけそうな甘く低い声が囁いた。
「……やっと、一緒に過ごせますね」
 それがテレビの中から出た音声じゃないことに、今更びっくりしてしまう。
「うんわ嬉しい……。本当は寂しかったから……」
 つい、また本音が出る。
 首に息が触れるの、くすぐったい……控えめなシャンプーの匂いに混じった狼の体臭にも、クラクラした。
 俊は無言で、俺の髪の毛や兎耳にスリスリしたり、匂いを嗅いだりしている。
 久しぶりのスキンシップを、いくらしてもしたりないって雰囲気だ。
 でも、その割には、何でか俊の表情が浮かない感じで……どうしたんだろう。
 テレビ画面では、ちょうどウルフが新曲を披露していた。
 デビュー曲とは打って変わった明るいポップスで、英語版も作られたそれは、また海外の再生数がかなり上がっているらしい。
 さっきから黙ってる俊に、俺はわざと明るく話しかけてみた。
「……この曲、凄くいいよな。動画も拡散されてて、全米ビルボードのチャートに入りそうだって社長に聞いた」
「……そう、なんですかね」
 俊は相変わらずで、なんだか他人事みたいな返事だ。
「今までは日本型の売り方と並行してたけど、今後は海外向けの音楽活動に集中してく戦略だって、社長言ってたけど……マジ?」
 ここ一ヶ月、ずっと気になってたことをついでに聞くと、俊は頷いた。
「……はい。メンバーのドラマ出演なんかは、今、受けているもので一旦終わりにするみたいです。でも、そうなったら……もっと、陸斗さんに会えなくなるかも……」
 不安そうなその声に、俺は慌てて首を振った。
「だっ、大丈夫だよ……俺、会えないのは我慢できるし。ほら、最初に言ったろ。俺だって、俊に、世界に行く凄いアイドルになって欲しいんだ」
 振り返って後ろに手を伸ばし、狼耳の根元を優しく掻く。
 それでも俊は俯いたまま、長いまつ毛を伏せた。
「でも……俺がこれ以上留守にしたら……陸斗さんが、他の人に目移りしたらと思うと」
「し、しないって。俺、寂しいからってすぐ他人に目移りするほど恋愛体質じゃねえし」
「だけど、陸斗さん、昔、兎の彼女がいたんですよね……?」
 突然の質問に、目が点になった。
 あの釣り記事、俺だけじゃなくて俊にも送ってたのか、あのキツネ社長。
「ちょっ、それは誤解だから。昔に噂になってたのは、妹の幼馴染でっ……」
「いいんです。陸斗さんの過去はともかく、未来は全部俺のものなので」
 おっと、急に強気になったぞ……。
「でも、それとは別に、浮気は嫌です」
 ぎゅう、と後ろから苦しいほどに抱き締められて、俊の体温が伝わり、心臓のドキドキが止まらなくなる。
「……。なんで俺が浮気する前提……? そんな心配しなくても……」
「心配にもなります。こんな美味しそうなのに、俺のいない間に、他の狼に会ってるし……」
「ほ、他の狼……? 犬榧君のこと……?」
「あいつは絶対兎原さんのこと美味そうって思ってるのに、俺抜きで会うなんて」
 そんな馬鹿な……そんな悪食な狼はそうそういないぞ!?
 そもそも、同じメンバーなのに疑うのか……!
「それに、陸斗さんすごく、エッチだから。陸斗さんが病院で診てもらってる間、保険証取りに家に一度戻って陸斗さんの部屋に入ったら、あんなものが置いてあるし」
 その言葉に、心臓が止まりそうになると共に、身体中の水分が蒸発したかと思うほどの冷や汗が出た。
「わあああああっ! 俊、俺の部屋に入ったの!?」
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