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番外

俺のものだ

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「……。何をですか……?」
 そうだよな。
 いくらなんでもこの展開はシュールすぎるよな。
 裸にされた挙句、どんちゃん騒ぎの大宴会って訳でもないのに、身体に落書きされるって。
 俺はもはやヤケクソで、キリリと俊の吊り目に視線を合わせた。
「身体に……絵描いたりとか……俺のものって……書いたりしてもいい…!?」
 俊の硬い表情に、わずかな動揺が走る。
 そりゃ驚くよな。呆れるよ。
 一般人でもあり得ないのに、芸能人の身体にペンで落書きって。
 さあもう、ここはむしろ断ってくれ!
 裸になった時点で撮れ高は十分なはず!!
 と、心の中で叫んだのだけど――。
「……撮影で映らない所なら、どうぞ」
 い、いいんかい……!!
 足元がガクっと崩れ落ちそうになって、俺は自分が頼んだくせにしぶしぶ、リュックからペンを取り出した。
 持ち手のところに白テープが巻かれていて、ブランドが分からないようにされてるけど、結構な太さの線が書けてしまうヤツだ。
 ああぁ……こんなことして、明日の撮影で俊、怒られないんだろうか……。
 立たせた俊の足元に跪いて、ペンの蓋をとった。
 なるべく仕事に支障がないように鳩尾より少し上に、それでもカメラに映る程度にはでかく、うっかり敬語で「俺のものです」と書く。
 その下にへのへのもへじを追加していたら、まさかの俊からダメ出しを食らった。
「ちゃんとサインください。本気のやつで」
「は、はい……」
 それ、誰かに見られたら俺も恥ずかしすぎる。
 歯を食いしばりながらペンを持ち直して、ふと気づいた。
 あれ……俊、ズボンのウエストから尻尾はみ出てる。
 尻尾は心なしか嬉しそうに揺れていた。
 え……喜んでる……?
 俊が俺のファンで良かった……。
 せめてもの気持ちを込め、へのへのもへじの横にめちゃくちゃに気合いを入れたサインを書いていたら、低い声が頭の上から降ってきた。
「……陸斗さんと会えなくて寂しいから、これを見て頑張ります」
 その健気な気持ちに泣きそうになりながら、これが本当に二人きりのデートだったなら、どんなに良かっただろうって思った。
 ドラマの撮影って、一話撮るのにも一週間とかザラにかかる。
 ロケに行ったら、何週間も現地に泊まり込みなんてのも、当たり前で……。
 撮影の後半はこうして番宣の為のバラエティ出演も入ってきて、スケジュールはいよいよ殺人的になる。
 どう考えても会えない。結婚してても意味がないってくらい……。
「俊……っ。俺も……俺も、寂しい……」
 つい、一回も言ったことない弱音を吐いてしまって、割れまくってる腹筋でガタガタになったサインが、動揺で更に悲惨なことになった。
「陸斗さん……」
 俊の声も、心なしか泣きそうに聞こえる。
 うう、ごめん……。こんなアホなことしながら愚痴言って……。困らせたくなんかないのに。
 第二の指令をどうにかこなして、俺は気持ちを切り替えるようにすっくと立ち上がった。
「有難う、俊。寂しいからって、ほんと無茶なこと頼んじゃってごめん。……食べようぜ、肉……!」
「……はい」
 前髪をグシャリとかき混ぜながら、俊が頷く。
 腹に変な落書きをされても、俊の仕草の男らしさも、美貌も芸能人オーラも……何一つ、壊されない。
 何なら、会えなくなった一ヶ月前よりももっとカッコよくなってて……なのに、俺の頭のおかしいワガママ聞いてくれて。
 こんな状況なのに、惚れなおしちまう。
 俊、ありがとう……。
 せめて心の中で伝えると、相手も俺の視線に気付いて、不器用に微笑んだ。
 ああ、俺だけが知ってる顔……本当は誰にも見せたくなかったな。
 ――なんて思ってたら、また引き戸が開いて女性の店員さんが入ってきた。
「特上カルビに、特上ロース、特上ハラミ、お持ちいたしましたー」
 慌てて、俺たちは元の座席に座り直したが、今度の有様には耐えられなかったのか、店員さんの手がめっちゃ震えていた。
 そりゃそうだよな。
 腹に落書きを書かれた半裸のアイドルと、元アイドルのおっさんが意味ありげに見つめ合ってるとか、他人からしたらどう考えてもコントだったろう。
 そして、幸い犬榧君から次の指令が来ないので、珍しく俺がトングを奪い、しばし焼肉を続けることになったんだけど……。
 いやいや……「もう服を着せていいですよ」っていう指令、いつ来るの!?
 俊、いつまでもこのままじゃ可哀想なんだけど……!
 もういっそ、俺も脱ごうかな……なんか不公平だし。
 と思いながら、すごい勢いで肉を平らげていく俊を見ていたら、一番恐れていた指令が遂にきた。
『じゃあ、兎原さん。そろそろ例のもの渡してください』
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