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番外

現役リーダー、現る

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 ――ひと気のない、昼さがりの某カラオケ店の個室。
 俺は上下ジャージ、プラス帽子にマスクの地味~な目立たない服装で、マネージャーとそこに入った。
 別に、歌を歌う為じゃない。
 そこで待ち受けていたテンションの高い三十代の民放プロデューサーさんから、番組企画の説明を受ける為だ。
  ――こんな場所でテレビ番組の打ち合わせをするなんて不思議に思うかもしれないけど、タレントは一日の内に仕事で色んな場所に移動するものだから、打ち合わせは必然的に移動時間の合間となり、場所的にも現場と現場の中間地点で行われることになる。
 こういうカラオケボックス、時間のある時は個室付きのレストランも選択肢の一つだし、意外にファミレスで打ち合わせなんてこともある。
 事務所や、制作会社やテレビ局の会議室……なんていう所まで出向く時間のある、俺みたいなのはともかく……今日の打ち合わせに参加する、大事なもう一人の芸能人は、今をときめくアイドルグループのリーダーなので――この場所は、その彼の都合で決められた場所なのだった。
 直前の撮影が押していたらしく、彼が扉を開けて現れたのは、マネージャーと俺とディレクターさん、ADさんが集まってから、三十分後のことだった。
「おはようございます! 鈴木さん、竹本さん、遅くなって申し訳ありません。……あっ、兎原さん。お久しぶりでーす」
 愛想よく現れたのは、ヤンキー風のレオパード柄の黒ジャージを着て、頭に被ったフードの下からアシメトリーのドピンクの前髪を覗かせ、黒ぶちメガネ、黒マスクで変装した、身長190センチのモデル体型の男だった。
 その端正な顔立ちはニッコニコで、とても俊と同じ狼獣人とは思えない程だが、女の子みたいに綺麗に描いた眉の下の、眼鏡の奥の吊り目の眼光の鋭さといったら、俊よりもキツい。
 真っ直ぐに見つめられると背筋がヒヤリとしてしまう。
 そんな俺の警戒心など気づいていないかのように、相手はフードをおろし、変装を解いた。
 綺麗に脱色して染めたピンクの髪と、俊と同じ褐色のピンとした狼の三角耳が露わになる。
 相手はソファの俺の隣にずんと腰をおろし、俺の首に腕を回して抱きついて来た。
「兎原さん、一緒にお仕事できて嬉しいですー! 同じ事務所なのに、全然会えなかったっすよね最近」
 狼耳に、金鎖のついたピンクサファイアのピアスがキラキラ光る。
 伸ばした脚の長さも俺と二倍くらい違う気がする彼の名は、「犬榧いぬがや光貴こうき」。
 俊も所属しているグループ、「ウルフ」のリーダーだ。
 バニーボーイズで名ばかりのやらされリーダーだった俺なんかと違い、犬榧いぬがや君の伝説は、すでに業界に轟いている。
 子役からの長い下積み経験を生かし、ムードメーカーとして俊を含めた個性豊か過ぎる狼の群れをまとめあげるだけでなく、ライブの演出をすでに社長から任されてたり、バラエティに出れば尖った見た目とギャップのある喋りやイジリで毎回トレンド入り。
 仕事と芸能をずっと両立してきた割には、クイズ番組で東大生といい勝負しちゃったり。
 こうして隣に並ばれちゃうと、俺なんか気後れしまくってしまうようなまさに「リーダー」なのだ。
 ていうか、慣れてない狼獣人は、笑顔に凄みがあってやっぱり怖い……!
 恐怖感を何とか我慢しながら(でも長い耳は寝てしまいながら)、俺は先輩の顔で隣の犬榧君に会釈した。
「犬榧君、久しぶり。……俊、元気?」
「元気? って。一緒に住んでんのに、全然会えてないんですか?」
「うん。ドラマの撮影で泊まり込みで、一ヶ月ぐらい……。『ウルフ』の仕事で一瞬だけ東京帰って来る時もあるけど、タイミングが合わなくて」
「あはっ。だからあいつ、この前も滅茶苦茶に機嫌が悪かったのかあ」
 犬榧君にクスクス笑われて、サーッと血の気が引いた。
 俺と結婚してからはちょっと違ってきたと思ってたんだけど、俊、また現場で塩っぽい態度とってるのかと思って。
 俺の顔色が変わったのを見て、犬榧君は耳から垂れる細い金鎖を揺らしながら首を振った。
「あ、心配しないでください、カメラ回ってるとことか、スタッフさんの前ではちゃんとしてますから。大神が不機嫌なの見せるの、俺たちの前だけですよ。最近すっかり大人になって、本当に、兎原さんには感謝しかないです」
 人懐っこい声音でそう言って、犬榧君は俺の手を握ってきた。
「ひっ」
 反射的に手を引っ込めそうになるのを強引にとどめられて、鋭い狼の眼光が俺を貫く。
 眼光の鋭さとフレンドリー丁寧な口調が合ってない……!
「俺の来る前にもう、プロデューサーさんから説明があったと思いますけど。――今回の企画、俺と社長のアイディアなんです。番宣も含めて、あいつの未来は兎原さんにかかってるんで。ホントよろしくお願いしますね?」
 恐ろしいばかりのプレッシャーをかけられ、俺はまさに狼に睨まれた兎状態だ。
「は、はい、よろしくオネガイシマス……」
 同じ事務所の、それもだいぶ年下の後輩が相手だってのに、思わず敬語になりながら、俺は頷いた。


 ーー俺と俊が共演する初めての民放番組ーー。
 それは、古い言い方をすると「ドッキリ番組」的な手法の番組だった。
 まず「仕掛け人」がいて、何も知らずに仕掛け人の罠にハメられてびっくりさせられる「ターゲット」がいる。
 視聴者は、騙されたり、びっくりさせられた「ターゲット」が見せる素の表情や意外な一面を見て、笑ったり楽しんだりするっていう、そんな番組だ。
 昔は通りすがりの素人をターゲットに作られるケースが多かったらしいんだけど(外国なんかだと、今でもそんな感じでこの手の番組を作ってる例は結構ある)、今は肖像権が厳しいし、倫理上の問題もあるから、ターゲットは大抵芸能人になっている。
 ハメられた方はその時は驚いたり怒ったりするけど、かなり長時間テレビに映り、しかも話題にもなるから、問題にはならない。
 売れない芸人なんかだと、これをきっかけに知名度が爆上がりするケースもあったりするしな。
 そして俊の場合は、今撮影してるドラマの番宣ってことで、今回のターゲットになったらしい。
 仕掛け人に犬榧君が就任したのも、そのドラマの主題歌が「ウルフ」とのタイアップだから、まあ、妥当だ。
 でもまさか、「仕掛け人の命令を受けて大神君を騙す人」に、俺が任命されちゃうなんて……!
 俺、俊に嘘ついたことなんて、一度もないのに!?
 共演が嬉しくてうっかり引き受けちゃったけど、騙し通せる自信なんか、全くないよ!
 でも一度引き受けた仕事を断ることなんかできずーー運命の収録日は、容赦なくやってきたのだった。
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