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番外編2

渚の家庭内恋煩い6

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 思い出すうちに、だんだん寂しくて堪らなくなってくる。
 よく考えると、エッチなことどころか、最近きちんと湊と会話していない気がする。
 やっぱり俺、妄想の湊じゃなくて、本物の湊とデートしたいし、エッチしたいし、イチャイチャしたいよ……!
 ……。
 ……だめだ……。寂しいし、湯あたりし始めてるしで、なんだかもう抜く気分じゃない。
 ーーギブアップだ。
 ザバーッとしぶきを立たせ、浴槽から立ち上がって風呂を出る。
 拭いても拭いても濡れた犬みたいになる全身の毛をドライヤーで乾かした後、歯磨きなどの寝支度をし、服は着ずに獣身になった。
 リビングに戻り鼻先でそっと和室の襖を開けると、四つ大小の布団が並んでいて、そこに湊と子供達が寝ている。
 岬と航は二人とも自分の寝床は無視で、湊の掛け布団の上で寄り添うみたいに丸くなっていた。
 可愛くて愛おしくて、ため息が漏れる。
 子供達は基本的には湊のことが一番好きみたい。
 切ないけど、俺はやっぱり突然現れたお父さんだし、平日の日中はどうしても仕事があるからね。
 生まれた時からずっとこうして一緒に寝ているらしい。
 俺は赤ん坊の頃から両親とは寝室が別だったから、こういう習慣は少し不思議に思えたけど……でも、みんなで寝るのも家族って感じでいいなって思う。子供達も寂しく無いし。
 俺も結局自分の布団を無視して、湊の足元にピッタリくっついて丸くなった。
 せめて近くで寝たいから……。
 それに、毛皮があると別に寒くはないので、布団はいらないんだ。
 人間一人と犬三匹で大渋滞になってる湊の寝床の上で、深いため息をつきながら目を閉じる。
 相変わらず甘くて可憐な匂いと、温かい体温が布団越しに身体に伝わってきた。
 ……湊を、抱きたい。
 子供達がいたって、夫婦なんだから愛し合いたい。
 俺はそう思うけど、湊は違うのかな。
 つがいになったらお互いにしか発情しない、と聞いたけど、獣人と人間のカップルは違うんだろうか。
 ずっとしてなくても、湊は平気なの?
 もしかしてやっぱり、俺のこともう、そういう目で見られなくなってしまった……?

 ……俺が、犬、だから?
 
 その瞬間、チクっと胸が刺されたように一つの事実に思い当たった。
 俺、結婚してからずっと、家では常に獣面だった。
 さらに言えば、家事とか手を使う用事がない時はだいたい獣の姿で過ごしていたと思う。
 獣人は家にいる時は基本、一番リラックスできる獣身でいて、必要な時だけ獣面人身になるものだから、結婚してからも当たり前にそうしてきたけど……。
 さっき帰ってきた時もそうだったけど、獣でいると俺、喋れないから、湊とろくな会話してない――。
(会話が減ってしまったのは、俺のせい……!?)
 気づいてしまって激しい衝撃を受けた。
 相手も同じ一族だったらボディーランゲージで交流するけど、湊は尻尾も毛皮も耳もない人間だもんな……。
 もしかしたら話したいことがあっても話しかけられなかったり、会話が続かない――コミュニケーションがしづらい、そんなこともあったかもしれない。
 岬と航と早く話したがっていた湊を思い出す。
 子供達はまだ犬で会話できない上、俺が帰ってきても話し相手にならなかったら――伴侶というより、もはや三匹目の飼い犬的な存在になってしまうのでは……。
 もしや、それが原因で発情が遠のいてる……?
(こんなことに今更気付くなんて……俺はなんてバカだったんだ!? 明日から家でも人間で過ごそう……! それで、湊ともっとちゃんと話、しよう……っ)
 今日最後の反省に切ない気持ちで一杯になりながら、俺は布団からはみ出ている湊の素足をペロペロ舐めた。


 ――翌朝、ちゃんと早起きした俺は、すぐに上から下まできちんと人間の姿になった。
 布団を上げた後、洋服も気の抜けたようなTシャツとかはやめて、よそ行きに着替える。
 髪型も最初にデートした時と同じくらい気を使って整え、エプロンをしてキッチンに立った。
 朝ごはんはグレープフルーツとルッコラのサラダに、ポーチドエッグを乗せたマフィンのオープンサンドのマヨネーズソース掛け、それから子供達も食べられるパンプキンスープと、すりおろしリンゴ入りヨーグルト。
 子供用にはミルクパン粥も別に用意して、和室の襖を開けに行く。
 毛並みを膨らませながらすうすうと寝息を立てている子供達を踏まないように、湊のそばに行って身を伏せた。
 いつもは獣のまま顔ペロペロで起こすけど、それは犬っぽいからNGだ。
 上に覆い被さりながら、指で寝乱れた髪を優しく撫でる。
「湊、起きて……朝だよ」
「ン……?」
 きれいな切れ長の瞳がうっすらと開いた。
 微笑みかけながら、唇を柔らかく重ねる。
 あれ……。少し熱い……?
 体温を感じたその一瞬後で、湊の身体がビクッと大きく跳ね上がった。
「!?」
 両手で強く胸を押し返され、唇が外れる。
 思いっきり拒否された形になった俺は、しばし呆然となって布団の上で固まってしまった。
 湊が口を押さえながら、目を見開いて俺をまじまじと見る。
 その顔が、目に見えるほど赤く染まった。
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