60 / 81
俺、犬と結婚します
60
しおりを挟む
「ご親族同士の紹介はもう終わってらっしゃいますから、この後は皆様で写真撮影になります」
世話役の人に促されて、俺たちは新しい親族達と一緒に控え室をガヤガヤと出た。
すぐ向かいにある集合写真撮影用の広い部屋で、1番前の中央に座らされ、背後の三段のひな壇に犬塚家の面々が次々と並んでいく。
澄まし顔の夏美さん。
今日はちゃんとスーツを着てる、キリッとした顔の直人さん。
笑顔の恵さんの腕に抱かれた、まだ人間になれない獣身の秀人くん。
金髪に留袖が美しい渚のお母さん、ちゃんとモーニングで正装した渚のお父さん。
弟達、お祖父さんに叔父さん、叔母さん、従兄弟に従姉妹、その伴侶と、朗らかな子供達。
去年の暮れまでは俺、この世に親戚なんてお袋と子供しか居なかったのに……今はこんなに賑やかで、凄く不思議だ。
結婚って、こんなにも繋がりが増える事なんだな。
面倒に思う人もいるかもしれねぇけど、俺は、悪くないって思った。
ずっとお袋と二人で寂しかったし……今はこれで丁度いいくらいだ。
「はい、皆さま前を向いて下さい! 撮りますよ! ハイ、さん、に、いち!」
――何度かフラッシュが焚かれ、撮影が終わる。
案内に従って皆がひな壇から降り、挙式のためにホールに向かい始めた。
俺と渚は、これから祭壇の前で一緒になる時まで少しだけ離れ離れだ。
「湊。待ってるね」
頷き、手を振る。
俺はお袋と一緒に、スタッフの人に案内されながら一度控え室まで戻った。
親子二人きりになり、苦労が皺になって刻まれたお袋の顔を改めてじっと見る。
「有難うな、お袋」
別に離れて暮らすわけじゃねぇけど、それだけを伝えると、濡れた瞳が俺を見上げ、感慨深そうに微笑んだ。
「――あんたは、女の子と結婚するんだと思ってたけど……でもあの人と並んでると、湊の運命のつがいはあの人だったんだなってよく分かるよ。幸せになってね」
しみじみそう言われて、俺も深く頷いた。
花嫁ならここでベールを下ろして貰う所だけど、俺は男なので、特に何もない。
地面に流れ落ちるような華やかなブーケと共に、お袋がスタッフさんに連れられて出て行った。
鏡の前で一人きりになり、いつか夢に見たことのある、長く寂しい誰もいない路地のことを思い出す。
あれはきっと遠い昔に過ぎ去っていった日々。
「新郎の方が入場されました。新夫の方、式場に入場してください」
背後で扉を開けた黒いベストの世話役の女性に呼ばれ、俺は控え室を出た。
廊下に出ると、俺たちが式用に選曲した洋楽のサビが耳に届き、そのロックな曲調がエレガントな感じの式場に全く似合ってなくて笑った。
これ、渚と初めて見合いした時の店で流れてた曲なんだよな。
全く結婚式っぽくねぇけど、男同士って感じでサッパリしてて良いんじゃねえかと。
Livin' On A Prayer、希望を持って生きるって感じのタイトルの曲。
俺はオメガに産まれて、まあ色々あったけど――基本的には楽観的に生きてきて良かったなって思う。少なくとも、転んでもタダじゃあ起きなかった。
世話人に付き添われながら、狭くて暗い廊下を先導されて歩く。
やがて目の前に眩い光があふれ、吹き抜けの天井の窓から太陽のきらめきが降り注ぐ、白い花々が飾られた祭壇と、そこへ降りていく大階段が眼下に広がった。
踊り場で待っていたお袋と一緒に、華やかな階段を一つ一つ下りてゆく。
本当は父親と一緒に行くとこなんだろうけど、俺の肉親は彼女一人なので。
段を下りた先には赤い絨毯が敷かれ、その始まりに、優しい笑顔を浮かべた渚が花束を手にして待っていた――いつかの夢の結末のように。
もう現実でも、俺は彼の手を取ることを迷ったりはしない。
犬塚家の人々が、両側の参列席から俺たちを温かく見守ってくれている。
俺は薔薇とアイビーの美しい花束を渡され、その中から一輪をとって渚のフロックコートのボタンホールに挿した。
左手でブーケを持ち、再び手を取って歩き出そうとした瞬間――高い子犬の鳴き声がして、参列客の間から岬と航が目の前に飛び出して来る。
戸惑いつつも足元に纏わりつく二人を迎え、俺たちは微笑みをこぼした。
長い人生、こんなサプライズも楽しいもんだよな。
――小さくても賑やかな二人とともに、家族四人、仲睦まじく寄り添って――。
俺は渚としっかりと手を繋ぎ、目の前の新しい未知の世界へと続く道に、晴れやかな一歩を踏み出した。
〈終〉
(最後まで読んでいただき誠に有難うございました。以降の章は番外編となります)
世話役の人に促されて、俺たちは新しい親族達と一緒に控え室をガヤガヤと出た。
すぐ向かいにある集合写真撮影用の広い部屋で、1番前の中央に座らされ、背後の三段のひな壇に犬塚家の面々が次々と並んでいく。
澄まし顔の夏美さん。
今日はちゃんとスーツを着てる、キリッとした顔の直人さん。
笑顔の恵さんの腕に抱かれた、まだ人間になれない獣身の秀人くん。
金髪に留袖が美しい渚のお母さん、ちゃんとモーニングで正装した渚のお父さん。
弟達、お祖父さんに叔父さん、叔母さん、従兄弟に従姉妹、その伴侶と、朗らかな子供達。
去年の暮れまでは俺、この世に親戚なんてお袋と子供しか居なかったのに……今はこんなに賑やかで、凄く不思議だ。
結婚って、こんなにも繋がりが増える事なんだな。
面倒に思う人もいるかもしれねぇけど、俺は、悪くないって思った。
ずっとお袋と二人で寂しかったし……今はこれで丁度いいくらいだ。
「はい、皆さま前を向いて下さい! 撮りますよ! ハイ、さん、に、いち!」
――何度かフラッシュが焚かれ、撮影が終わる。
案内に従って皆がひな壇から降り、挙式のためにホールに向かい始めた。
俺と渚は、これから祭壇の前で一緒になる時まで少しだけ離れ離れだ。
「湊。待ってるね」
頷き、手を振る。
俺はお袋と一緒に、スタッフの人に案内されながら一度控え室まで戻った。
親子二人きりになり、苦労が皺になって刻まれたお袋の顔を改めてじっと見る。
「有難うな、お袋」
別に離れて暮らすわけじゃねぇけど、それだけを伝えると、濡れた瞳が俺を見上げ、感慨深そうに微笑んだ。
「――あんたは、女の子と結婚するんだと思ってたけど……でもあの人と並んでると、湊の運命のつがいはあの人だったんだなってよく分かるよ。幸せになってね」
しみじみそう言われて、俺も深く頷いた。
花嫁ならここでベールを下ろして貰う所だけど、俺は男なので、特に何もない。
地面に流れ落ちるような華やかなブーケと共に、お袋がスタッフさんに連れられて出て行った。
鏡の前で一人きりになり、いつか夢に見たことのある、長く寂しい誰もいない路地のことを思い出す。
あれはきっと遠い昔に過ぎ去っていった日々。
「新郎の方が入場されました。新夫の方、式場に入場してください」
背後で扉を開けた黒いベストの世話役の女性に呼ばれ、俺は控え室を出た。
廊下に出ると、俺たちが式用に選曲した洋楽のサビが耳に届き、そのロックな曲調がエレガントな感じの式場に全く似合ってなくて笑った。
これ、渚と初めて見合いした時の店で流れてた曲なんだよな。
全く結婚式っぽくねぇけど、男同士って感じでサッパリしてて良いんじゃねえかと。
Livin' On A Prayer、希望を持って生きるって感じのタイトルの曲。
俺はオメガに産まれて、まあ色々あったけど――基本的には楽観的に生きてきて良かったなって思う。少なくとも、転んでもタダじゃあ起きなかった。
世話人に付き添われながら、狭くて暗い廊下を先導されて歩く。
やがて目の前に眩い光があふれ、吹き抜けの天井の窓から太陽のきらめきが降り注ぐ、白い花々が飾られた祭壇と、そこへ降りていく大階段が眼下に広がった。
踊り場で待っていたお袋と一緒に、華やかな階段を一つ一つ下りてゆく。
本当は父親と一緒に行くとこなんだろうけど、俺の肉親は彼女一人なので。
段を下りた先には赤い絨毯が敷かれ、その始まりに、優しい笑顔を浮かべた渚が花束を手にして待っていた――いつかの夢の結末のように。
もう現実でも、俺は彼の手を取ることを迷ったりはしない。
犬塚家の人々が、両側の参列席から俺たちを温かく見守ってくれている。
俺は薔薇とアイビーの美しい花束を渡され、その中から一輪をとって渚のフロックコートのボタンホールに挿した。
左手でブーケを持ち、再び手を取って歩き出そうとした瞬間――高い子犬の鳴き声がして、参列客の間から岬と航が目の前に飛び出して来る。
戸惑いつつも足元に纏わりつく二人を迎え、俺たちは微笑みをこぼした。
長い人生、こんなサプライズも楽しいもんだよな。
――小さくても賑やかな二人とともに、家族四人、仲睦まじく寄り添って――。
俺は渚としっかりと手を繋ぎ、目の前の新しい未知の世界へと続く道に、晴れやかな一歩を踏み出した。
〈終〉
(最後まで読んでいただき誠に有難うございました。以降の章は番外編となります)
11
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
無人島Lv.9999 無人島開発スキルで最強の島国を作り上げてスローライフ
桜井正宗
ファンタジー
帝国の第三皇子・ラスティは“無能”を宣告されドヴォルザーク帝国を追放される。しかし皇子が消えた途端、帝国がなぜか不思議な力によって破滅の道へ進む。周辺国や全世界を巻き込み次々と崩壊していく。
ラスティは“謎の声”により無人島へ飛ばされ定住。これまた不思議な能力【無人島開発】で無人島のレベルをアップ。世界最強の国に変えていく。その噂が広がると世界の国々から同盟要請や援助が殺到するも、もう遅かった。ラスティは、信頼できる仲間を手に入れていたのだ。彼らと共にスローライフを送るのであった。
【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
倉橋 玲
BL
**完結!**
スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。
金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。
従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。
宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください!
https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be
※この作品は他サイトでも公開されています。
白熊皇帝と伝説の妃
沖田弥子
BL
調理師の結羽は失職してしまい、途方に暮れて家へ帰宅する途中、車に轢かれそうになった子犬を救う。意識が戻るとそこは見知らぬ豪奢な寝台。現れた美貌の皇帝、レオニートにここはアスカロノヴァ皇国で、結羽は伝説の妃だと告げられる。けれど、伝説の妃が携えているはずの氷の花を結羽は持っていなかった。怪我の治療のためアスカロノヴァ皇国に滞在することになった結羽は、神獣の血を受け継ぐ白熊一族であるレオニートと心を通わせていくが……。◆第19回角川ルビー小説大賞・最終選考作品。本文は投稿時のまま掲載しています。
二人のアルファは変異Ωを逃さない!
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります!
表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡
途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。
修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。
βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。
そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる