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俺、犬と結婚します

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 ーーそれから1週間後ーー七月のよく晴れた日曜日の朝。
 ……俺たちの家族としての門出となる結婚式は、ドタバタと始まりを迎えようとしていた。
 場所は、利便性とリーズナブルさから選んだ、浜松町から徒歩で行ける、海に面した小さな結婚式場。
 親族控え室には既にお袋と沢山の犬塚家の面々がいて、吠えたり走り回ったり興奮気味の岬と航の面倒を見てくれている……はずだ。
 俺はといえば、新婦用の控え室で(同性婚用には作られてないので仕方がない)、シャツもジャケットもスラックスも全て純白のタキシードを着せられて、鏡の前に座らされていた。
 後ろに立った仕度係の女性が俺の髪と顔をいじりながら、調子いい感じで色々話し掛けてくる。
 他にもそのアシスタントや世話役の女性なんかもいて、狭い控え室の中は結構な人口密度だ。
 目の前の花瓶には白い薔薇とアイビーの豪華な花束……。これ、俺が持つのか?
 スタッフの手厚さといい、どうも俺、花嫁枠として扱われてる気配がするなぁ……別にいいんだけど。
「んまぁー、鳩羽様はお肌ほんと綺麗ですねぇ! おヒゲとか生えない方かしら?」
「はぁ、生まれつき薄いみたいで……」
 適当に質問に答えつつ、眉を切られ、目元や顎や頬に液体状のものをペタペタされ、唇に何かを塗られ……なんだか不安になる。
 俺、男だって分かってるのかなこの人。ニューハーフみたいな感じになったらどうしよう。
「ほんとイケメンだからメイクのしがいがあるわ~。しかも旦那様も芸能人みたいな美形じゃあないこと? こういうのは何て言うのかしらねぇ、ボーイズラブ?」
 いや、俺ゲイってわけじゃねぇし、そもそもボーイって歳じゃねぇし……うーん、難しいな。
 でも渚を褒められるのは嬉しい。
「俺はともかく、うん、渚はカッコいいです」
「あらあら早速惚気ちゃって! ほら、これでできあがり」
 鏡の中の俺は写真写り良さそうな感じで顔立ちはハッキリしたけど、化粧してる~って感じではなく、ホッとした。
 髪型の方はいつもと変わらなすぎてなんか拍子抜けだけど、まあ男はこんなもんだよな。
「……有難うございます」
 朝早くから付き合ってくれてる相手にぺこりと頭を下げる。
「……それからこの首の後ろの赤い点々、つがいの印ですよね? 特に隠したりしなくていいかしら」
 言われてそういえば……と首に手を伸ばす。
「あ、はい。そのままで」
「良いわねぇ、私も運命の人に会いたいわぁ。お幸せにい」
 そう、俺はこの結婚式を無事に迎えるために、婚前の新婚旅行で渚とつがいになった。
 そしてその結果がどうなったかというとーー。
「湊、仕度できた?」
 控え室の扉がノックされる。
「終わってるよ」
 声を掛けると、扉を開けて渚が入ってきた。
 長身にパールベージュのフロックコートを身に付け、波打つ金髪を流すようにセットした美形の王子サマに、部屋の中のスタッフさん達がみんなキャーッと黄色い声を上げる。
「犬塚様、お衣装似合いますねぇ」
「素敵だわあ」
「有難うございます」
 余裕な感じで流しやがって……イケメンてやつは。
 まあ渚にとっては人間の外見は本当の自分じゃねぇんだろうけど。
 でも俺もやっぱり、どんな渚もカッコいいと思う……ドキドキして、勝手に全身が熱くなる。
「湊、本当に綺麗だね」
 渚が俺の座る椅子のすぐ横に立ち、視線の高さを合わせるように腰を折って鏡を覗き込む。
 派手な衣装と薄いメイクのせいか、並んでもそんなに気おくれはしない。
「……有難う」
 今日ばかりは俺も素直にそう言った。
 耳元で、誰にも聞こえないくらいの声で渚が囁く。
「……抑制剤飲んでる?」
「うん、一応」
「いい匂いして堪らないけど、どうにか我慢するね」
「ゴメン……」
 ーーそう、俺の発情が乱れがちなのは結局、完全には治らなかった。
 今日みてぇにカッコいい所を見ちゃったりしたら特にダメで……でもこれって結局、俺が渚に恋をしてるってことだから、当たり前といえば当たり前だよな。
 それに、今はもう俺のフェロモンは渚以外に効くことは無いので、周りの人には分からねぇし。
 渚と一緒にいる時だけなら、いいかなって思うことにした。
 普通にデートしてる時なら概ね平気だし、こういうときは薬である程度は抑えられるしな。
「行こうか。みんなが待ってる」
 白い手袋をはめた手を差し伸べられて、その腕を取って立ち上がる。
「……うん」
 美容師のお姉さんに「行ってらっしゃいませ」と見送られて、俺たちは控え室を出た。
 二人で廊下を歩きながら、渚の視線を感じて照れる。
「あんまり見るなよ」
「うっとりする程、綺麗だから……。今日は終わるまで大変だけど、大事な身体だから無理はしないでね」
 吹き出しそうになった。
 妊娠してたとしても、まだ赤ん坊は点くらいの大きさじゃねえかなぁ。渚、気が早すぎる。
「まだ悪阻もこねぇし、変な気回さなくて大丈夫だよ。ほら、着いたぜ」
 親族控え室と書かれた札が掛けてある部屋の扉をスッと開けると、両脇にクラシカルな椅子がズラリと並んだ絨毯の室内から、沢山の人達の歓声が沸き起こった。
「わぁ、本当に素敵ね!」
「おめでとう!」
「二人ともお人形さんみたいに綺麗ねぇ」
 岬と航、それに留袖を着た俺のお袋以外はみんな犬塚家の面々だ。
「まさか、あなたがお嫁に行くなんてねぇ」
 普段とは違い、綺麗に化粧して髪も整えたお袋がしんみりして目頭を押さえている。
 俺もまさか、子供産んだ挙句結婚することになるだなんて、これっぽっちも思わなかったぜ……。
 みんなに群がられて写真を撮られたりしながら、俺は人々の中を見回した。
 スーツを着た白ネクタイの男性や、色とりどりのカクテルドレスを着た女性達の間に混じって、俺の方に行きたくて暴れる岬を抱っこしてくれてるピンクのドレスの夏美さんがいる。
 来てくれたのか……!
「夏美さん」
 嬉しくなって思わず声をかけると、なんだかツンデレみたいに顔をプイと逸らされた。
 相変わらずだなあと思ってると、彼女が子供抱いたままこちらに近付いてくる。
「この子、私のお婿さんに貰うことに決めたから」
「ちょっ、夏美!?」
 犬塚さんが狼狽してる。……もしかして、娘を嫁に出したく無いタイプ?
「冗談だよ、お兄ちゃん。……でも、ブーケトスは絶対私にちょうだいね。犬になってでもキャッチしてやるから」
 髪型を綺麗に作り、完璧に盛装したこの夏美さんが突然犬になって精悍な感じでブーケをキャッチする様を思い浮かべてしまい、思わず笑みが込み上げた。
「じゃあ、投げないで直接渡すよ」
 俺が言うと、夏美さんは初めてその整った顔立ちに華やかな笑顔を浮かべた。
「それがいいわね。……おめでとう」
 その笑顔は一瞬だったけど、十二分に優しさを感じて、心から感謝した。
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