上 下
52 / 80
俺、犬と結婚します

52

しおりを挟む
 行ったら彼女もやっぱり凄く喜んでくれて、嬉しかった。
 ついでに、元会員だと指輪とか式場が安くなるとかいうパンフレットを大量にくれたので、どうせならと午後からはその中の適当な宝石店に行き、俺たちはシンプルな結婚指輪を注文した。
 なんだか全ての行動をBLネットと蛇の目さんに操られてるような気がしなくもないけど、まあ、悪くねぇか。安くなるならそれに越したことはねぇし。
 そういえば渚は婚約指輪も買いたそうだったけど、俺は「あっても着けないから!」と強硬に遠慮した。
 真面目な彼のことだから、絶対「給料の3ヶ月分」ていうのを忠実に実行しそうだし、そんな事になったら泥棒が心配でオチオチ出掛けられねぇなんて事になるからな。
 更に翌週からは、本格的な式場巡り。
 家族だけの小さな式にするつもりだけど、それでも渚の親族が結構な数だし、適当に選ぶ訳にもいかないので。
 まあ、そうは言ってもそんなに面倒な感じでもなく、結構楽しかった。某ホテルのブライダルフェアに行って、式の料理をフルコース試食させてもらったり、挙式体験をさせて貰ったり。
 模擬挙式は流れ上、俺が新婦の立ち位置になってバージンロードを歩く事になっちまったんだけど、バージンどころか俺経産夫なんすけど、と思うと顔から火が出そうだったなぁ。
 しかも、綺麗な光が降り注ぐ祭壇の前で待ってる渚が、別にタキシードとか着てる訳じゃなく普通のデニムにジャケットとかなのに、「王子様かよ!」と突っ込みたくなる程カッコよくて……。
 腕を組むのはなんだから、指を絡めて手を繋ぎながら、俺たち初めて手を繋いで歩いたな……と、ふと思ったんだ。
 二人でデートするようになってからも、俺、人目を気にしてそんなことしたことなかったし、渚もそういうの察してくれたのか強要はしなかったから……。
 その時に握った渚の手は温かくて、心臓がドキドキし始めて、身体がフワフワ熱くなって。
 再会してからそんな気分になったのは初めてで……凄く戸惑った。
 でも、その日は既にあと一時間くらいで子供を迎えに行く予定だったから、俺が抑制剤を飲んで、キスもセックスも勿論お預け。
 というか……結婚決めてから逆に忙しいし、恋人らしい事、一度もしてなかったんだよ。
 俺が産後モードで発情お休みだったのもあるし、式とか関係なくさっさと入籍して一緒に住んでりゃ良かったんだけど、「せめてこれからは順番通りにしよう」なんて渚が言うし……。
 子供までいるのに、かえって清らかな関係になってしまってたんだなーって事にやっと気が付いた。
 その時はまあ、そんな事もあるよなと思っていたんだけど……その模擬挙式をきっかけにして、俺の体に異変が起き始めたんだ。
 毎週末ごとに渚と二人きりで会ってるうちに、俺はどんどん彼のことが恋しくなって……。
 とうとう発情が狂う現象まで復活し、周期とか関係なくまた身体がおかしくなり始めて、結婚準備に支障が出始めるようになってしまった。
 堪らずにいつもの掛かりつけの医者先生に相談しに行ったら、先生の答えは、抑制剤ちゃんと飲め、とかじゃなくーー「アルファと結婚するんなら、ちゃんと首噛んで貰ってつがいになりなさい」。
 どうやら、きちんとつがいになる事で、身体が安心して、ホルモンの空回りが治るんだと。
 それを恥を忍んで仕方なく渚に相談したら、渚もちゃんと考えてくれて……。
 結論としては、式の前に新婚旅行を前倒して、そこでつがいになろうって話になった。
 ただし、子供たちのこともあるから、一泊だけ。
 つがいになるにはどうしても、性行為の最中に首の後ろを噛んでもらわないとならない。
 子供を周囲にお願いしなくちゃならねぇのは申し訳ないと思ったけど、妙案だった。
 だってこのままで行くと俺、結婚式の最中に盛大に発情して、阿鼻叫喚の事態を巻き起こしちまうから。
 そんな訳で、式の1週間前に一夜だけ、俺たちは互いの両親に1匹ずつ子供を預け、婚前のお泊まりを許して貰うことになった。
 いや、許すったって誰も咎めたりはしねぇんだけど……。



 俺と犬塚さんが新婚旅行先に選んだのは、もし何かあればいつでも戻れる距離ーーということで、温泉地の湯河原だった。
 東京駅から特急踊り子号であっという間に着くし、何なら鈍行でも乗り続けてるだけでたどり着くような場所だ。
 予約したのは駅からバスでしばらく行った川沿いの、一日三組しか泊まれないような、小規模だけど値段はそれなりにする高級な和風旅館。
 室内から窓の外を見ると、なんとすぐそこのバルコニーにヒノキの露天風呂があって、部屋を一歩も出なくても全てが事足りてしまうという、元丸の内OLの恵さんオススメの宿だった。
 一応移動してる最中は大丈夫なようにしっかり抑制剤を飲んだんだけどーー午後3時、渚と一緒に手を繋いで旅館の玄関先に入った途端、俺の中で変なスイッチが入るのが、何となく分かってしまった。
 ーー俺、今夜から身も心も全部、この人だけのものにして貰えるんだ……。
しおりを挟む

処理中です...