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婚活卒業しました

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 なっ、何……!?
 犬塚さんは……夏美さんと結婚するつもりは無かった……!?
 いや、じゃあ何のために俺はあの時……。
 呆然とし過ぎて、何て反応して良いかもわかんねぇ。
「その内にお兄ちゃんはとうとうあなたのこと運命だとか言い始めて……でも、相手が子供が産めない人だなんて知ったら、益々諦めきれなかった。……運命とまで思った人と上手くいかなければ、婚活に懲りて今度こそ私のこと見てくれるんじゃないかって……それで私……あなたを捕まえたの」
 怒りよりも、心の底から後悔が湧いた。
 俺の嘘が、夏美さんの嘘を招いた一因だったんだと分かって……。
 犬塚さんとの事に関しては、元々夏美さんの話を真に受けて引いちまった俺にも責任の一端がある。
 その後の誤解は完全に俺の自業自得な訳だから、全部が夏美さんのせいって訳でもねぇし、俺は一概に彼女の嘘を責められる立場じゃない。
 それにしても……何でこの子は今更こんなこと話してくれる気になったんだろ?
 そっちの方が気になる。
 そう思って聞いていると、夏美さんの表情が暗くなり、声のトーンが低くなった。
「……でも、結局お兄ちゃんは、私の方なんて向いてくれないし……あなたがマンションに来たあの後から、どんどん顔が暗くなって、元気がなくなってって……」
 え……。
「今なんか、半年前に婚活やめてしばらくしてから、ずーっと部屋に引きこもってる。誰とも話したくないのか、犬になったまま……仕事も休職しちゃうし……私と口を利いてもくれない……」
 ポカーンってなった。
 勿論心配だけど……あの犬塚さんが引きこもり?
 何だか意外すぎて全然想像できねぇし、そもそも本当なのか? っていう気がしてしまう。
 だけど、夏美さんは鋭い眼光でこっちを向き、ぼーっとしてる俺を睨んできた。
「私も酷いことしたよ……でも、お兄ちゃんが引きこもって、ただの室内犬みたいになっちゃったのは、あなたと何かあったからじゃないの……!? 内緒で、子供作るようなことしてたんでしょ!?」
 言われてハッとした。
 確かに、ホテルで抱いて貰ったのは半年前だ。
 あの日を境に彼が、そんな風に……?
 まさか俺が、連絡しなかったから?
 いやいやそんな訳ない。別に犬塚さん、あの時はもう俺のこと好きでもなんでも無くて、遊びだったーーはずだよな?
 頭が混乱して俺は首を振った。
「そんな事言われても、俺……半年前から犬塚さんとは一度も会ってねぇしさ……いきなり俺のせいって言われたって……」
「違うっていうの? 運命のつがいのくせに」
「……!?」
 絶句する俺の前で、彼女は広い芝生の広場中に響く大きな声でワンワン派手に泣き出した。
「私だってあなたにこんなこと言いたくないよ……っ! でも、私じゃダメなんだもん……お兄ちゃんのこと、何とかしてよ……っ!」
 俺はちょっと困り果てて俯いた。
  子犬達が声に驚いて、みんな夏美さんのそばに駆け寄って来る。
 岬と航が、彼女の膝に前脚を掛けるようにして、届いてないけど一生懸命顔を舐めて慰めようとしていた。
 こんな小さいのに、もうそんな優しい事ができるなんて……。
 親バカだけどちょっと感動する。
「ズルイよっ、子供貰うなんて……! 私だって産みたかったよっ、羨ましいよぉ……!」
 夏美さんの白い腕が岬と航をひしっと拾って抱き締めて、濡れた頬がモフモフの腹毛にスリスリした。
「可愛いよう……何で私じゃダメだったの……この子達持って帰ってやる……っ」
「そ、それはダメ!」
 慌てて横槍を入れる。
 でも、夏美さんの中にちゃんと、親戚の子に対する愛情みたいなもんが既にあるのが何だか救いに思えて、少し嬉しかった。
 俺が産んだ子でも嫌われてはねえんだなって。
 根は、悪い子じゃねぇのかもしれない。
「でも……良かったら、沢山抱っこしてやって。この子達、親戚に会えたの初めてなんだ」
 泣きながら、夏美さんが頷く。
「……また会いに来て良い? この子達に……」
「構わない。育児休暇中は毎日ここにいるから。……あと、犬塚さんのことは……少し考えるよ」
 そう伝えると、夏美さんは優しく岬と航を下ろして、すっくと立ち上がった。
「……そう……。私、もう行きます。やらなくちゃいけない事があるから」
「……? あ、あぁ」
 突然冷静っぽくなった相手に戸惑いながらも頷く。
「……、じゃあ……、さよなら。ーー嘘ついてて、ごめんなさい」
 最後、こっちを振り向く事なく謝ってくれた彼女に、俺も声を掛けた。
「俺の方こそ、ごめんな。……あの時俺、まだ自分の気持ちをよく分かって無かったんだ。ーーやっぱり諦めきれなくてこうなった……」
 相手が黙って首を横に振る。
 そんな彼女になんだか、安堵した。
 これから物事が少しでもいい方向に向かっていくような、そんな予感がして……。
「秀人《ひでと》おいで」
 夏美さんが子犬を呼び寄せ、首輪にリードをつけて、元来た道を帰って行く。
 子供達は寂しそうにそれを見送ると、クルッと振り返り、今度はお腹が減った!とキャンキャン吠え始めた。
「はいよ、ちょっと待ってな」
 ふやかした離乳用カリカリの入ったタッパーを開け、水筒の湯で作った獣人用のミルクをボールに注いでやりながら、俺はーー初めて、考えた。
 ……財布の中のお守りで、犬塚さんに電話してみようって。
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