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婚活再開しました

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「ちょっ、もうすぐ始まっちまうけど、パーティ……っ」
 言ってはみたけど取り合っては貰えなかった。
 人気のない廊下に連れ出されて、消火栓のある端っこの壁に背中が付くほど追い詰められ、じっと睨まれる。
「ーー最近って、いつからなんですか」
「……そ、それは……。だから、ほんのつい最近から……?」
 犬塚さんが小さな耳を震わせた。
「ずっと婚活続けてたんですか」
「そ、そうだよ。休み休みだけど……何人も会ってみても、その、なんかうまくいかねぇし……」
「何人も……?」
 眉をしかめられて、俺は思わず言い返した。
「婚活中なら普通のことだろ……」
 すると、犬塚さんが低い声で呻くようにつぶやいた。
「すみません。もしかして……あなたが、遊び目的の人だったのかと思って」
意味が分からずに俺は首を傾げた。
「遊ぶ……?」
 彼とフリスビーで遊んだことくらいしか思い浮かばなくて戸惑う。
「最近こういうパーティで一緒になった人から注意として聞かされたんです。婚活中のオメガの人の中には、結婚よりもセックスが目的になってる人がいて、フェロモンで散々相手を弄んだ挙句、面倒になると適当なこと言って切るんだと……そんな事ある訳無いとその時は思いましたけど」
 なっ、何それっ。
 そんなヤツいんの……!?
 でもっ、俺は違う、俺はそんなことしねぇよ……!
 誰にもフェロモンなんか使ってない……犬塚さん、以外には……。
 ああ……でも確かに犬塚さんには、そんな風に見えるようなこと、しちまってるかもしれねぇ。
 2回目のデートから既にダダ漏れだったし、3回目に至っては……。
「ち、違うんだ、誤解だ。俺は……っ。そっ、それより、俺も聞きてえことがあるんだよっ。あの時助けてくれた犬、犬塚さんだろ……!? 俺、あの後、犬塚さん探したのに、警備員に追い返されてっ…」
 綺麗な顔立ちに、ふっと苦笑いが浮かんだ。
「……ちゃんと、覚えててくれたんですね」
 俺が忘れてんじゃないかぐらいの言い方をされて驚いた。
「俺、あなたに交際解消された後も……ずっとあなたのことを忘れられなかったんです。どうしてって思い続けて、夜も眠れなくなるくらいに」
 ハッとして俺は視線を上げた。
 苦しそうな彼の表情が、心に刺さる。
 俺が、ずっと彼を思い出して求めていたように、……犬塚さんも、俺のことを……?
「……そんな時にあなたがまた突然現れて。もしかして、俺に会いに来てくれたのかもって、期待したんです。でも、もし違ったらと思ったら怖くて、名乗れなかった。……それに鳩羽さん、凄く発情してて、きちんと話が出来そうに無かったし」
 心臓が苦しいほど高鳴る。
 あの時、俺は確かに、犬塚さんに会いに行ったんだ。
 行ったんだよ、犬塚さんーー。
「でもあなたは、俺と話をしに来た訳じゃなかった。ーーあんな風に、単なる発情の相手に利用されるなんて……」
 その言葉に俺は呆然とした。
「貴方にとっては偶然の事故だったんだろうと思ったから、このまま知らないふりをしておいた方がいいのかと思ってましたけど……俺の方こそ、聞いてもいいなら聞きたいです。何故あげた薬を飲まずに、獣身で、ただでさえ理性の抑えの効かない俺に何故、あんなことをしたのか……」
「五分前です。席をお立ちの方は、そろそろお席についてください」
 背後から、マイクでアナウンスする司会の人の声が聞こえる。
 ーーああ、どうしよう。何から話せばいいのか分からない。
「犬塚さん、あの時……俺を好きでいてくれたんだ……?」
 涙出そうになるのを堪えながら、やっとそれだけ聞く。
 そのことだけは嬉しかった。サヨナラしてもずっと、俺ばっかり彼のことを考えてると思ってたから。
「俺も、あの時……」
 やっと言いかけた時、被さるように聞かされた彼の言葉は、俺を絶望させるものだった。
「ええ。ーーでも今は……。正直、あなたに振り回されすぎてもう、疲れました。ーー離れたり無理矢理誘惑したり、言う事もやる事もコロコロ変えて、人を弄んで……どうして平気でそんな事が出来るのか、俺には全然理解できない」
 冷たく見えるほど綺麗な顔に、文字通り、氷みたいな表情が浮かんでいた。
 一瞬希望を持ちかけたのに、目の前でそれが失われていく。
 そうだよな。もう、今更だよな……。
 俺のしたことが許される訳がなかった。ーー本当は好きだったから、なんて今更言っても、こんなに怒ってる犬塚さんには……きっと信じて貰えない。
「ごめん……。弄ぶようなことをして本当に悪かった……。今日はたまたま会っちまったけど、この先は犬塚さんにはもう二度と関わらないようにする。だからもう勘弁してくれ……」
 もし、あの時ちゃんと薬を飲んでいれば。
 俺がオメガフェロモンでなくて、言葉で彼を引き止めていれば……。
 今頃、違う「今」があったのかもしれない。
 けど、もう遅い……。
 この人の心に反してでも全てを手に入れたかった俺のせいで、せっかく俺に向けてくれてた温かい好意まで失っちまった。
「……っ、俺が言いたいのは……」
 辛そうな顔で犬塚さんが言いかけた時、彼の肩を後ろからぐいと誰かが押した。
「何、出会って早々痴話喧嘩? そろそろ時間だよ、早く席に着きなよ」
 雪のような真っ白い髪を長く腰まで伸ばした、異様な雰囲気を持つ獣人がそこに立っている。
 顔立ちは美形を通り越して妖艶で、しかも目の色が左右で違う。左がサファイアブルーで、右が琥珀色で、瞳孔が糸のように細い猫目だ。
 ファッションが、他の人みたいにスーツじゃなくて普通の黒デニムに透かしみたいな派手な花模様の入ったジャケットで、明らかに堅気じゃねえ感じの……頭に生えてる内側がピンクの耳からすると……猫?
「……っ、また、後で」
 言い残して、犬塚さんが身を翻してホールに戻って行く。
「大丈夫?」
 白猫の男にいきなり背中を抱かれてゾワッとした。
 この人、アルファだな……。最近、何となくカンで分かるようになってしまった。
「大丈夫です、心配なく」
 本当は今すぐ帰りたいぐらいの気分だけど、こういうのは一人抜けるとあぶれる人が出て迷惑になりそうで、踏ん切りが付かない。
 猫はニヤッと笑って片目をつぶった。
「アイツとトラブってんでしょ。スタッフに言えば、回転寿司する時にスキップして貰えるから、言っといてあげんね」
 回転寿司?
 何のことかよく分からないけど、取り敢えず頷いた。
 男に連れられるようにして戻ったけど、匂いを嗅がれるみたいに妙に馴れ馴れしく顔を近づけられて、何だか不快だった。
 少なくとも今は、最悪に落ち込んでるし、あんまり変に近いのはちょっと……。
 白猫はスタッフさんに何事か話した後、大分遠い席に戻って行くのが見えて、少し安心した。
 左右のオメガの女性に会釈しつつ俺も席に着く。
 見回すと、オメガ側は綺麗なドレスで着飾った長い髪の女性ばかりだ。
 何だか俺、浮いてんな……と今更気付いた。
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