【コミカライズ配信中】理想の結婚~俺、犬とお見合いします

かすがみずほ@理想の結婚コミカライズ中

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仮交際始めました

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 犬塚さんの一声で大きい犬達は離れてくれたけど、腕の中に収まるくらいの子犬はキャンキャン鳴きながら全然離れてくれなくて、俺の足元に縋り付いたままジワーッと嬉ションし始めてしまった。
「あぁっ湊さん靴が……!」
「いいよ、別に中までは濡れてねぇし」
 メチャクチャ可愛いからそんな事くらいは気にならねぇぜ……!
「ヨシヨシ、歓迎ありがとなぁ」
 両手で思い切り首筋を撫でてやり、前足の下に指を入れて持ち上げ、濡れないように玄関マットに載せてやりつつ何とか踵を踏んで靴を脱ぐ。
 子犬はブルブルっとした後、早く早く!ていう全然反省してない感じでピョンピョンしてる。
 メチャクチャいとおしい……! 天使か……。
「本当にごめん、休日なものだからみんなリラックスモードになってしまってて……。こら、湊さんは俺のお客さんなんだから、みんな自分の部屋に戻れ!俺の部屋にも押しかけたら駄目だからな!」
 クゥン、と残念そうな唸りを残してゴールデン達が散っていく。うーん、しかし誰が犬塚さんの何なんだ。ちっこいの以外顔の区別がつく気が全くしねぇ……。
「靴を拭いて来るから、湊さんはすぐそこの部屋に入ってて!」
 犬塚さんが俺の靴を持って廊下の途中の一室に消えてゆく。
 しかし、すぐそこの部屋ってどこの事だ?
 キョロキョロしてると、前方の暗闇の中で何かが動いた。
 同時に、ウーッという獰猛な唸り声が聞こえる。
「……!?」
 目を凝らすとリビングに通じるドアの手前に、犬塚さんを一回り小さくしたようなデカい犬がいて、こっちに向かって白い牙を剥き出して唸ってる。
 ひっ! 一匹だけどすげぇ怖いのがいる……!
 暗闇でビカッと光る瞳は明らかな殺気を放っていて、俺が一歩でも動けば飛び掛かってきそうだ。
 肉食獣に睨まれた獲物みたいになって、前にも後ろにも動けない。
 俺が固まっていると、相手は唸り続けながら一歩ずつゆっくりとこっちに近付いてきた。
 その迫力は、まるで縄張りを守る狼だ。
 さっきエレベーターの中で妄想した、因習の一族の遺産争奪サスペンスドラマが脳裏に蘇る。
 俺、ここで殺されちまうのか……!?
 ジリジリと距離が狭まり絶体絶命を覚悟したその時、廊下の途中の部屋から長身の犬塚さんがバッと飛び出してきた。
 俺の前に立ちはだかり、えらい勢いで相手に大きな声で何度も吠え立てる。
 非友好的なゴールデンは途端にキャウンと情けない声を上げ、ドアノブに前足で飛びかかってドアを器用に開けると走って廊下を出て行ってしまった。
「ごめん、あれ従姉妹の夏美。ちょうど遊びに来てたみたいだ。あいつだけは少し人見知りだから……」
 エッ、女の子!? 人見知りというより人殺しそうな凄い顔して唸ってたけど。
 そんでもって、もしかして……。
「従姉妹って……犬塚さんと結婚するはずだった従姉妹……?」
「それはもうとっくに昔の話だよ。ほら、こっちが俺の部屋。――ナオト! お前のところのチビが玄関で粗相してるから後でたたきを拭いてくれ!」
 どこからか、ワン!という応答が聞こえる。
 ドアを開けて案内されつつ、俺は引き攣った笑顔を浮かべた。
 さっきの、すげぇ嫌われてる感じだったけど、俺本当にここに居ていいのかな……。
 疑問に思いながらも部屋にお邪魔する。
 入って驚いたのが窓の日当たりの良さだった。
 俺のアパート一日中ほぼ真っ暗だから日当たりという言葉さえ久しく忘れてたわ。
 それと、広い。俺の家がすっぽり入りそう。
 そこにゆったりしたでっかいベッド、真面目そうな本の並んだ本棚にシンプルなパソコン机。
 タンスが無いなと思ったら、ウォークインクローゼットらしきものが壁にあるのに気付いた。
 なんつーか……俺が学生時代、こんな必要最低限のスッキリした感じで、いつか一人暮らししたいなって思ってた理想の部屋まんま。
 これが恵まれてるってことか。いいなあ……犬塚さん。
「飲み物、コーヒーでいい?」
「うん」
「じゃあ適当に座って待ってて」
 背後で相手がトレンチを脱ぎながら出て行く。
 俺もコートを脱いで脇に置くと、しんとした部屋を見回した。
 さっき唸られたことを思い出して怖くなる。
 またあのでっかいのが襲って来たりしねぇだろうな……。
 ブルッと肩を震わせていると、パソコン机の上の棚に写真立てが置かれているのに気付いた。
 少し変色した見るからに古そうな写真で、小さな子犬が映っている。
 すごく可愛いし、どこかで見たことがある気がする。
 あぁ、この前発情期の時に見た夢の中で出てきた子犬だ……。
 写真の中にいるその子をギュッと抱き締めたくなって、ガラスを指で撫でる。
 持って帰りたいくらい可愛い……。
「それ、俺だよ」
 いつの間にか、コーヒーの載ったお盆を片手に犬塚さんが帰ってきて居た。
「そこの丸テーブル、出してもらってもいい?」
 頷き、壁に立て掛けられたガラス製の丸テーブルの畳まれた脚を出して置いた。
 湯気の立つ色違いの犬柄のマグカップを二つ置きながら膝が触れそうな程の距離に座り、犬塚さんが尻尾を振っている。
 ちょっと近すぎやしねぇかと思ったけど、その黒目がちな優しい顔を見ると、確かに写真の中の子犬と似ていて、キューンとした。
「もっと写真見たい?」
 聞かれて頷くと、彼は立ち上がって壁際のクローゼットを開け、大きなアルバムを何冊も出してきてテーブルの上に置いた。
 ついでに俺のコートが勝手に回収されてゆく。
 犬塚さんがコートを掛けるのを待つ間、俺は一番上の古びたアルバムをめくってみた。ピンク色の地肌が透けた、生まれたばかりの子犬の写真が現れる。両手のひらに乗りそうな大きさで、目がまだ閉じている。
 ……泣ける程可愛い……。
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