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俺、犬とお見合いします

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 俺の心臓がまたしてもキューンと音を立てた。
 こ、……この人、イイヒトじゃねぇ……?
 もし相手が女だったら今ここで惚れてたかもしれない。
 なんか無口っぽくなってるのも初めてで緊張してるからかも……そんなとこも初々しくて凄くカワイイ。
 ああもう……ナギサちゃん。あんたは何でオスなんだよ……。
 悲しくなりながらも、俺も精一杯、感謝の気持ちを犬塚さんに伝えた。
「おっ、俺もっ、会って貰えたのメッチャ嬉しかったんですよ……! 俺の条件、婚活にはすげぇ厳しいって言われてて。活動始めて三年近くになるけど、全然ダメで……オメガなのに子供産めませんなんて、やっぱワガママな条件ですよね……」
 エヘッと頭を掻きながら自虐すると、犬塚さんははっきりと首を振った。
「俺はオメガだからって、子供を産むのが絶対条件だなんて思いません。個人の人生と体の属性は無関係ですから」
「え……」
 その言葉に俺は頭殴られたようなショックを受けた。
 世の中、綺麗事でそういうこと言う人はいるぜ。
 でも自分の結婚相手候補としてのオメガに、そう言い切ってくれる人はーー。
 呆然とする俺の横でピタリと犬塚さんの足が止まった。
「着きましたよ」
 ホントだ、目の前に店の看板が出てる……話すのに夢中で全然気付いてなかった。
「あっ……は、はい……」
 慌てた俺に微笑んだ彼の顔が、余りにもキレイで優しくて……。
 何故だか俺の方が無口なヒトみたいになってしまって、黙って二人で地下への階段を降りた。


 店は半個室とカウンターがあって、俺たちは迷わず個室の方を選んだ。
 犬塚さんの外見はどっちにしても目立ち過ぎるからな。
 暗い店内は壁際にワインボトルが並び、カジュアルながらも内装の雰囲気が良い。
 背中が壁で仕切られたソファ席に案内され、互いにテーブルを挟んで腰を下ろす。
 更にビロードのカーテンを引くと、照明が遮られ、その空間が二人っきりの親密な空気になった。
 おいおい蛇の目さん……婚活の原則!
 初対面ではもうちょいライトな店に行くのが基本だろ!? 何でいきなりこんなデートっぽい雰囲気なんだよぉ……。
 心の中の蛇の目道子に突っ込まざるを得ない。
 テーブルの上のグラスの中で光る蝋燭の炎がいい雰囲気醸し出してくれちゃって、緊張で手が震える。
 あああ男同士なのに完全にデートだこれ。どうすんだ俺……っ。
 恐る恐る対面の相手を見たら、スーツのゴールデンレトリバーが長い舌でペロペロ黒い鼻の頭を舐めていた。
(いっ……犬ううぅ……っ)
 思わずテーブルの上で頭を抱えてしまう。
 さっきまですんげぇ美形でカッコいい事言ってた気がするのに……っ、なんかもう今、普通に犬だし!!
 って……。
 だっ、だめだ、こんな事で動揺しちゃ犬塚さんに失礼だろ……!
 俺は改めて背筋を伸ばし、壁際からメニューを手に取った。
 俺の方が歳上だからな。も、もう少し大人の余裕を見せねえと……っ。
 冷静を装い、震える手でドリンクメニューを犬塚さんに渡す。
「の、飲み物どうします……」
 って言ってるそばから、シャッ!と音がして店員がカーテンをめくってやってきた。はえーよ。
「お飲み物のご注文をお伺い致します」
 急かされるみたいに言われてメニューを覗き込む。
 紙面にはオシャレっぽいカクテルやら、やたら長ったらしい名前のワインやらが並んでて、決めんのが面倒臭くなり、俺は顔を上げた。
「じゃあ、生ビールをグラスで」
 呼吸を合わせるように犬塚さんも注文を出す。
「俺も同じ物をボールで」
「かしこまりました」
 ……。
 今、この人何つった?
 店員は全く動揺してなかったけど、グラスでもジョッキでもないモノを言ったよな……?
 いや、気にしたら負けだッ……!
「料理決めましょう! お、お肉とかが良いですかね……」
 これ以上動揺しないように、さっさと食って飲んでここを出るんだ。頑張れ鳩羽湊……!
 何と戦ってるんだか分からない心境になっていると、目の前のゴールデンレトリバーがフルフルと首を振った。
「俺は好き嫌い無いので、鳩羽さんが食べたい物を注文して下さい」
 な、何だとぉ……!?
 いきなり難題が立ちはだかり、俺はメニューを前に絶体絶命の危機に陥った。
 い、犬って確か、ネギ系がダメだったよな!?
 玉ねぎとかニンニクとか……っ!
「消化器官は人間と変わりませんのでご心配なく。ビールが飲めるくらいですから」
 俺の顔面蒼白ぶりが伝わってしまったのか、犬塚さんが慌てて付け加えた。
 そう……だよな……ドッグフード探す所だった。
 気が楽になってアラカルトを適当に見繕ってる間にビールが来る。
 ……俺はグラス、相手はキンッキンに冷えたステンレスボールで。
 あーもう、これ以上何があっても俺は驚かねぇぞっ。
 取り敢えず料理の注文を出して店員には帰ってもらい、俺はグラスを差し出した。
「か、乾杯……」
 犬塚さんが両手でボールを持ち上げる。
 そしてそれをテーブルの上に置くと、伏し目がちになってピチャピチャビールを舐め始めた。
 か、可愛いぃ……泡しかすくえてねぇし。
 俺が自分のグラスに口もつけずに眺めてるのに気付いてしまったのか、彼は顔を上げた。
「あ……。行儀悪くてすみません、俺、食べ物はちゃんとナイフとフォークで食べますから……。この口だと液体は溢れるので」
「あっ、別に気にしないっす……」
 愛想笑いを浮かべて自分のグラスを呷《あお》る。
 相手は飲むのに時間かかるのでしばらく話もせずにいると、油断していた所ですっと犬顔が上がり、話題を振られた。
「あの……立ち入ったことを聞いても」
 前置きを言ってから、犬塚さんが黒目がちな可愛い瞳で俺を真っ直ぐに見た。
「どーぞ、どーぞ」
 この緊張感の中、相手から質問してもらえるのは何だって歓迎だ。
「プロフィールを読ませて頂いたんですが、お母様と二人暮らしなんですね」
「あぁ、はい。オカアサマってガラじゃないっすけど、お袋は未婚の母ってやつなんです。30過ぎた男が母親と暮らしてるなんて、ちょっと情けないですよねえ」
 理由までこの人に喋んのもどうかと思ってそんな風に言うと、犬塚さんはまたもキッパリ首を振った。
「いいえ、普通です。鳩羽さんはお母様思いなんですね」
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