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俺、犬とお見合いします

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「そりゃあそうですよ。だってこの方、獣人の方だから」
「じゅ、獣人……っ。は、はぁ……ていうか、BLネットさん、人間以外の方も登録してるんですね……」
「当たり前よぉ。ウチは業界最大手ですから」
「さ、流石っす……」
 ニッコリと笑う鬼瓦風の天女を前に驚きを隠せないまま、知識を総動員して頭の中を検索する。
 獣人。
 そういや、そういう種類の存在が世の中にいるというのを教科書では知ってたな。
 人間と同じ言葉を話し、同じ知能を持つ、だけどその身体は半分動物。
 街ですれ違うことはあるんだろうけど、生活圏内で出会ったことはねぇし、親しく喋ったり友人になった事もないーーなにせオメガの俺と同じくらいに珍しい上に、彼らは獣人同士で寄り集まって暮らしてるらしく、人間社会と接する時は大抵正体隠すらしいし……。
「獣人の方はねえ、元々群れでお暮らしになってる方も多いから、家庭的で、結婚したら相手のご家族も大事にされる主義の方が多いんですよ~。そういう意味ではこの方、ほんとに鳩羽さんにオススメ!」
「へ、へえー……そうなんですか……」
 俺はマジマジとゴールデンレトリバーの写真を見た。
 ハンドルネームは「ナギサ」ちゃんだ。
 女の子らしい黒目がちな瞳で、凄く優しそうな顔してる……いや犬顔に優しそうも何もって感じかもしれねえけど……。
 まぁ改めて考えてみると、婚活のいいトコは、普通にしてたら絶対会えないようなヒトに出会えて、話が出来るって事なんだよな。
 ーーもしかしたらこの彼女も、言葉を交わしてみれば凄く気立てのいい女性なのかも知れない。
 ええい、案ずるより産むがやすしだ。一度会ってみるのもいいんじゃねぇか?
「あの、俺、この人と会ってみたいんすけど……っ」
 そう宣言した俺に、蛇の目さんの四角い顔がパアッと輝いた。
「ほんの少しのオプション料金でお引き合わせもできますよ」


 入会時に受けた説明によると、婚活相談情報センターBLネットには、大きく四つの出会いのシステムがある。
 月に一度の、システム・マッチングによる相性のいい相手の紹介。
 それから、WEBや月一回発行の会報誌上での、希望条件プロフィール検索。三つ目がセンター主催のお見合いパーティ、そして最後の手段が、婚活アドバイザーによる引き合わせだ。
 最初の二つは初めて出会うまでに相手とのメッセージ交換が必要だけど、アドバイザーさんの引き合わせはそういう面倒なのは抜きでいきなりお見合いが出来るっていうシステムになっている。
 ただし相手にとっては見も知らぬ相手に突然会えって話になるから、断られることも多々あるらしい。
 俺にも断りが返って来るんじゃないかとドキドキしたが、どうやら獣人の彼女は俺のプロフィールを見た上で、すぐオーケーの意志を出してくれたみたいだった。
 オメガでも、出産NGでもちゃんと会ってくれるなんて……連戦連敗だった俺にはそれだけで「なんてステキな女性なんだろう」と思える。俺をちゃんと人間扱いして貰えた、っていうか……いや相手は犬なんだけど。
 アドバイザーの蛇の目さんがノリノリで調整してくれて、お見合いの日取りもすぐに決まった。
 あとは会うだけだ。
 獣人の女性に会うに当たって、前夜、俺はイケペディアで獣人について改めて検索してみた。

『獣人は通常三つの形態をとることが可能。獣の形態、獣面人身の形態、人間の形態である。人間社会のフォーマルな場においては彼らは通常人間の形態を取る(その際、耳や尾等一部痕跡が残る場合もある)が、彼らが本来の自身と認識し、家庭生活においてとっているのは獣の形態である』

 成る程。だからお見合い写真のプロフィールが犬なわけね。

『獣人と人間の交配は例は少ないものの可能。特に種族の枠組みを超えて妊孕《にんよう》力の高いオメガは高い確率で妊娠が可能と言われている。人間同士の交配に比べ、獣人との交配は多胎児の可能性が高くなる為、妊娠中から出産後を通しNICU及び獣人科のある病院で診察を受ける事が強く推奨……』

 そっから先は目が滑って、なんだか頭に入ってこなかった。子供が出来るってことが分かってれば取り敢えず、今の段階で悩むことじゃねぇし。
 それよりも気になったのは、獣人の三つの形態のこと。
 人間にもなれる……とするとだぞ?
 この優しそうなゴールデンレトリバーのナギサちゃんも、人間の28歳の女の子の姿になれるってことだよな。もしかしたら、俺好みの巨乳ちゃんだったりして……。
 ぽやーんと、犬耳、巨乳の色っぽい美女像が頭の中に浮かび上がる。
 考えると、顔がニヤけて止まらなくなってきた。いいじゃねえか、獣人。
 きっと全然大丈夫! 俺、犬大好きだし!
 飼ったことねぇけど。


 そして待ちに待った、お見合い当日の日曜日17時ーー。
 俺は緊張でガッチガチになりながら一張羅の細身のスーツを纏い、地元から電車でBLネットワーク池袋支社に出向いた。
 ちょっとでも若く見えるように、髪型もいつもの真面目な分け流しじゃなく、ワックスで動きを出してみたりして。
 家でイソイソ準備してたら、お袋に見られてからかわれた。狭いアパート暮らしだから、プライベートってヤツがほんと皆無なんだ。
 恥ずかしかったけど、外見は完璧にしたぜ。何しろ5歳も年下なんだもんな。すげぇテンション上がるわー。
 で、支社に着いた途端、相変わらず仮面みたいな化粧の蛇の目さんが迎えてくれて、俺の見た目をまた随分と褒めてくれた。
「まああ、スーツ着られてるとかっこいいわねぇ、モデルさんが来たのかと思ったわ! 今時の若い人は顔も小さいし腰も細いし、ほんと羨ましいわぁ」なんて。自信持たせてくれようとするお世辞と分かってても悪い気がしない。
 そのままお見合い専用ブースに引っ張り込まれて、そこからしばし待機。
 どうも相手は仕事の都合で遅れてるらしい。日曜なのに大変なんだなぁ。
 そういや……相手、アルファだもんな。
 アルファってのは、オメガとかと同じ「属性」の一つなんだけど、ちょっと特殊なんだ。
 持って生まれた能力が高いというか……身体的なものは勿論、頭脳の方もずば抜けてて、その分社会的地位も高い。きっと獣人でもそれは同じで……。
 平凡な大学事務職員の俺と違って、彼女はきっと華々しい仕事してるに違いない。
 そう考えると何だか不安になって来た。
 俺なんか、相手にされんのかなって……。
 緊張と不安で胃がキリキリするくらいになってきた頃、ついに俺と蛇の目さんの居るブースの扉が二回、ノックされた。
(きっ、きた――!) 
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