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黎明の幻惑
黎明の幻惑
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王都の空がうっすらと白み始めた。
夜中の暑苦しさはどこかへ行ってしまい、今は朝の冷気が狭い部屋の中に漂っている。
壁にぴったりと付けて置かれた藁敷きのベッドの上には、このつつましい棲家の主が毛布を被って眠っていた。
後ろを短く刈った波打つ黒髪と、内側から光を放つようなブロンズ色の肌の、若く美しい青年。左目の目元の黒子が目を閉じていても艶めいて見える彼の名は、ヴィクトル・シェンク。
つい半刻ほど前、ベロベロに酔っ払ってこの部屋に帰り、ベッドに倒れ込んで寝入ったばかりだ。
そしてその安らかな寝顔を、天井に近い場所からじっと密かに見つめるものがいた。
骨のない腕を梁に絡ませてぶら下がる、鍛冶屋の二階の狭い部屋に居候する生物。
宿主からは「アミュ」と愛称で呼ばれているそれは、大きさは両手のひらに乗るほどで、幾つもの腕を持ち、白いタコのような奇怪な姿をしていた。
その大きな紫色の瞳が、暗がりの中でパチパチと瞬く。
やがてその生き物――アミュは、腕で梁に絡みついたまま、触手の一本をスーッと真下のベッドに下ろした。
「……あみゅ」
子供の声のような不思議な鳴き声と共に、その白い腕がヴィクトルの毛布をそろそろとめくっていく。
毛布の下の身体は、酒の匂いの染み付いた青い軍服を着たままだ。
立襟が特徴的な上衣は、金属製の留め金が全て外れ、前身頃が大きく開いている。
下は薄いリンネルのシャツ一枚だが、その合わせ目にあしらわれた紐もだらしなく緩み、間から艶のある肌と発達した胸筋が露出していた。
下半身は、上半身に比べればまだきちんとしていたが、一番上のボタンは外れている。
毛布をめくった白い触手は、少し逡巡したあと、股間の布の膨らみの部分をスリ……と撫でた。
「ンッ……ん……」
ビクン、とヴィクトルの身体が反応して震える。
その扇情的な反応に気を良くして、アミュはゆっくりとそこをいじり回しながら、もう一本の腕でズボンの前立てを緩め始めた。
ボタンを一つ一つ上から外し、下着をスーッと引っ張ると、根元を薄い毛に覆われた、美しい形の性器があらわになる。
触手は懐くようにそのペニスに根元から絡みつき、表面の皮を優しく扱き始めた。
「ンン……」
ヴィクトルが寝苦しそうに呻く。
触手は一瞬、遠慮するように動きを止めたが、やがてまたゆっくりと大胆に動き始めた。
そのうちに、雄に絡みついている触手の頭がぱっくりと割れ、中から獣のような細かく尖った歯と、紅い舌がチロチロと飛び出す。
小さな舌が鈴口をこじ開けて中に入り込み、ヌチュッ、ヌチュッと濡れた水音を立てた。
「はァ……、あ……」
眠ったままの青年の胸が上下して、浅い呼吸で喘ぐ。
紫の瞳が細められて、更に天井からおりる触手が増え、その動きも無遠慮になった。
ヴィクトルのシャツの間に入って乳首をまさぐり、脇腹を舐め、首筋に吸い付き、ヘソの穴に舌を差し込んで舐める――それも、全て同時に。
「ア……ッ、はぁ……っ、あー……ッ」
腰がベッドの上で艶かしく身悶え、服装はますます乱れに乱れていく。
やがて触手は彼の体を優しく持ち上げ、邪魔な軍服を剥ぎ取り始めた。
腕から抜かれた軍服は、別の触手によって空中できちんと畳まれ、近くの粗末な木製の椅子の上に置かれた。
両脚からはズボンと下着が剥ぎ取られ、これも椅子の背に運ばれて引っ掛かる。
シャツもズルズルと頭から脱がされ、眠ったままとうとう全裸になってしまったヴィクトルの身体に、更に無数の触手が襲い掛かった。
細い触手は肌を優しく撫でては吸い付き、太いものは彼を抱きしめるように縛めていく。
「ウ……ンッ……アミュ……っ」
青年が眉をひそめ、その官能的な厚めの唇が生き物の名前を呼ぶ。
「あみゅ?」
無邪気な声がそれに呼応したが、触手の方は容赦がない。
乳首を甘噛みし、ペニスの皮にチュウチュウと吸い付き、うなじや陰毛を嗅ぎ、玉を舐めて転がす。
やがて深酒しているにもかかわらず、ヴィクトルの雄はしっかりと勃ちあがり始め、その先端がトロトロの蜜をこぼし始めた。
それを待ち兼ねていたように、小指よりもひと回り細い触手が躊躇なくヴィクトルの尿道に入り込み、狭い壁を擦りながら奥へ向かっていく。
「はぅう……っ、ぅンッ……、!」
やがて目的の場所までそれが到達すると、天井の白い生物はウネウネと悶えながら、残りの触手を使って何かの姿を空中に練り上げ始めた。
まるで粘土細工を作るかのようにそこに形作られたのは、目蓋を閉じた麗しい顔立ちの男の生首だ。
それは最初、白く長い髪を垂らした人形の頭のようだったが、天井の方に居た生物が目を閉じた途端、その目蓋が開き、紫色の瞳がぐるんと動いた。
生首は首元から触手を生やしたままヴィクトルのそばに寄って行き、紅い唇を開くと、甘く艶やかな男の声で囁いた。
「ムズムズして何かが出てしまいそうだろう? さあ、お前から水門を開いておくれ……きっと楽になるから……」
無数の触手を操る奇怪な神――バアルが、母親のように優しくヴィクトルのこめかみに口付ける。
「く……ゥ……っ」
ヴィクトルは眠ったまま悩ましく眉を寄せ、黒く長い睫毛を震わせた。
やがて、力んでいたその下半身から力が抜け、触手の要求するがまま、酒のお陰でたっぷりと溜め込んでいた堰堤(ダム)の奥門が開いた。
溜まっていた体液が解放されたが、それは全て触手がゴクゴクと吸い取って、毛布もベッドも汚れることはもちろん無かった。
「……いい子だ……ふふ……」
生首は嬉しげに微笑み、触手でヴィクトルの顎を掴んで引き寄せ、その唇に熱烈な口づけを始めた。
ヴィクトルも無意識に唇を開き、緩く舌を絡めてバアルの愛情に応える。
「ン……っ、ふ……」
接吻の合間に切なげにため息が漏れ、触手に縛られた身体が悩ましく悶えた。
「ウン……? イキたくなってきたのか……?」
夢うつつの世界にいる相手は、その問いには答えない。
かわりに、ヴィクトルは自らの腰に植え付けられた太い触手をズルリと生み出し、バアルの一部を呑み込んだままの自らのペニスにそれを絡め始めた。
「っ……ん……」
ジュッ、ジュッと立ち昇る淫猥な音を立て、それで自慰を始めた恋人に、神がうっとりと溜息をつく。
「ああ、私のヴィクトル……眠っているのに、自分の意志でそれを使うのか」
感極まって触手を震わせ、その先端を使って益々激しく相手の全身に口付けた。
「は……あ……っ」
ヴィクトルの身体はしっとりと汗ばんで、乳首もペニスも紅く敏感に勃ちあがり、凄まじい色香を放っている。
しかもペニスを擦るだけでは飽き足らないのか、彼は腰の反対側からもう一本同じ太さの触手を生み出し、それを尻の方へと蠢めかせ始めた。
「アミュ……ッ、はあ……ッ……もっと……」
夢みる唇が名を呼んだ瞬間、生首は目を見開いた。
「夢枕にも私の名を呼んでくれるようになるとは」
途端、生首は触手を操り、首だけでなく、逞しい男性の肉体の全身を――人々に知られるところの主神バアルの姿を、瞬時に形作った。
全身に刺青のような斑紋のある厚い男の胸が、ぴったりとヴィクトルの身体を抱き締める。
女のように繊細な顔立ちに至福の笑みを浮かべ、バアルは自慰を助けるように、彼の膝を掴んで大きく左右に開いた。
ヴィクトルの身体から生えた触手は、嬉々として後孔にヌルヌルと深く忍び込んでいく。
それはやがて彼自身の快楽の中枢を掠めると、中で頭を開き、ドロドロの粘液を吐き出しながらひと回り太く成長した。
「ふあっ、……くぅ……っ」
深い官能に美しい眉が寄り、吐息が甘くなる。
「こんな使い方まで覚えて……お前という男は」
驚きながら、バアルは彼の太腿の間に顔を埋めた。
自慰を続ける彼の開ききった後孔にねっとりと舌を這わせ、零れた粘液を舐め取っていく。
前後の自慰でグチョグチョと水音が溢れるにつれ、絶頂に近づいているのか、目を閉じたヴィクトルの表情がはしたなく緩み始めた。
「はあ……アミュ……っ、ン、ナカ、あつ……っ」
「……。私も、お前の熱を感じたいのだが……」
バアルは不満げに呟いた。
ヴィクトルに与えた触手は、多少の感覚を得ることは出来るが、宿主の意志に反する動きはできず、もはやバアルの完全な一部ではない。
欲を吐き散らすには、やはり自らの「本体」をヴィクトルの中に沈めるしかないのだ。
「可哀想だが、これは暫くお預けにしよう」
バアルが触手を生み出しているヴィクトルの斑紋にそっと手を当てる。
すると、ペニスを扱いていたものも、尻穴を犯していたものも全て消え去った。
とろけきった性器と、緩んで口を開けた後孔だけがとり残されて、物欲しげにヒクヒクと粘液を垂らす。
「ん、ン……?」
寝ぼけながら、ヴィクトルが違和感に目蓋を震わせている。
――起きてしまうかも知れない。
気付かれまいとするように、バアルは素早く彼の両脚を抱え、男性器の形に仕上げた自らの本体を彼の肉の中にねじ込んだ。
「……っ、あ……! ……ン……」
ビクッ、ビクッとしなやかな肢体が反応し、バアルを強く締め付ける。
「危ない、危ない……」
見下ろすと、恋人は琥珀色の瞳をうっすら開き、こちらをじっと見ていた。
「……っ……ヴィクトル……っ」
――起きてしまった。
動揺して縮み上がるバアルに、褐色の腕がかばりと抱きついてくる。
「アミュ……帰っちまったかと思っただろ……」
ヴィクトルの艶やかな声が囁く。
「……?」
バアルが彼の身体を抱いたまま混乱していると、ヴィクトルはそのまますうすうと寝息を立て始めた。
「なんて、可愛い」
淡く溜息をついて、バアルは腰をゆっくりと前後させ始めた。
最近は、人間の性の交わりをなるべく真似るようにしている。
それを、ヴィクトルが好むからだ。
動き出すと、眠ったままのヴィクトルの呼吸が甘く乱れ、ますます中の締め付けが強く、吸い付くようになっていく。
堪らず、バアルはそっとヴィクトルの頬に口付けた。
「ああ……中に、出してしまっていいか……? きちんと後始末はする……」
眠っている恋人は何も答えなかったが、首に回された腕が、ギュッと一際強く抱きしめてくるので、バアルはそれを了と受け取った。
昼過ぎ、ヴィクトルが泥のような眠りから覚めると、待っていたのは強烈な頭痛だった。
「イテテテテ……! 頭が割れちまいそうだ……っ」
寝乱れたベッドの上で横たわったまま顔を両手で覆う。
「今日は非番だからって、エリクとフレディに付き合ってたら久々に飲みすぎた……クソッ……」
悪態をつきながらどうにか上半身を起こし、自分の身体を見下ろした。
軍服を着たまま眠ってしまったと思っていたが――どうやら、無意識にちゃんと着替えたらしい。
新しいシャツと、いつも普段着がわりにしている乗馬用のズボンを身につけている。
軍服はキッチリとたたまれ、椅子の上に置かれていた。
「……? 偉いな、俺……」
昔は正体を無くすまで飲むと、吐瀉物に塗れて寝ていたり、あらぬところで用を足したりしていたのに。
神殿騎士様ともなると、無意識に責任感が生まれるものらしい、と一人で納得する。
同時に、強烈に喉が渇いていることに気付いた。
「……水……」
掠れた喉から声を絞り出すと、
「あみゅ」
天井の梁の上にいたらしいアミュがサーっと触手を伸ばし、窓際の床に置かれていた水差しをさらった。
微かな音がした後、なみなみと水の満ちたゴブレットがヴィクトルに手渡される。
受け取り、ゴクゴクと水を飲み干すと、触手が空になったものをとりに来て、それを片付けてくれた。
「……助かる……」
礼を言いながら、この便利さにすっかり慣れてしまった自分が少し怖くなる。
部屋の中にあるものは大抵何でも取って貰えるので、つい使ってしまうのだ。
取り敢えず頭が痛いのでもう一度寝ると、触手が毛布をサッと掛けてくれた。
天井を見上げると、紫色の大きな瞳と視線が合う。
「……あみゅ?」
朝帰りをしたせいで不機嫌になっているかと思ったが、顔を見るとそうでもないようだ。
「……。こっちに来ていいぞ」
声を掛けると、アミュは天井の梁にぶら下がりながら降りてきて、ストンと枕元に落ちてきた。
嬉しげにモゾモゾ布団の中に入ってきたそれを、抱き枕のように腕に抱えると、程よく胸の中で潰れて、不思議と落ち着く。
アミュはそっと触手を伸ばしてヴィクトルの頭を撫でてきて、何かの魔法の力なのか、頭痛が少し和らいだ。
楽になると、また眠気が襲ってくる。
夢うつつの世界に入っていきながら、ふと昨夜見た夢を思い出した。
……そういえば、アミュが自分の世界に帰ってしまって、突然居なくなってしまうような夢を見たような気がする。
別に帰るのは構わないが、今は何となく、そんな夢は見たくない。
ヴィクトルは胸の中の相手をしっかり抱き、唇を寄せて呟いた。
「……。起きたら、構ってやる……」
はからずも僥倖に恵まれたことに気をよくしたのか、柔らかな生物は嬉しそうに「あみゅ」と鳴き、胸にしっかりと懐いたのだった。
(終)
夜中の暑苦しさはどこかへ行ってしまい、今は朝の冷気が狭い部屋の中に漂っている。
壁にぴったりと付けて置かれた藁敷きのベッドの上には、このつつましい棲家の主が毛布を被って眠っていた。
後ろを短く刈った波打つ黒髪と、内側から光を放つようなブロンズ色の肌の、若く美しい青年。左目の目元の黒子が目を閉じていても艶めいて見える彼の名は、ヴィクトル・シェンク。
つい半刻ほど前、ベロベロに酔っ払ってこの部屋に帰り、ベッドに倒れ込んで寝入ったばかりだ。
そしてその安らかな寝顔を、天井に近い場所からじっと密かに見つめるものがいた。
骨のない腕を梁に絡ませてぶら下がる、鍛冶屋の二階の狭い部屋に居候する生物。
宿主からは「アミュ」と愛称で呼ばれているそれは、大きさは両手のひらに乗るほどで、幾つもの腕を持ち、白いタコのような奇怪な姿をしていた。
その大きな紫色の瞳が、暗がりの中でパチパチと瞬く。
やがてその生き物――アミュは、腕で梁に絡みついたまま、触手の一本をスーッと真下のベッドに下ろした。
「……あみゅ」
子供の声のような不思議な鳴き声と共に、その白い腕がヴィクトルの毛布をそろそろとめくっていく。
毛布の下の身体は、酒の匂いの染み付いた青い軍服を着たままだ。
立襟が特徴的な上衣は、金属製の留め金が全て外れ、前身頃が大きく開いている。
下は薄いリンネルのシャツ一枚だが、その合わせ目にあしらわれた紐もだらしなく緩み、間から艶のある肌と発達した胸筋が露出していた。
下半身は、上半身に比べればまだきちんとしていたが、一番上のボタンは外れている。
毛布をめくった白い触手は、少し逡巡したあと、股間の布の膨らみの部分をスリ……と撫でた。
「ンッ……ん……」
ビクン、とヴィクトルの身体が反応して震える。
その扇情的な反応に気を良くして、アミュはゆっくりとそこをいじり回しながら、もう一本の腕でズボンの前立てを緩め始めた。
ボタンを一つ一つ上から外し、下着をスーッと引っ張ると、根元を薄い毛に覆われた、美しい形の性器があらわになる。
触手は懐くようにそのペニスに根元から絡みつき、表面の皮を優しく扱き始めた。
「ンン……」
ヴィクトルが寝苦しそうに呻く。
触手は一瞬、遠慮するように動きを止めたが、やがてまたゆっくりと大胆に動き始めた。
そのうちに、雄に絡みついている触手の頭がぱっくりと割れ、中から獣のような細かく尖った歯と、紅い舌がチロチロと飛び出す。
小さな舌が鈴口をこじ開けて中に入り込み、ヌチュッ、ヌチュッと濡れた水音を立てた。
「はァ……、あ……」
眠ったままの青年の胸が上下して、浅い呼吸で喘ぐ。
紫の瞳が細められて、更に天井からおりる触手が増え、その動きも無遠慮になった。
ヴィクトルのシャツの間に入って乳首をまさぐり、脇腹を舐め、首筋に吸い付き、ヘソの穴に舌を差し込んで舐める――それも、全て同時に。
「ア……ッ、はぁ……っ、あー……ッ」
腰がベッドの上で艶かしく身悶え、服装はますます乱れに乱れていく。
やがて触手は彼の体を優しく持ち上げ、邪魔な軍服を剥ぎ取り始めた。
腕から抜かれた軍服は、別の触手によって空中できちんと畳まれ、近くの粗末な木製の椅子の上に置かれた。
両脚からはズボンと下着が剥ぎ取られ、これも椅子の背に運ばれて引っ掛かる。
シャツもズルズルと頭から脱がされ、眠ったままとうとう全裸になってしまったヴィクトルの身体に、更に無数の触手が襲い掛かった。
細い触手は肌を優しく撫でては吸い付き、太いものは彼を抱きしめるように縛めていく。
「ウ……ンッ……アミュ……っ」
青年が眉をひそめ、その官能的な厚めの唇が生き物の名前を呼ぶ。
「あみゅ?」
無邪気な声がそれに呼応したが、触手の方は容赦がない。
乳首を甘噛みし、ペニスの皮にチュウチュウと吸い付き、うなじや陰毛を嗅ぎ、玉を舐めて転がす。
やがて深酒しているにもかかわらず、ヴィクトルの雄はしっかりと勃ちあがり始め、その先端がトロトロの蜜をこぼし始めた。
それを待ち兼ねていたように、小指よりもひと回り細い触手が躊躇なくヴィクトルの尿道に入り込み、狭い壁を擦りながら奥へ向かっていく。
「はぅう……っ、ぅンッ……、!」
やがて目的の場所までそれが到達すると、天井の白い生物はウネウネと悶えながら、残りの触手を使って何かの姿を空中に練り上げ始めた。
まるで粘土細工を作るかのようにそこに形作られたのは、目蓋を閉じた麗しい顔立ちの男の生首だ。
それは最初、白く長い髪を垂らした人形の頭のようだったが、天井の方に居た生物が目を閉じた途端、その目蓋が開き、紫色の瞳がぐるんと動いた。
生首は首元から触手を生やしたままヴィクトルのそばに寄って行き、紅い唇を開くと、甘く艶やかな男の声で囁いた。
「ムズムズして何かが出てしまいそうだろう? さあ、お前から水門を開いておくれ……きっと楽になるから……」
無数の触手を操る奇怪な神――バアルが、母親のように優しくヴィクトルのこめかみに口付ける。
「く……ゥ……っ」
ヴィクトルは眠ったまま悩ましく眉を寄せ、黒く長い睫毛を震わせた。
やがて、力んでいたその下半身から力が抜け、触手の要求するがまま、酒のお陰でたっぷりと溜め込んでいた堰堤(ダム)の奥門が開いた。
溜まっていた体液が解放されたが、それは全て触手がゴクゴクと吸い取って、毛布もベッドも汚れることはもちろん無かった。
「……いい子だ……ふふ……」
生首は嬉しげに微笑み、触手でヴィクトルの顎を掴んで引き寄せ、その唇に熱烈な口づけを始めた。
ヴィクトルも無意識に唇を開き、緩く舌を絡めてバアルの愛情に応える。
「ン……っ、ふ……」
接吻の合間に切なげにため息が漏れ、触手に縛られた身体が悩ましく悶えた。
「ウン……? イキたくなってきたのか……?」
夢うつつの世界にいる相手は、その問いには答えない。
かわりに、ヴィクトルは自らの腰に植え付けられた太い触手をズルリと生み出し、バアルの一部を呑み込んだままの自らのペニスにそれを絡め始めた。
「っ……ん……」
ジュッ、ジュッと立ち昇る淫猥な音を立て、それで自慰を始めた恋人に、神がうっとりと溜息をつく。
「ああ、私のヴィクトル……眠っているのに、自分の意志でそれを使うのか」
感極まって触手を震わせ、その先端を使って益々激しく相手の全身に口付けた。
「は……あ……っ」
ヴィクトルの身体はしっとりと汗ばんで、乳首もペニスも紅く敏感に勃ちあがり、凄まじい色香を放っている。
しかもペニスを擦るだけでは飽き足らないのか、彼は腰の反対側からもう一本同じ太さの触手を生み出し、それを尻の方へと蠢めかせ始めた。
「アミュ……ッ、はあ……ッ……もっと……」
夢みる唇が名を呼んだ瞬間、生首は目を見開いた。
「夢枕にも私の名を呼んでくれるようになるとは」
途端、生首は触手を操り、首だけでなく、逞しい男性の肉体の全身を――人々に知られるところの主神バアルの姿を、瞬時に形作った。
全身に刺青のような斑紋のある厚い男の胸が、ぴったりとヴィクトルの身体を抱き締める。
女のように繊細な顔立ちに至福の笑みを浮かべ、バアルは自慰を助けるように、彼の膝を掴んで大きく左右に開いた。
ヴィクトルの身体から生えた触手は、嬉々として後孔にヌルヌルと深く忍び込んでいく。
それはやがて彼自身の快楽の中枢を掠めると、中で頭を開き、ドロドロの粘液を吐き出しながらひと回り太く成長した。
「ふあっ、……くぅ……っ」
深い官能に美しい眉が寄り、吐息が甘くなる。
「こんな使い方まで覚えて……お前という男は」
驚きながら、バアルは彼の太腿の間に顔を埋めた。
自慰を続ける彼の開ききった後孔にねっとりと舌を這わせ、零れた粘液を舐め取っていく。
前後の自慰でグチョグチョと水音が溢れるにつれ、絶頂に近づいているのか、目を閉じたヴィクトルの表情がはしたなく緩み始めた。
「はあ……アミュ……っ、ン、ナカ、あつ……っ」
「……。私も、お前の熱を感じたいのだが……」
バアルは不満げに呟いた。
ヴィクトルに与えた触手は、多少の感覚を得ることは出来るが、宿主の意志に反する動きはできず、もはやバアルの完全な一部ではない。
欲を吐き散らすには、やはり自らの「本体」をヴィクトルの中に沈めるしかないのだ。
「可哀想だが、これは暫くお預けにしよう」
バアルが触手を生み出しているヴィクトルの斑紋にそっと手を当てる。
すると、ペニスを扱いていたものも、尻穴を犯していたものも全て消え去った。
とろけきった性器と、緩んで口を開けた後孔だけがとり残されて、物欲しげにヒクヒクと粘液を垂らす。
「ん、ン……?」
寝ぼけながら、ヴィクトルが違和感に目蓋を震わせている。
――起きてしまうかも知れない。
気付かれまいとするように、バアルは素早く彼の両脚を抱え、男性器の形に仕上げた自らの本体を彼の肉の中にねじ込んだ。
「……っ、あ……! ……ン……」
ビクッ、ビクッとしなやかな肢体が反応し、バアルを強く締め付ける。
「危ない、危ない……」
見下ろすと、恋人は琥珀色の瞳をうっすら開き、こちらをじっと見ていた。
「……っ……ヴィクトル……っ」
――起きてしまった。
動揺して縮み上がるバアルに、褐色の腕がかばりと抱きついてくる。
「アミュ……帰っちまったかと思っただろ……」
ヴィクトルの艶やかな声が囁く。
「……?」
バアルが彼の身体を抱いたまま混乱していると、ヴィクトルはそのまますうすうと寝息を立て始めた。
「なんて、可愛い」
淡く溜息をついて、バアルは腰をゆっくりと前後させ始めた。
最近は、人間の性の交わりをなるべく真似るようにしている。
それを、ヴィクトルが好むからだ。
動き出すと、眠ったままのヴィクトルの呼吸が甘く乱れ、ますます中の締め付けが強く、吸い付くようになっていく。
堪らず、バアルはそっとヴィクトルの頬に口付けた。
「ああ……中に、出してしまっていいか……? きちんと後始末はする……」
眠っている恋人は何も答えなかったが、首に回された腕が、ギュッと一際強く抱きしめてくるので、バアルはそれを了と受け取った。
昼過ぎ、ヴィクトルが泥のような眠りから覚めると、待っていたのは強烈な頭痛だった。
「イテテテテ……! 頭が割れちまいそうだ……っ」
寝乱れたベッドの上で横たわったまま顔を両手で覆う。
「今日は非番だからって、エリクとフレディに付き合ってたら久々に飲みすぎた……クソッ……」
悪態をつきながらどうにか上半身を起こし、自分の身体を見下ろした。
軍服を着たまま眠ってしまったと思っていたが――どうやら、無意識にちゃんと着替えたらしい。
新しいシャツと、いつも普段着がわりにしている乗馬用のズボンを身につけている。
軍服はキッチリとたたまれ、椅子の上に置かれていた。
「……? 偉いな、俺……」
昔は正体を無くすまで飲むと、吐瀉物に塗れて寝ていたり、あらぬところで用を足したりしていたのに。
神殿騎士様ともなると、無意識に責任感が生まれるものらしい、と一人で納得する。
同時に、強烈に喉が渇いていることに気付いた。
「……水……」
掠れた喉から声を絞り出すと、
「あみゅ」
天井の梁の上にいたらしいアミュがサーっと触手を伸ばし、窓際の床に置かれていた水差しをさらった。
微かな音がした後、なみなみと水の満ちたゴブレットがヴィクトルに手渡される。
受け取り、ゴクゴクと水を飲み干すと、触手が空になったものをとりに来て、それを片付けてくれた。
「……助かる……」
礼を言いながら、この便利さにすっかり慣れてしまった自分が少し怖くなる。
部屋の中にあるものは大抵何でも取って貰えるので、つい使ってしまうのだ。
取り敢えず頭が痛いのでもう一度寝ると、触手が毛布をサッと掛けてくれた。
天井を見上げると、紫色の大きな瞳と視線が合う。
「……あみゅ?」
朝帰りをしたせいで不機嫌になっているかと思ったが、顔を見るとそうでもないようだ。
「……。こっちに来ていいぞ」
声を掛けると、アミュは天井の梁にぶら下がりながら降りてきて、ストンと枕元に落ちてきた。
嬉しげにモゾモゾ布団の中に入ってきたそれを、抱き枕のように腕に抱えると、程よく胸の中で潰れて、不思議と落ち着く。
アミュはそっと触手を伸ばしてヴィクトルの頭を撫でてきて、何かの魔法の力なのか、頭痛が少し和らいだ。
楽になると、また眠気が襲ってくる。
夢うつつの世界に入っていきながら、ふと昨夜見た夢を思い出した。
……そういえば、アミュが自分の世界に帰ってしまって、突然居なくなってしまうような夢を見たような気がする。
別に帰るのは構わないが、今は何となく、そんな夢は見たくない。
ヴィクトルは胸の中の相手をしっかり抱き、唇を寄せて呟いた。
「……。起きたら、構ってやる……」
はからずも僥倖に恵まれたことに気をよくしたのか、柔らかな生物は嬉しそうに「あみゅ」と鳴き、胸にしっかりと懐いたのだった。
(終)
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そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
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踊りのシーンはたまらなかったです!
もう、大好物が詰まってました!
双子×ヴィクトルも大変興味深かったです。
最初から最後まで楽しく読ませていただきました!
終わって欲しくないお話しでした!
素晴らしい作品をありがとうこざいました!
わ〜い!番外読んで下さり、有難うございます!!ご感想久々で嬉しい😂
踊りのシーン、苦労して書いた覚えがあるので褒めていただけて光栄です。
なんとなく、まだ続きを書きたいような…という気持ちで終わっている状態の作品です。
またいつか。☺️有難うございました。
素晴らしい作品をありがとうございます!
踊りのシーンはたまらなかったです!
もう、大好物が詰まってました☺️
双子×ヴィクトルも、ちょーっと興味深かったですねぇ。
最初から最後まで、とても楽しめる作品でした。
ありがとうこざいました!
っはーーーーっっ!!!!!
本当に…本当に最っっ高です泣
もうなんてことだ…
いや、もう本当に興奮が収まらないし、かすが先生にまた性癖を歪められてしまった……
先生の作品を読むのが就寝前の楽しみで、全ての作品を毎晩読んでいました。
うぅ、最高すぎる…泣
ヴィクトルは咬ませ犬ながらすごく好きなキャラだったので、勝手にレオンと致す所を妄想したりしていて、でもそれだとカインを愛しているレオンの性格などをを考えた時にハッピーにならなかったり、一人で悶々と妄想していたのですが、こんな方向性があったとは……!!!!
いやもう本当に天才……
最初は え、受け…?いけるか…??
って思っていたのですが、流石先生の文才と性癖(?)…
ヴィクトルの艶美な演出もさることながら、一見やってることはドSなバアルだけれども、ドMな変態なところって言うか、私が出会ったことのない攻め様で、私の中の新しい扉が開いてしまいました…
ただのMではなくて神々しいからいいんですよ…うぅ…
また、主神の祝福というタイトルに涙しました…
本当にかすが先生の作品は愛に溢れている…
どのキャラも本当に愛おしくて語り尽くせない…ッッッ
感情が爆発しました…!!!!
本当にありがとうございました!!!!!
まさかアミュ×ヴィクトルにご感想が来ると思ってなくてびっくり&嬉しいですわーいやったー!!
脇カプが嫌いっていう人もいたり、尿道プレイのせいで某投稿サイトで公開禁止食らったり、なかなか不遇な歴史のある二人なんですが、イケるか…?と思っても読んでくださったろろ様の懐の深さに脱帽です。有難うございます!!
そして、作品によってかなり作風の振り幅があるにもかかわらず、分け隔てなく読んで下さり感謝の極みです。
色んなネタを出しながら、本当に自分が楽しいものとか好きなキャラだけを書くようにしています☺️これからも性癖にお付き合い頂けたら嬉しいですー!!
こちらこそありがとうございました!!