主神の祝福

かすがみずほ

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夢奏でる夜の庭

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「なんだよ、今頃正気に戻りやがったのか……っ」
 ニヤっと笑って恨み言を言ってやったが、返答はなかった。
 バアルはまるで初めて性の営みを知った少年のような拙さでヴィクトルの身体を乱暴に押さえつけ、激しく触手を打ち付けてくる。
 余裕のない一方的な動きに奥をえぐり開かれ、えずくような苦しさにヴィクトルは喘いだ。
「ッア……バカ、そんなとこまで入るなっ……!」
 グチョグチョと腸を犯されながら、下腹の表面が不自然に盛り上がり、雄の形をした触手がどんどん奥まで来てしまっているのが分かる。
 腹を食い破られてしまうかもしれない恐怖を感じるのに、遠慮なく全てを蹂躙されることに陶酔している自分もいることが不思議だった。
『オマエヲ、骨ノ髄マデ全テ俺ダケノモノニスル……血ノ一滴タリトモ誰ニモ渡サン……』
 囁かれながら全身の締め付けを強くされて、恍惚感に溺れる。
 こんな事を言うのは、香のせいだろうか。
 それとも、この男が必死に隠していた一面なのだろうか……。
 どちらだとしても、そんな神を堪らなく愛おしいと思っている自分に、ヴィクトルは気付いてしまった。
 乱暴な律動に揺られながら、男の逞しい背中を抱き締めて両脚と自らの触手を絡め、バアルの耳元に唇を近付ける。
「……アミュ……お前が俺の物になったんだろ。――愛してるぜ、一応な……」
 その言葉を吹き込むと、全ての触手がビクッビクッと跳ねて口から大量の精液を吐き出し、ヴィクトルの奥深くでも歓喜に満ちた射精が始まった。
「あぅ……っ、くそ、んな色んなトコで出しやがって……ベタベタになるだろうがっ……」
 腹の不自然な場所が熱くなり、身体中に同時に精液を塗りたくられ、ドロドロにされてゆく。
 尿道口の奥でも射精され、その熱い感覚がペニスに溜まったままバアルの触手が陰茎に絡んだ。
「ぁああ……!!」
 外側についたドロドロの精液も絡めて扱かれ、全身を舐めたくられながらトロトロになった身体の奥を萎えない生殖器で掻き回されて、止めようのない絶頂に襲われる。
「はあっ、また……っ、イく……っ、はっあ……っ」
 触手と精液にまみれながら痙攣し、息も絶え絶えに果てながら、ヴィクトルは深い快楽の渦に溺れた。
 
 
 気付けば春祭りの夜は明けていて、ヴィクトルは無茶苦茶になった城の大広間に倒れていた。
 目が覚めたのはボロボロになった絨毯の上で、周囲には瓦礫や家具の残骸の山があちこちに出来ている。
 全身が筋肉痛で、しかも身体中がベタベタとしていて不快極まりなかったが、なぜか頭はスッキリとしていた。
「ヴィクトル、ヴィクトル……! 大丈夫か!」
 声に気付くと、窓枠が吹っ飛んだ場所から差し込む朝日を浴び、白い長髪がボサボサに乱れたバアルが、心配そうにこちらを見下ろしていた。
「……?」
 あまりに血相を変えているので、最初は誰だか分からなかったが、すぐに彼だと気付いた。
 神がそんな顔をしているのを見るのは初めてだ。
 しかも相手は全裸で、うねった長い髪で身体が隠れているが、肝心な所が剥き出しになっている。
 服を出そうと思えば出来ただろうに、その形振り構わぬ姿に、つい笑いがこみ上げてきた。
「くっ……くっくっくっ。お前、服はどうしたんだよ」
「服……? そういえば裸だな」
「そういえばってお前……」
「昨夜、この城に侵入にしてからのことを何も覚えていないのだ。気がついたら朝になっているし……。一体何があったのだ……? 教えてくれ」
 バアルは本気で困惑している様子だ。
 ヴィクトルは呆れつつ、鈍痛で軋む背中を起こした。
 部屋の隅には全裸のボルツとアンヘルが気絶して仲良く倒れている。
 この様子では、親衛隊とやらも恐れをなして城外に逃げてしまったという所だろう。
 広間はシンと静まりかえっていて、今ならば家探しも簡単そうだ。
 床に落ちていた自分の下着を紐を結んで身につけながら、ヴィクトルはため息をついた。
「――さてと。軍隊が山ほど来る前に、さっさと証拠を探してずらからねえとな……。……といっても、香は全部燃えちまったし。このおっさんがバルドルと繋がってる手紙か何かでもありゃあな」
「……これか?」
 バアルがスルスルと腕ほどの太さの触手を胸から伸ばし、その頭をぱっくりと開けた。
 触手の赤い口の中からペッと小さな巻物状の紙が吐き出され、ヴィクトルの手の中に収まる。
 粘液で濡れたその紙を開くと、共通語の文字の羅列と、バルドルの王の署名がそこに記されていた。
「お前、いつのまに……」
「知らないうちに私の口の中に入っていたのだ。嫌な臭いが染み込んでいて消化もできなかった」
 嫌な臭いというのは恐らく、一緒に輸入されてきた香のものだろう。
 どこかの家具を壊した時に、偶然バアルの触手の口の中に入ってしまったという訳だ。
 ヴィクトルは思わず声を出して笑い、バアルの裸の肩を抱いて叩いた。
「――お前ってやつは……最高だな」
 バアルは嬉しそうにしつつも、何のことだか分からないと首をかしげている。
 そんな二人からは離れた広間の壁際で、細い悲鳴が上がった。
「……ぐおお……神の怒りだ……まさかバルドルの香に、本当に神の祟りがあったとは……っ」
 芝居がかった粘着質なその喋り方は、尻を真っ赤に腫らしたボルツのものだった。
 どうやら、やっと目を覚ましたらしい。
「父上が神の怒りに触れたとうわごとを言っていたが、幻覚だと思っていたのに……っ」
 ヴィクトルはバアルから離れると、全裸で頭を抱えうわごとを唱えるボルツの側に近づいた。
 木の破片を踏み砕く音にビクンと男が反応し、涙と鼻水でグチャグチャになった広い顔がこちらを振り返る。
「ひい……! 私に近づくな……っ」
「もう、あんたに用はねえよ。だが、一つだけ忠告だ。気の毒だがあんた、この国のヤバい神に目をつけられれてるぜ。……この先も、他の国の奴らとつるんで何か起こそうなんて、考えない方が身の為だ」
 ヴィクトルの言葉に、ボルツは唖然として口を開た。
「お前は一体……」
 返答に困り、肩を竦めつつ腰からニュルッと触手を出してみせた。
「……昨日見ただろ? 俺もこんな身体にされちまった」
「ひぃ……!」
 ボルツが白目を剥き、床に頭を擦り付けて気絶した。
 呆れながらも、心の中にふと疑念が浮かんだ。
(……もしかして、裏切りの証拠なんてモンはどうでもよくて、あの伯爵はこうなる事を予想して俺たちをこいつの元に送ったんじゃねえか……?)
 だとしたらやはり、とんだ茶番に巻き込まれたという訳だ。
 ヴィクトルはすっかり仕事に対する情熱を失い、力なくバアルに声を掛けた。
「……おい。お前タコに戻れ。行くぞ」
 バアルの方はといえば、一瞬で小さな多足生物に姿を変えると、幸せそうな笑顔を浮かべ、ヴィクトルの肩に飛び乗った。
「あみゅっ!」



 その日――ヴィクトルは、双子の助けも借り、騒然となった南部の都を無事脱出した。
 途中追っ手もあったが、所詮人間だけの集団だ。
 神の加護する者を捕らえられる人間など居はしない。
 素晴らしい速度で走る黒馬達は、晩を迎える頃には何リーグも離れた場所までたどり着き、ヴィクトルは双子の建てた自分用の天幕の下で安らかに過ごしていた。
 許しを得た者以外は出入り出来ないその空間に、ほのかに灯るランプの影が落ちる。
 その下の寝台に、柔らかなトーガを身につけた主神、バアルの姿があった。
 シーツの上に仰向けに寝そべった神は、本をめくりながらため息をついている。
「私は一体昨日、何をしていたんだろう……あの変な匂いで酔っ払って暴れてしまったのか? あの人間に、悪いことをしたなぁ……」
 近くで質素な木の椅子に座り、剣を磨いていたヴィクトルは、今は馴染みの詰襟の軍服姿をしていた。
 マルファス達がこの天幕に取り寄せてくれたものだ。
「……ラーンは町中、城を破壊するほど暴れたお前の噂で持ちきりらしいぜ。神に感謝する春祭りに、バルドルの薬草を使ったボルツに天罰が下ったんじゃないかってな」
 日が昇ると、壊れた城を一目見ようと見物客が広場に集まって大変な騒ぎになり、そんな混乱の隙をつき、ヴィクトルは城を脱出することが出来た。
 迎えに来た双子の神と共に馬に乗り、門番の目を盗んで首尾よく逃げられたのは、存外に幸運だったと言えるだろう。
 バアルが顔を上げ、少し残念そうに微笑みかけてくる。
「そういえばヴィクトル、踊り手の格好はもうやめてしまうのか……?」
「もう二度としねえよ。また変なのに目、付けられたら誰かさんが嫉妬するからな」
 じっと目を見つめてそう言ってやると、バアルは慌ててかぶりを振った。
「ヴィクトル、神は嫉妬などしない。心配することはあるかも知れないが……」
「へえ、そうか。じゃあ、今度マルファスとハルファスを誘って一緒に寝てみるかな。あいつらは思いやりもあるし、案外セックスが上手いかも」
「――待て!」
 がばりとバアルが飛び起きて、その身体からザワッと触手が数本飛び出る。
 だがすぐに我に返ったように、彼は出してしまったものを空中にウロウロさせ、独り言を漏らし始めた。
「いや、別に……構わない……はずだ……どうしたんだ、私は……昨日からどうかしている」
「昨日からじゃねえだろ……いい加減に認めろよ。お前、俺と一緒に居るうちにすっかりおかしくなってるんじゃねえのか。――もしかしたら、本物の悪魔になっちまってるのかもな」
 相手の動揺を楽しみながら、ヴィクトルは剣を置き、椅子から立ち上がった。
 そのまま数歩、足を進めてベッドの側へとゆき、バアルの隣に腰掛ける。
「どうしよう……私はもう神でいられなくなるのかも……そうなったら、単なる邪悪なタコになってしまうじゃないか……」
 オロオロとしている神の顎をぐいと掴み、自分の方を向かせた。
 紅い唇がポカンと開く。
「ヴィクトル……?」
「――そうなったら、まあ、俺が養ってやらなくもないぜ」
 言葉と共にバアルをシーツの上に押し倒し、ヴィクトルはしなやかな猛獣のようにその身体に乗り上げた。
 紫の瞳が不思議そうに、だがうっとりとこちらを見つめる。
「……ふふ」
 この国の主神を手中に収めた男は、不敵に笑みを返し、その唇を塞いだ。

(終)
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