主神の祝福

かすがみずほ

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夢奏でる夜の庭

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 バルドルの青年は意地の悪い笑みを浮かべ、ヴィクトルの身体を無理やりベッドの方へと誘導した。
 背中をドンと押されて、香の匂いの染み込んだシーツの上にうつ伏せに倒れこむ。
 胸がムカムカとして気分は最悪なのに、腰布の下でペニスがジンジンと熱くなっていた。
 身体を起こそうとせめて仰向けにころがったが、視界がぐらぐらと揺れて、身体が言うことをきかなかった。
 そうこうするうちにボルツが近付いてくる。
 相手は発情したメスの獣のような表情を浮かべながら上着とシャツを脱ぎ捨て、横幅ばかり広く、濃い胸毛に覆われた上半身もあらわにベッドに膝を乗せてきた。
「くそ、来るんじゃねえ、お前なんか願い下げだ、この薬中め……!」
 必死に毒づくが、相手は全くひるまない。
「みな最初はそう言うのだ。だが、余が直々に口でしてやると、天国を味わって心変わりする……さあ、お前の自慢のものはどんな逸物か、余に見せてみるがいい」
 舌なめずりをしながら、太く毛の生えた指がヴィクトルの下着の紐を引っ張った。
 するりと結び目が解け、さらに腰布をめくられて、ガチガチに屹立しているペニスを暴かれる。
 ボルツは魅入られたようになり、ホオオ、と深いため息をついた。
「これは世に稀にみる宝物だ……! 口で達させてしまうのは勿体無い。どれ、余の奥の院で最初の味見をば……」
 ボルツがいそいそと半ズボンと下着を脱ぎ捨て、醜悪な下半身をベッドの上に持ち上げた。
 毛が生えすぎている真っ黒な股間は、何がどこにあるのかすらよく見えない。
 目前の悪夢のような光景に、歯を食いしばりながら覚悟を決める。
(畜生、この手は使いたくなかったが――)
 ヴィクトルは自分の腰と太腿に取り憑いている触手に対して、強く「出ろ」と念じた。
 さっき踊っている時はさっぱり言うことを聞かなかった4本の白い触手が、今度はあっという間にヴィクトルの腰と腿から飛び出て大きく太く成長し、目の前のボルツをベッドから薙ぎ払う。
「うげっ!」
 全裸の男は床に投げ出され、顔から着地してあっさりと伸びてしまい、ヴィクトルはもう一本の触手を天蓋を支える柱に巻きつけ、どうにか自分を支えて身体を起こした。
「お前……悪魔憑きか……!?」
 ベッドの外で立っていたアンヘルが、恐怖と嫌悪に満ちた声で叫ぶ。
 彼は持っていた香炉の蓋を素早く開けると、中に手を突っ込み、薬草の燃えかすをバッとこちらに投げつけてきた。
 恐ろしいほど濃い匂いがあたりを包み、朦々と煙が立ち込める。
 途端、ヴィクトルの身体から生える触手は悶え苦しむように痙攣し、激しくのたうって暴れだした。
 一本はベッドの柱の一本を握りつぶすようにして破壊し、別のものは大理石の床を穴が空くほど叩き壊した後、テーブルの方にも伸びた。
 酒や食べ物は容赦なくひっくり返され、残りの二本はアンヘルやボルツの身体を八つ当たりする様に壁際に弾き飛ばした。
「おっ、おい、やり過ぎだ……!」
 香にクラクラする頭で、ヴィクトルはなんとか触手を止めようと努力したが、最早無駄だった。
 薄暗い大広間は伸びきった触手たちにどんどん破壊され、見るも無残な様になっていく。
 暴虐を尽くす彼らの先端は赤くぱっくりと割れてダラダラと涎を垂らし、まるで悪いものを食べてしまった獣のようだ。
「くそ、コントロールできねぇ……! 畜生、アミュ……ッ!! どこにいんだっ。これ、どうにかしろ!!」
 やけくそになり、ベッドに這いつくばりながら叫ぶ。
 どうせ彼はここにはいない。
 呼んでも無駄だと思っていたのだが――。
 窓の外の露台の方から、ガラスの割れる微かな音が上がった。
 辛うじて首をあげると、大窓の向こうに、それまでなかったはずの真っ白な影がぼんやりと見える。
「ひいっ……! なんだ、あれは……」
 部屋の隅から悲鳴が聞こえてきた。
 壁際に追い詰められ、触手に頰をぶたれていたアンヘルの声だ。
 その隣では、ボルツが恍惚とした顔で四つん這いになり、汚い尻を触手に叩かれている。
「アミュ……ッ?」
 ヴィクトルが名を呼ぶと、影は、美しい白いトーガを纏った神の姿になり、ガラスの割れかけた大窓の間からゆらりと侵入してきた。
 ゆるくウエーブのかかった長い髪を引きずった彼は、いつもと違い笑みの一つもない無表情だ。
 そして、他のものなど何も見えていないかのように、つかつかとヴィクトルの方へ歩み寄った。
 暴れるヴィクトルの触手は、バアルの身体には何故か手だしせず、スルスルと引いていく。
 神は瓦礫や床に落ちた食物の間を器用にすり抜け、ヴィクトルのいるベッドの前に立った。
 その紫の瞳はボンヤリとしていて、いつもの縋るような彼の瞳とは明らかに違っている。
「……アミュ……? お前、変だぞ……」
 見つけたら殴ろうと思っていたのも忘れ、ヴィクトルはバアルに言葉を掛けた。
 バアルはゆっくりと跪き、ヴィクトルの足首に触れてきた。
「ん……っ」
 香を大量に吸い込んだせいか、ただ肌を滑る男の指の感覚にすら、目眩がする程の快感がある。
「やめ……こんな、ところで……っ」
 口では止めたが、体には全く力が入らない。
 足首に触れていた手は、膝へとのぼり、太腿に達し、更に下着を脱がされた腰布の下へと入り込んできた。
「あ……!」
 濡れそぼり、屹立したペニスに指が触れる。
 バアルはそこから蜜を指先にすくいとり、唇にそれを持っていき、舐めた。
「……!」
 それまでは能面のようだったその細面に、みるみる怒りの表情が浮かぶ。
 紅い唇が震えながら開き、ひどく冷たい口調で言葉を紡ぎ出した。
「ヴィクトル……私をやっと、呼んだかと思えば……こんな怪しげな場所で、何をしていた……?」
 いつにない責めるような口調に、一瞬頭が真っ白になる。
 が、すぐに我を取り戻し、ヴィクトルはきつく言い返した。
「何って、仕事だろうが。お前の方こそ、何してたんだよ!? 俺が探してるのに姿をくらませやがって」
「――それは、お前が私に酷く怒っていたから……いや、そんなことはどうでもいい。ヴィクトル、どうして下着を脱いでいる? これを、こんなに硬くして……っ!」
 バアルの指が確かめるようにヴィクトルのペニスをヌルヌルと上下する。
「あぁ……っ! やっ、やめ……!!」
 過剰に感じやすくなっているそこはそんな乱暴な動きにもビクビク痙攣して、あっという間に精を噴き上げ始めた。
「……ッヒ、っあっ……っ」
 悶えるヴィクトルを瞳に映した神が、激昂したようにベッドの上に這い上ってくる。
「ヴィクトル……!? 何故、そんなに淫らな身体になっている……!? 何かされたのか……まさか、仕事の為に、あの醜男どもに抱かれていたというのか……!?」
「はあ……!? まだ何もされちゃいねえよっ、ていうか、これは違っ――」
 必死で弁解しかけたが、ふと思いついて言葉を切り、ヴィクトルは皮肉っぽく笑った。
「……っ。俺が仕事のために誰と寝ようが、てめぇにどうこう言われる筋合いはねぇな……俺がどこで誰と何しようが、てめえはどうでもいいんだろう!?」
「そ、それ……は……」
 バアルがハッとしたように目を見開き、ぽかんと口を開ける。
 ヴィクトルは真上に乗ってきた彼の胸倉を掴み寄せ、更に言い募った。
「そんなことよりも! さっきは、踊ってる最中に俺を散々な目に遭わせやがって……! てめえは俺の仕事中くらい我慢できねえのか!?」
 長身をぐらぐらと揺さぶると、バアルは魂を抜かれたように放心したまま、辛うじて美しい唇を開いた。
「私は何もしてない……アレは、お前が望むとおりに動いただけだ……」
「はあ!? 嘘ついてんじゃねえ。俺は引っ込めって言ったのに」
「本当にそうだ……お前に与えたのは私の分身だが、今はお前に根付いている……お前の意志に反するようなことはしない」
 その言葉に、かっと顔が熱くなった。
「じゃあ、この俺が……っ、あんなことを望んだって……?」
「ヴィクトル……?」
 不思議そうに首を傾げた相手の頬を、ヴィクトルは勢いをつけ、思い切り拳で殴り飛ばした。
「……馬鹿も休み休み言え、このタコ野郎……!」
 勢いでバアルの身体が飛ばされ、ベッドの下に崩れ落ちてゆく。
 途端、ちょうどバアルが消えたあたりから、天井まで広がる白い煙が激しく舞い上がった。
(しまった、香炉がそんなとこに落ちてたのか……!?)
 後悔した時にはもう遅かった。
 ベッドを這って下を覗き込むと、目にしみる程の煙の中、バアルが呆けた顔で横たわっている。
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