主神の祝福

かすがみずほ@11/15コミカライズ開始

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夢奏でる夜の庭

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(止まっ、た……?)
 快楽の余韻でぼんやりとする頭を起こすと、気付けば割れんばかりの拍手喝采が舞台を包んでいた。
「すげえなぁ! ブラボー!」
「なんて踊り手だ!」
 轟くような歓声を聴きながら、辛うじて分かったのは、自分の身に何が起こったかを、誰も気づかなかった――ということだった。
 悪い夢でも見ていたような気分で立ち上がり、気だるい身体で舞台下に飛び降りる。
 途端に、熱狂した南部の人々が皆ヴィクトルを揉みくちゃにしながら話しかけてきた。
「お兄さん、カッコいい! 名前はなんていうの!」
「あんた凄い色気だなぁ、俺ぁ男だけど抱かれたくなっちまったぜ」
 浴びせられる賛辞を、エルカーズ語が理解できないフリで躱しながら、とにかくバアルの姿を群衆の中に探した。
 この際もう、伯爵の計画などどうでもいい。
 とんでもない赤恥をかかせたあの男を衆人環視の中で殴りつけてやらなければ腹の虫が収まらなかった。
(――アミュ! てめぇ、どこに隠れやがった!?)
 群衆の中で揉みくちゃにされながら必死に探している内に、腕を誰かに後ろからぐいと掴まれた。
「!」
 バアルかと思い、鬼の形相で振り返る。
 だが、ヴィクトルの目の前に立っていたのは、襟の詰まったエルカーズ独特の軍服を着た、白髪の痩せた初老の紳士だった。
 その厳めしい様子に、何かを察した周囲の人々がさっと離れて引いていき、二人の周囲にぽっかりと空間ができる。
 軍服の紳士は不機嫌顔でヴィクトルへ声をかけた。
「……我が主人、ボルツ様がお前のことを気に入られた。特別に城に招待し、歓待すると仰っている。光栄に思うが良い」
 古めかしい共通語で言われた言葉に、冷や水を掛けられたように一瞬で冷静になる。
(これは、チャンスなのか……? 忍び込まなくてもあちらから入れてくれるなんて――)
 だがもしかしたら、罠かもしれない。
 ヴィクトルは慎重に口を開いた。
「……俺の楽師達も一緒に同行させて貰うが、いいか?」
 だが、城の家令か何かであろう紳士は難しい顔で首を横に振った。
「ボルツ様は、そなただけを招きたいと仰っている」
「……」
 乗るべきか反るべきか思案しながら、首をかしげてみせる。
「それはどういう意味だ。――俺に酌でもさせようというのか」
「……。ボルツ様はお前の踊りをお気にめしたのだ。来なければお前の仲間の無事は保証できぬぞ」
 そう言った時の相手の表情にうんざりしたものを感じ取って、これが罠ではないことを直感した。
 恐らく、この家令は今までも何度も同じことをやらされているに違いない。
 特別見た目のいい若者だけを集めた親衛隊とやらの話も、もしかして――。
 ヴィクトルは舞台の上の双子達に目線を投げた。
 彼らはヴィクトルの選択を待つように、ただ黙っている。
「――分かった。俺一人で行こう」
 向き直って承諾すると、老紳士は明らかにホッとしたような顔をした。
「ついて来るがいい」
 踵を返した男の背中についていきながら、考えを巡らせる。
 ――多分だが、若きボルツ公は男色家だ。
 そして、その程度の情報を王都の伯爵が掴んでいなかった訳がない。
 ボルツのその方面への「好み」の傾向も。
 自分は最初からこういう計画で忍び込むことが前提になっていたのだろう。
(してやってくれるぜ、あの悪魔……その為のこの格好かよ。――どうにか指一本触れさせずに、裏切りの証拠を掴んでやらねぇとな……)
 はらわたが煮えくり返るような怒りを感じながら歩いていて、バアルのことを思い出した。
(それにしてもあいつ、本当にどこに行きやがったんだ)
 密かに見回すが、あの目立つ白い姿は人々の群れのどこにも見当たらない。
 また、以前のように姿を消してどこか近くにいるのだろうか。
 肝心な時に隠れてしまった相手に心中で舌打ちしながら、ふと疑問が浮かんだ。
(あいつ、俺が一人で男好きのオッサンの城に行ったと知ったら、どう思うんだ……?)
 心配したり、焦ったりするのだろうか。
 一瞬そう思ってから、すぐにそれを頭の中で否定した。
(あの野郎は、俺を誰かと共有しても全く平気な男だからな。別に気になんかしねぇか)
 胸のあたりがチリチリと焦げているような、不快な感覚が生まれる。
 苦々しい気持ちで、ヴィクトルは広場を抜け、城の入り口の落とし格子の奥へと入っていった。


 不必要に飾り立てられた城は、中身もまた華美そのものだった。
 最初に通されたのは、極彩色の壁紙に飾られた豪華なタペストリーと肖像画のある控え室だ。
 そこでしばらく待たされ、次に、狩の成果を示す大きな鹿の角のいくつも飾られた部屋に通された。
 だが、そこでも主人は出てこず、いい加減ウンザリしたところでやっと、ボルツのいる部屋への呼び出しがかかった。
 ホールを通り、ぐるりと曲がった絨毯敷きの大階段をのぼって、あの外から見えていた露台のある部屋に通じていると思しき大扉の前に立つ。
 下品な赤で塗られ、絢爛な装飾の施されたその扉が開き、中を一目見た途端、ヴィクトルはウッと息を呑んだ。
 大広間は何故かシャンデリアが灯っておらず、嗅ぎ慣れない香の匂いの漂う、薄暗く隠微な空気に満ちている。
 わずかに燭台がともっているのは、酒と食べ物が盛られたいくつかのテーブルだけだ。
 よく見えないが、隅には天蓋のついたベッドがいくつも置かれている。
 寝室に入ってしまったのかと思ったが、それにしては中をウロウロしている人間が多過ぎる。
 目を凝らすと、どうやらそこで春祭りを祝っているのは様々な肌や髪の色をした妙齢の美しい青年達だった。
 彼らはほぼ全員が裸体で、長身と素晴らしい肉体美を誇示している。
 彼らのうち、人から見える露台に出ている者たちはまだきちんと軍服を着ていたが、大広間で酒や肉を飲み食いしている美青年達は服を身につけておらず、生まれたままの姿だった。
(どういう乱痴気騒ぎだ……?)
 呆気にとられて足が止まっていると、背後から家令にドンと肩を押された。
「さあ、ボルツ様にご挨拶を」
 促され、仕方なく足を進める。
 暗さに目が慣れてくると、辺りの光景に一層ギョッとした。
 天蓋付きのベッドのカーテンの陰に、いかにも事後という風情の美青年が二人、横たわっていたからだ。
 むっとするような香の匂いが強くなり、それに混じって体液や汗の匂いも漂ってきて、吐き気が込み上げる。
(空気が悪い……何だ、この匂いは……うっすら覚えがあるような――)
 鈍くなる頭を巡らせるが、思い出せない。
 裸の男達の間を通り、松明のたかれた露台に面した大窓の前まで進む。
 そこには、緋色の革張りのソファに座った、小太りの男の姿があった。
 太い眉に、角ばった顎。いかにも貴族らしい半ズボン姿と絹のシャツ、裾の長い上衣(コット)。
 ――ボルツだ。
「ほおお……お前か、あの素晴らしい踊り手は! さあさあ、余のもとへ近う寄れ!」
 芝居じみた大袈裟な口調で話しかけられ、ヴィクトルは前へと進み出た。
 一応招かれた礼を示す為に無言で跪くと、後ろから背中を押されるようにして立ち上がらされ、ボルツの座るソファの隣へと招かれる。
「お前風情の卑しき芸人が、ボルツ様のお隣へ座れるなど、光栄なことだぞ。ありがたく思え」
 裸同然の親衛隊とやらに『卑しき芸人』扱いされたことに、吹き出しそうになってこらえた。
 まるで何もかもが悪い冗談のようだ。
 今すぐ背を向けて帰りたかったが、どうにか我慢し、ヴィクトルは気色の悪い中心人物の隣へと腰を下ろした。
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