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夢奏でる夜の庭
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これ以上先までは、もう絶対に許せない。
腹の底から湧き上がる怒りを込めて、ヴィクトルは強く叫んだ。
「お前ら! いい加減にしろ!!」
その時――ヴィクトルの腰と太腿に刻まれた青い四つの斑紋がぱぁっと輝いた。
「!」
瞬時に眩しいほどの光の源から太く白い触手が飛び出て、ベッドの上でマルファスとハルファスの身体を掴む。
あれほど暴れてもビクともしなかった二人は、ヴィクトルの下半身から生まれた触手によって無理矢理に引き剥がされ、ベッドの天蓋の外へと勢いよく投げられた。
「……っ!」
ドサッ、と大きな音がして、役目を終えた触手がすぐにシュルッとヴィクトルの身体の中に戻る。
なんとも言えない不気味な感覚と共に触手が消え、あたりはシン……と静まり返った。
自分の意思で触手を使ったのは初めてだ。
人間の力ではどうにもならなかったものも排除する、その未知の力に慄く。
恐る恐る天蓋の外を覗くと、双子は起きることもなく、落ちた場所の絨毯の上で安らかに眠っていた。
その体勢は、ヴィクトルに抱きついていたときそのままだ。
二人の白い尻尾はなにかを探すようにまだウネウネと動いていて、執念深い生き物のように絨毯をあちこちポフポフと叩いている。
――が、しばらく探しても何も見つからないと分かると、観念したのか力なくぱたりと落ちて、そのままそこで動かなくなった。
「……何なんだ……」
ヴィクトルは戦慄しながら、恐ろしい目に遭ったベッドからすぐに降り、離れた。
一気に萎えたのを幸いに服を整え、そのままつま先立ちで天幕の壁際にある、クッションの沢山敷き詰められている一角へ逃げる。
そのクッションの山の中に埋もれるようにして隠れ、息を潜めて、ヴィクトルは朝までそこで眠った。
翌朝、剥き出しの肩を優しく揺らされ、意識が徐々に覚醒した。
「ヴィクトル、起きておくれ。食事をとって皆で出発だ」
声を掛けてきたのは、透き通る白髪を朝日にキラキラと輝かせたバアルだ。
今日は長い髪を蛋白石(オパール)のついた革紐で編み、昨日とは違う、上衣から裾までゆったりと一続きになったバルドルの普段着を着ている。
「!」
飛び上がるように上体を起こすと、被っていたクッションがいくつかいろんな場所に四散した。
げっそりとした気分で左右を見回す。
魔法の庭に面した天幕の出入り口は大きく開いていて、眩しい朝の光がそこから燦々と差し込んでいた。
ものを言いかけて開いたヴィクトルの唇に、ごく自然にバアルが軽く口付ける。
「よく眠れたか?」
途端、昨夜の出来事を全て思い出し、一気に腹立たしさがこみ上げてきた。
「よく眠れたかだと……!? 昨日の晩、お前は一体どこに行ってやがったんだ」
「……? 私はどこにも行っていない……星があまりに綺麗だったから、外で飲み直していた……お前が眠ってしまって、相手をしてくれなかったから」
バアルは神秘的な紫の瞳でこちらを覗き込みながら、首を傾げた。
「……何かあったのか?」
「馬鹿野郎! 俺は昨日あの」
怒鳴りかけて、ハッと口をつぐむ。
外の魔法の庭に真っ白なクロスを掛けたテーブルを出し、何種類もの果物やパンを盛った銀皿を並べている双子をちらりと見て、ヴィクトルは声を落とした。
「あの双子に襲われかけたんだぞ。正確に言うと、尻尾に」
その言葉に、バアルは怒るどころか、こともなげに頷いた。
「ああ……尻尾は欲望に忠実だからな。……そういうこともあるだろう」
あっけらかんと言われて、一瞬耳を疑う。
バアルは目の前でいつもと同じに微笑みを浮かべた。
「……本当に彼らはお前のことを気に入っているのだな。お前とセックスがしたかったけれど、本人たちは内気なので言い出せなかったのだなあ」
あっけらかんとそう言われて、驚きと行き場のない怒りの感情が込み上げる。
「おま……言うことはそれだけか……っ。俺が他の男にヤられて、それでいいのか――」
言いかけて、ハッと口を噤んだ。
これではまるで、嫉妬をして欲しかったかのように聞こえてしまう。
目の前の神は一瞬顔を強張らせたが、すぐに長い睫毛を伏せ、優雅に言葉を続けた。
「素晴らしいものは皆で分け合うこともある。恋人の若く美しい肉体を一人で独占したいというのは人間の考えることで、神はそのような感情は持たない……だから私は、お前さえよいのなら、あの二人とお前がセックスしてもそれは構わな」
全て言い終わる前に、ヴィクトルの腰の紋様から太く白い触手が伸びてバアルの口の中に突っ込まれていた。
「もがっ! むぐっ!」
「……確かに便利だな、これは!」
怒りを込めて喉奥にグポグポとそれを押し込み、顔に似合わぬ酷い呻き声が上がった所で一気に引き抜く。
「おええ……っぷはぁっ! はぁ、やっと分かったのか。――それは本当に便利だぞ。どこにでも手が届くし、人間に見せたくない時は透明にすることも……もが!」
話を聞き終わらない内にヴィクトルはもう一度バアルの口に触手を突っ込んだ。
「御託はそれだけか!? なら、さっさとタコに戻れ! お前とこれ以上口を利きたくないからな」
「むぐ……」
バアルがウンウンと頷き、燦然とした光に包まれながらその姿が消えた。
ヴィクトルの触手の先を咥えたまま、足のたくさん生えた丸っこい生物になった彼が、ぴょんと飛び跳ねて肩に乗ってくる。
「あみゅ……?」
何か言いたげに自分の触手で頰を撫でてきた相手の頭を、ヴィクトルは手で掴んで肩から剥がし、床に投げ捨てた。
「み゛ゅっ」
「お前、この先は都につくまでずっとその姿でいろ。あと、今日からはマルファス達のどちらかと一緒の馬に乗れ。重いんだよ、お前。踊らなきゃいけねえのに身体のバランスが狂うだろ」
「みゅうう……!?」
アミュは潰れたような形になりながら紫の目を潤ませ、必死に何かを訴えている。
だが今は到底、甘やかしてやれる気分にはなれなかった。
気持ちが混乱している。
こみ上げる憤りをどこにぶつけていいのかわからない。
(あんなに愛してるだの伴侶だの言っておいて、結局俺は単なるお気に入りのオモチャか)
心臓がズキズキと痛む。
恋人でも、伴侶でもない。
そう否定し続けてきたのは自分なのに、どうしてこんなにも怒りが湧くのか。
――ヴィクトル自身にも、よく分からなかった。
その日の晩――。
魔法の庭には二つの天幕が建った。
一つは昨日と同じ大きな天幕で、もう一つはヴィクトルが眠るための小さなものだ。
また無意識に襲われては堪らないので、夕方に双子と掛け合った結果、ヴィクトル専用のテントを別に立てて貰うことに成功したのである。
夕食と、それから双子の楽師との舞踊の鍛錬を終えた後で、ヴィクトルは自分の一人のための天幕の中に入り、その素晴らしさに嘆息した。
絨毯の敷き詰められた広すぎず狭すぎない空間に、寝心地の良さそうなシンプルな一人用ベッド。
隅の棚には何故か、家に置いてきたはずの母の形見の本や剣がある。
小さなテーブルの上には、銀皿の上に盛られたオレンジがあり、その側には注いでもなくならない綺麗な水を満たした水差しに、透明なグラス。
――空気は熱過ぎず、寒くもなく、また驚くほど中は静かで、何から何までが快適だった。
「――こりゃあ、いいな……うるさい鍛冶屋の二階よりよっぽど居心地がいい。もうずっとここに住みたいくらいだぜ」
入り口近くに立ち尽くしたまま感心していると、背後で子供が泣き叫ぶような声がした。
「……?」
振り返ると、天幕の外の花園に埋もれながら、小さなアミュがポロポロと涙を流している。
腹の底から湧き上がる怒りを込めて、ヴィクトルは強く叫んだ。
「お前ら! いい加減にしろ!!」
その時――ヴィクトルの腰と太腿に刻まれた青い四つの斑紋がぱぁっと輝いた。
「!」
瞬時に眩しいほどの光の源から太く白い触手が飛び出て、ベッドの上でマルファスとハルファスの身体を掴む。
あれほど暴れてもビクともしなかった二人は、ヴィクトルの下半身から生まれた触手によって無理矢理に引き剥がされ、ベッドの天蓋の外へと勢いよく投げられた。
「……っ!」
ドサッ、と大きな音がして、役目を終えた触手がすぐにシュルッとヴィクトルの身体の中に戻る。
なんとも言えない不気味な感覚と共に触手が消え、あたりはシン……と静まり返った。
自分の意思で触手を使ったのは初めてだ。
人間の力ではどうにもならなかったものも排除する、その未知の力に慄く。
恐る恐る天蓋の外を覗くと、双子は起きることもなく、落ちた場所の絨毯の上で安らかに眠っていた。
その体勢は、ヴィクトルに抱きついていたときそのままだ。
二人の白い尻尾はなにかを探すようにまだウネウネと動いていて、執念深い生き物のように絨毯をあちこちポフポフと叩いている。
――が、しばらく探しても何も見つからないと分かると、観念したのか力なくぱたりと落ちて、そのままそこで動かなくなった。
「……何なんだ……」
ヴィクトルは戦慄しながら、恐ろしい目に遭ったベッドからすぐに降り、離れた。
一気に萎えたのを幸いに服を整え、そのままつま先立ちで天幕の壁際にある、クッションの沢山敷き詰められている一角へ逃げる。
そのクッションの山の中に埋もれるようにして隠れ、息を潜めて、ヴィクトルは朝までそこで眠った。
翌朝、剥き出しの肩を優しく揺らされ、意識が徐々に覚醒した。
「ヴィクトル、起きておくれ。食事をとって皆で出発だ」
声を掛けてきたのは、透き通る白髪を朝日にキラキラと輝かせたバアルだ。
今日は長い髪を蛋白石(オパール)のついた革紐で編み、昨日とは違う、上衣から裾までゆったりと一続きになったバルドルの普段着を着ている。
「!」
飛び上がるように上体を起こすと、被っていたクッションがいくつかいろんな場所に四散した。
げっそりとした気分で左右を見回す。
魔法の庭に面した天幕の出入り口は大きく開いていて、眩しい朝の光がそこから燦々と差し込んでいた。
ものを言いかけて開いたヴィクトルの唇に、ごく自然にバアルが軽く口付ける。
「よく眠れたか?」
途端、昨夜の出来事を全て思い出し、一気に腹立たしさがこみ上げてきた。
「よく眠れたかだと……!? 昨日の晩、お前は一体どこに行ってやがったんだ」
「……? 私はどこにも行っていない……星があまりに綺麗だったから、外で飲み直していた……お前が眠ってしまって、相手をしてくれなかったから」
バアルは神秘的な紫の瞳でこちらを覗き込みながら、首を傾げた。
「……何かあったのか?」
「馬鹿野郎! 俺は昨日あの」
怒鳴りかけて、ハッと口をつぐむ。
外の魔法の庭に真っ白なクロスを掛けたテーブルを出し、何種類もの果物やパンを盛った銀皿を並べている双子をちらりと見て、ヴィクトルは声を落とした。
「あの双子に襲われかけたんだぞ。正確に言うと、尻尾に」
その言葉に、バアルは怒るどころか、こともなげに頷いた。
「ああ……尻尾は欲望に忠実だからな。……そういうこともあるだろう」
あっけらかんと言われて、一瞬耳を疑う。
バアルは目の前でいつもと同じに微笑みを浮かべた。
「……本当に彼らはお前のことを気に入っているのだな。お前とセックスがしたかったけれど、本人たちは内気なので言い出せなかったのだなあ」
あっけらかんとそう言われて、驚きと行き場のない怒りの感情が込み上げる。
「おま……言うことはそれだけか……っ。俺が他の男にヤられて、それでいいのか――」
言いかけて、ハッと口を噤んだ。
これではまるで、嫉妬をして欲しかったかのように聞こえてしまう。
目の前の神は一瞬顔を強張らせたが、すぐに長い睫毛を伏せ、優雅に言葉を続けた。
「素晴らしいものは皆で分け合うこともある。恋人の若く美しい肉体を一人で独占したいというのは人間の考えることで、神はそのような感情は持たない……だから私は、お前さえよいのなら、あの二人とお前がセックスしてもそれは構わな」
全て言い終わる前に、ヴィクトルの腰の紋様から太く白い触手が伸びてバアルの口の中に突っ込まれていた。
「もがっ! むぐっ!」
「……確かに便利だな、これは!」
怒りを込めて喉奥にグポグポとそれを押し込み、顔に似合わぬ酷い呻き声が上がった所で一気に引き抜く。
「おええ……っぷはぁっ! はぁ、やっと分かったのか。――それは本当に便利だぞ。どこにでも手が届くし、人間に見せたくない時は透明にすることも……もが!」
話を聞き終わらない内にヴィクトルはもう一度バアルの口に触手を突っ込んだ。
「御託はそれだけか!? なら、さっさとタコに戻れ! お前とこれ以上口を利きたくないからな」
「むぐ……」
バアルがウンウンと頷き、燦然とした光に包まれながらその姿が消えた。
ヴィクトルの触手の先を咥えたまま、足のたくさん生えた丸っこい生物になった彼が、ぴょんと飛び跳ねて肩に乗ってくる。
「あみゅ……?」
何か言いたげに自分の触手で頰を撫でてきた相手の頭を、ヴィクトルは手で掴んで肩から剥がし、床に投げ捨てた。
「み゛ゅっ」
「お前、この先は都につくまでずっとその姿でいろ。あと、今日からはマルファス達のどちらかと一緒の馬に乗れ。重いんだよ、お前。踊らなきゃいけねえのに身体のバランスが狂うだろ」
「みゅうう……!?」
アミュは潰れたような形になりながら紫の目を潤ませ、必死に何かを訴えている。
だが今は到底、甘やかしてやれる気分にはなれなかった。
気持ちが混乱している。
こみ上げる憤りをどこにぶつけていいのかわからない。
(あんなに愛してるだの伴侶だの言っておいて、結局俺は単なるお気に入りのオモチャか)
心臓がズキズキと痛む。
恋人でも、伴侶でもない。
そう否定し続けてきたのは自分なのに、どうしてこんなにも怒りが湧くのか。
――ヴィクトル自身にも、よく分からなかった。
その日の晩――。
魔法の庭には二つの天幕が建った。
一つは昨日と同じ大きな天幕で、もう一つはヴィクトルが眠るための小さなものだ。
また無意識に襲われては堪らないので、夕方に双子と掛け合った結果、ヴィクトル専用のテントを別に立てて貰うことに成功したのである。
夕食と、それから双子の楽師との舞踊の鍛錬を終えた後で、ヴィクトルは自分の一人のための天幕の中に入り、その素晴らしさに嘆息した。
絨毯の敷き詰められた広すぎず狭すぎない空間に、寝心地の良さそうなシンプルな一人用ベッド。
隅の棚には何故か、家に置いてきたはずの母の形見の本や剣がある。
小さなテーブルの上には、銀皿の上に盛られたオレンジがあり、その側には注いでもなくならない綺麗な水を満たした水差しに、透明なグラス。
――空気は熱過ぎず、寒くもなく、また驚くほど中は静かで、何から何までが快適だった。
「――こりゃあ、いいな……うるさい鍛冶屋の二階よりよっぽど居心地がいい。もうずっとここに住みたいくらいだぜ」
入り口近くに立ち尽くしたまま感心していると、背後で子供が泣き叫ぶような声がした。
「……?」
振り返ると、天幕の外の花園に埋もれながら、小さなアミュがポロポロと涙を流している。
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