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主神の祝福
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突然激昂した相手にバアルが一瞬言葉を失う。
ハッとした息子に、父は驚き呆れながら尋ねた。
「お前、まるで人間のようだぞ……。以前は性交の相手を私と共有しても全く気にしなかったのに、どうした……?」
カインの表情が一瞬怯んだが、すぐに噛みつくような言葉が続く。
「うるせぇ、黙れ。こっちの世界じゃ結婚するってのはそういうことだし、レオンは俺のもんなんだよ」
益々理解できなかったのか、主神が心配そうな顔で自分の服の下から腕ほどの太さの触手を二本伸ばした。
その滑らかな表面が息子を上から下までサワサワと撫でて感触を確かめる。
「お前、本当にあのアビゴールか?」
「やめろ、気色悪い」
その白い異形の腕を、鞭のようにしなるカインの尾がビシビシと跳ね除けた。
拒絶されながらも主神が会話を続ける。
「分からん……。私は狂王の肉体に百年閉じ込められている間に様々な人間の若者に出会ったが、そんな好ましい者には会わなかったぞ……」
「そりゃあのジジイの周りの人間なんぞロクなヤツがいねぇだろ……」
面倒になったカインに触手を掴まれ、先端をギュッと結ばれ始めると、バアルはふと思い出したように形のいい唇を開いた。
「いや、一人いたかな……母親思いの美しい心を持った人間が。見た目も普通のエルカーズの民と違っていて、面白い男だと思ったが……狂王に、その心の通り美しい黒豹の兵士に変えられ、戦に向かってしまった。ーーきっと今頃は死んでしまったんだろうなぁ、人間は寿命が短いというし……」
「……そいつはもしかして……」
カインが一瞬怪訝そうに首を傾げる。
「……知っているのか?」
「――教えるから、レオンには手を出すなよ……」
バアルは表情を輝かせ、鷹揚に頷いた。
指で誘われるままにカインの囁きに耳元が寄せられる。
「ふむふむ……成る程」
「じゃあ、俺はもう行くからな。こっちは前夜祭の準備で忙しいんだ、邪魔すんじゃねえぞ」
ゆったりとした頷きで答え、バアルは王城に続く地下通路の入り口へ姿を消したカインを見送った。
結ばれたままの触手がしゅるっと解かれ、その先端が空中を切り出すように光の線を描く。
ぱかりとそこが扉のように開いて、異空間へ繋がる穴が覗いた。
「とはいえ、興味がある……。少し、覗いてみるかな……」
触手は穴の中から銀色に光る平な盤を取り出した。
祭壇に置かれた水差しがひとりでに浮き、銀盤に向かって飛んできて、鈴のような音を立てながらその表面を水で満たす。
「さぁ、我が息子を映しておくれ」
長い指の先が、触手で支えられた水盤に波紋を起こした。
王城の廊下を歩く、優雅に靡く銀髪の男が水面に映る。
「ふふ。邪魔をするな、か」
バアルはまるで空中に椅子があるかのように空気の上にフワリと座って脚を組み、銀盤に見入った。
――真夜中、暗い王城の寝室にカインがたどり着く。
かつての王家の紋章が透かし彫りされた扉が開くと、ひとりでに壁の灯火が点き、主人の為の天蓋付きのベッドを照らし出した。
そこには濃緑色のシーツや上掛けが整えられたまま、誰の姿もない。
だが、衝立で仕切られた扉側に簡易な側仕え用のベッドが置かれていて、そちらの方には若い青年が安らかに眠っていた。
漆黒の髪と、恵まれた体格の割に幼く、どこか庇護欲をそそられる顔立ち。日頃の鍛錬による引き締まった筋肉が、寝乱れた薄いシャツの下に透けている。
(あれが「レオン」か……。多少可愛い顔はしているが、地味だし、全く好きモノそうには見えんぞ。どちらかというと、おぼこい感じではないか。カインも趣味が変わったものだなぁ)
バアルが少しガッカリしていると、銀盤の中でカインが狭いベッドに膝をのせて屈み、青年を口付けで起こすのが見えた。
(相手は眠っているというのに、相変わらず強引な)
カインとは正反対の真面目そうで慎ましやかな人間が、段々気の毒になってくる。
「ンぐ……っ」
口腔への淫らな侵入で目覚めた青年が、銀盤の中で薄い茶色の瞳を開いた。
眠そうな二つの目が何度か瞬きをして、その両腕が恋人の首筋に絡む。
彼は眠りを妨げられたのを怒ることもなく、愛情のこもった接吻を返し、銀髪を撫で梳きながら心底嬉しそうにカインを歓迎した。
「……っはぁ、お帰り……」
濡れた唇が離れ、甘く囁くような言葉を紡ぐ。
「祭りの準備で今日も忙しいから、帰らないのかと思っていた……」
カインは覆いかぶさるように狭いベッドに上がりながら彼のシャツの中に手を滑り込ませ、薄紅色の乳首を弄びながら片眉を上げた。
「何だよ、帰ってきちゃ悪かったか?」
「……ッン……いや、ずっと待ってた……夢に見るくらいに……」
「俺の夢を見たのか? どんなだ」
聞かれて、青年が首筋を真っ赤にして俯く。
「っァ……、そ、それは……だから……普通に、お前が出てくる夢だ……」
「へえ……真面目な総長さまは恥ずかしくて人に明かせないようなやらしい夢を見たってわけか……」
意地悪な返しにレオンは口をつぐんだ。
カインが唇の端を上げて嗜虐的に微笑む。
「で……お前は、夢の俺だけで満足できたのか?……」
青年は緩く首を振り、甘く蕩けた表情で悪戯をするカインの手をやんわりと止めた。
「……っ、それは……。無理、だ……、夢だけなんかでは……寂しくて……」
「寂しくて、ねえ……それで、俺のベッドでうっかり眠り込んだ上にエロい夢見て、溜まってたのを漏らした訳だ……」
その言葉に、はしばみ色の瞳が丸く見開かれた。
「なっ、なんでそこまで知ってる……っ!?」
「あっちのベッドはここ何日も使ってないはずなのに、シーツが妙に新しい。浮気でなけりゃそういうことだろ」
「~~っ……」
淫らな失敗を知られ、レオンが横たわったまま恥ずかしそうにそっぽを向いて視線を逸らす。
「……さて、俺はお前がこっそりシーツを替えてくれたあっちのベッドへ行くが、――お前はどうする? このまま朝まで眠って、いやらしい夢の続きでも見るか?」
若者は後ろ髪を清楚に刈った白いうなじを紅く染め、僅かに首を振った。
「い、いやだ……」
その言葉に答えるように、白い蛇のような尾がするりと動いて薄いシャツの背中の下に入り、寝ていた身体を抱き起す。
「……なら、自分で服を脱いで俺のベッドに来い」
伴侶に対するものとは思えないカインの傲慢な態度に、バアルは銀盤の前で小さくため息をついた。
(息子は本当にひねくれているなあ……私の育て方が悪かったのか?)
ハッとした息子に、父は驚き呆れながら尋ねた。
「お前、まるで人間のようだぞ……。以前は性交の相手を私と共有しても全く気にしなかったのに、どうした……?」
カインの表情が一瞬怯んだが、すぐに噛みつくような言葉が続く。
「うるせぇ、黙れ。こっちの世界じゃ結婚するってのはそういうことだし、レオンは俺のもんなんだよ」
益々理解できなかったのか、主神が心配そうな顔で自分の服の下から腕ほどの太さの触手を二本伸ばした。
その滑らかな表面が息子を上から下までサワサワと撫でて感触を確かめる。
「お前、本当にあのアビゴールか?」
「やめろ、気色悪い」
その白い異形の腕を、鞭のようにしなるカインの尾がビシビシと跳ね除けた。
拒絶されながらも主神が会話を続ける。
「分からん……。私は狂王の肉体に百年閉じ込められている間に様々な人間の若者に出会ったが、そんな好ましい者には会わなかったぞ……」
「そりゃあのジジイの周りの人間なんぞロクなヤツがいねぇだろ……」
面倒になったカインに触手を掴まれ、先端をギュッと結ばれ始めると、バアルはふと思い出したように形のいい唇を開いた。
「いや、一人いたかな……母親思いの美しい心を持った人間が。見た目も普通のエルカーズの民と違っていて、面白い男だと思ったが……狂王に、その心の通り美しい黒豹の兵士に変えられ、戦に向かってしまった。ーーきっと今頃は死んでしまったんだろうなぁ、人間は寿命が短いというし……」
「……そいつはもしかして……」
カインが一瞬怪訝そうに首を傾げる。
「……知っているのか?」
「――教えるから、レオンには手を出すなよ……」
バアルは表情を輝かせ、鷹揚に頷いた。
指で誘われるままにカインの囁きに耳元が寄せられる。
「ふむふむ……成る程」
「じゃあ、俺はもう行くからな。こっちは前夜祭の準備で忙しいんだ、邪魔すんじゃねえぞ」
ゆったりとした頷きで答え、バアルは王城に続く地下通路の入り口へ姿を消したカインを見送った。
結ばれたままの触手がしゅるっと解かれ、その先端が空中を切り出すように光の線を描く。
ぱかりとそこが扉のように開いて、異空間へ繋がる穴が覗いた。
「とはいえ、興味がある……。少し、覗いてみるかな……」
触手は穴の中から銀色に光る平な盤を取り出した。
祭壇に置かれた水差しがひとりでに浮き、銀盤に向かって飛んできて、鈴のような音を立てながらその表面を水で満たす。
「さぁ、我が息子を映しておくれ」
長い指の先が、触手で支えられた水盤に波紋を起こした。
王城の廊下を歩く、優雅に靡く銀髪の男が水面に映る。
「ふふ。邪魔をするな、か」
バアルはまるで空中に椅子があるかのように空気の上にフワリと座って脚を組み、銀盤に見入った。
――真夜中、暗い王城の寝室にカインがたどり着く。
かつての王家の紋章が透かし彫りされた扉が開くと、ひとりでに壁の灯火が点き、主人の為の天蓋付きのベッドを照らし出した。
そこには濃緑色のシーツや上掛けが整えられたまま、誰の姿もない。
だが、衝立で仕切られた扉側に簡易な側仕え用のベッドが置かれていて、そちらの方には若い青年が安らかに眠っていた。
漆黒の髪と、恵まれた体格の割に幼く、どこか庇護欲をそそられる顔立ち。日頃の鍛錬による引き締まった筋肉が、寝乱れた薄いシャツの下に透けている。
(あれが「レオン」か……。多少可愛い顔はしているが、地味だし、全く好きモノそうには見えんぞ。どちらかというと、おぼこい感じではないか。カインも趣味が変わったものだなぁ)
バアルが少しガッカリしていると、銀盤の中でカインが狭いベッドに膝をのせて屈み、青年を口付けで起こすのが見えた。
(相手は眠っているというのに、相変わらず強引な)
カインとは正反対の真面目そうで慎ましやかな人間が、段々気の毒になってくる。
「ンぐ……っ」
口腔への淫らな侵入で目覚めた青年が、銀盤の中で薄い茶色の瞳を開いた。
眠そうな二つの目が何度か瞬きをして、その両腕が恋人の首筋に絡む。
彼は眠りを妨げられたのを怒ることもなく、愛情のこもった接吻を返し、銀髪を撫で梳きながら心底嬉しそうにカインを歓迎した。
「……っはぁ、お帰り……」
濡れた唇が離れ、甘く囁くような言葉を紡ぐ。
「祭りの準備で今日も忙しいから、帰らないのかと思っていた……」
カインは覆いかぶさるように狭いベッドに上がりながら彼のシャツの中に手を滑り込ませ、薄紅色の乳首を弄びながら片眉を上げた。
「何だよ、帰ってきちゃ悪かったか?」
「……ッン……いや、ずっと待ってた……夢に見るくらいに……」
「俺の夢を見たのか? どんなだ」
聞かれて、青年が首筋を真っ赤にして俯く。
「っァ……、そ、それは……だから……普通に、お前が出てくる夢だ……」
「へえ……真面目な総長さまは恥ずかしくて人に明かせないようなやらしい夢を見たってわけか……」
意地悪な返しにレオンは口をつぐんだ。
カインが唇の端を上げて嗜虐的に微笑む。
「で……お前は、夢の俺だけで満足できたのか?……」
青年は緩く首を振り、甘く蕩けた表情で悪戯をするカインの手をやんわりと止めた。
「……っ、それは……。無理、だ……、夢だけなんかでは……寂しくて……」
「寂しくて、ねえ……それで、俺のベッドでうっかり眠り込んだ上にエロい夢見て、溜まってたのを漏らした訳だ……」
その言葉に、はしばみ色の瞳が丸く見開かれた。
「なっ、なんでそこまで知ってる……っ!?」
「あっちのベッドはここ何日も使ってないはずなのに、シーツが妙に新しい。浮気でなけりゃそういうことだろ」
「~~っ……」
淫らな失敗を知られ、レオンが横たわったまま恥ずかしそうにそっぽを向いて視線を逸らす。
「……さて、俺はお前がこっそりシーツを替えてくれたあっちのベッドへ行くが、――お前はどうする? このまま朝まで眠って、いやらしい夢の続きでも見るか?」
若者は後ろ髪を清楚に刈った白いうなじを紅く染め、僅かに首を振った。
「い、いやだ……」
その言葉に答えるように、白い蛇のような尾がするりと動いて薄いシャツの背中の下に入り、寝ていた身体を抱き起す。
「……なら、自分で服を脱いで俺のベッドに来い」
伴侶に対するものとは思えないカインの傲慢な態度に、バアルは銀盤の前で小さくため息をついた。
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