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【続編・神々の祭日】騎士の目覚め
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「会議に出てくるのは貴族と神官だけだが、王の後継問題一つとっても揉めるだろう」
「……。もしかして、戦争になる可能性もあるのか……」
「話し合いが決裂すれば、または新しい王の振る舞いによっては内戦になる。それよりも先に周辺国との関係も問題だ。ここ数年で、多くの土地が既に奪われている……エルカーズが100年前に奪った土地を取り返すという名目で。――それが更に侵略に発展して、戦争に繋がる可能性は高い」
話すうちに森が途切れ、黄金色の麦畑と王城の建つ丘と都が眼前に見え始めた。
「魔物さえいなければ、この地域は豊かな土地だ。貴族の醜い争いに巻き込まれ、エルカーズが再び焦土となるような事態は避けねばならないな……」
長い冬を越え、初夏の風の下で地平に揺れる麦をオスカーは指差した。
2年前の夏の終わり、共にこの街道を通り過ぎた時にはまだ荒れ野だった場所だ。
この北部エルカーズは王都に近かった為、国土の中でも1番魔物の被害を受けている。
この牧歌的な光景を取り戻すまでには、帰国者や元魔物の兵士への土地の再配分、収穫までの資金の工面と租税制度の再整備、果ては害獣の駆除まで、ただならぬ苦労があり、その全てにオスカーが関わって来た。
レオンも家庭菜園を学びがてらあちこちで農作業を手伝い、時には食糧を狙って町を襲う賊の集団を返り討ちにするなど、その働きの一旦を担っている。
出戻り貴族という立場のオスカーを当初は認めなかった他の参事や農民達も、優れた統治者として、そして再び戻った彼らの領主としてオスカーを認め始め、今は共にこの土地を豊かにする事に励んでいた。
「オスカー……」
――カインは何故、今、こんなにも人間の為に身を粉にして尽くそうとするのだろう。
この先、神としての生に比べればずっと短い人生の貴重な時間を使って――ほぼ、なんの見返りもないのに。
それを尋ねてみようとした時、麦畑の向こうから鈴の音のような子供の声が聞こえてきた。
「オスカーさまあ!」
7、8歳くらいの小さな少年と、その弟と思われる栗色の髪をした子供が馬の前に飛び出してくる。
「おっと。危ないぞ」
手綱を引いて止まると、2人の少年は嬉しそうに馬上に手を伸ばした。
「オスカーさま、何処に行くの?」
「この前、お馬に乗せてくれるって言ったよね」
――彼らはこの近辺の畑を持つ農夫の息子で、以前農作業の手伝いをしに来た時に知り合った子らだった。
「ははは。そんな事を約束したな。途中まで、少しだけなら乗せてやろう。レオンは弟を乗せてやれ」
レオンは頷き、共に馬を降りた。
興奮して脚をバタつかせる少年の胴を抱き馬上に乗せてやりながら、同じく子供を抱き上げているオスカーを見て、自然に微笑みが浮かぶ。
包み込むような大らかな優しさと、精悍な美しさを持つ青年を――その裏側に宿る神を、心から愛していると感じた。
その夜、2人はいつかのように街道脇の草原の草を刈り、そこに火を焚いて夜を過ごした。
月も星もよく見えて、虫や小さな獣の気配はするものの、周囲に人の気配はない。
そのことに安心して、揺らめく火の前で座る恋人のすぐ真横に、レオンは寄り添うようにして腰を下ろした。
オスカーが焚き火の上で熱した小さな鉄のやかんを持ち上げ、薬草茶を注いだ器をレオンに手渡した。
「飲め。よく眠れて疲労が取れる」
「……有難う」
素直に受け取ると、嗅いだことのない風変わりな匂いがした。
この国にしかない珍しい茶なのかもしれない。
「……そういえば、お前と初めて恋人になったのはこの辺りだったな」
ふと思い出したようにオスカーがそんなことを言い出して、レオンは飲んだ茶を吹きそうになった。
「……っ、思い出させるな、色々と恥ずかしいから」
抗議の声を上げたが、相手は笑顔のまま意に介さず続けた。
「エルゼと一緒に過ごしたのだろうと言い出した時は意外で、本当に驚いたものだ」
逞しい腕が肩を抱き寄せてきて、厚めの唇が髪に触れ、柔らかに口付ける。
「……」
「嫉妬しているお前は初めて見たから、抱き潰したくなるくらい可愛かったな」
耳元でそんなことを言われて、益々いたたまれなくなった。
「だからそういうのは恥ずかしいからもう勘弁してくれ……お前、夜も元に戻らないつもりか」
飲み終えた器を相手に返しながら、顔を上げて美しい緑の瞳をじっと見据えて訊ねる。
オスカーは穏やかな表情で行李に器をしまい、艶のある髪を揺らして首を振った。
「以前のように、誰か通りがかってもとっさに消えたり移動したりは出来ないからな」
「……そうか……」
寂しさを感じながら、そっと恋人の肩に頭を寄せる。
大きな手が髪を撫でてきて、低く甘い声が囁いた。
「近頃遠出していなかったから、疲れただろう。眠ろうか?」
その仕草は、昨日抱かれながら眠った時と同じだ。
酷く切なくなったが、仕方なく頷く。
「……カイン、ずっとオスカーでいることは辛くないのか?」
思わず本当の名を呼び、彼の手を包み込むようにそっと片手で掴む。
オスカーは優しく微笑み、首を振った。
「辛いとは思わないな。私は嘘をついている訳ではないし、お前を可愛い、愛しいと思う気持ちは何も変わらないのだから、お前も安心するがいい」
そして急に真顔になって、付け加えた。
「だが、この姿の時にお前を抱くつもりはない」
心にビッと亀裂が走る感覚がして、レオンは俯いた。
こんな風に急に釘を刺されたという事は、自分はまた物欲しそうな顔をしていたのだろうか。
(拒絶、された……?)
そんな風に思う自分が嫌になった。
もしかして、今まで欲しいままに抱いてくれたのも、嫌々付き合ってくれていたのだろうか。
本当は飽きられていたのかもしれない――どうしてもそんな後ろ向きな考えが浮かぶ。
「……。もしかして、戦争になる可能性もあるのか……」
「話し合いが決裂すれば、または新しい王の振る舞いによっては内戦になる。それよりも先に周辺国との関係も問題だ。ここ数年で、多くの土地が既に奪われている……エルカーズが100年前に奪った土地を取り返すという名目で。――それが更に侵略に発展して、戦争に繋がる可能性は高い」
話すうちに森が途切れ、黄金色の麦畑と王城の建つ丘と都が眼前に見え始めた。
「魔物さえいなければ、この地域は豊かな土地だ。貴族の醜い争いに巻き込まれ、エルカーズが再び焦土となるような事態は避けねばならないな……」
長い冬を越え、初夏の風の下で地平に揺れる麦をオスカーは指差した。
2年前の夏の終わり、共にこの街道を通り過ぎた時にはまだ荒れ野だった場所だ。
この北部エルカーズは王都に近かった為、国土の中でも1番魔物の被害を受けている。
この牧歌的な光景を取り戻すまでには、帰国者や元魔物の兵士への土地の再配分、収穫までの資金の工面と租税制度の再整備、果ては害獣の駆除まで、ただならぬ苦労があり、その全てにオスカーが関わって来た。
レオンも家庭菜園を学びがてらあちこちで農作業を手伝い、時には食糧を狙って町を襲う賊の集団を返り討ちにするなど、その働きの一旦を担っている。
出戻り貴族という立場のオスカーを当初は認めなかった他の参事や農民達も、優れた統治者として、そして再び戻った彼らの領主としてオスカーを認め始め、今は共にこの土地を豊かにする事に励んでいた。
「オスカー……」
――カインは何故、今、こんなにも人間の為に身を粉にして尽くそうとするのだろう。
この先、神としての生に比べればずっと短い人生の貴重な時間を使って――ほぼ、なんの見返りもないのに。
それを尋ねてみようとした時、麦畑の向こうから鈴の音のような子供の声が聞こえてきた。
「オスカーさまあ!」
7、8歳くらいの小さな少年と、その弟と思われる栗色の髪をした子供が馬の前に飛び出してくる。
「おっと。危ないぞ」
手綱を引いて止まると、2人の少年は嬉しそうに馬上に手を伸ばした。
「オスカーさま、何処に行くの?」
「この前、お馬に乗せてくれるって言ったよね」
――彼らはこの近辺の畑を持つ農夫の息子で、以前農作業の手伝いをしに来た時に知り合った子らだった。
「ははは。そんな事を約束したな。途中まで、少しだけなら乗せてやろう。レオンは弟を乗せてやれ」
レオンは頷き、共に馬を降りた。
興奮して脚をバタつかせる少年の胴を抱き馬上に乗せてやりながら、同じく子供を抱き上げているオスカーを見て、自然に微笑みが浮かぶ。
包み込むような大らかな優しさと、精悍な美しさを持つ青年を――その裏側に宿る神を、心から愛していると感じた。
その夜、2人はいつかのように街道脇の草原の草を刈り、そこに火を焚いて夜を過ごした。
月も星もよく見えて、虫や小さな獣の気配はするものの、周囲に人の気配はない。
そのことに安心して、揺らめく火の前で座る恋人のすぐ真横に、レオンは寄り添うようにして腰を下ろした。
オスカーが焚き火の上で熱した小さな鉄のやかんを持ち上げ、薬草茶を注いだ器をレオンに手渡した。
「飲め。よく眠れて疲労が取れる」
「……有難う」
素直に受け取ると、嗅いだことのない風変わりな匂いがした。
この国にしかない珍しい茶なのかもしれない。
「……そういえば、お前と初めて恋人になったのはこの辺りだったな」
ふと思い出したようにオスカーがそんなことを言い出して、レオンは飲んだ茶を吹きそうになった。
「……っ、思い出させるな、色々と恥ずかしいから」
抗議の声を上げたが、相手は笑顔のまま意に介さず続けた。
「エルゼと一緒に過ごしたのだろうと言い出した時は意外で、本当に驚いたものだ」
逞しい腕が肩を抱き寄せてきて、厚めの唇が髪に触れ、柔らかに口付ける。
「……」
「嫉妬しているお前は初めて見たから、抱き潰したくなるくらい可愛かったな」
耳元でそんなことを言われて、益々いたたまれなくなった。
「だからそういうのは恥ずかしいからもう勘弁してくれ……お前、夜も元に戻らないつもりか」
飲み終えた器を相手に返しながら、顔を上げて美しい緑の瞳をじっと見据えて訊ねる。
オスカーは穏やかな表情で行李に器をしまい、艶のある髪を揺らして首を振った。
「以前のように、誰か通りがかってもとっさに消えたり移動したりは出来ないからな」
「……そうか……」
寂しさを感じながら、そっと恋人の肩に頭を寄せる。
大きな手が髪を撫でてきて、低く甘い声が囁いた。
「近頃遠出していなかったから、疲れただろう。眠ろうか?」
その仕草は、昨日抱かれながら眠った時と同じだ。
酷く切なくなったが、仕方なく頷く。
「……カイン、ずっとオスカーでいることは辛くないのか?」
思わず本当の名を呼び、彼の手を包み込むようにそっと片手で掴む。
オスカーは優しく微笑み、首を振った。
「辛いとは思わないな。私は嘘をついている訳ではないし、お前を可愛い、愛しいと思う気持ちは何も変わらないのだから、お前も安心するがいい」
そして急に真顔になって、付け加えた。
「だが、この姿の時にお前を抱くつもりはない」
心にビッと亀裂が走る感覚がして、レオンは俯いた。
こんな風に急に釘を刺されたという事は、自分はまた物欲しそうな顔をしていたのだろうか。
(拒絶、された……?)
そんな風に思う自分が嫌になった。
もしかして、今まで欲しいままに抱いてくれたのも、嫌々付き合ってくれていたのだろうか。
本当は飽きられていたのかもしれない――どうしてもそんな後ろ向きな考えが浮かぶ。
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