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貴公子と騎士

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(――ダメだ、またおかしくなる……っ!)
「……っやめろ!」
 叫び、同時にオスカーの胸を強く押して突き放す。
 均整の取れた体がよろけ、飛沫をあげて川の中に倒れた。
 よほど驚いたのか相手がそのままぼんやりとしているので、言い訳をするように言葉を続ける。
「か……髪に触れられるのは、苦手なんだ……っ、だから、触らないでくれ……」
 相手の表情は垂れた金色の濡髪に隠れていて、分からない。
「そうか。からかって悪かった……私は先に上がっている」
 唇だけが淡々とそう言って、彼はゆっくりと立ち上がった。そのままレオンの横を通り過ぎるようにして水を分け、河原の方へ上がっていく。
 ――おかしいと思われた? 過剰反応だっただろうか。
 途端に不安になったが、仕方がない。
 冷たい水に腰まで浸かっているのに、性器が熱を持って疼いている。
 本当に近頃の自分はどこかおかしい。
 オスカーが明るい人柄だから、なおの事自分を異常に感じてしまう。
(もう、普通の人間のように振る舞えない程、俺はおかしくなっているのか……)
 一層深い孤独を感じながら、レオンは洗っていた毛布をギュッと絞り上げた。
 水滴が出ない程になったそれを手に、ざぶりと波を立てて川から出る。
 濡れた服をどこかで脱ぎ、着替えなければならないが、今の体の有様をオスカーに見られてはならない。
 岸辺で着替えているオスカーの後ろ姿を警戒しながら、レオンは馬から下ろしてあった自分の荷を解き、濡れた毛布を入れる代わりに、シャツと下着とズボンを出した。
 それを丸めて持ち、悟られないように少しずつオスカーの傍を離れ、森の方へと入る。
 彼に気取られないくらいの距離を作って、レオンは着替えを枝に掛け、濡れたシャツを上半身から剥いだ。
 水滴が垂れるそれを絞り、別の木の枝に掛ける。
 次いで下半身に手を掛けた時、背後でざわりと茂みが動く音がした。
(――もしかして、オスカーが……?)
 レオンが姿を消したのに気付き、探しに来てしまったのだろうか。
「っ、ま、待ってくれ、俺はここに居るから――」
 そう声を上げて、どうも様子がおかしいことに気付いた。
 シューッ、シューッという空気の漏れるような微かな音が段々と近づいて来る。
 オスカーではない――そう悟った瞬間、
『シャアアアアッ……』
 不気味な息遣いと葉擦れの音が近付く。
 次の瞬間、すぐ傍の茂みから不気味な四つん這いの生き物が飛び出してきた。
「っ……!?」
 一旦その場から飛び退いて振り向き、じっと目を凝らして謎の生物を見る。
 それは人間のように四肢があり、頭には毛が生えているものの、顔はうろこ状にひび割れ、大きく裂けた口から二股に分かれた舌が伸びている蛇顔の化物だった。
(魔物化したエルカーズ人か……!)
『……ニク……新鮮ナニク……』
 言葉にならない呻きを上げ、その魔物は牙を剥いて至近距離からレオンに襲いかかってくる。
 その動きがあまりにも速く、剣を持っていない丸腰のレオンはろくに応戦することも出来ない。
 這っているとは思えないスピードで噛み付こうとする相手を何度かはかわしたが、ついに左腕に深く相手の牙が沈みこんだ。
「いっ……!」
 左肘下に酷い痛みと、体内に毒がしみ込んでいく痺れるような感覚が走る。
 だがレオンは怯むことなく、自分の肘下に正面から食いついた魔物の頭をそのまま胸に引き寄せ、左右の腕で相手の首を羽交い絞めにするように抑えつけた。
『シャアアアッ!?』
 驚く蛇男の首の骨を、ぐっと自分の胸に向かって渾身の力で引き付ける。
「~~~っ……!!」
 その内に腕の中でゴキリという音と共に嫌な感覚が走り、魔物の噛み付く力がぐったりと失われていくのが分かった。
「っ……、ハァッ、ハァッ……ハッ……」
 限界を超えて余りに強い力を使っていた為に、すぐに死体から腕を離すことが出来ない。
 腕の中でこと切れた怪物は、レオンの左腕に噛み付いたまま、すぐに黒髪の中年男に姿を変えた。
 ――背後でザッザッと茂みを分ける音がする。
「レオン……! 」
 大声で名前を呼ばれてハッとした。
 すぐに斜め後ろの茂みの間から、濡れた金髪を振り乱した半裸のオスカーが飛び出してくる。
「こんな所で何を……今の声は……」
 息を乱しながら掛けられた声に、レオンはビクンと身体を震わせた。
 上半身裸のままへたりこみ、震えながらどうにか自分の両腕を開く。
 傷口に深く入っていた牙が離れ、地面に男の死体が転がった。
「そいつは……まさか魔物に噛まれたのか!?」
 オスカーがレオンと男の死体との間に割って入るようにして膝を落とし、怪我をしたレオンの左腕を握って引き寄せる。
 まずい。傷はもう既になくなり掛けている。
 これを見られたら、一体どう思われるか――。
 だがもう隠しておくのは限界だった。
「――蛇の魔物にやられた」
「傷が……お前、一体どこを噛まれた……っ!? 毒を吸って出さなければ――さっきこの辺りに……」
 似合わない程に動揺するオスカーの体をぐっと押しとどめ、レオンは言った。
「大丈夫だ、心配するな。確かに噛まれたが……随分前にもあの手合いと戦って噛まれたことがある。死にはしない」
 オスカーが眉を顰める。
「何故分かる……!?」
「毒のせいで三日三晩熱が出て死にかけるだろうが、俺は大丈夫だ……そういう、……体だ……」
「そういう体ってお前……っ」
 意識が遠のき、既に体にゾクゾクとした寒気が回り始めている。
 噛まれた跡は既に消えていたが、毒は血管を回り始めていた。
 レオンは覚悟を決め、オスカーに切り出した。
「頼む……もう、俺のことは……ここで置いてゆけ……」
「なんだと……!?」
「――王都へ急いでいるんだろう……もう少しで街道に出られる……ここまで来れば俺は大丈夫だ、道は分かる……俺のことはいいから、先に行ってくれ……」
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