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二人の兄弟
空の器
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「アッ、ぅ……っ!」
ラファトに膨れた乳先をいいようにされ、下腹の奥までもが密かに疼き始める。
とうとう耐えられなくなって、イドリスは湯の中で尻を持ち上げ、彼の膝から一度逃れた。
だがそのまま離れるのではなく、その膝を跨ぎ直して身体を反転させ、両腕をラファトの首の後ろで交差させる。
そしてこれ以上乳首に触れられないよう、彼の逞しい肩のあたりに胸が強く密着するように、その身体にぎゅっと抱き付いた。
「イドリス……触るなと言って、かえって私を煽ってどうする……?」
ラファトが気をよくしたように微笑み、イドリスの尻を優しく掴み寄せる。
そして鎖骨に口付けながら、熱く硬くなった長大な自身をイドリスの濡れそぼった雄に直に擦り付けて煽った。
「うンッ! ンッア!」
湯がヌルヌルとしているのも手伝って、その刺激は視界に火花が散るようだ。
弱い部分を責められて、あられもない喘ぎが止まらない。
しかも尻を掴んだ両手は、徐々に穴の方へ指先を滑らせ、ヒクついている襞の動きを確かめてきた。
「ウッ……ん……!」
そこに触れられると、身体の全てがおかしくなってしまうのに――。
「やめ、……あ……!!」
とうとう指が入ってきて、湯のとろみなのか自らの粘液なのか分からない潤いを使い、中が緩やかに解されてゆく。
括約筋で断続的にそれを締め上げながら、イドリスの身体は再び激しく昂り始めた。
「あァ……っ! ンっ、お前の指……っ、う……っ、ナカ、いい……っ」
肘を伸ばしてのけぞり、腰を自らふりたくって中の快感も得ながら、感度が極限まで高まった雄をラファトのそれに擦り付けるのを止められない。
目を閉じて夢中になっていると、ラファトの唇が興奮で突き出たイドリスの乳首を含み、舌で愛撫し始めた。
「あああっ!」
そこを柔らかな舌で擽られると、果てる寸前の快感から来る痙攣が止まらなくなり、イドリスは溺れるもののようにラファトの頭をギュッと抱いた。
「そこは……っ、はぁあっ」
もう止めて欲しいのに、舌先は器用に乳首の根元を爪弾く。
指でされるよりも刺激は弱いはずだが、熱く濡れそぼった中を掻き回されながらされるそれは、体の芯が焼き切れてしまいそうなほどに快い。
最後のたかぶりに集中して震えながら動けなくなってしまったイドリスの中を、ラファトの指がゆっくりと奥まで掻き混ぜ、雌の性感を更に煽った。
その指を限界まで締め上げたのと同時に乳首にじわりと歯を立てられ、狂うような悦びが一気に弾け、叫びが漏れる。
「ああああッ、ま、待っ……!」
相手の熱に淫らに雄を押し付けながら精を放ち、同時に雌の歓喜をもう一度味わった。
極彩色の官能に染められて、ラファトの膝の上でガクガクと震え、果て切ってゆく。
そしてとうとう体力の限界が訪れたのか、そのままイドリスの全身から力が抜けてしまい、意識が途切れ落ちてしまった――。
目覚めると、イドリスは見たこともないような部屋の寝室に寝かされていた。
天蓋の付いた、天鵞絨の帷が垂れ下がるベッドに、ドラゴンの姿が金糸で刺繍された赤い上掛け。
壁際には白金色の髪を美しく結い上げた女性の大きな肖像画と暖炉があり、そこで赤々と火が燃えている。
他には家具らしい家具もなく、絨毯が敷かれ、部屋の主人のための豪華な布張りの椅子があるだけの、閑散とした部屋だ。
これまで与えられていた部屋によく似ているが、大きさだけはずっと広い。
ベッドも二人で寝て十分余裕がありそうだ。
かかっている薄い上掛けを捲ってみて、イドリスは自分が裸体のままそこに寝かされていたことに気付いた。
息を呑んで隣を見ると、素晴らしい肉体の上から毛織りのガウン一枚のみを羽織ったラファトが肘枕をしつつ横に寝そべっている。
彼はこちらを見下ろしながら、恨みがましく口を開いた。
「……起きたか。自分だけ気持ちよくなって眠ってしまうのだから、参ってしまったではないか。……しかも外ではあの憎っくきアリオンがお前に会わせろと煩く騒ぐものだから……苦労したぞ」
そんなことを言われても、礼も詫びも言う気分になれない。
イドリスはなるべく寝台の端の方に寄って距離をとりながら、ラファトに尋ねた。
「……。憎いと言ってもアスランは――いやアリオンは、お前の同腹の兄……なのだよな……?」
こちらが明らかに離れようとしているのに、相手は懲りもせずに腕を伸ばし、イドリスの髪を指で漉いてくる。
その手つきにはたまらない心地よさがあり、心を幻惑されそうになった。
「……ああ。次代の皇帝の後継者争いの中で、今残っている唯一の敵だ」
「……唯一の?」
イドリスは訝しんだ。
確かラファトは第四皇子で、アリオンも第三皇子だと名乗っていたはずだ。
ラファトは優雅な手つきでイドリスの滑らかな背中を撫で下ろしてゆきながら、低く艶のある声で話し始めた。
「……第一皇子は無能で、十年前のドラゴン試合で命を落とした。匿名での死亡故、訃報すら出ていない。第二王子は苛烈な競争で心に異常を来たし、その果てに皇帝位の簒奪を狙って父上の命を脅かした。彼は魔法石で全ての記憶を抹消され、北の蛮族の国へ国外追放となり、そこで無惨に殺されたという噂だ。――そんな訳で、今残るのは第三皇子と私のみ。……同じ女の腹から生まれているが、昔からあの男と私とは何かに付け、皇帝に相応しいのはどちらかと比べられてきた。私は何においてもあの男には、一度も負けたことは無いがな」
……負けたことは無い――本当にそうだろうか。
まだアリオンについてよく知らないのでなんとも言えないが、少なくとも人間性や他者への共感という点で、ラファトは大きく負けているのではないか……。
――この男は、自分や周囲がそう思っているほど、皇帝の座に近いのか……?
イドリスの中に、そんな小さな疑念が生まれる。
「――それなのにあの男め、今度は人のものに手をつけるような真似をした。かくなる上は、早くお前を正式に妻として、あの男に完膚なきまでの敗北を思い知らさなくてはならない」
ラファトが上体を起こし、引き寄せるようにイドリスの二の腕をぐいと掴んでくる。
だがイドリスはその手を強く振り払い、寝台の上で身を固くした。
「おっ……お前は……っ、そんなことの為に……当てつけのような目的で俺を抱くつもりか……!」
その言葉に、ラファトが冷たく首を傾げる。
「そんなことの為? 私は最初からお前に言っているだろう。私の妃になり、強い子を産めと。……私とあの男との間でまだ決着が付いていない事項があるとすれば、いかに優れた妃を娶り、いかに強い子を数多に持つかという点だ。そこも私があの男に勝れば、父上は間違いなく私を次の皇帝に指名する。……だから、私はお前を選んだ」
心臓を鷲掴みにされてねじられたような気分になり、イドリスは俯いた。
「お前は……お前は、皇帝になりたくて……アリオンに勝つためだけに……俺の身体を変え、ドラゴンや人を死に追いやったのだな……」
「……。他に何がある」
ラファトが短く答える。
確かにこの男は最初からそう言っていた。
この男にとってイドリスは、思い通りの子をもうけるための都合のいい道具なのだと。
そんなことはこの国に来たときから十分に分かっていた筈なのに、何故今更になって、こんなにも辛いと思うのだろうか。
全身から力が抜けていくような落胆で、吐き気がした。
社交辞令だったとしても、アリオンとて求婚をしてきた時は、イドリス個人に対する感想めいたことを言ってきたのだ。
ところがこの男は、自分が皇帝になることしか考えていない。
そのことは、イドリスの意志など無視して勝手に腹に埋められたこの竜の器が一番よく示しているのに、いつの間にかあやふやになっていた。
ラファトにとって大事なのはイドリスの武芸や騎竜の実績で、イドリス個人に対しての人間らしい好意や愛情など、カケラほどもない。
その癖に、散々にイドリスを籠絡した。
生まれて初めて味わう、まるで恋人のような抱擁と、熱い口付けで……。
ともすれば涙が出てしまいそうになるのを堪えながら、イドリスはラファトを睨みつけた。
「……。お前のその、独りよがりな条件で選んだ俺にもし子供を産ませたとして……そこまでして皇帝になって、お前は何をしたいのだ!?」
ところが相手は困ったような顔になり、首を傾げてしまった。
「……さあな。私は皇帝となることだけを目標に生きるように、父からも、亡くなった母からも、そして周囲の人間全てから言われて生きてきたのだ。選ばれぬことは即ち死にも等しいと。――故に、皇帝になることは絶対のことで、何がしたいかなどと言う話ではないし、考えたこともない」
イドリスの中で、何かが粉々に砕け散っていくような感覚がした。
胃が痛くなるほどの強い怒りの感情が湧くと同時に、素直で我儘な末息子のまま、帝室の苛烈な価値観を植え付けられ、このような人間にしかなれなかった彼に、同情と憐憫も感じざるをえなかった。
――何故なら、アルスバーンの王子であるイドリスもまた同じようなものであったからだ。
王子らしくあれ、勇敢に敵と戦えと言われて武芸を身に付けたが、ただ目の前の敵を撃退することを考えるだけで、何の為に戦うのか、戦う以外の道は無かったのか、そのことに深く拘ったことは無かった。
王になりたいと思ったことは無かったが、王になったとしてもやりたいことなどなかった。
民の幸せは願っていたが、その為に自分が王となるべく何か行動を起こしたこともない。
ただ王子に生まれてしまったから、父や家臣や周囲の求めるまま仕方なくその立場に流されていただけだ。
それが当たり前だと思っていたし、それ以外の人生など深く考えたこともなかった。
そんな自分の末路がアルスバーンの王ではなく、鏡に映したようなこの、何も考えていない空っぽの器のような男のつがいとなり、他国の皇帝の子供を産み落とすための道具になる運命だとは――何という皮肉なのだろう。
イドリスの紫の瞳から涙が次々と溢れ、胸に、膝に、ぼろぼろとこぼれ落ちてゆく。
心が張り裂けるように痛い。
どこで間違って今、こうなってしまったのかと。
「……イドリス?」
ラファトが膝でそっと近付いてきて、イドリスの瞳から溢れる涙を指で拭う。
それでもこぼれる涙を頬に伝わせて、イドリスは唇を開いた。
「……ラファト……。俺はお前の子を、産みたくない……」
ラファトに膨れた乳先をいいようにされ、下腹の奥までもが密かに疼き始める。
とうとう耐えられなくなって、イドリスは湯の中で尻を持ち上げ、彼の膝から一度逃れた。
だがそのまま離れるのではなく、その膝を跨ぎ直して身体を反転させ、両腕をラファトの首の後ろで交差させる。
そしてこれ以上乳首に触れられないよう、彼の逞しい肩のあたりに胸が強く密着するように、その身体にぎゅっと抱き付いた。
「イドリス……触るなと言って、かえって私を煽ってどうする……?」
ラファトが気をよくしたように微笑み、イドリスの尻を優しく掴み寄せる。
そして鎖骨に口付けながら、熱く硬くなった長大な自身をイドリスの濡れそぼった雄に直に擦り付けて煽った。
「うンッ! ンッア!」
湯がヌルヌルとしているのも手伝って、その刺激は視界に火花が散るようだ。
弱い部分を責められて、あられもない喘ぎが止まらない。
しかも尻を掴んだ両手は、徐々に穴の方へ指先を滑らせ、ヒクついている襞の動きを確かめてきた。
「ウッ……ん……!」
そこに触れられると、身体の全てがおかしくなってしまうのに――。
「やめ、……あ……!!」
とうとう指が入ってきて、湯のとろみなのか自らの粘液なのか分からない潤いを使い、中が緩やかに解されてゆく。
括約筋で断続的にそれを締め上げながら、イドリスの身体は再び激しく昂り始めた。
「あァ……っ! ンっ、お前の指……っ、う……っ、ナカ、いい……っ」
肘を伸ばしてのけぞり、腰を自らふりたくって中の快感も得ながら、感度が極限まで高まった雄をラファトのそれに擦り付けるのを止められない。
目を閉じて夢中になっていると、ラファトの唇が興奮で突き出たイドリスの乳首を含み、舌で愛撫し始めた。
「あああっ!」
そこを柔らかな舌で擽られると、果てる寸前の快感から来る痙攣が止まらなくなり、イドリスは溺れるもののようにラファトの頭をギュッと抱いた。
「そこは……っ、はぁあっ」
もう止めて欲しいのに、舌先は器用に乳首の根元を爪弾く。
指でされるよりも刺激は弱いはずだが、熱く濡れそぼった中を掻き回されながらされるそれは、体の芯が焼き切れてしまいそうなほどに快い。
最後のたかぶりに集中して震えながら動けなくなってしまったイドリスの中を、ラファトの指がゆっくりと奥まで掻き混ぜ、雌の性感を更に煽った。
その指を限界まで締め上げたのと同時に乳首にじわりと歯を立てられ、狂うような悦びが一気に弾け、叫びが漏れる。
「ああああッ、ま、待っ……!」
相手の熱に淫らに雄を押し付けながら精を放ち、同時に雌の歓喜をもう一度味わった。
極彩色の官能に染められて、ラファトの膝の上でガクガクと震え、果て切ってゆく。
そしてとうとう体力の限界が訪れたのか、そのままイドリスの全身から力が抜けてしまい、意識が途切れ落ちてしまった――。
目覚めると、イドリスは見たこともないような部屋の寝室に寝かされていた。
天蓋の付いた、天鵞絨の帷が垂れ下がるベッドに、ドラゴンの姿が金糸で刺繍された赤い上掛け。
壁際には白金色の髪を美しく結い上げた女性の大きな肖像画と暖炉があり、そこで赤々と火が燃えている。
他には家具らしい家具もなく、絨毯が敷かれ、部屋の主人のための豪華な布張りの椅子があるだけの、閑散とした部屋だ。
これまで与えられていた部屋によく似ているが、大きさだけはずっと広い。
ベッドも二人で寝て十分余裕がありそうだ。
かかっている薄い上掛けを捲ってみて、イドリスは自分が裸体のままそこに寝かされていたことに気付いた。
息を呑んで隣を見ると、素晴らしい肉体の上から毛織りのガウン一枚のみを羽織ったラファトが肘枕をしつつ横に寝そべっている。
彼はこちらを見下ろしながら、恨みがましく口を開いた。
「……起きたか。自分だけ気持ちよくなって眠ってしまうのだから、参ってしまったではないか。……しかも外ではあの憎っくきアリオンがお前に会わせろと煩く騒ぐものだから……苦労したぞ」
そんなことを言われても、礼も詫びも言う気分になれない。
イドリスはなるべく寝台の端の方に寄って距離をとりながら、ラファトに尋ねた。
「……。憎いと言ってもアスランは――いやアリオンは、お前の同腹の兄……なのだよな……?」
こちらが明らかに離れようとしているのに、相手は懲りもせずに腕を伸ばし、イドリスの髪を指で漉いてくる。
その手つきにはたまらない心地よさがあり、心を幻惑されそうになった。
「……ああ。次代の皇帝の後継者争いの中で、今残っている唯一の敵だ」
「……唯一の?」
イドリスは訝しんだ。
確かラファトは第四皇子で、アリオンも第三皇子だと名乗っていたはずだ。
ラファトは優雅な手つきでイドリスの滑らかな背中を撫で下ろしてゆきながら、低く艶のある声で話し始めた。
「……第一皇子は無能で、十年前のドラゴン試合で命を落とした。匿名での死亡故、訃報すら出ていない。第二王子は苛烈な競争で心に異常を来たし、その果てに皇帝位の簒奪を狙って父上の命を脅かした。彼は魔法石で全ての記憶を抹消され、北の蛮族の国へ国外追放となり、そこで無惨に殺されたという噂だ。――そんな訳で、今残るのは第三皇子と私のみ。……同じ女の腹から生まれているが、昔からあの男と私とは何かに付け、皇帝に相応しいのはどちらかと比べられてきた。私は何においてもあの男には、一度も負けたことは無いがな」
……負けたことは無い――本当にそうだろうか。
まだアリオンについてよく知らないのでなんとも言えないが、少なくとも人間性や他者への共感という点で、ラファトは大きく負けているのではないか……。
――この男は、自分や周囲がそう思っているほど、皇帝の座に近いのか……?
イドリスの中に、そんな小さな疑念が生まれる。
「――それなのにあの男め、今度は人のものに手をつけるような真似をした。かくなる上は、早くお前を正式に妻として、あの男に完膚なきまでの敗北を思い知らさなくてはならない」
ラファトが上体を起こし、引き寄せるようにイドリスの二の腕をぐいと掴んでくる。
だがイドリスはその手を強く振り払い、寝台の上で身を固くした。
「おっ……お前は……っ、そんなことの為に……当てつけのような目的で俺を抱くつもりか……!」
その言葉に、ラファトが冷たく首を傾げる。
「そんなことの為? 私は最初からお前に言っているだろう。私の妃になり、強い子を産めと。……私とあの男との間でまだ決着が付いていない事項があるとすれば、いかに優れた妃を娶り、いかに強い子を数多に持つかという点だ。そこも私があの男に勝れば、父上は間違いなく私を次の皇帝に指名する。……だから、私はお前を選んだ」
心臓を鷲掴みにされてねじられたような気分になり、イドリスは俯いた。
「お前は……お前は、皇帝になりたくて……アリオンに勝つためだけに……俺の身体を変え、ドラゴンや人を死に追いやったのだな……」
「……。他に何がある」
ラファトが短く答える。
確かにこの男は最初からそう言っていた。
この男にとってイドリスは、思い通りの子をもうけるための都合のいい道具なのだと。
そんなことはこの国に来たときから十分に分かっていた筈なのに、何故今更になって、こんなにも辛いと思うのだろうか。
全身から力が抜けていくような落胆で、吐き気がした。
社交辞令だったとしても、アリオンとて求婚をしてきた時は、イドリス個人に対する感想めいたことを言ってきたのだ。
ところがこの男は、自分が皇帝になることしか考えていない。
そのことは、イドリスの意志など無視して勝手に腹に埋められたこの竜の器が一番よく示しているのに、いつの間にかあやふやになっていた。
ラファトにとって大事なのはイドリスの武芸や騎竜の実績で、イドリス個人に対しての人間らしい好意や愛情など、カケラほどもない。
その癖に、散々にイドリスを籠絡した。
生まれて初めて味わう、まるで恋人のような抱擁と、熱い口付けで……。
ともすれば涙が出てしまいそうになるのを堪えながら、イドリスはラファトを睨みつけた。
「……。お前のその、独りよがりな条件で選んだ俺にもし子供を産ませたとして……そこまでして皇帝になって、お前は何をしたいのだ!?」
ところが相手は困ったような顔になり、首を傾げてしまった。
「……さあな。私は皇帝となることだけを目標に生きるように、父からも、亡くなった母からも、そして周囲の人間全てから言われて生きてきたのだ。選ばれぬことは即ち死にも等しいと。――故に、皇帝になることは絶対のことで、何がしたいかなどと言う話ではないし、考えたこともない」
イドリスの中で、何かが粉々に砕け散っていくような感覚がした。
胃が痛くなるほどの強い怒りの感情が湧くと同時に、素直で我儘な末息子のまま、帝室の苛烈な価値観を植え付けられ、このような人間にしかなれなかった彼に、同情と憐憫も感じざるをえなかった。
――何故なら、アルスバーンの王子であるイドリスもまた同じようなものであったからだ。
王子らしくあれ、勇敢に敵と戦えと言われて武芸を身に付けたが、ただ目の前の敵を撃退することを考えるだけで、何の為に戦うのか、戦う以外の道は無かったのか、そのことに深く拘ったことは無かった。
王になりたいと思ったことは無かったが、王になったとしてもやりたいことなどなかった。
民の幸せは願っていたが、その為に自分が王となるべく何か行動を起こしたこともない。
ただ王子に生まれてしまったから、父や家臣や周囲の求めるまま仕方なくその立場に流されていただけだ。
それが当たり前だと思っていたし、それ以外の人生など深く考えたこともなかった。
そんな自分の末路がアルスバーンの王ではなく、鏡に映したようなこの、何も考えていない空っぽの器のような男のつがいとなり、他国の皇帝の子供を産み落とすための道具になる運命だとは――何という皮肉なのだろう。
イドリスの紫の瞳から涙が次々と溢れ、胸に、膝に、ぼろぼろとこぼれ落ちてゆく。
心が張り裂けるように痛い。
どこで間違って今、こうなってしまったのかと。
「……イドリス?」
ラファトが膝でそっと近付いてきて、イドリスの瞳から溢れる涙を指で拭う。
それでもこぼれる涙を頬に伝わせて、イドリスは唇を開いた。
「……ラファト……。俺はお前の子を、産みたくない……」
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