18 / 65
ドラゴン・レース
イドリスの決断
しおりを挟む
すぐには返事できなかった。
何しろ先ほど出会ったばかりの相手で、信用できるのかどうかも分からない。
だが今この男の手を振り払えば、ここで全てが終わる。
イドリスは思い悩む心を吐露した。
「……個人戦の試合なのに、二対一でやり合うと言うのは汚いような気もするが……」
「この試合は何でもありなのだぞ。つまり戦争と同じなのだ。他の連中ももっと大規模に徒党を組んでいるし、ラファトとて当然事情を分かっているさ。何を躊躇うことがある?」
あっけらかんとした調子で、アスランは答えを迫った。
確かに、この戦いで常勝を誇っていると思しきラファトを倒す為には、騎竜術の初心者の自分だけでは無理がある。
やはり味方は必要だと思い直した。
「……分かった、条件を飲む。アスラン、力を貸してくれ」
「よし! では決まりだな。ところで――」
アスランの視線が、急にイドリスの首から下へと移る。
「さっきから気になってたんだが、お前、その腹……どうした?」
ハッと自分の身体を見下ろして、イドリスは驚愕した。
改めて自分の有り様を見下ろすと、着地の衝撃でサキルの硬い鱗や背の棘に擦り付けたせいか、軍服の上衣にもズボンにも、鉤裂きのような傷が無数に入っている。
その縦に幾つも開いた大きな穴の間から、下腹に刻まれた「あの印」までもが、うっすらと見えていた。
「うっ……」
瞬時に背を丸めてうずくまるように腹を隠す。
「きっ、気にするな……」
だがアスランはイドリスのその態度にも何か気付くところがあったのか、急に神妙な顔つきになった。
「分かった。……服は、俺の替えを貸してやる。修理している間に着替えるがいい」
借りた服は第三竜騎兵団の軍服で、パッと見た限りでは、今まで着ていた服と何も違いはなかった。
イドリスは誰にも見られないよう二頭のドラゴンの陰に隠れて手早く着替え、再び矢筒と剣を身に付けると、ボロボロになった服を荷物の中にしまい込んだ。
一方、アスランは銀竜の背の上に胡座をかき、金属の道具を片手に、外したサキルのハミ輪とハミをガチャガチャといじり回していた。
「うん。これで何とかなりそうだぞ」
「すまない。貴殿まで遅れることになって」
「いやあ、気にするな。俺は序盤はいつもどこかで時間を潰して遅れていくことにしている。試合の本番は後半だしな。――ところで」
アスランが、ハミを手に銀竜の背から地面に飛び降りて、イドリスとサキルの頭のそばに立った。
「イドリス。……お前まさか、ラファト皇子の愛人……ではないよな?」
「はっ!?」
唐突な質問に、イドリスは飛び跳ねるように後ずさった。
アスランが整った眉を片方上げて、サキルの顔を見やる。
「いや、あの皇子がこの帝国一のドラゴンと謳われるこのサキルラートを人に貸すなんて、どういう風の吹き回しがあったのかと改めて思ってな」
「だ、断じて愛人などではない……!! おかしなことを言うな!!」
アスランの眼力のある強い瞳から、視線が下腹の方に突き刺さる。
「いやでも、お前のその腹に入ってるもの……一つで国が買えるほど貴重なものだぞ。総合すると、どう考えてみても尋常な関係ではない」
アスランに竜の器のことを言い当てられて、ますますイドリスは動揺し、強く吐き捨てた。
「こっ、これは……! 無理矢理腹に埋められたのだ。あの男に…!」
顔を真っ赤にしながら怒りをあらわにしたイドリスを見て、アスランはポカンと口を開けた。
「……なるほど……ラファト皇子が一方的にお前に執心していることは間違いないようだな……」
アスランはそれ以上の追求をやめ、サキルの頭を横から抱いて修理したハミを再び付け始めた。
イドリスも無言のまま彼とは反対側に回り、頭絡とハミ輪の装着を手伝う。
竜の頭越しに、アスランが独り言のように口を開いた。
「……しかし、あの男の考えていることは理解できん。ついこの前までは、取るに足らない小国との戦争に夢中になっていたくせに、それが終わったと思ったら男の部下の腹に竜の器を埋めるような奇行を……効果も無いだろうし、正気の沙汰と思えんな」
「……」
心底の同意と恥を感じてイドリスが俯いていると、突然ポンと手を打つ音が聞こえた。
「いや、もしかしてお前、実は女なのか?」
「……。俺が女に見えるか……?」
改めてアスランの前に出て、背筋を正す。
風でメチャクチャになった無骨な巻き毛に、借りた服ときたら、相当に体格の良いアスランの制服だと言うのに、どこも余っていない。
腕や腰、太もも周りときたら、むしろ足りないくらいである。
「ハッハッハッ。全く見えんな!」
「……それは良かった……」
頷きながら、イドリスは改めてラファト皇子の正気を疑った。
いくら強い子供が欲しいと言う理由があったとはいえ、普通、こんなむくつけき男に欲情できるものだろうか――。
いや、昨日もねちっこく口付けを求めてきたな……?
余計なことを思い出して赤面していると、アスランがサキルのハミ輪と手綱を繋ぎながら言葉をかけてきた。
「何にせよ、俺は俄然お前に興味が湧いた。お前にはあの変人皇子やドラゴンを惹きつける、何か特別の力があるのだろう。――よし、出来たぞ!」
アスランがポンとサキルの太い首を叩く。
サキルは先ほどとはまるで別竜のように大人しくなり、懐くようにイドリスに頭を擦り付けてきた。
「なんだ。直してやったのは俺なのに」
アスランが朗らかに笑う。
「ああ……サキル、良かった。飛ぶ前に気づかなくて悪かったな」
イドリスはサキルの額に自らの額を付け、『ドラゴンの挨拶』をした。
ぐるる、とサキルの喉から親しみを表す音が聞こえてくる。
「アスラン、礼を言う」
改めて向き直り感謝を伝えると、アスランは魅惑的なその栗色の瞳を片方閉じた。
「なあに、借りは後でたっぷり返してもらうさ。――さあ、出発だ!」
何しろ先ほど出会ったばかりの相手で、信用できるのかどうかも分からない。
だが今この男の手を振り払えば、ここで全てが終わる。
イドリスは思い悩む心を吐露した。
「……個人戦の試合なのに、二対一でやり合うと言うのは汚いような気もするが……」
「この試合は何でもありなのだぞ。つまり戦争と同じなのだ。他の連中ももっと大規模に徒党を組んでいるし、ラファトとて当然事情を分かっているさ。何を躊躇うことがある?」
あっけらかんとした調子で、アスランは答えを迫った。
確かに、この戦いで常勝を誇っていると思しきラファトを倒す為には、騎竜術の初心者の自分だけでは無理がある。
やはり味方は必要だと思い直した。
「……分かった、条件を飲む。アスラン、力を貸してくれ」
「よし! では決まりだな。ところで――」
アスランの視線が、急にイドリスの首から下へと移る。
「さっきから気になってたんだが、お前、その腹……どうした?」
ハッと自分の身体を見下ろして、イドリスは驚愕した。
改めて自分の有り様を見下ろすと、着地の衝撃でサキルの硬い鱗や背の棘に擦り付けたせいか、軍服の上衣にもズボンにも、鉤裂きのような傷が無数に入っている。
その縦に幾つも開いた大きな穴の間から、下腹に刻まれた「あの印」までもが、うっすらと見えていた。
「うっ……」
瞬時に背を丸めてうずくまるように腹を隠す。
「きっ、気にするな……」
だがアスランはイドリスのその態度にも何か気付くところがあったのか、急に神妙な顔つきになった。
「分かった。……服は、俺の替えを貸してやる。修理している間に着替えるがいい」
借りた服は第三竜騎兵団の軍服で、パッと見た限りでは、今まで着ていた服と何も違いはなかった。
イドリスは誰にも見られないよう二頭のドラゴンの陰に隠れて手早く着替え、再び矢筒と剣を身に付けると、ボロボロになった服を荷物の中にしまい込んだ。
一方、アスランは銀竜の背の上に胡座をかき、金属の道具を片手に、外したサキルのハミ輪とハミをガチャガチャといじり回していた。
「うん。これで何とかなりそうだぞ」
「すまない。貴殿まで遅れることになって」
「いやあ、気にするな。俺は序盤はいつもどこかで時間を潰して遅れていくことにしている。試合の本番は後半だしな。――ところで」
アスランが、ハミを手に銀竜の背から地面に飛び降りて、イドリスとサキルの頭のそばに立った。
「イドリス。……お前まさか、ラファト皇子の愛人……ではないよな?」
「はっ!?」
唐突な質問に、イドリスは飛び跳ねるように後ずさった。
アスランが整った眉を片方上げて、サキルの顔を見やる。
「いや、あの皇子がこの帝国一のドラゴンと謳われるこのサキルラートを人に貸すなんて、どういう風の吹き回しがあったのかと改めて思ってな」
「だ、断じて愛人などではない……!! おかしなことを言うな!!」
アスランの眼力のある強い瞳から、視線が下腹の方に突き刺さる。
「いやでも、お前のその腹に入ってるもの……一つで国が買えるほど貴重なものだぞ。総合すると、どう考えてみても尋常な関係ではない」
アスランに竜の器のことを言い当てられて、ますますイドリスは動揺し、強く吐き捨てた。
「こっ、これは……! 無理矢理腹に埋められたのだ。あの男に…!」
顔を真っ赤にしながら怒りをあらわにしたイドリスを見て、アスランはポカンと口を開けた。
「……なるほど……ラファト皇子が一方的にお前に執心していることは間違いないようだな……」
アスランはそれ以上の追求をやめ、サキルの頭を横から抱いて修理したハミを再び付け始めた。
イドリスも無言のまま彼とは反対側に回り、頭絡とハミ輪の装着を手伝う。
竜の頭越しに、アスランが独り言のように口を開いた。
「……しかし、あの男の考えていることは理解できん。ついこの前までは、取るに足らない小国との戦争に夢中になっていたくせに、それが終わったと思ったら男の部下の腹に竜の器を埋めるような奇行を……効果も無いだろうし、正気の沙汰と思えんな」
「……」
心底の同意と恥を感じてイドリスが俯いていると、突然ポンと手を打つ音が聞こえた。
「いや、もしかしてお前、実は女なのか?」
「……。俺が女に見えるか……?」
改めてアスランの前に出て、背筋を正す。
風でメチャクチャになった無骨な巻き毛に、借りた服ときたら、相当に体格の良いアスランの制服だと言うのに、どこも余っていない。
腕や腰、太もも周りときたら、むしろ足りないくらいである。
「ハッハッハッ。全く見えんな!」
「……それは良かった……」
頷きながら、イドリスは改めてラファト皇子の正気を疑った。
いくら強い子供が欲しいと言う理由があったとはいえ、普通、こんなむくつけき男に欲情できるものだろうか――。
いや、昨日もねちっこく口付けを求めてきたな……?
余計なことを思い出して赤面していると、アスランがサキルのハミ輪と手綱を繋ぎながら言葉をかけてきた。
「何にせよ、俺は俄然お前に興味が湧いた。お前にはあの変人皇子やドラゴンを惹きつける、何か特別の力があるのだろう。――よし、出来たぞ!」
アスランがポンとサキルの太い首を叩く。
サキルは先ほどとはまるで別竜のように大人しくなり、懐くようにイドリスに頭を擦り付けてきた。
「なんだ。直してやったのは俺なのに」
アスランが朗らかに笑う。
「ああ……サキル、良かった。飛ぶ前に気づかなくて悪かったな」
イドリスはサキルの額に自らの額を付け、『ドラゴンの挨拶』をした。
ぐるる、とサキルの喉から親しみを表す音が聞こえてくる。
「アスラン、礼を言う」
改めて向き直り感謝を伝えると、アスランは魅惑的なその栗色の瞳を片方閉じた。
「なあに、借りは後でたっぷり返してもらうさ。――さあ、出発だ!」
265
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる