【R18】竜の器【完結済】

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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ドラゴン・レース

イドリスの決断

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 すぐには返事できなかった。
 何しろ先ほど出会ったばかりの相手で、信用できるのかどうかも分からない。
 だが今この男の手を振り払えば、ここで全てが終わる。
 イドリスは思い悩む心を吐露した。
「……個人戦の試合なのに、二対一でやり合うと言うのは汚いような気もするが……」
「この試合は何でもありなのだぞ。つまり戦争と同じなのだ。他の連中ももっと大規模に徒党を組んでいるし、ラファトとて当然事情を分かっているさ。何を躊躇うことがある?」
 あっけらかんとした調子で、アスランは答えを迫った。
 確かに、この戦いで常勝を誇っていると思しきラファトを倒す為には、騎竜術の初心者の自分だけでは無理がある。
 やはり味方は必要だと思い直した。
「……分かった、条件を飲む。アスラン、力を貸してくれ」
「よし! では決まりだな。ところで――」
 アスランの視線が、急にイドリスの首から下へと移る。
「さっきから気になってたんだが、お前、その腹……どうした?」
 ハッと自分の身体を見下ろして、イドリスは驚愕した。
 改めて自分の有り様を見下ろすと、着地の衝撃でサキルの硬い鱗や背の棘に擦り付けたせいか、軍服の上衣にもズボンにも、鉤裂きのような傷が無数に入っている。
 その縦に幾つも開いた大きな穴の間から、下腹に刻まれた「あの印」までもが、うっすらと見えていた。
「うっ……」
 瞬時に背を丸めてうずくまるように腹を隠す。
「きっ、気にするな……」
 だがアスランはイドリスのその態度にも何か気付くところがあったのか、急に神妙な顔つきになった。
「分かった。……服は、俺の替えを貸してやる。修理している間に着替えるがいい」


 借りた服は第三竜騎兵団の軍服で、パッと見た限りでは、今まで着ていた服と何も違いはなかった。
 イドリスは誰にも見られないよう二頭のドラゴンの陰に隠れて手早く着替え、再び矢筒と剣を身に付けると、ボロボロになった服を荷物の中にしまい込んだ。
 一方、アスランは銀竜の背の上に胡座をかき、金属の道具を片手に、外したサキルのハミ輪とハミをガチャガチャといじり回していた。
「うん。これで何とかなりそうだぞ」
「すまない。貴殿まで遅れることになって」
「いやあ、気にするな。俺は序盤はいつもどこかで時間を潰して遅れていくことにしている。試合の本番は後半だしな。――ところで」
 アスランが、ハミを手に銀竜の背から地面に飛び降りて、イドリスとサキルの頭のそばに立った。
「イドリス。……お前まさか、ラファト皇子の愛人……ではないよな?」
「はっ!?」
 唐突な質問に、イドリスは飛び跳ねるように後ずさった。
 アスランが整った眉を片方上げて、サキルの顔を見やる。
「いや、あの皇子がこの帝国一のドラゴンと謳われるこのサキルラートを人に貸すなんて、どういう風の吹き回しがあったのかと改めて思ってな」
「だ、断じて愛人などではない……!! おかしなことを言うな!!」
 アスランの眼力のある強い瞳から、視線が下腹の方に突き刺さる。
「いやでも、お前のその腹に入ってるもの……一つで国が買えるほど貴重なものだぞ。総合すると、どう考えてみても尋常な関係ではない」
 アスランに竜の器のことを言い当てられて、ますますイドリスは動揺し、強く吐き捨てた。
「こっ、これは……! 無理矢理腹に埋められたのだ。あの男に…!」
 顔を真っ赤にしながら怒りをあらわにしたイドリスを見て、アスランはポカンと口を開けた。
「……なるほど……ラファト皇子が一方的にお前に執心していることは間違いないようだな……」
 アスランはそれ以上の追求をやめ、サキルの頭を横から抱いて修理したハミを再び付け始めた。
 イドリスも無言のまま彼とは反対側に回り、頭絡とハミ輪の装着を手伝う。
 竜の頭越しに、アスランが独り言のように口を開いた。
「……しかし、あの男の考えていることは理解できん。ついこの前までは、取るに足らない小国との戦争に夢中になっていたくせに、それが終わったと思ったら男の部下の腹に竜の器を埋めるような奇行を……効果も無いだろうし、正気の沙汰と思えんな」
「……」
 心底の同意と恥を感じてイドリスが俯いていると、突然ポンと手を打つ音が聞こえた。
「いや、もしかしてお前、実は女なのか?」
「……。俺が女に見えるか……?」
 改めてアスランの前に出て、背筋を正す。
 風でメチャクチャになった無骨な巻き毛に、借りた服ときたら、相当に体格の良いアスランの制服だと言うのに、どこも余っていない。
 腕や腰、太もも周りときたら、むしろ足りないくらいである。
「ハッハッハッ。全く見えんな!」
「……それは良かった……」
 頷きながら、イドリスは改めてラファト皇子の正気を疑った。
 いくら強い子供が欲しいと言う理由があったとはいえ、普通、こんなむくつけき男に欲情できるものだろうか――。
 いや、昨日もねちっこく口付けを求めてきたな……?
 余計なことを思い出して赤面していると、アスランがサキルのハミ輪と手綱を繋ぎながら言葉をかけてきた。
「何にせよ、俺は俄然お前に興味が湧いた。お前にはあの変人皇子やドラゴンを惹きつける、何か特別の力があるのだろう。――よし、出来たぞ!」
 アスランがポンとサキルの太い首を叩く。
 サキルは先ほどとはまるで別竜のように大人しくなり、懐くようにイドリスに頭を擦り付けてきた。
「なんだ。直してやったのは俺なのに」
 アスランが朗らかに笑う。
「ああ……サキル、良かった。飛ぶ前に気づかなくて悪かったな」
 イドリスはサキルの額に自らの額を付け、『ドラゴンの挨拶』をした。
 ぐるる、とサキルの喉から親しみを表す音が聞こえてくる。
「アスラン、礼を言う」
 改めて向き直り感謝を伝えると、アスランは魅惑的なその栗色の瞳を片方閉じた。
「なあに、借りは後でたっぷり返してもらうさ。――さあ、出発だ!」
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