上 下
17 / 46

17

しおりを挟む
 ――俺の発情期を巡って起きた、青磁と航のまさかの喧嘩から数日が過ぎた。
 正直なところ、俺は青磁の「ミスコンで勝負する」という発言を、あんまり本気にしてはいなかった。
 だって、大学全体で一番かっこいい男子を決めるっていう大会に、俺の親しい男が二人も出るなんて、普通ないだろうと思ったし。
 でも万が一のこともあるから、心の中で密かに願ってはいたんだ。
 二人とも穏便に、ミスコンの候補者選びの段階で落選してくれたらいいな、と……。
 航一人が出るっていう話なら全力で応援しようと思えたけど、青磁まで出て、更に俺の人生が勝手に賭けられてるとなると……誰を応援したらいいのやら、心境が複雑すぎる。
 でも、そんな俺の願いとは裏腹に六月、航の元には最終候補者選出の通知が届いた。
 同時に俺のスマホにも青磁からの「余裕で受かった」というメッセージが入ってきて、事態は決定的になってしまったのだ。
 そして、6月下旬のある日――ついに、数奇な運命の歯車が回り出す時が来た。


「ミス・ミスター立山候補者の皆さん! 本日はお集まりいただきありがとうございます!」
 東京渋谷の雑居ビルの中にある、某宣材写真スタジオのメイクルーム。
 大きなテーブルと簡易な椅子が置かれた約8畳ほどの広さの部屋に、学内から選び抜かれた美男美女が男女六人ずつ――いや、青磁は遅れていてまだ来ていないので、今はまだ合わせて十一人が集まっていた。
 椅子が足りないのもあり、候補者達は行ったり来たりしながら写真を撮りあったり自己紹介したり、みんなほぼ初対面とは思えないほど和気藹々と交流している。
「それでは、これから順番にお名前を呼びますので、お一人ずつスタジオの方に出ていらしてくださいねー! じゃあ、まずはエントリーナンバー1の西崎えりさん!」
 広研の女性がテキパキと場を仕切り、候補者を案内し始めた。
 今日はミスコン候補者たちの初顔合わせの日、兼、メディア用宣材写真の撮影日だ。
 これから候補者一人一人がプロのカメラマンに写真を撮られ、それがミスコン告知用のWEBサイトに掲載されることになる。
 最初に呼ばれたのは、とても一般人とは思えない、アイドルみたいなルックスの可愛い女子だった。
 容姿ばかりか性格や生活態度もチェックするという、厳しい面接試験を突破し集まった最終候補者達は、半数近くがほぼ芸能人そのものの経歴を持っている人達らしい。
 既に雑誌モデルとして活躍している女子、ネットテレビの学生キャスターをやっている男子……。
 見た目も隙がなく、とても同じ大学生とは思えない。
 そんな人たちが、今日は全員、女性はノースリーブの真っ白なワンピース、男性は黒スラックスに白シャツと、ほぼ全く同じ、決められた服装を身につけている。
 わざと同じ服装にすることで、集団の中での容姿のレベル、スタイルの良し悪しがハッキリしてしまうという……俺みたいな一般人からすると、見ているだけでも身がすくむ状況だ。
 この誤魔化しのきかない姿で撮られた写真は、今後ミスコンが終わるまで――いや、ミスコンが終わった後も、ずっとあらゆる媒体に掲載され続ける。
 候補の正式な公表後、7月にスタートする、インターネットで広く行われる一般投票にも、もちろん影響する。
 つまり、この時点での宣材写真の良し悪しが、四ヶ月後のファイナルまでの得票数にかなりの影響があるってことらしい。
 裕明に聞いた所によれば、女子も男子もこの日のためにダイエットをしたり、エステに行ったり、スタイルやコンディションを万全にしてくるとか……。
 そんな中で、ウチの航はといえば――普段の服装をマシにする以外の準備は皆無で、今日に臨んでしまった。
 それでも航は十分カッコいいと俺は思うけど、本人はこの場に足を踏み入れた途端、緊張で完全に棒立ちになっていた。
 その航に、ついてきて欲しいと頼まれた俺に至っては、場違いすぎて完全に空気だ。
 普段は人なつこい航も、流石に誰にも話しかけられず、ガチガチになって俺の方を見てきた。
「どうしよう……俺、浮いてない? 写真撮るとか、何したらいいのかな」
 て、俺に聞かれても困る。
 二人してオロオロしている内に、交流の中心にいたお姉様系のカッコいいミス候補の女性と目が合ってしまった。
 ハイヒールを履きこなした、ファッション雑誌から抜け出てきたような女性二人が、完璧なモデル歩きで向こうから歩いてくる。
 一人はツヤツヤのロングヘアの派手顔の美人で、もう一人はキリッとした吊り目の、ボブヘアでインテリ系の美女だ。
「こんにちはー! 犬塚航くんだよね⁉︎ 私は法学部三年の南野ゆりな。こっちは、北田まいっていうの。立山キャンパスにイケメンの獣人さんが入学したって聞いて、会ってみたかったんだー! 耳、カワイイね!」
 まぶたにキラキラとラメが光っている派手系美女の南野さんが、笑顔で航の顔を見上げる。
 話し方からしてかなり積極的な性格みたいで、孤立無援だった俺たちには凄く有り難かった。
「あら、まだ髪の毛、セットしてないの? アタシ達は外の行きつけの所でもうセットしてきてあるから、やってあげよっか?」
 インテリ美女の北田さんが、反対側から航の髪に触れてくる。
「ありがとう、ぜひ……! 俺、よくわからないから本当に助かります……!」
 航は拾われた子犬みたいに目を輝かせ、二人の美女に壁際の大きな鏡の方へ連れられていった。
 尻尾がもし出ていたら、ちぎれんばかりに振ってたと思う。
 そうだよな、航は生来は誰とでも仲良くなる性格なんだよな……。あの青磁とだって、最初は俺を困らせるくらいに友好的だったし。
 どうも、航の世話に関しては俺が出る幕は無いみたいだ。
 ――それにしても。
 青磁はしょっぱなの顔合わせから遅刻って……。
 あのマイペースすぎる性格でよく厳しい面接に受かったなと思う。
 ミスコンに出るのはともかく、裕明達に迷惑をかけないか、だんだん心配になってきた。
 最後には集合写真も撮るみたいなのに、間に合うのかな。
 入り口を気にしてドキドキしている間にも、撮影がどんどん進み、女性の候補者の名前がどんどん呼ばれていく。
 航の髪の毛をセットしてくれていた北田さんも最後に呼ばれて、こちらにウインクしながらツヤツヤのボブヘアを揺らし、スタジオに出て行った。
 もう、部屋に残っているのはミスター候補の男子だけだ。
 ヨーロッパの血が混ざってそうな、背が高くて顔立ちも整った王子系の男子もいれば、スポーツマンタイプもいるし、意外に、小柄で可愛い系の男子もいる。
 全体的にみんな、どんな洋服でもよく似合いそうな細身で、金髪で体格も日本人離れしている航がまじると、かなり浮きそうだ。勿論、青磁も……。
 それも主催者の狙いなんだろうけど。
「……岬、髪型どうかな……?」
 航が鏡の前の椅子から立ち上がり、俺の方に歩いてきた。
 いつもはモシャッと額に下りている前髪がスッキリと上がり、綺麗な額があらわになっていて、我が弟ながら、ちょっとドキッとするくらいハンサムだ。
「凄くカッコいいよ、航。……なんか、昔のアルバムで見た、結婚式の写真のパパみたいだ」
 褒めると、航は綺麗に整った眉を下げて不満げにぼやいた。
「もう、そこで出てくるのが何であのパパなの⁉︎」
「だって、似てるし」
「もっと違う褒め方が良かったなぁ。ドキドキするとか」
「なんでお前相手にドキドキするんだよ……」
「あは。そうだよね」
 航がせっかくかっこよくして貰った髪の毛をぐしゃっとしながら手で梳く。
 あーあ、やっぱり航は航だなぁ。でも、ちょっと安心する。
「……そういえば、青磁まだ来ないね」
 航の表情が一瞬スッと冷えて、ドキッとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

この恋は運命

大波小波
BL
 飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。  申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。  第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。  しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。  合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。  そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。  海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。  ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。  そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。  麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。  響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。  明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。  第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。  しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。  そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。  彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。  そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。  喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。  一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。  ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。  子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。  二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

ギャルゲー主人公に狙われてます

白兪
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

処理中です...